◆ 変な家編:登場人物紹介 ◆
● 時崎 創英(ときざき そうえい)
幻想郷へ移り住んだばかりの十三歳の少年。退魔師の一族・時崎家の人間。
本章では、八雲紫から与えられた初めての課題として、人間の里の外れにある“変な家”の調査を任されることになる。
外から流れ着いた現代風の家屋。けれどその内側には、入った者を閉じ込め、喰らい、押し潰す異常な怪異が巣食っていた。
退魔師として修行を積んできたとはいえ、創英にとって本格的な怪異調査はほとんど未経験。
畳の下に隠された遺体を目にし、迫り来る天井に潰されかけたことで、彼は幻想郷の闇が決して生易しいものではないと痛感する。
それでも、里の子供たちから「妹を助けてほしい」と頼まれた時、彼は迷わず再びあの家へ向かった。
かつて守れなかった妹・絢香の記憶が胸を抉っても、今度こそ目の前の命を救うために。
最後には、時崎一族に伝わる秘奥義《飛剣・翔霊波》を放ち、“変な家”を完全に浄滅することに成功する。
この戦いを経て、創英はただ幻想郷へ来た外来人ではなく、人間の里に「誰かを守るため戦った退魔師」として名を刻むこととなった。
まだまだ未熟で、傷つきやすく、過去に囚われることもある。
けれど、結ばれた縁を守るためなら——創英は、きっと何度でも立ち上がるだろう。
● 霊刀《風花》(かざばな)
時崎一族に代々伝わる宝剣であり、創英を主として認めた意思ある刀。
本章では、怪異に閉じ込められた創英を最初に救うきっかけとなった。
迫り来る天井から逃げ場を失った時、創英が風花を振るったことで空間に亀裂が入り、その先に人間の里の景色が見えた。
風花は、ただ斬るだけの武器ではない。
空間そのものに干渉し、怪異が作り上げた閉ざされた場を裂く力を持っているらしい。
“変な家”との決戦では、創英が一族の秘奥義《飛剣・翔霊波》を放つための核となった。
創英の霊力と、誰かを守りたいという意志を受け止め、翠緑の奔流となって怪物を浄滅へ導いている。
風花が創英を選んだ理由は、まだすべて語られていない。
だが少なくともこの戦いで、風花は創英にとって武器以上のものとなった。
恐怖の中で道を開き、限界の中で縁を守る。
その刃は、創英の覚悟に応えるように輝き始めている。
● 稗田 阿求(ひえだのあきゅう)
人間の里の名家・稗田家の当主。
幻想郷にまつわる事柄を記録する書物『幻想郷縁起』の編纂者であり、物事を記録し、後世へ残すことを己の役目としている少女。
創英とは、人間の里での偶然の出会いをきっかけに縁を結ぶことになる。
初対面では穏やかで礼儀正しい少女という印象を与えるが、取材対象を見つけた時の熱意はかなり強い。
創英の幻想郷入りの経緯や時崎一族、退魔師としての力に興味を持ち、彼を稗田邸へ招き入れる代わりに取材を申し出た。
一方で、阿求は単なる好奇心だけで動いているわけではない。怪異の記録を残すことは、同じ悲劇を繰り返さないためでもある。
創英の過去や家族の話にも真摯に耳を傾け、父や母、そして絢香の存在を記憶として記し残すと語った。
自ら前線に出て戦う力こそないものの、それでも彼女は逃げず、筆を取り、震えながらも戦いを最後まで見届けた。
創英が命を賭けて里の子供たちを救う姿を、誰かが忘れないように。
創英にとって阿求は、幻想郷で最初に深く縁を結んだ少女の一人。
記録者であり、見届け人であり……彼が「守りたい」と思う、大切な縁のひとつである。
● 時崎 絢香(ときざき あやか)
創英の最愛の妹。すでにこの世にはいないが、本章では創英の過去を語る上で極めて重要な存在として登場する。
生まれつき“悟り”のような力を持っており、人の心の痛みに敏感で、困っている者には真っ先に寄り添おうとする心優しい少女だった。
その特異な力のために、時崎家は幾度も引っ越しを繰り返していた。
それ故に幼い頃の創英は、友達も居場所も作れない原因として絢香の力を疎んじていた時期がある。
だが父に叱られたことをきっかけに、彼は妹と向き合い、彼女を守ろうと決めた。
しかし、創英は絢香を守れなかった。その記憶は、今も彼の心に深く残っている。
“変な家”はその傷を利用し、絢香の姿をした幻影を創英へ見せた。
それは本物ではない。けれど、声も仕草もあまりに絢香そのもので、創英の心を激しく揺さぶった。
絢香の死は、創英にとって癒えない後悔である。
同時に「もう二度と繰り返さない」と立ち上がるための原点でもある。
彼が誰かの妹を助けるために走ったのは、過去を取り戻すためだけではない。
今度こそ——目の前にある命を守るためだった。
● 創英の父・母
創英と絢香を支えていた、かつての家族。
父は、普段は穏やかで不器用な優しさを持つ人物だった。
だが絢香が行方不明になった時、創英に「兄は妹を守るものだ」と本気で叱った。
その言葉は創英が妹と向き合うきっかけとなり、今も彼の心の奥深くに刻まれている。
