幻想回帰節   作:北宮 涼

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難産でした……こんな時に限ってリアルも忙しくなるし……くそぉ。
はい、お待たせ致しました。霊夢パートのクライマックスです。


28の節:紅い霧の異変、その11

◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

◆ side:博麗霊夢 ◆

 

 静かになった。

 さっきまで耳を裂くほど響いていた金属音も、もう聞こえない。

 代わりに残ったのは、砕けた時計の針が床を転がる小さな音だけ。

 時間が、また流れ始めた――そんな錯覚さえ覚える。

 

 咲夜は床に倒れたまま、微かに胸が上下していた。

 死んではいない。けれど、戦える状態じゃない。

 戦いの最中に纏っていた不穏な気配は、今は完全に消えている。

 

『……お嬢様を、救ってください……』

 

 悲痛に塗れたその声が、今も耳の奥に残っている。

 “お嬢様を守ること”――それが、このメイドの存在理由だったのだろう。

 

 壊れた懐中時計を拾い上げる。

 針は止まったまま、もう動く気配はない。

 それでも、温かい。彼女がまだ、この館の“時間”を守ろうとしていた証なのだろう。

 

(……思ったよりも、厄介な事になったわね)

 

 霊石の気配は薄れていたが、完全には消えていない。

 空気の底に、わずかな波動が残っている。

 館そのものが、それを抱え込んでいるような――そんな感じ。

 

 私は時計をそっと床に置き、立ち上がった。

 周囲を見渡せば、戦いの余波で晴れていた紅霧がまた濃くなっている。

 

(……紅魔館の中心。霧の源。そこにいるのは――)

 

 気配を辿る。

 血のような月光が、窓から射し込む。

 廊下の先に、扉がひとつ。重厚な木製の両開き。

 その向こうから、霊石の脈動と同じ“鼓動”が聞こえた気がした。

 

 ――トクン。

 

 空気が震えた。

 墨で染めたような空に浮かぶ月が、鳴くように紅い光を落とす。

 その輝きが、壁を妖しく照らす。

 

 私は息を整え、袖から一枚の札を抜き取る。

 血を思わせる紅霧がゆらめく中、扉の前に立った。

 

「咲夜。残念だけど、あんたの願いは引き受けられないわ」

 

 そう呟くと、手をかけた扉が、静かに開いた。

 霧が流れ込む。紅の風が頬を撫でる。

 

「――けれど。悪い子は、ちゃんと叱ってやらなきゃね」

 

 そっと呟いて、ただ前だけを見据える。

 その向こう――

 紅い満月の下、庭園が広がっていた。

 

 

 扉を押し開けると、そこには「夜」そのものがあった。

 しかし、普通の夜じゃない。紅魔館の内部で渦を巻いていた霧が、屋上一帯を一つの閉じた世界に作り替えている。

 紅い石畳、鉄柵、そして紅く染まった薔薇が並ぶ庭。

 紅、紅、紅――それは満月すらも染め上げられていて、低く、光は血のように濃い。

 息を吸うだけで、喉がざらつくような匂いがした。

 

(ここが、紅霧の中心ね)

 

 紅い空気の向こうで、私は声を投げた。

 相手を誘い出すための、くすぐったい台詞。敵を挑発するための、安っぽい言葉。

 

「……そろそろ姿を見せてもいいんじゃない? お嬢さん」

 

 霧の奥から、くぐもった笑い声が返る。音は柔らかいのに、どこか冷たい。

 

「ようこそ、紅魔館へ――博麗の巫女」

 

 霧が裂け、その隙間に淡いピンクのドレスが見えた。

 白に近い生地は満月の光を受けてほのかに染まり、胸元や裾の紅いリボンが零れるように輝く。

 小柄な体なのに、そこに立つだけで世界の重心がずれると錯覚するほどの存在感がある。

 

 私は直感で、周囲の波動の一つを見逃さなかった。あの“霊石”の、低いうねり――微かだけど、確かに主張する脈動。

 紅霧の素材の奥に、外からの呪力が混じっている。

 

「……あんたが、紅霧の源ね? あんたの撒いたこの霧のせいで、幻想郷中が迷惑してるの」

 

 言葉を投げると、彼女は微かに顎を傾けて微笑んだ。

 その紅い瞳が、まるで「で、それがどうしたの?」とでも言いたげに揺らめく。

 

