幻想回帰節   作:北宮 涼

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38の節:静謐な秋と古道具店

◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

◆ side:時崎 創英 ◆

 

 九月の風は、夏の名残をわずかに抱えながらも、どこか乾いていた。

 稗田邸の庭に差し込む朝の光はやわらかく、どことなく秋の始まりを告げる匂いがする。

 

 縁側に立って軽く伸びをしたところで、襖の向こうから阿求の声がした。

 

「……創英さん。今日は、どこへ?」

 

 こちらの気配を察していたのだろう。

 阿求は几帳面な歩調で近づき、こちらを見上げるように立つ。

 その顔は、普段より心なしか固い。

 

「里の警邏に出るよ。……霊石の件もあるし、少し周囲を見ておこうと思って」

 

 そう告げた瞬間、阿求の眉がきゅっと寄った。

 

「……霊石、ですか」

 

 紅霧異変。

 あの霊石が、フランを――そして紅魔館全体を蝕んだことは、阿求も知っている。

 ……何より、あの夜の俺がどういう状態になっていたのかも。

 

 だからこそ。

 

「……創英さんは、また無茶をするのではと……」

 

 そう告げる阿求の声は、不安に震えた。

 普段の阿求からは考えられないほどに。

 

「阿求」

 

 俺は、努めて優しく名前を呼ぶ。

 阿求は俯いたまま唇を噛んでいた。

 

「前の異変で……あなたは、本当に死にかけたんですよ。今だって傷は完全に癒えたわけじゃない。霊石が関わっているなら、なおさら……」

「大丈夫だよ」

 

 言葉を遮らずに、しかし柔らかく重ねる。

 

「今日は本当に警邏だけだ。異変を追うわけじゃない。危険な場所に踏み込んだりもしない」

「それでも、心配です」

 

 阿求は顔を上げる。その目は曇り、どこか泣きそうだった。

 

 ……正直、胸が痛む。

 彼女は俺を“記録すべき存在”として見ている。

 だがそれ以上に――阿求という一人の人間として、俺の身を案じてくれている。

 それが分かるからこそ、軽い約束では返せなかった。

 

「……ほら」

 

 しゃがんで彼女の視線と高さを合わせると、阿求の肩がびくりと揺れる。

 

「俺は必ず戻る。何かあれば逃げるし、戦わない。本当に“見回り”だけだよ」

 

 阿求はしばしこちらを見つめ、それから小さく息を吐いた。

 

「……創英さんは、ずるいです」

「え?」

「その顔で言われたら……納得するしかないでしょう」

 

 むくれたような、しかしほんの少し安心した色が混じっている。

 それを見て、胸の奥がやわらかく温かくなる。

 

「行ってきます、阿求」

「……はい。帰ってきたら、お茶を淹れますから。だから――必ず、帰ってきてくださいね」

「もちろん」

 

 そう言って立ち上がると、阿求は袖を軽くつまみ、ほんの瞬間だけ俺を引き止めた。

 その指先の力は弱いのに、なんだか重たかった。

 

「……気をつけて」

「行ってくる」

 

 振り返ると、阿求はまだ心配を隠しきれない顔で立っていた。

 けれど、その瞳には俺の言葉を信じる意志も見えていた。

 

 その視線を背に受けながら、俺は稗田邸の門を静かにくぐった。

 

 ――こうして、今日の警邏が始まった。

 

 

 

 

 昼前の人里はほどよく活気があった。

 子どもの笑い声、店先から香る焼き団子、行商人の声。

 この柔らかな雑踏は、外の世界の街のものとは違い、漂う感情がどこか丸みを帯びている。

 

 最近俺は、周囲を探る時に「能力」を適用するようにしている。

 これの有用性を知ったのは実はつい最近で、寺子屋で起きたちょっとした事件がキッカケだった。

 余りのわんぱく振りに辟易していた中でふと毛色の異なった雰囲気を感じた俺は、物は試しにと危険域で何時もやってた気配探知に能力を軽く上乗せして発動してみた。

 

 するとどうだろう。寺子屋の子達が何を考えているかまでは具体的にしないまま、各々が抱いた感情のみが波のように伝わってきたのだ。

 これならプライベートを守りつつ、様子がおかしい人や妖怪を見つけられると思い、俺は暫くこれを寺子屋で続けていた。

 

