◆ 幕間:2003年 7月中旬 〜 下旬:登場人物紹介 ◆
● 時崎 創英(ときざき そうえい)
幻想郷での暮らしに、少しずつ馴染み始めた十三歳の退魔師。
本章では、稗田家の居候として朝餉を作り、屋敷の修繕をこなし、市場へ買い出しに出かけ、寺子屋で子供たちの面倒を見るなど、戦い以外の日常的な一面が多く描かれた。
退魔師としての腕前だけでなく、料理、掃除、裁縫、庭仕事、簡単な修繕までこなす万能ぶりを発揮し、稗田家のお手伝いさんたちからは半ば本気で「手放してはならない人材」と見なされるようになった。
だが、それらの技術は見栄や器用さのためだけに身につけたものではない。
病弱だった妹・絢香を少しでも笑顔にしたい。食べたいと思えるものを作ってやりたい。そんな幼い願いが積み重なり、今の創英を形作っている。
博麗霊夢、霧雨魔理沙との出会いでは、妖怪同士の騒動を即座に収めるなど、幻想郷の実力者たちと並び立つ片鱗を見せた。
一方で、大根ひとつを巡って霊夢と張り合い、手料理を振る舞えば魔理沙に胃袋を掴まれ、阿求には余計な記録を残されかけるなど、どこか騒がしい縁も増えつつある。
寺子屋では、子供たちの面倒を見る中で風花を持ち出され、真也たちが妖怪に襲われる事件に直面した。
自分の不注意を深く悔いながらも、彼らを救い、叱り、約束を交わしたことで、創英は「守る背中」として子供たちの憧れを背負うことになる。
後半では、霊石によって狂化した妖怪の事件に対処。
空へ逃げようとする妖怪を追うため、霊力で翡翠色の翼を形作り、未熟ながらも滞空と捕縛に成功する。
まだ自在に空を飛べるわけではない。弾幕も扱えない。
それでも、創英はこの幻想郷で戦うために必要なものを見定めた。
地を駆けるだけでは届かない相手がいる。ならば次は、空へ手を伸ばせばいい。
その弛まぬ努力と前進を支えているのは、背を押し、送り出してくれた宗家の人たちの言葉故か。或いは——幻想郷で繋いだ縁を守るためか。
● 霊刀《風花》(かざばな)
創英を主として認めた、時崎一族の霊刀。
本章では、子供たちの好奇心によって寺子屋から持ち出されてしまう。
創英にとっては相棒であり宝剣だが、子供たちにとっては“憧れの退魔師が持つ格好いい刀”でもあった。
真也たちが危険に巻き込まれた原因の一つではあるが、同時に、創英という存在が子供たちにどれほど強い印象を残していたのかを示す象徴でもある。
妖怪との遭遇時、真也は風花を抱えたまま妹を守ろうとした。
しかし刀は、持てば誰でも力を振るえる道具ではない。守りたいという気持ちだけでは届かない現実を、子供たちは身をもって知ることになる。
創英は風花をすぐには受け取らず、真也に預けたまま素手で妖怪を制圧した。
それは、力とは武器そのものではなく、それを扱う者の覚悟と積み重ねに宿るものだと示す場面でもあった。
● 稗田 阿求(ひえだのあきゅう)
稗田家の当主にして、『幻想郷縁起』の編纂者。
創英を居候として迎え入れて以降、彼の日常を最も近くで見ている少女。
朝餉、掃除、修繕、料理、子供たちとの関わり、そして戦い。
創英が見せる一つ一つを見逃さず、記録者として筆を走らせている。
一見すると落ち着いた名家の少女だが、未知の事柄や記録すべき対象を前にすると、かなり前のめりになる。
創英の家事能力には驚き、料理の由来にも興味を示し、恋愛観や人となりにまで踏み込もうとするなど、取材対象としての創英を逃す気はまるでないようだ。
しかし、阿求の筆は好奇心だけで動いているわけではない。
創英が妹のために料理を覚えたことも、子供たちを守って戦ったことも、霊石事件の中で初めて空へ踏み出したことも、彼女はすべて「幻想郷に残すべき歩み」として受け止めている。
創英が危険な調査へ向かう時には、不安を隠しきれない様子も見せた。
帰還した彼を見て安堵し、それでもすぐに筆を取る姿は、彼女がただの見届け人ではなく、創英の無事を願う一人になりつつある。
記録者であり、居候先の主であり、彼の帰る場所で待つ少女。
——創英にとって阿求は、幻想郷での日々を確かに繋ぎ止めてくれる存在となり始めている。
● 八雲 紫(やくも ゆかり)
幻想郷の賢者にして、どこからともなく現れては場をかき回すスキマ妖怪。
本章では稗田家に当然のように姿を見せ、創英の生活ぶりを観察しながら、阿求やお手伝いさんたちを巻き込んで彼をからかっている。
創英が妹のために料理を練習していたことをはじめ、本人が隠したがる過去の小話まで把握しているらしく、余計な一言で彼を盛大に動揺させた。
そのからかいは軽薄に見えて、創英の人となりを阿求に見せるためのものだったのかもしれない。
食卓と笑い声の中に自然と紛れ込み、場を乱しているようでいて、どこか人と人との距離を近づける。