母は、家の中を柔らかく照らす灯りのような人だった。
創英と絢香が喧嘩をすれば、笑って仲を取り持ち、落ち着かない引っ越し続きの生活の中でも、家族の居場所を守っていた。
二人とも、今はもう創英のそばにはいない。
だが阿求へ語られたことで、その存在は記録へ残されることとなった。
父の言葉も、母の笑顔も、絢香の優しさも。
それらは創英の中で失われたものではなく、彼が誰かを守ろうとする時、確かに背を押している。
● 里の子供たち
“変な家”に妹が入ってしまったことを、創英と阿求へ知らせに来た子供たち。
恐怖で震えながらも、妹を助けてほしいと必死に縋ったその姿は、創英の過去を強く刺激した。
かつて守れなかった絢香の面影と重なったことで、創英は準備も整わないまま再び“変な家”へ向かうことになる。
閉じ込められていた少女もまた、創英に救い出された一人。
家の中で恐怖に怯え震えていたが、創英が「君の兄さんに頼まれて来た」と告げたことで、泣きながら彼に飛び込んだ。
彼らは戦う力を持たない。けれど、彼らの存在が創英を立ち上がらせた。
守るべき者が背後にいる。その事実こそが、創英にとって初めて本当の意味で退魔師として戦う理由となった。
● 八雲 紫(やくも ゆかり)
創英へ“変な家”の調査を任せた、幻想郷の賢者。
本章では、創英に対して「変な家の調査と解決」を依頼する。
無事に解決できれば、その家を創英の住まいとして与える予定だったらしい。
ただし、実際に創英が経験したのは、ただの住居調査などではなかった。
閉ざされた空間、圧死体、幻影、そして“生きた家”との戦闘。
結果だけ見れば、これは創英にとって幻想郷で生きるための試練でもあった。
後日、創英が《飛剣・翔霊波》で家ごと消し飛ばしたため、報酬としての家は跡形もなく消滅。
紫は責めるでもなく、いつもの調子で創英と阿求をからかいながら、その場を楽しんでいる。
どこまで知っていて、どこまで想定していたのかは分からない。
だが少なくとも、彼女は創英がこの一件を経て何かを掴むことを、最初から見越していたのかもしれない。
● “変な家”/ダフマ
人間の里の外れに存在していた、外の世界から流れ着いたと思しき家屋。
見た目こそ現代的な民家だが、その内部は通常の空間ではない。
外から入ることはできても、内側からは外へ出られず、存在しないはずの部屋が現れ、入った者を閉じ込めて押し潰す。
畳の下には、過去に喰われた者たちの無惨な遺体が隠されていた。
その本質は、単なる事故物件や迷い家ではなかった。
人を呑み込み、恐怖と後悔を見せ、心の弱い部分を抉ることで獲物を追い詰める“生きた家”だった。
創英には、妹・絢香の姿をした幻影を見せて精神を揺さぶった。
「どうして助けてくれなかったのか」という言葉は幻でありながら、創英の傷に深く食い込んでいる。
家はただ肉体を潰すだけでなく、心まで折ろうとする悪辣な怪異だった。
最終的には創英の《飛剣・翔霊波》によって浄滅され、そこに囚われていた魂たちも解放された。
後日譚では、この家が何者かの計画に関わる存在であったことが示唆されている。
だが、その名も目的も、創英たちにはまだ届いていない。
彼が壊したのは、一軒の怪異だけだったのか。それとも、もっと大きな陰謀の一端だったのか。
その答えは、まだ闇の中にある。
● アヴェスター
後日譚でその存在が示された、謎の組織。
人々の間に不信と憎悪を蒔き、怨念を束ね、悪神への供物とすることを目的としているらしい。
郷の裏側に潜伏し、体系立てられた計画のもとで動いているようだ。
“変な家”——ダフマもまた、彼らの計画に関わる供物の一つだった。
そのため、ダフマを破壊した創英は、彼らにとって無視できない存在となりはじめる。
現時点では、創英自身はアヴェスターの存在を知らない。
だが組織側はすでに彼を監視対象とし、彼の力や縁を持つ者たちに目を向け始めている。
変な家編は、創英が怪異を倒して終わるだけの物語ではない。
幻想郷の闇の奥に、さらに大きな影があることを示す始まりでもある。
● 仮面の女
アヴェスターを率いる、長身の女。廃寺の地下で信徒たちの中心に座し、ダフマ崩壊の報告を受けていた人物。
仮面を被っており、誰も本名を呼ばないため、その素性は現時点では不明のままである。
ダフマが破壊されたことを計画の遅延と捉えつつも、創英という存在に興味を示している。
すぐに排除するのではなく、観察し、その力がどこまで通用するのか試す価値があると判断した。
冷静で、底が知れず、組織の目的のためなら人も怪異も道具として扱う気配を持つ。
彼女の視線が創英へ向いたことで、彼の周囲に新たな危険が忍び寄り始めている。
その名も、顔も、目的の全貌もまだ語られていない。
だが、仮面の奥で笑ったその双眸は、これから先の嵐を予感させるものだった。