幻想回帰節   作:北宮 涼

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21の節:紅い霧の異変、その4

◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

◆ side:時崎創英 ◆

 

 紅霧の海を抜け、俺たちはついに敵の領域へと踏み込んでいた。

 息を吸い込むたびに胸の奥が重くなる。視界を覆う赤は濃さを増し、ただ漂うだけの霧ですら生き物のように絡みついてくる。

 

 霊夢は前を飛びながら、ある方角に鋭い眼差しを投げた。

 

「……こっちで間違いないわ。霧の気配が、奥から溢れてる」

 

 魔理沙は箒の柄を軽く叩き、にやりと笑う。

 

「いよいよ大本命ってわけだな。――ほら、来たぜ」

 

 言葉に合わせるように、濃霧の帳から無数の影がわらわらと姿を現す。

 赤黒く濁った光を反射する羽。氷、炎、雷といった妖力の結晶を抱え、こちらを睨みつける無数の妖精たち。

 その視線には悪戯の軽さはなく、濃い紅霧に呑まれたせいか、ただ敵意だけが剥き出しになっていた。

 

「来るぞッ!」

 

 警告を発するより早く、弾幕が炸裂した。

 赤と青、白と黒。色とりどりの光が網のように広がり、空そのものを塞いでいく。

 

 俺は息を整え、胸の奥に霊力を集めた。

 チルノとの死闘で掴んだ感覚が脳裏に甦る。

 ――ただ派手に撒くんじゃない。進むべき道を示す、それが“弾幕”だ。

 

「はあぁぁっ!」

 

 掌から放った光弾が四方に弾ける。

 だが、今回は以前のように散漫ではない。

 左右に枝分かれしながら、火花のように咲き乱れ、妖精たちの動きを封じるように舞った。

 正面だけは薄く、両翼を塞ぐように密度を増す。まるで「逃げ場はここだ」と告げるかのように。

 

「おお……!」

 

 後ろから魔理沙の驚きの声。

 霊夢も一瞬だけ視線を寄越し、僅かに目を細めた。

 肯定の色がそこに宿っているのを、俺は見逃さなかった。

 

(やれる……!)

 

 妖精たちが散開する。その瞬間を狙い、俺は光弾を波のように押し流し、正面の突破口を切り開く。

 そこへ霊夢の札が重なり、魔理沙の星弾が雨のように降り注いだ。

 

 炸裂する閃光、咲き乱れる弾幕の花。次々に妖精が光に呑まれ、散っていく。

 ついさっきまで俺一人では到底処理できなかった数の敵が、今は三人の動きで自然に削られていった。

 

 胸の奥に、熱い実感がこみ上げてくる。

 威力よりも“見栄え”。派手さよりも“理”。

 紫の言葉が、少しずつ血肉となって俺の戦いに溶け込んでいく。

 

 広がる視界に合わせて弾を散らす。霊夢の札が道を切り開き、魔理沙の星がそこを焼き払う。

 俺の射線が二人の流れに自然に噛み合っていくのが分かる。

 かつては無理に合わせようとして乱していたのに、今は呼吸を合わせなくても連携になっている。

 

「へぇ……」

 

 魔理沙が感心したように呟き、箒を翻して星弾を撃ち込む。

 霊夢もまた舞うように札を撒き散らし、その一動作ごとに敵の群れが削がれていく。

 

 そんな中で――二人の動きが、さっきまでよりも鋭さを増しているのを、俺は感じ取っていた。

 声を荒げたわけでもない。息遣いが乱れたわけでもない。

 けれど、確かに熱がそこに宿っていた。

 

(……この二人は、いつだって本気なんだな)

 

 その事実が胸を震わせた。

 ならば俺も、足を止めてはいけない。

 弾幕ごっこという“遊び”に過ぎないはずなのに――今は確かに、俺の血肉を燃やす“戦い”そのものだった。

 

 そうして紅霧を切り裂きながら進むうち、気づけば視界の先に影が立ちはだかっていた。

 深紅の壁と高い鉄門。霧を背負ってそびえる西洋館は、不気味でありながら荘厳さを併せ持つ。

 

 俺たちはついに、その門前へと辿り着いていた。

 

 

 深紅の外壁と高く聳える鉄門。濃霧を背にそびえ立つその姿は、不気味さと荘厳さを同時に湛えている。

 闇の中に灯る巨大な影に近付くだけで、肺の奥に冷気が沈み込み、全身の神経が強張っていくようだった。

 

 紅魔館――その存在感は、この館が異変の根源であることを、雄弁に物語っていた。

 

「……ここで間違いないわ」

 