 ――この反応、やっぱり素直に話を聞く気はないか。

 だったら、もう一歩踏み込むしかない。

 

「だから、すぐにここから出て行ってくれない?」

 

 静かな声に、紅霧がわずかにざわめいた。

 風が生まれたように見えたのは、たぶん気のせいじゃない。

 

「なるほど、人間らしい理屈ね。自分の世界のことしか見えていない」

 

 その声音には、あざけりとも寂しさともつかない響きがあった。

 月光の下で笑うレミリアの顔は美しく整っているのに、その奥にある何かが歪んで見える。

 まるで自分自身に言い聞かせるように、他者を嘲っている――そんな印象だった。

 

(……じゃあ、こっちも理屈で返すわ)

 

 息を吸い込み、空気を肺に満たす。

 私は一歩踏み出し、視線を逸らさずに言葉を返した。

 

「見えてるわよ。この霧が、幻想郷の“均衡”を壊してるってことくらい」

 

 彼女は扇をゆっくり開き、口元を指で隠してから言った。声はおどけているが、言葉の芯は鋭い。

 

「私には関係無いわね。それにここは私の城よ。夜も霧も、すべて私のもの。ここから出て行くのはあなただわ」

 

 その宣言に、私は一歩近づく。庭園の石畳が冷たく足裏に伝わる。

 

「違うわ。“ここから”出て行けじゃない。――“この世から”、よ」

 

 彼女の頬の微かな表情が、ほんの一瞬だけ崩れた。紅い瞳が細まり、楽しげな声が少しだけ低くなる。

 

「……あら、恐ろしいことを言うのね。この私を相手に“退治”を宣言するなんて」

「巫女だからね。そういう仕事なの」

 

 私の言葉に、彼女はため息のような笑いを漏らし、肩を竦めた。

 

「しょうがないわね。今はお腹いっぱいだけど――少し、遊んであげる」

「護衛のメイドを雇ってたくらいの箱入りお嬢様が、ね?」

 

 紅霧の揺れ方が変わる。彼女の言葉ひとつで、空気の重さが一段深くなる。

 

「咲夜は掃除係。おかげで、首ひとつ落ちてないのよ」

「……さっきのメイドのこと?」

「ええ。咲夜は優秀だけれど、あなたには敵わなかったみたい。あなた、殺人犯ね」

 

 私は軽く顎を上げる。

 

「止めただけよ。殺してはいないわ」

「ふふ、それでも十分よ。――侵入者は、本来そこで息絶える運命なんだから」

「そう。なら、運命をひとつくらいねじ曲げたってわけね」

 

 言葉がぶつかり合う。紅霧が震え、庭園の雰囲気が一瞬だけ濃くなる。

 

「……なかなか出来るわね、巫女さん。でも――私を本気で止められると思って?」

 

 彼女の挑発に、私はぽつりと笑うしかなかった。弾幕を前にしたら、言葉は刃にはならない。でも、ここで引けば、異変は作法もなく広がっていく。

 

 レミリアは月を見上げ、静かに呟く。声は祈りにも似て、刃にも似て。

 

「こんなにも月が紅いから、今夜は本気で殺すわよ」

 

 満月の紅が深まる。庭園の霧が爆ぜ、影が広がった。私は札を抜き、呼吸を整える。

 

「はぁ。面倒ね、全く。こんなに月も紅いのに」

 

 彼女の言葉に、私はこくりと返す。

 

「楽しい夜になりそうね」

「永い夜になりそうね」

 

 その最後の言葉がこだますると同時に、空が裂け、紅と白の光が交錯した。

 夜空を切り裂く閃光が、静かに――しかし確実に戦いの幕を上げた。

 

 

 紅霧の渦が、月明かりを飲み込んでいく。

 風が止まり、夜の庭園が凍りつく。

 次の瞬間、紅い弾丸が霧の中から放たれた。

 

 初撃――速い。視線で追うより早く、霊弾が私の袖を裂く。

 私は札を一枚滑らせ、結界を展開した。

 

「紅魔『スカーレットショット』ってところかしら?」

「……ただの挨拶代わりよ。博麗の巫女の実力を見たくてね」

 

 霧の奥から、レミリアがふわりと浮かび上がる。

 その姿は夜と一体化したようで、動きに境界がない。

 翼の一振りで、紅い弾が無数の花弁となって舞った。

 私は符を投げ、光弾を散らす。

 

