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◆ side:時崎創英 ◆
紅霧の海を抜け、俺たちはついに敵の領域へと踏み込んでいた。
息を吸い込むたびに胸の奥が重くなる。視界を覆う赤は濃さを増し、ただ漂うだけの霧ですら生き物のように絡みついてくる。
霊夢は前を飛びながら、ある方角に鋭い眼差しを投げた。
「……こっちで間違いないわ。霧の気配が、奥から溢れてる」
魔理沙は箒の柄を軽く叩き、にやりと笑う。
「いよいよ大本命ってわけだな。――ほら、来たぜ」
言葉に合わせるように、濃霧の帳から無数の影がわらわらと姿を現す。
赤黒く濁った光を反射する羽。氷、炎、雷といった妖力の結晶を抱え、こちらを睨みつける無数の妖精たち。
その視線には悪戯の軽さはなく、濃い紅霧に呑まれたせいか、ただ敵意だけが剥き出しになっていた。
「来るぞッ!」
警告を発するより早く、弾幕が炸裂した。
赤と青、白と黒。色とりどりの光が網のように広がり、空そのものを塞いでいく。
俺は息を整え、胸の奥に霊力を集めた。
チルノとの死闘で掴んだ感覚が脳裏に甦る。
――ただ派手に撒くんじゃない。進むべき道を示す、それが“弾幕”だ。
「はあぁぁっ!」
掌から放った光弾が四方に弾ける。
だが、今回は以前のように散漫ではない。
左右に枝分かれしながら、火花のように咲き乱れ、妖精たちの動きを封じるように舞った。
正面だけは薄く、両翼を塞ぐように密度を増す。まるで「逃げ場はここだ」と告げるかのように。
「おお……!」
後ろから魔理沙の驚きの声。
霊夢も一瞬だけ視線を寄越し、僅かに目を細めた。
肯定の色がそこに宿っているのを、俺は見逃さなかった。
(やれる……!)
妖精たちが散開する。その瞬間を狙い、俺は光弾を波のように押し流し、正面の突破口を切り開く。
そこへ霊夢の札が重なり、魔理沙の星弾が雨のように降り注いだ。
炸裂する閃光、咲き乱れる弾幕の花。次々に妖精が光に呑まれ、散っていく。
ついさっきまで俺一人では到底処理できなかった数の敵が、今は三人の動きで自然に削られていった。
胸の奥に、熱い実感がこみ上げてくる。
威力よりも“見栄え”。派手さよりも“理”。
紫の言葉が、少しずつ血肉となって俺の戦いに溶け込んでいく。
広がる視界に合わせて弾を散らす。霊夢の札が道を切り開き、魔理沙の星がそこを焼き払う。
俺の射線が二人の流れに自然に噛み合っていくのが分かる。
かつては無理に合わせようとして乱していたのに、今は呼吸を合わせなくても連携になっている。
「へぇ……」
魔理沙が感心したように呟き、箒を翻して星弾を撃ち込む。
霊夢もまた舞うように札を撒き散らし、その一動作ごとに敵の群れが削がれていく。
そんな中で――二人の動きが、さっきまでよりも鋭さを増しているのを、俺は感じ取っていた。
声を荒げたわけでもない。息遣いが乱れたわけでもない。
けれど、確かに熱がそこに宿っていた。
(……この二人は、いつだって本気なんだな)
その事実が胸を震わせた。
ならば俺も、足を止めてはいけない。
弾幕ごっこという“遊び”に過ぎないはずなのに――今は確かに、俺の血肉を燃やす“戦い”そのものだった。
そうして紅霧を切り裂きながら進むうち、気づけば視界の先に影が立ちはだかっていた。
深紅の壁と高い鉄門。霧を背負ってそびえる西洋館は、不気味でありながら荘厳さを併せ持つ。
俺たちはついに、その門前へと辿り着いていた。
◆
深紅の外壁と高く聳える鉄門。濃霧を背にそびえ立つその姿は、不気味さと荘厳さを同時に湛えている。
闇の中に灯る巨大な影に近付くだけで、肺の奥に冷気が沈み込み、全身の神経が強張っていくようだった。
紅魔館――その存在感は、この館が異変の根源であることを、雄弁に物語っていた。
「……ここで間違いないわ」
