幻想回帰節   作:北宮 涼

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AIで挿絵を用意していたらこんな時間。何事も思いつきでやるものでは無いですね。
という訳で、今回は挿絵アリです。AIイラストを利用している&グレーアウトさせて配慮はしましたが少々の流血表現アリなので、苦手な方はご注意を。


30の節:紅い霧の異変、その13

◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

◆ side:博麗霊夢 ◆

 

 地下室は、もはや“部屋”の形をなしていなかった。

 壁は砕け、床は波のように歪み、天井には赤い亀裂が走る。

 そこに――暴風のような紅の光を纏い、フランドール・スカーレットが立っていた。

 

 呼吸すら、爆発のように揺らいでいる。

 破壊の力が、感情のままに漏れ出している。

 

「フラン……ッ」

 

 レミリアが名を呼ぶが、その声は届かない。

 妹は、ただ泣きながら笑っていた。

 

「やだ……やだよ……わたし、もう、いらないのなら――」

 

 次の瞬間、紅が弾けた。

 

「――ッ来る!」

 

 咄嗟に飛翔。霊符を構えて身をひねる。

 時間すら歪めるような圧が頬をかすめ、背後の壁が音もなく粉砕された。

 

「この子……手加減できない状態ね」

 

 咲夜が息を呑む。右腕に裂傷が走り、血が落ちる。

 彼女はそれでもナイフを構えた。

 

「お嬢様、下がってください! ここは……私が!」

「バカ言わないで! 姉が逃げてどうするのよ!」

 

 レミリアの声は強かった。

 あの迷いと弱さを、もう一片も残していない。

 

「フラン……見ていなさい。絶対に一人にはしない!」

 

 紅い翼が広がり、吸血鬼の魔力が噴き上がる。

 フランドールの暴走した魔力と激突し、空気が震えた。

 

 だが――相性が悪い。

 同じ吸血鬼の血を持つせいか、レミリアの力はぶつかり、拡散し、打ち消される。

 

(押し返せてない……!)

 

 なら、私がやることは一つ。

 

「封魔陣!」

 

 床に白い光の円が奔り、結界の壁となってフランの動きを押し留めた。

 紅い暴風がぶつかり、火花のような光と音を撒き散らす。

 

 だが――

 

「――やだ。どいてよォ」

 

 囁くような声で、結界が軋んだ。

 圧縮された破壊が、内部から壁を破ろうと膨れあがる。

 

「だめ……抜けるわ!」

「咲夜!」

「了解しました――時間停止ッ!」

 

 時間が凍る……はずだった。

 フランドールは、止まらない。

 

 空間が弾け、咲夜の停止した時間に侵入する。

 亀裂が走り、固定された世界が崩れた。

 

「っ――咲夜!」

 

 咲夜の身体が吹き飛ぶ。

 床を削るように滑り、その先には砕けた柱。

 

 その瞬間――小さな影が飛び込んだ。

 

「咲夜さ――んッ!!」

 

 翠の髪の妖精メイドだった。

 妖精とは思えない速度で、咲夜を抱きかかえるように受け止める。

 

 だが勢いが強すぎた。

 二人まとめて宙へ弾かれ、まっすぐ柱へ叩きつけられる――はずだった。

 

「――天龍脚ッ!!」

 

 轟音。

 柱ごと地面が砕け、別方向へ弾かれた衝撃に乗るように、咲夜と妖精メイドの身体が柔らかく受け止められる。

 

 着地の衝撃が土煙を上げた。

 

「大丈夫ですか、咲夜さん! ラッシュ!」

 

 轟音と共に、色鮮やかなチャイナ服の影が飛び込んできた。

 土埃を巻き上げながら、美鈴が二人を抱えて着地する。

 

 頬に埃を付け、肩で息をしながら叫ぶ。

 

「地面が揺れて……悪い予感しかしませんでした! 全員、無事ですか!?」

「無事じゃないわ! あの子、暴走中!」

 