 そうした矢先に子供同士で喧嘩が起きそうな感情の波を察知し、その場へ赴くと既に軽くいざこざが起きていたため諌めた。

 そういった事が何度か続き、その度に諌めるを繰り返した結果……

 

『創英兄ちゃんは俺たちのことをちゃんと見てくれてる!』

 

 ……とまぁ、余計懐かれた結果、俺の取り合いで逆に喧嘩が起きるという本末転倒な結果となったのだった。

 

「便利な反面、扱い方には注意が必要だなぁ……気を付けないと」

 

 ひとしきり回想を終えた俺が通りを歩いていると、いつの間にか日常の背景に溶けていた視線が、さらりとこちらへ向けられた。

 

「おや、創英さんじゃないの。今日も見回りかい?」

「例の『霊石事件』の人だろ? 新聞読んだぜ」

「いやぁ、妖怪を討伐するって聞いてたが……ほんとにやってるんだなぁ」

 

 呼び止められるたびに、俺は笑って会釈で返す。

 

 新聞――文々。新聞の記事のおかげで、

 俺のやったことは、良くも悪くも知られてしまったらしい。

 

(文のやつ……話を盛って書いてないだろうな)

 

 そんなことを思いながら、軽く答えていく。

 

「危険なことはしてませんよ。ただの見回りです」

「へぇ、頼もしいじゃないか。気をつけてな」

「はい」

 

 そう返しつつも、胸の奥ではどこか不思議な感覚があった。

 

 人々の言葉は、期待や畏れ、好奇心が入り混じった複雑な温度をしている。

 

 ――“外の世界から来た退魔師”。

 それはあくまで、彼らの目に映る俺の“肩書き”だ。

 

(俺自身は、そんな大層なものじゃないんだけどな)

 

 それでも、声を掛けられるたびに、“この里の日常に、自分が少しずつ組み込まれている”……そんな確かな実感が芽生えるのも、否定できなかった。

 

 

 しばらく里を歩き回り、妖怪被害や霊石の兆候についても軽く聞き込みをしてみたが――。

 

「霊石の……影響? いやぁ、最近は聞かないねぇ」

「今年は余計な異変が続いたからな。皆で注意してるが、特に怪しい話はないよ」

 

 といった証言しか出て来なかった。どうやら、俺の心配は杞憂だったようだ。

 霊石の影は、少なくとも表には出てきていないのだろう。

 

(となると……ここ数日は本当に平穏だったようだな)

 

 肩の力がわずかに抜け、安堵と同時に気が抜けるような感覚があった。

 

 ――そんなときだった。

 里の外れへと足を運んだ俺の視界に、一軒の建物がすっと入り込んできた。

 

「……あれは」

 

 木造の日本家屋。

 だが周囲に置かれた物は、どう考えても普通ではない。

 

 錆びた外来の金属部品、用途不明の機械の箱、見覚えのあるプラスチックの破片――。

 俺が外の世界で暮らしていた頃に見た、あの雑多な“生活の残骸”が、まるで拾われたまま放置されたように積まれていた。

 

(幻想郷では滅多に見ない……外の世界の廃品、か)

 

 そして建物の入口には、一枚の看板。

 

『香霖堂』

 

 その名を見た瞬間、脳裏に阿求の記した縁起の一節が浮かぶ。

 

 ――幻想郷で唯一、外の世界・冥界・妖怪・魔法のあらゆる道具を扱う古道具屋。

 

(……ここが、香霖堂か)

 

 見た目こそ少し古びた家屋だが、周囲に漂う空気は、里とも森とも違う。

 静かで、観察するような気配が漂っている気がした。

 

 正直、かなり興味をそそられる。

 

(調査の一環……ということでいいよな)

 

 そう結論づけ、そっと戸に手をかけた。

 

 木の引き戸は少し重く、ぎ……と控えめな音を立てて開く。

 

 途端に、鼻先をくすぐる独特の匂い――。

 古木の香りと、金属の冷たい匂い、そして魔力の気配が微かに混じった、不思議な空気が店内へと誘ってくる。

 

(外の世界と、幻想郷の境目みたいな空間だな……)

 

 そう思いながら、一歩踏み込む。

 その奥から、落ち着いた声が聞こえてきた。

 

