――時崎創英という人物について筆を執るにあたり、私は幾度も筆を持つ手を止めた。
幻想郷縁起とは、本来「客観的な記録」であるべきものだ。
人妖の性質を知り、異変と危険を後世へ伝えるための書であり、そこに私情を挟むべきではないと私は考えている。
しかし彼という存在は、その「常識」そのものを静かに揺さぶってくる。
妖怪を恐れながら、なお憎まず。
人でありながら、妖にも踏み込みすぎぬ距離を保ち。
そして誰よりも、痛みを理解しようとする。
私は彼の言葉を知っている。
彼の沈黙の理由も、微かなため息の意味も。
それでも私は――
稗田阿求としてではなく、人間の阿求として、こう思わずにはいられない。
この幻想郷において、「恐れながらも寄り添おうとする者」は、果たしてどのような末路を辿るのだろうか、と。
故に、記そう。
この項は、幻想郷にとっての警告でもあり、同時に希望でもあると信じて。
これは、「縁を紡ぐ退魔師」……時崎創英という存在の、現時点における記録である。
縁を紡ぐ退魔師
時崎 創英 Souei Tokizaki
職業 退魔師
能力 心を読む程度の能力
住んでいる所 人間の里・稗田邸
◆
妖怪の賢者・八雲紫によって外から連れてこられたという人間。いわゆる外来人に相当する人物。
退魔師の家系に生まれ、妖怪に対抗する術を修めているが、その在り方は既存の退治者とは大きく異なる。
彼は妖怪に対し明確な警戒心を示す一方、必要以上の敵意を見せない。
むしろ「恐れていても、憎まない(※1)」という独特の立場を貫いており、その姿勢は人間・妖怪双方から興味の対象となっている。
◆ 性格 ◆
基本的には温厚で物静か。だが芯は強く、一度定めた信念は容易に曲げない。
言動は落ち着いているが、内面には強い恐怖と後悔を抱えており、それを乗り越えようとする意思が行動の根幹にある。
また、他者への配慮が行き届いており、些細な変化にもすぐに気がつく観察眼を持つ。
それは能力によるものだけでなく、生来の気質による部分も大きい。
自らを過度に語ることは少なく、必要以上に己を誇示しないが、その言動には不思議な説得力が伴う。
誰かの苦しみに対して無関心でいられない性分であり、その優しさは時に危うさすら孕んでいる。
自他共に厳しい面もあり「守れなかった過去(※2)」に強い自責を抱えている様子が随所に見られる。
◆ 能力 ◆
他者の心を読み取る力を持ち、対象の感情や思考の揺らぎを感知し、嘘偽りを見抜くことができる。
ただし本人はこれを戦闘用の力としてではなく、対話と理解の補助として用いる傾向が強い。
そのため、この能力は戦闘よりも、相手の状態把握や精神のケア、異変の原因追及において真価を発揮している。
本人はこの力を「便利なものではない(※3)」と評しており、積極的に使用することは好んでいない。
必要以上に踏み込むことを良しとせず、相手の心の領域を尊重しようとする姿勢が窺える。
また暴発の危険性(※4)も孕んでおり、能力の行使には特に慎重を期している。
この慎重さゆえ、能力の存在に気づいていない者も多い。(※5)
◆ 日常 ◆
稗田邸に身を寄せ、庭仕事や雑務を手伝いながら静かな生活を送っている。
鍛錬を日課とし、退魔師としての修行も欠かさない。
空いた時間には書物を読むことが多く、とりわけ幻想郷の歴史や妖怪に関する記録に強い関心を示している。
それだけにとどまらず、家事全般を初めとして、寺子屋における子供たちの世話なども自然にこなし、すでに里の一員として受け入れられつつある。
また紅魔館とも一定の交流を持ち、とくにフランドール・スカーレットとの関係は特筆に値する。(※6)
◆ 仕事 ◆
主な役割は妖怪絡みの問題への対処および調停。
力でねじ伏せるよりも、状況の理解と対話を優先する傾向にあり、いわゆる「討伐」の概念とは性質を異にする。