(なるほど、弾幕で探りを入れてるのはお互い様ってわけね)

 

 爆ぜる音と紅の残光。

 その隙間で、レミリアの声が流れるように届いた。

 

「この霧はね……私の夜よ。あの子を、静かに眠らせておくための」

 

 ――“あの子”。

 その一言で、戦いのリズムが一瞬止まった。

 私は結界を張り直しながら、目を細める。

 

「……あの子? 家族がいるってこと?」

「ええ。妹よ。少し……壊れてしまったの。だから、外の光に触れないよう、この夜で包んだのよ。この夜は檻。優しい牢獄。姉としての、けじめ」

 

 弾幕の軌跡がわずかに乱れる。

 その声には、戦意よりも悲哀が混じっていた。

 

「……ふうん、なるほどね」

 

 私は一歩前に出て、札を指に挟む。

 紅霧がゆらりと揺れ、月の紅が滲む。

 その光の中で、私は彼女をまっすぐ見据えた。

 

「だからなのね――あんた、妖怪のくせに怖くないのよ」

「なに?」

「あんたの言葉、ぜんぶ“人間の理屈”じゃない。守るだの、閉じ込めるだの、責任だの……そういうの、私の仕事で聞き飽きてる。あんた、妖怪なのに人間みたいに悩んでるのよ。あんたの言う“姉”って、そんなに立派なもんなの?」

 

 レミリアの目がわずかに揺れた。

 霧がその動揺に呼応するように震える。

 

「私は……! あの子を守るために――」

「守る? 違うわ、逃げてるのよ。今のあんたは、あまりに人間らしすぎる。さっきまでの得体の知れなさが、まるで無い」

「……黙りなさい!」

 

 紅霧が爆ぜる。紅い翼が大きく広がり、夜を裂いた。

 弾幕が放たれ、空気が悲鳴を上げる。

 私は飛び退き、袖を翻す。

 

「妖怪なら、もっと身勝手でいいのよ。退屈だから夜を広げた――それでいい。人間の恐れる妖怪ってのは、そういう存在でしょ?」

「……何を……言って……」

「妖怪のくせに人間の真似なんかしてるから、そんなに苦しそうなのよ」

 

 紅霧が止まる。

 レミリアの表情が、痛みと困惑のあいだで揺れた。

 

(――今ね。完全に動揺してる)

 

 私は符を構え、右手を掲げた。

 

「いいわ。話すより早いほうが性に合ってる。――スペルカードルールで決闘を申し込む。私は二枚で勝負!」

「勝手に……!」

「異議ありなら、弾幕で証明してみなさい!」

 

 霧が再び弾け、夜が軋む。

 紅と白、二つの光が交差した瞬間――

 戦いは、今度こそ本格的に始まった。

 

 

 紅と白が交錯した瞬間、夜が軋んだ。

 紅霧がうねり、空が血のように濃く染まる。

 私とレミリアの距離は、ほんの十数メートル。

 けれどその間には、境界のような空気があった。

 言葉はもう要らない。次に動いた方が、この夜の理を掴む。

 

 先に動いたのは、レミリアだった。

 霧が蠢き、無数の紅弾が花弁のように咲く。

 翼の影がひと振りされるだけで、夜の形が変わる。

 

「神罰《幼きデーモンロード》」

 

 紅い光が三重に巡り、王冠のような輪が形を成す。

 その中心から、弾幕が迸った。

 速い。音より先に、光が私を掠める。

 袖が裂け、霊気が震えた。

 

 ――まだ迷いがある。

 狙いが正確すぎて、“怒り”が足りない。

 あれほど挑発したのに、まだ“ためらい”が残ってる。

 

(優しさなんて、妖怪には要らないでしょ)

 

 札を滑らせ、私も反撃する。

 霊力を一点に収束し、結界を描く。

 光が迸り、紅と白の弾がぶつかり合う。

 王冠が砕け、霧が跳ね返る。

 だが、紅の波は止まらない。

 

「どうしたの? その程度じゃ、夜は明けないわよ!」

 

 レミリアが笑う。

 その笑みは強がりとも、誇りともつかない。

 ほんの一瞬、紅の霧が彼女の瞳を隠した。

 次の瞬間――夜の温度が下がる。

 