紫の言動は相変わらず読めないが、創英が幻想郷に根を下ろしていく様子を、彼女なりに楽しんでいるようにも見える。
敵なのか、保護者なのか、観察者なのか。
創英にとってはまだ掴みきれない相手だが……彼の幻想郷での日々の節目には、いつもこの大妖怪の影がある。
● 博麗 霊夢(はくれい れいむ)
博麗神社の巫女。
人間の里の市場で、創英と一つの大根を巡って張り合ったことをきっかけに知り合いとなる。
初対面から互いに遠慮なく言い合い、意地を張り、妙な空気を作るが、妖怪同士の喧嘩が起きた瞬間には、二人同時に動いて騒動を鎮めた。
投擲の正確さ、判断の速さ、妖怪への対処。
創英はその一瞬で霊夢の力量を理解し、霊夢もまた創英をただの外来人ではないと見たようだった。
つっけんどんで、負けず嫌いで、言葉には少し棘がある。
けれど、稗田邸で創英の料理を口にした後には、警戒の色をわずかに緩めている。
里に現れた新参者。最初はそう見ていたはずの相手が、食卓を賑やかにし、人を守り、妖怪を退ける存在だと知った時、霊夢の中で創英への評価は少しだけ変わったのかもしれない。
創英にとって霊夢は、同じ場所で妖怪へ向き合える相手。
そして、いつか空を駆ける背中として目標の一つになる少女である。
● 霧雨 魔理沙(きりさめ まりさ)
黒白の魔法使いの少女。
市場で霊夢と創英が大根を巡って揉めているところへ呆れながら現れ、二人の息の合いすぎた妖怪退治を面白がるように眺めていた。
明るく、遠慮がなく、興味を持ったものにはすぐ飛びつく性格のように見える。
創英の料理の話になると目を輝かせ、稗田邸で振る舞われた食事にも素直な反応を見せた。
特に彼の手料理にはかなり好感触だったようで、自宅にも来てほしいと誘っている。
霊夢とは友人関係にあり、彼女の扱いにも慣れている様子。
創英に対しても初対面から距離が近く、からかい半分、本気半分で場を盛り上げていた。
魔理沙の存在は、創英にとって幻想郷の日常がただ穏やかなだけではなく、騒がしく、賑やかで、時に腹を抱えるほど面倒なものでもあると教えてくれる。
そして後に、創英が空を目指す時。
霊夢と共に、魔理沙の背中もまた、彼の中で「飛ぶ者」の象徴として思い出されることになる。
● 上白沢 慧音(かみしらさわ けいね)
人間の里で寺子屋を営む教師。
凛とした立ち姿と、人を安心させる穏やかな眼差しを持つ女性。
里の子供たちを教え導く立場にあり、創英には授業後の子供たちを見守る役目を頼んだ。
創英が真也たちから目を離し、結果として三人が妖怪に襲われた一件では、鬼のような形相で彼らを叱っている。
ただし、それは怒りに任せたものではない。子供たちの命を預かる者として、そして里を守る大人として、誰が何を間違えたのかをきちんと見据えた上での厳しさだった。
創英に対しても、彼ひとりを責めることはしなかった。
それでも「次は目を離すな」と真剣に告げ、その責任を彼の胸に刻ませている。
厳しく、優しく、子供たちの未来を守る人。
慧音は、創英にとって幻想郷で出会ったもう一人の“教える者”であり、守ることの責任を静かに突きつける存在である。
● 真也(しんや)
人間の里の子供。真美の兄。
“変な家”で創英に助けられたことをきっかけに、彼へ強い憧れを抱くようになった少年。
強くて、優しくて、妹を守れる兄。真也にとって創英は、そうなりたいと願う背中そのものだった。
その憧れが行き過ぎ、寺子屋に置かれていた風花を持ち出してしまう。
琥太朗と真美と共に“退魔師ごっこ”を始めた結果、狂気じみた妖怪に襲われ、妹を守るために震えながら立ちはだかった。
怖くても逃げなかった。
泣きそうになりながら、それでも真美の前に立った姿には、幼いながら確かな勇気があった。
創英に救われた後は、しっかり叱られ、謝り、もう勝手な真似はしないと約束する。
そして別れ際、次に会う時には胸を張れるようになっていると、創英と拳を交わした。
真也の憧れは、まだ危うく未熟で、失敗も多い。
けれどその小さな火は、いつか誰かを守る力へ変わるかもしれない。
● 琥太朗(こたろう)
真也の友人であり、寺子屋に通う里の子供。
好奇心旺盛で、勢いに流されやすい少年。
真也が風花に目をつけた時も一緒になってはしゃぎ、“退魔師ごっこ”に夢中になってしまった。
危険への想像が足りず、結果として真美を含めた三人全員を妖怪の前に晒してしまう。
だが、創英に救われ、叱られた時には、言い訳せず自分たちのしたことを受け止めようとしていた。
創英の強さを目の当たりにして、ただの遊びと本物の戦いの違いを知った少年。
その目に映った退魔師の背中は、きっと簡単には忘れられないものになったはずである。