 レミリアが指差すと、美鈴の表情が一瞬で強張る。

 フランドールは、泣きながら笑っていた。

 

 美鈴に助け出された咲夜は咳をしながら息を整え、ラッシュは震えた声で咲夜にしがみつく。

 

「……ラッシュ……」

「ご、ごめんなさいメイド長……守り切れませんでした……!」

 

 咲夜は痛みをこらえながら、かすかに笑った。

 

「いいえ……ありがとうラッシュ。助かったわ」

 

 ラッシュと呼ばれた妖精メイドの瞳が揺らぎ、涙が落ちる。

 

「ねえ……壊れちゃえ」

 

 フランドールの手がかすかに持ち上がり、紅が閃く。

 美鈴は咄嗟に掌を前へ突き出す。

 

「水形太極拳――ッ!」

 

 透明な衝撃波がフランの攻撃を弾き、床と空気を震わせた。

 しかし弾かれた衝撃で、美鈴は片膝をつく。

 

「っ……想像以上ですね……」

「無茶よ、美鈴!」

「守りますよ、お嬢様と……みんなを!」

 

 その声が終わるより早く、空気がねじれた。

 

 フランドールが、美鈴の背後へ『消えた』。

 七色の翼が残像を引き、掌が振り下ろされる。

 

「――っ!?」

 

 衝撃が地下室全体を揺さぶり、美鈴の身体は壁へ叩きつけられた。

 崩れた瓦礫の中へ沈み込む。

 

「美鈴ッ!!」

 

 咲夜が叫び、霊夢が術を展開しながら駆け寄ろうとした――その瞬間。

 瓦礫が、内側から吹き飛んだ。

 

「――まだ、倒れませんよ」

 

 傷だらけの美鈴が立ち上がる。

 その足元には――頭から血を流し、ぐったりとした創英が横たわっていた。

 そして、美鈴の足元に縋りつくように、ラッシュも膝をついていた。

 

「……創英、様……?」

 

 ラッシュの声は震え、胸元を掴んだ指も震えていた。

 

「お願いです、返事をして下さい創英様! ごめんなさい、ごめんなさい! フランドール様を、止められなくて……っ!」

 

 美鈴は急いで脈を取り、息を確かめる。

 

「……息があります! まだ、間に合います!」

 

 掌に“気”を宿し、光が少年へ流れ込む。

 

「ラッシュ、補助を!」

「っ! はいっ!!」

 

 その横で、ラッシュは小さな手を創英へ当てた。

 妖精の魔力――微弱だが、温かい光が重なる。

 

「戻ってきて下さい創英様! 死んではダメです……!」

 

 その光景を見た瞬間、レミリアの顔が揺れた。

 咲夜も血を流しながら立ち上がる。

 

 ――その瞬間。

 フランの動きが止まった。

 

 倒れた少年を見て、紅い瞳がかすかに揺れる。

 ラッシュの悲痛に塗れたその声が、暴走する紅の暴風を一瞬だけ揺らした。

 

「……にぃ……に……?」

 

 その一言のあと、紅の魔力が再び暴走しようと膨れあがる。

 

「――抑えきれない!」

 

 私が飛び込むより早く、背後の空気が揺れた。

 

「れーいむ!!」

「遅くなったわ!」

 

 魔理沙達だった。

 魔理沙はスター型の魔法陣を展開し、ネグリジェ姿の少女は本を開いたまま床に陣を書き込む。

 

「小悪魔、補助を!」

「了解しました、パチュリー様!」

 

 光の壁が幾重にも展開し、暴走した破壊の波が押し返される。

 フランドールは叫ぶ。泣きながら、笑って。

 

「やだ……もっと、もっと壊したいッ! だって、見てくれなかったからァッ!」

 

 その叫びは、誰かへの恨みではない。

 ただ、泣いている声だった。

 