「獄符《千本の針の山》」

 

 弾幕が地を覆う。

 鋭い紅針が雨のように降り注ぎ、視界を白く裂く。

 針の軌跡が幾何学模様を描き、逃げ場を封じていく。

 

(この密度……押し潰す気ね)

 

 私は札を放ち、針と霊力をぶつける。

 結界が弾け、衝撃が走る。

 髪が逆立ち、肌を切る風が舞う。

 だけど、まだ負けられない。

 

「ふふ……やっぱり、壊れないのね」

「そっちこそ、ずいぶん手加減してるじゃない」

 

 一瞬、レミリアの表情が陰る。

 その瞳の奥――紅とは違う光が揺れていた。

 恐れでも、悲しみでもない。“迷い”だ。

 

 紅霧が再び脈打つ。

 その震えに呼応するように、空気の底から何かが軋む。

 ――霊石。

 彼女の内側に、それが潜んでいる。

 

「神術《吸血鬼幻想》」

 

 紅霧が一気に濃くなり、夜がねじれた。

 視界が崩れる。

 時間の流れが変わり、風の音が消える。

 気づけば、彼女の姿が目の前にあった。

 

 赤い爪が光を裂き、翼が閃く。

 刹那、弾幕が私の肩を掠める。

 血のような熱。

 彼女の動きは、もう人のそれじゃない。

 

(……やっぱり、石の力を使ってる)

 

 霧の波動が、胸の奥を焦がすように響いた。

 けれど、その中に――微かな怯えを感じた。

 自分の力に怯えるような、そんな震え。

 

 私は、わざと一歩、踏み込む。

 弾幕が頬を掠め、視界が紅く滲む。

 それでも、目を逸らさない。

 この吸血鬼はまだ、本気じゃない。

 

「……あんた、妖怪でしょ!? そんな石に負けてどうすんのよ!!」

 

 瞬間、空気が凍る。

 紅霧がぴたりと止まり、夜が静まった。

 レミリアの瞳が、わずかに揺れる。

 その紅が――痛みを帯びていた。

 

「……“負ける”ですって?」

 

 声が低く、でも確かに震えていた。

 その震えが、次の瞬間、笑みに変わる。

 

「ふふ、馬鹿なことを言うのね。私は誰にも屈しない。ましてや、あんな下らない石ごときに」

 

 紅霧が音を立てて弾ける。

 夜が澄み、月光が差す。

 風が通り抜け、紅の幕が払われていく。

 ドレスの白に近いピンクが、血の月を弾く。

 

「私はレミリア・スカーレット。夜を統べる吸血鬼にして、この館の主。恐怖も、愛も、全て私のものよ。――夜は、私が閉じ、私が開く」

 

 その瞬間、私は感じた。

 ――“霊石の声”が、完全に途絶えたことを。

 レミリアが、ようやく自分の夜を取り戻した。

 

「……ふっ、上等ね。ようやく本気になったじゃない」

 

 レミリアが笑みを浮かべる。

 もう、迷いはない。

 そこに立っているのは、誇り高き夜の帝王。

 

「ふふ、巫女。せいぜい楽しませなさい。夜は――まだ終わらないわ」

 

 翼が大きくはためく。紅い光が弾けた。

 

「紅符《スカーレットマイスタ》!」

 

 その名が響いた瞬間、夜が震えた。

 紅い弾幕が花開き、風の流れすら塗り替える。

 弾はただの光じゃない。熱だ。重さだ。支配の象徴だ。

 レミリアの動きに合わせ、無数の紅弾が軌跡を描き、

 まるで彼女の心臓が空全体に広がったかのように、

 世界が“紅の鼓動”で満たされていく。

 

 その光の群れが、一斉に襲いかかる。

 逃げ道なんて存在しない。

 避けようとすれば、紅が形を変えて包み込んでくる。

 まるで――夜そのものが、私を飲み込もうとしているかのように。

 

 でも。

 

「……悪いけど、私は光側なのよ」

 

 私は袖を払う。

 符が舞い、白い残光を描く。

 その中心で、私の声が夜を切り裂く。

 

「夢符《封魔陣》!」

 

 白光が地を這うように広がる。

 線と円が絡み合い、幾何学の花が咲いた。

 その一輪一輪が、夜を拒絶する“理”の象徴。

 紅と白が衝突し、閃光が爆ぜる。

 世界が、軋む。

 空が、震える。

 地面が、二人の力の軌跡を刻み込んでいく。

 

「そんな結界、夜の呼吸で吹き飛ばせるわ!」

 

 レミリアが笑い、紅の翼を広げる。

 その一振りごとに、弾幕の密度が倍加する。

 紅の矢が雨となり、旋回し、陣を削り取る。

 地を這う光がひび割れ、白の輪がひとつ、またひとつ弾けた。

 

(くっ……押されてる……!)