「……いらっしゃい。珍しい客だね」

 

 振り返ると、眼鏡の男が静かにこちらを見ていた。

 銀の髪、涼しげな金の瞳。

 店主らしからぬ――いや、幻想郷でもあまり見ない落ち着いた雰囲気。

 

 ――森近霖之助。香霖堂の店主。

 縁起の文字が、彼の姿とゆっくり重なっていった。

 

 

 

 

 店内に足を踏み入れた瞬間、目に見えない“層”のようなものが空気に溶けているのを感じた。

 

 外の世界の道具。

 幻想郷の妖怪道具。

 魔術器具。

 正体不明の金属片。

 どこかの時代で使われていた古い機械。

 

 それらがひとつの空間に並んでいるのに――不思議と雑然とはしていない。

 統一性のない品々を自然に調和させている“何か”が、この店にはあった。

 

 そんな空間の奥で、店主は穏やかに立っていた。

 

「驚くほど静かな場所だろう?」

 

 ふ、と微笑んで言う。

 

「ええ……その、外とはまるで空気が違うというか」

「それは君が“よく見ている”からだよ」

 

 店主はそう言いながら、棚にある古びた木箱を軽く叩いた。

 

「ここに来る者は大抵、何かしら“探しもの”がある。だが君はどうやら、そうではなさそうだ」

「探しものというより……調査、ですかね。警邏のついでに、見つけたので」

「なるほど。退魔師としての仕事か」

 

 さらりと言い当てられて、少しだけ驚いた。

 

「俺のことを……ご存知なんですか?」

 

 店主は眼鏡に触れ、視線を少しだけ細めた。

 

「文々。新聞に載っていただろう。紅霧異変での活躍も、霊夢から聞いている。……そして“変な家”での戦いも、遠目からだが見させてもらった」

「……見られてましたか」

「ここからは遠いが、あれほどの騒ぎだ。気になってね」

 

 彼の声には、誇張も侮蔑もなかった。

 ただ観察者として、淡々と事実を述べる静けさがあった。

 

(こういう落ち着いた調子……話しやすいな)

 

 店主は続ける。

 

「せっかく来たのだから、店内でも見ていくといい。外の世界の品も多い。君なら、何か気づくこともあるだろう」

「なら……お言葉に甘えさせてもらいます」

 

 店主は軽くうなずき、棚のほうへ案内する。

 歩幅は静かで、こちらが慌てなくていい速度だった。

 

 

 棚には雑多な品が並んでいたが、

 そのひとつに目がとまり、思わず手を伸ばした。

 

「これは……懐中電灯ですね」

 

 黒い筒型の道具。

 ボタンは摩耗し、電池は抜かれている。

 

 店主は横から覗き込み、首を傾げる。

 

「用途は“光を放つ道具”で合っているかい?」

「ええ。電池を入れれば手軽に明かりが取れます」

「やはりか。道具の“用途”は読めるが、具体的な使い方までは分からなくてね」

 

 店主は眼鏡の縁を軽く押し上げる。

 

「道具の記憶というのは曖昧なものでね。『何のために作られたか』は分かるが、“どうやって扱われてきたか”までは掴めないことが多い」

「面白いですね。俺には到底真似できない能力です」

「君は人の“気配”をよく読む。それは私には持ちえない力だよ」

 

 店主は少し笑った。

 その声は柔らかいが、決して馴れ馴れしさはない。

 距離感を心得た、落ち着いた大人の声だ。

 

 棚をゆっくり見て回りながら、俺たちは会話を繋いでいった。

 

 外の世界の調理器具。

 用途不明の魔術書。

 はるか昔の武具の残骸。

 “名前のない道具”。

 

 俺が知っているものには説明を添え、店主はそれに対して静かに興味を示す。

 

 テンポはゆっくり。

 呼吸や歩幅のリズムが、気づけば自然に合っていた。

 

(こういう……沈黙が怖くない相手は、貴重だな)

 

 店主……霖之助さんも、ふと言葉を乗せる。

 

「……君は不思議だね」

「不思議、ですか?」

「外来人でありながら、幻想郷の“空気”に馴染みやすい。多くの外来人は、もっと戸惑いが大きいものだが」

「あまり大したことはしていませんよ。ただ、ここが“居場所”だと思えたから、馴染もうとしただけです」

 