(この子は……ダメね。もう限界よ)

 

 全員がわかっていた。

 殺してはならない。傷つけすぎてもだめだ。

 しかし、これ以上は誰かが犠牲になってしまう。

 その前に――強引にでも、止めるしかない。

 

 魔理沙が叫ぶ。

 

「霊夢! 合わせるぜ!」

「合図して!」

「応! いくぞ――三、二……」

 

 その一瞬。

 フランドールの視線が、創英を捉えた。

 紅い魔力が収束し、細い指がゆっくりと伸びる。

 

「にぃに……置いていかないで……」

 

 破壊ではない。

 ただ、触れようとした。

 

「――っ!」

 

 美鈴が創英を抱いて後退する。

 レミリアが割って入り、紅の翼で妹を押し返そうとするが、無造作に振るわれた一撃で弾き飛ばされてしまう。

 

 そのとき――創英の指が、微かに動いた。

 

 ほんの少し。

 誰よりも弱い、人間の動き。

 

 だが、それは。

 暴走していたフランドールを、確かに止めた。

 

「…………にぃ、に……?」

 

 紅の光が震え、霧散し始める。

 

 この瞬間。

 

 創英の意識が――帰ってきた。

 

⸻⸻⸻

⸻⸻

 

◆ side:時崎創英 ◆

 

 ――熱い。

 肺が焼けるみたいに熱い。けれど……なんとか息はできてる。

 けれど、頭に霞がかかったようにぼやけていて、何を考えたのかも、どうしていたのかも思い出せない。

 ただ、泣き声だけが頭の奥で聞こえていた。

 だから、俺は。

 

「……フラン」

 

 気づけば俺は、誰かに抱きかかえられた状態で、何とか上体を起こしていた。

 それが誰なのかは……ぼやけた視界では分からなかった。

 その誰かが何かを言っている。けど、それすらも上手く聞き取れない。

 だから俺は、ただ一言――「大丈夫だ」とだけ、口にした。

 

 必死に目を凝らして前を見る。

 すると、少し離れた場所で、フランは立ち尽くしていた。

 目を見開き、焦点の合わない視線を彷徨わせながら。

 まるで、別の誰かを見ているみたいに。

 

『……にぃに……どこ……?』

 

 沢山のくぐもる声の中で、俺を呼ぶ声だけが鮮明に聞こえてくる。

 その声を聞いた瞬間……胸が、締め付けられた。

 声の響きも、震えも、何もかもが”あのときの絢香”と同じだった。

 

 ――絢香が、独りで家を飛び出して居なくなった時があった。

 何も分かってなかった俺は、親父に殴り飛ばされた事で、自分がどれだけ愚かだったのかを初めて理解した。

 その後は、日が暮れかけていた中で必死に探し回った。

 そうしてようやく見つけた時……絢香は泣いていた。

 俺の名を呼びながら、何度も何度も謝っていた。

 

 ……今のフランは、そのときの絢香と全く同じ声色で、俺を呼んでいる。

 

「フラン……?」

 

 思わず名前を呼んだ。でも、その声は届かない。

 彼女は首を傾げ、涙を滲ませながら、何かを探すように手を伸ばしていた。

 

『……こわいよ、にぃに……暗いの、もうやだよ……』

 

 瞳が赤く染まり、七色の翼の結晶が光り始める。

 そこから吹き出した妖力が、空気を歪めた。

 まるで世界そのものを砕こうとするかのような圧に、屈してしまいそうになる。

 

(マズい……完全に我を失ってる)

 

 風が爆ぜた。

 床石が割れ、壁が抉られる。

 光の塊が弾幕にもならずに飛び散り、暴風と一緒に吹き荒れる。

 

 反射的に風花を構えた。

 空間を裂き、爆発の軌跡を逸らす。

 だが対処が追いつかず、身体のあちこちを裂いてゆく。

 