それは戦闘においてより顕著に現れ、冷静な判断と的確な状況把握を元に平和的解決への糸口を探し出し、無闇な殺生を避ける傾向にある。
原因の究明と被害の抑制を重視し、相手が例え妖怪であっても状況によっては対話を優先する事からも、無用な犠牲を避けようとする姿勢が顕著である。
そのスタンス故か、人間の里においては「縁を紡ぐ退魔師」と呼ばれることもある。
◆ 卓越した実務能力 ◆
状況判断、応急処置、結界対処、霊的観測など多岐にわたる分野において高い適応力を見せる。
特筆すべきは、感情の絡む問題への対処能力であり、相手の心情を読み取った上で最適な行動を選択する点にある。
戦闘能力のみならず、判断力・交渉力・観察力に優れ、場の空気を読む能力にも長けている。
これにより、人妖双方から一定の信頼を得ている。
現場においては、博麗霊夢や霧雨魔理沙ですら「妙に安心感がある」と評することもある。
紅魔館での滞在時には、料理や雑務の腕前を評価され、従者としての資質まで認められたという逸話も存在する。
◆ 過去 ◆
幻想郷へと渡る以前に家族を妖怪による事件で喪失しており、自殺未遂を含む深刻な精神的損傷を負った過去を持つ。
その影響から一時は生への意欲を失いかけたが、祖父にあたる人物によって心を救われ、退魔師としての道を歩むこととなる。
その過程において、彼は「憎しみで生きること」を拒み、恐れを抱えながらも中立の立場を選んだ。
そういった経緯もあってか、過去について本人が詳細を語る機会は少ないが、その体験が現在の思想形成に大きく関与しているのは想像に難くない。
◆ 異変解決例 ◆
・変な家
人間の里近郊に、ある日突如として不可解な屋敷が出現したことがある。
外見はごく普通の民家であったが、内部構造は常識ではあり得ない歪みを見せ、入った者の精神を蝕むかのような怪異現象が発生していた。
屋敷は恐怖そのものによって形作られているとも噂され、近づく者の記憶や感情を歪ませ、時に幻覚を見せることで里人を混乱に陥れた。
この異変に対し、時崎創英は単なる破壊ではなく「成り立ちそのもの」の調査を優先し、内部に踏み込み原因の特定を行った。
結果として屋敷は消滅し、里に直接的な被害はほとんど出なかったが、その性質の異常さから「幻想郷に存在してはならぬ歪み」であった可能性が高いとされている。(※7)
・霊石事件
里周辺において、突如として理性を失い暴走する妖怪が相次いで確認された。
調査の結果、それらの妖怪はみな一様に紫色の水晶状の石――通称「霊石」を所持していた。
霊石は持ち主の負の感情を増幅させ、精神を侵食する性質を持つ危険な物質であり、通常の幻想郷由来の妖力とは異質な気配を帯びていたという。
時崎創英はこの石に逸早く異常性を見出し、その拡散を強く警戒。被害の食い止めと回収の中心的役割を担った。
現在もなお霊石の正体は解明されておらず、完全な根絶には至っていないものの、この事件をきっかけに幻想郷全体へ警戒が広がり、継続的な監視対象となっている。
・紅霧異変
かつて、幻想郷全体を覆うほどの紅い霧が発生したことがある。
太陽の光が遮られ、昼でも暗く、冷え込むほどであった。
これは紅魔館の主、レミリア・スカーレットの仕業である。
彼女は、自らの弱点である日光を避けるために幻想郷を霧で覆ったが、その背景には、不器用ながらも“妹”を案じる姉としての想いがあったとされる。
本異変は、“博麗の巫女”と”人間の魔法使い”、そして“縁を紡ぐ退魔師”の、計三名によって解決された。
特筆すべきは、異変の核心にあったフランドール・スカーレットの救出である。
地下深くに幽閉され、霊石の影響により精神的混乱を引き起こしていた彼女を、彼は壮絶な説得(※8)の末に保護した。
その際、時崎創英とフランドール・スカーレット両名は互いの記憶と感情に触れ、各々の過去と重ね合わせる形で深い共鳴を示したと語る。