先頭を飛んでいた霊夢が、淡々と告げる。
紅霧の濃さが他とは違う。館を中心に脈打つように広がっていた。
「へっ、いよいよ大本命ってわけだな」
魔理沙が箒を軽く揺らし、にやりと笑う。
けれど、その笑みにもわずかな緊張が滲んでいるのを俺は見逃さなかった。
そんな、館の前。
鉄門の前に、ただ一人、堂々と立ち塞がる影があった。
赤い長髪を風に靡かせ、青いチャイナ服を纏った背の高い少女。
彼女は両腕を組み、穏やかに微笑んでいた。けれどその佇まいから漂う圧は、雑多な妖精たちとは到底比べものにならなかった。
「ようこそ――紅魔館へ」
柔らかな声。だが同時に、空気が一段と重くなる。
「私の名は紅美鈴。館の主、レミリア・スカーレット様の忠僕にして、この鉄門の守護を任された門番です」
その立ち姿を見た瞬間、俺は直感した。
――この人は、俺と同じ“武”の道を歩む者だと。
◆
「……さて。早速で悪いのだけれど、ここを通すに値するか、試させてもらうわ」
美鈴の挑発とも取れる発言に霊夢がすっと前に出かけた、その時だった。
俺は反射的に声を張っていた。
「ここは、俺に任せてくれ!」
俺の発言を聞いた二人は、揃ってこちらを振り向いた。
「はあ?」
「おいおい、正気か?」
霊夢と魔理沙の視線が同時に刺さる。
けれど俺は引かなかった。
「あの立ち居振る舞いを見れば分かる。あの人は武術家だ。なら、俺がやる。二人は先に行ってくれ」
霊夢は唇を噛み、魔理沙は渋い顔で腕を組む。
だが、美鈴本人は何も言わず、静かに笑っている。
やがて霊夢が小さくため息をついた。
「……勝手にしなさい。ただし、無茶はしないこと」
「やられたら大人しく退散するんだぜ!」
二人はそれだけ言い残し、ひらりと門を飛び越えて中へ消えていった。
背中が霧の奥に見えなくなった瞬間、重苦しい沈黙が辺りを支配する。
残されたのは俺と、美鈴の二人のみ。
道中で煩わしさすら覚えた妖精の1匹すら、今この場には居なかった。
互いに動かず、ただ見据える。
その場に吹き込む風の音すら、挑発のように響く。
美鈴の瞳は穏やかで、けれど深い。
まるで「心を見透かされている」かのような錯覚に、自然と笑みがこぼれる。
美鈴もまた口元を緩め、軽く顎を上げた。
「いい目をしますね。さぁ――来なさい」
空気が一変する。
足元から大地の重みが伝わり、同時に軽やかな気流が身体を撫でる。
相反する二つの気配を纏いながら、紅美鈴は構えを取った。
俺も息を吸い込み、両手に霊力を宿す。
弾幕ごっこと武術合戦――異色の戦いが、幕を開けた。
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◆ side:博麗霊夢 ◆
紅魔館の重厚な門を背にして、私と魔理沙は薄暗い回廊へと足を踏み入れた。
外の空気は紅霧と氷で満ちていたが、館内は妙に静まり返っている。聞こえるのは、石畳を踏む二人分の靴音だけ。
「なあ、霊夢」
並んで歩く魔理沙が、ちらりと横目を寄越す。
その声音には、わずかな不安が滲んでいた。
「本当に良かったのか? あのまま創英に任せちゃって」
「……まぁ、大丈夫でしょ。あいつなら死にゃしないわよ」
私は振り返らず、肩を竦めて答えた。
楽観的な発言ではあったけど、決して根拠がないわけじゃない。
さっきの門前でのやり取りを、私は思い返していた。
創英と美鈴――二人の視線が交わった瞬間に、空気が変わった。
互いの気配を測り合い、言葉を挟むより先に互いを理解し合っていた。
それは、武を嗜む者同士だけが分かる“領域”ってやつなのかもしれない。
あの場にいたのは私と魔理沙も同じなのに、気づいたのはどうやら私だけだったらしい。
「見てなかったの? 互いに余計な言葉はいらないって顔してたでしょ」
「はぁ? なんだそりゃ」