 先頭を飛んでいた霊夢が、淡々と告げる。

 紅霧の濃さが他とは違う。館を中心に脈打つように広がっていた。

 

「へっ、いよいよ大本命ってわけだな」

 

 魔理沙が箒を軽く揺らし、にやりと笑う。

 けれど、その笑みにもわずかな緊張が滲んでいるのを俺は見逃さなかった。

 

 そんな、館の前。

 鉄門の前に、ただ一人、堂々と立ち塞がる影があった。

 

 赤い長髪を風に靡かせ、青いチャイナ服を纏った背の高い少女。

 彼女は両腕を組み、穏やかに微笑んでいた。けれどその佇まいから漂う圧は、雑多な妖精たちとは到底比べものにならなかった。

 

「ようこそ――紅魔館へ」

 

 柔らかな声。だが同時に、空気が一段と重くなる。

 

「私の名は紅美鈴。館の主、レミリア・スカーレット様の忠僕にして、この鉄門の守護を任された門番です」

 

 その立ち姿を見た瞬間、俺は直感した。

 ――この人は、俺と同じ“武”の道を歩む者だと。

 

 

「……さて。早速で悪いのだけれど、ここを通すに値するか、試させてもらうわ」

 

 美鈴の挑発とも取れる発言に霊夢がすっと前に出かけた、その時だった。

 俺は反射的に声を張っていた。

 

「ここは、俺に任せてくれ!」

 

 俺の発言を聞いた二人は、揃ってこちらを振り向いた。

 

「はあ?」

「おいおい、正気か?」

 

 霊夢と魔理沙の視線が同時に刺さる。

 けれど俺は引かなかった。

 

「あの立ち居振る舞いを見れば分かる。あの人は武術家だ。なら、俺がやる。二人は先に行ってくれ」

 

 霊夢は唇を噛み、魔理沙は渋い顔で腕を組む。

 だが、美鈴本人は何も言わず、静かに笑っている。

 

 やがて霊夢が小さくため息をついた。

 

「……勝手にしなさい。ただし、無茶はしないこと」

「やられたら大人しく退散するんだぜ!」

 

 二人はそれだけ言い残し、ひらりと門を飛び越えて中へ消えていった。

 背中が霧の奥に見えなくなった瞬間、重苦しい沈黙が辺りを支配する。

 

 残されたのは俺と、美鈴の二人のみ。

 道中で煩わしさすら覚えた妖精の1匹すら、今この場には居なかった。

 

 互いに動かず、ただ見据える。

 その場に吹き込む風の音すら、挑発のように響く。

 

 美鈴の瞳は穏やかで、けれど深い。

 まるで「心を見透かされている」かのような錯覚に、自然と笑みがこぼれる。

 美鈴もまた口元を緩め、軽く顎を上げた。

 

「いい目をしますね。さぁ――来なさい」

 

 空気が一変する。

 足元から大地の重みが伝わり、同時に軽やかな気流が身体を撫でる。

 相反する二つの気配を纏いながら、紅美鈴は構えを取った。

 

 俺も息を吸い込み、両手に霊力を宿す。

 弾幕ごっこと武術合戦――異色の戦いが、幕を開けた。

 

 

─────

───

 

 

◆ side:博麗霊夢 ◆

 

 紅魔館の重厚な門を背にして、私と魔理沙は薄暗い回廊へと足を踏み入れた。

 外の空気は紅霧と氷で満ちていたが、館内は妙に静まり返っている。聞こえるのは、石畳を踏む二人分の靴音だけ。

 

「なあ、霊夢」

 

 並んで歩く魔理沙が、ちらりと横目を寄越す。

 その声音には、わずかな不安が滲んでいた。

 

「本当に良かったのか? あのまま創英に任せちゃって」

「……まぁ、大丈夫でしょ。あいつなら死にゃしないわよ」

 

 私は振り返らず、肩を竦めて答えた。

 楽観的な発言ではあったけど、決して根拠がないわけじゃない。

 

 さっきの門前でのやり取りを、私は思い返していた。

 創英と美鈴――二人の視線が交わった瞬間に、空気が変わった。

 互いの気配を測り合い、言葉を挟むより先に互いを理解し合っていた。

 

 それは、武を嗜む者同士だけが分かる“領域”ってやつなのかもしれない。

 あの場にいたのは私と魔理沙も同じなのに、気づいたのはどうやら私だけだったらしい。

 

「見てなかったの? 互いに余計な言葉はいらないって顔してたでしょ」

「はぁ? なんだそりゃ」

 

 魔理沙が首を傾げ、帽子を押さえて怪訝な顔をする。

 やっぱり。魔理沙はそういう空気には割と鈍い。

 