異変終息後は自身の傷の療養の為に紅魔館に留まり、フランドール・スカーレットが精神的に立ち直ったのを見届けた上で、彼女から「兄のような存在」として認められたという。
この出来事を境に、レミリア・スカーレットを始めとした紅魔館の面々との関係は、単なる敵対から一定の信頼関係へと変化したと考えられる。(※9)
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◆ 注釈一覧 ◆
(※1) 「恐れていても、憎まない」
創英の思想を象徴する言葉。
妖怪に対する恐怖を否定するのではなく、それを理由に敵意へと転化しない姿勢を指す。過去の家族喪失体験および妹との確執を経て形成された価値観であり、退魔師としては極めて異質な立場と言える。
(※2) 守れなかった過去
幻想郷へ渡る以前、妖怪による事件によって家族を失った出来事を指す。
当時の自身の判断や行動に強い悔恨を抱いており、この経験が現在の慎重さと自己犠牲的傾向を生んでいると見られる。
(※3) 「便利なものではない」
心を読む能力に対する本人の評価。
他者の感情を否応なく知覚してしまうことへの抵抗感や、倫理的葛藤を含んだ発言であり、能力を“武器”ではなく“負荷”として捉えている節がある。
(※4) 暴発の危険性
精神状態や周囲の感情の波により、能力が意図せず発動する可能性を指す。
過度の感情流入は本人の精神にも悪影響を及ぼす恐れがあり、本人が慎重にならざるを得ない理由の一つと考えられる。
(※5) 能力の存在に気づいていない者も多い
本人が能力の使用を極力控えているため、その存在が広く知られていないことを示す。
また、あくまで「感覚が鋭い人間」として認識されているケースも多く、正確な能力把握に至っていない者も少なくない。
(※6) フランドール・スカーレットとの関係
紅霧異変において彼女の精神的救済に深く関与したことから、強い信頼関係が築かれている。
フランドール側からは「兄のような存在」と認識されており、稀有な心的距離の近さを示す関係といえる。
(※7) 「幻想郷に存在してはならぬ歪み」
変な家事件における屋敷の性質を指す表現。
通常の妖怪的怪異とは異なり、幻想郷の成り立ちそのものと噛み合わない“外部的異質存在”であった可能性が示唆されている。
(※8) 壮絶な説得
フランドール・スカーレット救出時における心理的対話を指す。
力による制圧ではなく、彼自身の過去を重ね合わせる形で行われた精神的交流であり、互いの記憶と感情が交錯する極めて特異な事例であったとされる。
なお、説得方法については黙秘を貫かれた。解せぬ。
(※9) 紅魔館との関係の変化
紅霧異変を経て、敵対関係から協調関係へと移行したことを示す。
とりわけレミリア・スカーレットとの間には一定の信頼が生まれ、以降は“要警戒人物”ではなく“例外的協力者”として扱われている節がある。
彼を記しているうちに、私は気付いてしまった。
これは単なる「異質な外来人」の記録ではない。
幻想郷の在り方そのものに問いを投げかける、一つの存在の記録なのだと。
人と妖の間には、越えてはならぬ境がある。
それを維持することで、幻想郷は成り立ってきた。
それは理であり、秩序であり、必要な均衡である。
だが彼は、その線の上を――誰にも気付かれぬほど静かに歩いている。
踏み越えるわけでもなく。
無視するわけでもなく。
ただ「共に在る可能性」を、見つめながら。
私は記録者として、彼を「危うい存在」と記すべきなのかもしれない。
だが同時に、心のどこかで願ってしまう。
――この幻想郷に
“恐れを知った優しさ”が存在することを。
もし彼が道を誤るなら、その時は私自身の筆で記そう。
けれど今は、まだ。
――私は、創英さんがこの地で微笑んでいる光景を、少しだけ信じていたい。