● 真美(まみ)
真也の妹。
兄たちが風花を持ち出そうとした時、最後まで不安そうに止めようとしていた少女。
それでも兄たちに付いていってしまい、裏路地で妖怪に襲われることになる。
石につまずいて倒れ、妖怪の爪が迫った時、真也が彼女を庇った。
その瞬間、真美にとって兄はただの頼りない子供ではなく、自分を守ろうとしてくれた存在になったのかもしれない。
創英に救われた後は、恐怖と反省を抱えながらも、きちんと謝罪している。
小さく、臆病で、けれど大切な場面では真剣に言葉を受け止められる少女。
真美の涙は、創英に守るべき者の重さを改めて思い出させた。
子供たちが無事に帰れたことは、創英にとっても小さくない救いだった。
● 稗田家のお手伝いさんたち
稗田家の日常を支える女性たち。
創英が居候として稗田家に滞在し始めたことで、彼女たちの日常は少しばかり騒がしくなった。
朝餉の完成度、庭仕事の手際、修繕の速さ、家事全般の器用さ。
そのどれもが想像以上で、気づけば創英を稗田家の宝のように扱い始めている。
阿求をからかったり、紫の言葉に盛り上がったりと、屋敷の空気を明るくする存在でもある。
彼女たちの反応によって、創英が単に戦えるだけの少年ではなく、人の生活の中に自然と入り込める人物であることが伝わってくる。
稗田家という場所が、記録のためだけの静かな屋敷ではなく、笑いと食事と人の気配が息づく場所であること。
その温度を支えているのが、彼女たちである。
● 里の自警団
人間の里を守るために活動している男たち。
本章後半では、霊石によって狂化した妖怪たちと交戦し、多くの負傷者を出している。
本来であれば里を守る屈強な大人たちだが、異常な力と速さを得た妖怪たちの前には大きな苦戦を強いられた。
彼らの傷は、今回の異変がただの小さな妖怪騒ぎではないことを創英に突きつけた。
里の決まりを破り、正気を失い、石のようなものを握って暴れる妖怪たち。
そこには明らかに、誰かの作為が見え隠れしている。
自警団は創英に後を託し、彼が捕らえた妖怪を引き受けた。
創英にとって彼らは、守るべき里の人々であると同時に、同じく里を守ろうとする者たちでもある。
● 霊石(れいせき)
本章の不穏を生み出した、紫色の謎の石。
仮面の女の配下と思われる者たちによって、魔法の森、霧の湖、迷いの竹林、人間の里近くの祠や森など、幻想郷の広い範囲にばら撒かれた。
負の感情を増幅させるために用いられているらしく、それを握った妖怪たちの皮膚は煤のように黒ずみ、目を異様に光らせ、理性を失ったように暴走している。
真也たちを襲った妖怪も、自警団を負傷させた妖怪も、この霊石の影響下にあった。
創英はその異常性に気づき、ただの妖怪退治ではなく、何者かが意図的に引き起こしている事件だと推測するに至る。
小さな石片でありながら、人と妖怪の間に不信と恐怖を撒く火種。
その正体と目的は、まだ創英たちには届いていない。
だが、霊石が幻想郷の各地に散らされた時点で——異変の種は、すでに芽吹き始めている。
● 狂化した妖怪
霊石の影響を受け、理性を失ったように暴れていた妖怪たち。
普通の妖怪とは異なり、目をぎらつかせ、呼びかけにも反応せず、ただ欲望と狂気に突き動かされるように人を襲っていた。
その力と速さは里の自警団でも抑えきれないほどで、真也たち子供にも容赦なく牙を剥いている。
創英はその異様な目を見て、単なる妖怪の暴走ではないと直感した。
霊石を握った妖怪は、まるで内側から何かを増幅されているように危険な存在へ変質していた。
後半で現れた妖怪は、創英に追い詰められると空へ逃れようとした。
飛ぶ術を持たない創英にとって、それは大きな壁となったが、同時に彼が霊力の翼を生み出すきっかけにもなった。
狂化妖怪は倒すべき敵であると同時に、これからの戦いが地上だけでは終わらないことを告げる存在でもあった。
● 仮面の女
アヴェスターを率いる長身の女。地底の聖域で、霊石散布の報告を受けていた。
巨大な祭壇と燭台の炎に照らされた暗闇の奥で、フードの集団を従えるように座していた。
その声音は冷たく、短い命令だけで配下たちを震わせるほどの威圧感を持つ。
魔法の森、霧の湖、迷いの竹林、人間の里周辺。
幻想郷の各地へ霊石を仕込ませた彼女は、その結果として創英がどう動くかを見定めようとしている。
現時点で、創英たちはまだ彼女と、その背後にある組織の存在を知らない。
霊石事件の裏側にいる者の名も、目的も、まだ表には出ていない。
ただ一つ確かなのは、彼女がすでに創英を観察対象として見ていること。
稗田家で笑い、寺子屋で叱られ、里を守るために走る少年の背後で——幻想郷の闇は、静かに次の手を進めている。