 

 肌が焦げる。

 視界の端が紅に染まる。

 それでも私は踏みとどまる。

 ――“均衡”を守るのが、博麗の巫女の役目だから。

 

 陣の中心に立ち、私は掌を掲げた。

 紅い風が私を飲み込む。

 その瞬間、意識が研ぎ澄まされていく。

 世界が“点”になり、ただ紅と白だけが存在する。

 

「巫女……! あなたの光は、夜を消すだけのものじゃないわね……!」

「だから言ったでしょ――夜も朝も、どっちも幻想の一部よ!」

 

 裂けるような閃光が走り、紅と白の境界が溶ける。

 レミリアがさらに前に出る。

 翼の軌跡が紅い弧を描き、夜が一瞬で閉ざされた。

 次の瞬間――彼女の宣言が響く。

 

「《紅色の幻想郷》」

 

 時間が、止まった。

 音が、消えた。

 紅。

 それだけ。

 世界のすべてが、彼女の色に染まる。

 空も、地も、私の呼吸さえも、紅に呑み込まれる。

 レミリアが笑う。その笑みは、夜の支配者のもの。

 

「ようこそ、私の幻想郷へ。――ここでは、紅以外は存在しない」

 

(……紅だけの世界、ね)

 

 視界が霞む。霊力の流れが見えない。

 いや、違う。見えないんじゃない。塗り潰されてる。

 紅があまりに濃くて、他の色が見えない。

 このままじゃ、夜が“永遠”になる。

 

 私は、胸の奥で燃えるものを感じた。

 静かに、でも確かに。

 紅の支配に反発する、私自身の“白”。

 

「そんな幻想――私が、打ち破る!」

 

 両の掌を合わせる。

 霊符が白熱し、光が滲む。

 脈打つ。心臓の鼓動と重なる。

 私の意志が、そのまま霊力に変わっていく。

 夜の支配を塗り替える、一条の祈り。

 

「――霊符《夢想封印》!」

 

 白が爆ぜた。

 音も光も、紅を貫く。

 無数の円が、夜空に描かれる。

 それは夢の形。無数の私が放つ、想いの弾丸。

 紅の世界を穿ち、砕き、削り取る。

 

 レミリアの姿が、紅霧の向こうで揺らぐ。

 彼女の紅弾が押し返されるたび、夜が裂ける。

 紅と白の閃光が、音もなく咲き乱れる。

 それはまるで――夜明けと日没が同時に訪れるような光景。

 

「はあぁぁぁぁぁっ!!」

 

 私は叫び、最後の一撃を放つ。

 白い円が連なり、巨大な封印陣を描く。

 その中心に、紅が吸い込まれていく。

 月が震え、風が逆巻き、世界が反転した。

 

 ――破裂音。

 紅の膜が砕け、夜が戻る。

 静寂が、訪れた。

 

 紅霧が霧散し、空が息を吹き返す。

 見上げれば、白い月がようやく顔を出していた。

 紅魔館の屋上に立つ二人――

 私と、レミリア。

 どちらも、限界まで力を使い果たしていた。

 

 レミリアが小さく息を吐き、微笑む。

 もう、あの霊石の波動はない。

 あるのは、ただ誇り高き夜の王だけ。

 

「……いい夜だったわ」

 

 私は霊符を握り直し、疲れた笑みを浮かべる。

 

「まったく……妖怪ってのは、本当に手がかかる」

 

 夜明けの風が吹き抜けた。

 紅の名残を運び去りながら、空の端に、静謐な朝の気配を残していった。

 

 ――だが、その静けさを破るように。

 

 地下の方から、大きな震動が響いた。

 

「……下ね」

「ええ。あの子の……部屋よ」

 

 私は無言で頷き、霊符を握り直した。

 戦いは、まだ終わっていない。

 夜明けを告げるには――少し、早すぎたようだ。

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