魔理沙が首を傾げ、帽子を押さえて怪訝な顔をする。
やっぱり。魔理沙はそういう空気には割と鈍い。
私は苦笑を洩らしつつ、廊下の奥へ視線を向けた。
「私も詳しい理屈は知らないわ。でも、あの一瞬で二人とも“戦う理由”を決めちゃったのよ。……だからこそ、美鈴はあえて私たちを通した。あの美鈴って奴が門番として譲れないのは“侵入者を止めること”じゃなく、“自分の領域を賭けた勝負”だったんでしょう」
魔理沙が「ふーん」と唸りながら前を見据える。
しぶしぶながらも、理解したようだった。
ただ、彼女はすぐ次の問いを放ってきた。
「で、勝率は? どのくらいだと思う?」
「さぁ……」
私は一歩立ち止まり、考え込む。
美鈴の力量は、館に侵入する間際に見えた拳の一振りで分かった。
あの武術はただの型じゃない。大地に根を張るような足取りに、弾幕を織り込む呼吸が自然に伴っていた。
人間の範疇を軽々と越えた実力だ。力も速さも、技量も、恐らく美鈴が上。
普通なら、勝負にならない。
けれど――創英には一つ、あの門番に一矢報いる強みがある。
それは、不格好だけど確かな“爆発力”があるという点。
あのチルノ戦で見せた《翔霊波》は、完成度はまだ低いけれど、一瞬で局面をひっくり返す程の威力と迫力を持っていた。
ああいう破格の一手は、熟練者ほど想定の外から刺さる。
「……でも、そうね」
武術に弾幕を絡める戦いになるだろう。
その中で接近の間合いを掴めれば、一瞬の閃きで均衡を崩せるかもしれない。
私は口元に小さな笑みを浮かべた。
「勝負は――意外と、拮抗するかもしれないわ」
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◆ side:時崎創英 ◆
美鈴が踏み込んだ瞬間、空気が爆ぜた。
鋭い拳が風を裂き、その軌跡に沿って虹彩の光弾が咲き乱れる。
「速っ……!」
反射的に身を沈め、肩を捻って避ける。頬をかすめた熱風が皮膚を焼いた。
同時に、俺も捻りの勢いを利用して手刀を閃かせる。
霊力を帯びた刃が空を裂き、その軌跡から光弾が飛び散った。
至近距離で交錯する拳と刃。
ガンッ、と金属音のような衝撃が腕に響く。
「ぐっ……!」
骨の芯まで震える。だが、不思議と胸は熱を帯びていた。
――これはただの殴り合いじゃない。拳の動きがそのまま弾幕を生み、芸術に変わっている。
「ほう……いい反応ね」
美鈴が楽しげに笑う。
次の瞬間、彼女が大きく掌を構えた。
「耐えられるかしら?」
掌が突き出される。
轟音と共に衝撃波が奔り、虹色の光弾が花開いた。
「っ……!」
咄嗟に結界を張り、受け止める。
だが押し返される。結界越しに全身が痺れ、膝が軋む。
「……これが、門番の拳かよ」
呻きながらも、思わず笑みが漏れた。
痛いのに、胸の奥が震えて仕方がない。
拳を打ち込むたびに骨の芯が揺れる。
受け流すたびに全身が痺れる。
それでも折れない。むしろ昂ぶっていく。
(あぁ、これだ……!)
ただの戦闘じゃない。
武と弾幕が絡み合い、理を示すための真剣勝負。
紫の言葉が脳裏を過ぎる。
――「スペルカードは、理を示すための名」
なら、これが美鈴の理。
拳に華を纏わせ、弾幕を武術に組み込む流儀。
俺にそれを叩き込もうとしている。
「やるわね。人間の身でそれを耐えるなんて」
美鈴がふっと構えを解き、笑みを見せる。
けれど、その目は獲物を逃さぬ狩人のように鋭かった。
「でも――ここからが本番よ」
右手が掲げられる。虹色の光が奔り、空気が震えた。
天地を切り裂くように、その名が告げられる。
「彩翔拳――《彩光乱舞》!」
爆ぜる光。
拳の軌跡に沿って虹の弾幕が乱れ咲く。
一発一発が型を持ち、連続して俺を圧し潰そうと迫ってくる。
「っ……!」
俺は息を呑み、霊力を全身に漲らせた。
――ここからが、俺にとっての真の試練だ。