 私は苦笑を洩らしつつ、廊下の奥へ視線を向けた。

 

「私も詳しい理屈は知らないわ。でも、あの一瞬で二人とも“戦う理由”を決めちゃったのよ。……だからこそ、美鈴はあえて私たちを通した。あの美鈴って奴が門番として譲れないのは“侵入者を止めること”じゃなく、“自分の領域を賭けた勝負”だったんでしょう」

 

 魔理沙が「ふーん」と唸りながら前を見据える。

 しぶしぶながらも、理解したようだった。

 

 ただ、彼女はすぐ次の問いを放ってきた。

 

「で、勝率は? どのくらいだと思う?」

「さぁ……」

 

 私は一歩立ち止まり、考え込む。

 美鈴の力量は、館に侵入する間際に見えた拳の一振りで分かった。

 あの武術はただの型じゃない。大地に根を張るような足取りに、弾幕を織り込む呼吸が自然に伴っていた。

 人間の範疇を軽々と越えた実力だ。力も速さも、技量も、恐らく美鈴が上。

 

 普通なら、勝負にならない。

 

 けれど――創英には一つ、あの門番に一矢報いる強みがある。

 それは、不格好だけど確かな“爆発力”があるという点。

 あのチルノ戦で見せた《翔霊波》は、完成度はまだ低いけれど、一瞬で局面をひっくり返す程の威力と迫力を持っていた。

 ああいう破格の一手は、熟練者ほど想定の外から刺さる。

 

「……でも、そうね」

 

 武術に弾幕を絡める戦いになるだろう。

 その中で接近の間合いを掴めれば、一瞬の閃きで均衡を崩せるかもしれない。

 

 私は口元に小さな笑みを浮かべた。

 

「勝負は――意外と、拮抗するかもしれないわ」

 

 

───

─────

 

 

◆ side:時崎創英 ◆

 

 美鈴が踏み込んだ瞬間、空気が爆ぜた。

 鋭い拳が風を裂き、その軌跡に沿って虹彩の光弾が咲き乱れる。

 

「速っ……!」

 

 反射的に身を沈め、肩を捻って避ける。頬をかすめた熱風が皮膚を焼いた。

 同時に、俺も捻りの勢いを利用して手刀を閃かせる。

 

 霊力を帯びた刃が空を裂き、その軌跡から光弾が飛び散った。

 至近距離で交錯する拳と刃。

 ガンッ、と金属音のような衝撃が腕に響く。

 

「ぐっ……!」

 

 骨の芯まで震える。だが、不思議と胸は熱を帯びていた。

 ――これはただの殴り合いじゃない。拳の動きがそのまま弾幕を生み、芸術に変わっている。

 

「ほう……いい反応ね」

 

 美鈴が楽しげに笑う。

 次の瞬間、彼女が大きく掌を構えた。

 

「耐えられるかしら?」

 

 掌が突き出される。

 轟音と共に衝撃波が奔り、虹色の光弾が花開いた。

 

「っ……!」

 

 咄嗟に結界を張り、受け止める。

 だが押し返される。結界越しに全身が痺れ、膝が軋む。

 

「……これが、門番の拳かよ」

 

 呻きながらも、思わず笑みが漏れた。

 痛いのに、胸の奥が震えて仕方がない。

 

 拳を打ち込むたびに骨の芯が揺れる。

 受け流すたびに全身が痺れる。

 それでも折れない。むしろ昂ぶっていく。

 

(あぁ、これだ……!)

 

 ただの戦闘じゃない。

 武と弾幕が絡み合い、理を示すための真剣勝負。

 

 紫の言葉が脳裏を過ぎる。

 ――「スペルカードは、理を示すための名」

 

 なら、これが美鈴の理。

 拳に華を纏わせ、弾幕を武術に組み込む流儀。

 俺にそれを叩き込もうとしている。

 

「やるわね。人間の身でそれを耐えるなんて」

 

 美鈴がふっと構えを解き、笑みを見せる。

 けれど、その目は獲物を逃さぬ狩人のように鋭かった。

 

「でも――ここからが本番よ」

 

 右手が掲げられる。虹色の光が奔り、空気が震えた。

 天地を切り裂くように、その名が告げられる。

 

「彩翔拳――《彩光乱舞》!」

 

 爆ぜる光。

 拳の軌跡に沿って虹の弾幕が乱れ咲く。

 一発一発が型を持ち、連続して俺を圧し潰そうと迫ってくる。

 

「っ……!」

 

 俺は息を呑み、霊力を全身に漲らせた。

 ――ここからが、俺にとっての真の試練だ。

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