『どうして……どうして、みんな行っちゃうの!?』

『なんでわたしだけ置いてくの!?』

『にぃに、どこにいるの!? わたし、いい子にしてたのに!!』

 

 支離滅裂で、錯乱しているかのような声の中に、絢香とフランの2人の姿が見えた。

 2つの人格が入り混じり、境界が溶け合っている。

 その叫びは、魂から発せられた悲鳴の様に思えた。

 

「フランッ!!」

「フランドール様!!」

 

 ――初めて、誰かの叫び声が聞こえた。

 悲痛で、祈りにも似たその声は、確かにフランの身を案じたもので……俺は、その声に安心感を覚える。

 フランは、自分は独りだと嘆き、悲しんでいる。だが――フランは決して、独りなどではなかった。

 

 互いが互いに、不器用なだけだったんだ。

 

「……もういい、フラン」

 

 そう呟いて、俺は一歩踏み出した。

 誰かに止められた気がした。

 だがそんなのは無視した。

 目の前に居るんだ。赦しを求めてる子が。

 

 爆風が吹き荒れる。

 破壊の光が、頬を掠める。

 熱い。皮膚が裂け、血が溢れる。

 それでも――俺は、止まらなかった。

 

(きっと、絢香も――同じ顔で泣いてたんだ)

 

 あの夜の記憶が、胸を貫く。

 守れなかった妹。届かなかった手。

 それを、今度こそ。この腕に抱くまで――止まれやしない。

 

「もう……独りで泣かなくていいんだ」

 

 灼けつくように痛む肺から息を吐き、声を張る。

 光の奔流が俺を襲う。もう身体も動かなくなり始めた。

 それでもと、風花で受け流しながら、距離を詰める。

 それも、長くは続かない。

 やかて限界が来て、足が止まりかけた瞬間――

 

『――にぃに!』

 

 その声が、悲鳴のように響いた。

 同時に、紅の光が爆ぜた。

 視界が一面、真紅に染まる。

 

 衝撃。

 腕が、腹が、焼けるように痛む。

 何かが身体を貫いて、同時に沢山の悲鳴が木霊する。

 それでも――それでも。俺は。倒れてやらなかった。

 

 フランが、泣きながら叫んでいた。

 まるで、自分を責めているように。

 自分の放った力に、怯えながら。

 だから……倒れてなんかいられなかった。

 

「……もう、いいんだ」

 

 血を吐きながら、俺はそのまま彼女の前に立った。

 そして――俺は、めいいっぱい抱きしめた。

 

 

【挿絵表示】

※AIイラスト(使用AI:ChatGPT)

 

 細い身体。冷たい肌。

 それが、儚く震えていた。

 

『にぃに……にぃに、痛いの……? ごめんなさい、ごめんなさい……』

「いいんだよ、フラン」

『ちがうの……わたし、壊しちゃうの……!』

「壊してもいい。壊した分だけ、また作り直せばいいんだ」

 

 それは、誰に言うでもない言葉だった。

 かつて絢香にかけてやれなかった想いを、今ようやく口にできた。

 この子は“代わり”なんかじゃない。

 でも、同じ痛みを抱えた“妹”なんだ。

 

「……もう独りにしない。俺は……いや”俺達”は、お前を決して独りにはしない」

 

 暗くなっていく視界。その中に、フランの姿が映る。

 段々と滲み、鮮明には見えなくなってゆく。

 それでも……俺は、もうほとんど見えない目でフランを見つめた。

 

 その瞬間、フランの体からあふれていた妖力が、音もなく静まった。

 結晶の光が落ち着き、紅の輝きが鎮まってゆく。

 

 フランは、俺の胸の中で小さく呟いた。

 

「……にぃに、だいすき」

 

 声が、震えていた。けど、その震えには、もう……

 

「……ああ。俺もだよ、フラン……」

 

 そう言い残して、俺は、意識を手放した――。

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