 霖之助さんは一瞬、目を細めた。

 

「……そうか。なら、きっと君はこの先も迷わないだろう。幻想郷では“居場所を見つけられる者”のほうが強いからね」

 

 “迷わない”。

 その言葉が、胸の奥に静かに落ちた。

 

(……やっぱり話しやすいな、この人)

 

 霖之助さんの語り口は飾らず、押しつけがましくもない。

 だからこそ、その言葉は自然に胸へ染み込んだ。

 

「……さて、そろそろ座って話さないか。立ちっぱなしでは疲れるだろう?」

 

 霖之助さんの提案に、俺は軽く頷いた。

 

 

 霖之助さんに案内された香霖堂の居間は、店内よりもさらに生活感があった。

 畳に低めの机、壁には外の世界の掛け時計。

 窓から差し込む柔らかな光が、静かな時間を作り出している。

 

「適当にくつろいでくれ。……と言っても、客人用の茶菓子は無いが」

「いえ、十分です。居心地がいいですね」

「そう言ってもらえると助かるよ」

 

 霖之助さんは湯飲みに湯を注ぎながら、どこかほっとした顔をしていた。

 

 俺も湯飲みに口を付け、そのわずかな温かさに肩の力が抜けていくのを感じていた――その時。

 

 ガラッ!!

 

 ……っと、店全体を揺らすような勢いで引き戸が開いた。

 

「香霖ーーッ!! また勝手に閉め切ってやがるな! 湿気で本が死ぬって前も言っただろう!?」

「霖之助さーん、薬草の件どうなったのー?」

 

 続けて聞こえてきたふたりの声に、霖之助さんが「はぁ……」と深くため息をついた。

 

「……あの調子だ。全く、困ったものだよ」

 

 俺が反応をする間もなく、廊下をバタバタ駆け抜けてきた足音がそのまま居間へ乱入してきた。

 

「お、居た居た! 香霖!」

 

 金髪を揺らしながら、魔理沙が勢いよく顔を出し――それを追うように、霊夢もひょいと襖の端から覗いた。

 

「あら、やっぱり居たわね。閉め切る癖、そろそろ直しなさいよ、霖之助さん」

 

 その声に対し霖之助さんは、先ほどまでとはまるで違う“若干うんざりした大人”の表情で返す。

 

「閉めているんじゃなくて、客が来ないだけだ。……それと魔理沙、走るな。埃が舞う」

「細けぇ! 客が来ないのは場所のせいだぜ? もっと里の近くに引っ越せよ、香霖!」

「やだよ。静かな場所が好きなんだ僕は」

「そう言ってるから誰も来ないのよ、霖之助さん」

 

 霊夢の突っ込みが迷いなく入る。

 魔理沙は大笑いし、霖之助さんは「……君たちは本当に」と困ったように眼鏡を押し上げた。

 

(なんだ、この……絶妙な距離感は)

 

 異変解決の道中で見たふたりとは違う。

 もっと柔らかくて、もっと自然で……まるで家族のようですらある。

 

 霊夢は普段より少し砕けた声音で、

 

「それで霖之助さん、薬草は? 神社で使うのがそろそろ切れそうなのよ」

 

 と声を掛け、魔理沙は魔理沙で机の上のガラクタを勝手に触り始める。

 

「お、これ新しい外来品か? 動くのか?」

「触るな魔理沙。壊すだろう」

「壊しても直せるだろ? こーりんは器用なんだからさ」

「直させる前提で触るなと言っている」

 

 応酬のテンポが小気味よく、いつもの喧噪とは違う“親しい関係の空気”があった。

 

(……これは、邪魔しないほうがいいな)

 

 霖之助さんにとっても、霊夢と魔理沙にとっても、このやり取りは“日常”なのだと分かった。

 

 だから俺は、湯飲みを置き、立ち上がる。

 

「そろそろ、お暇します。なんだか……お三方の邪魔をしてしまいそうなので」

 

 霖之助さんは一瞬だけ目を瞬かせ、それから柔らかく笑った。

 

「気を遣わせたなら悪かったね。君が客として来てくれたのは、本当に嬉しかったよ」

 

 そう言って、棚の奥から小さな箱を取り出す。

 

「手土産だ。外の世界の品でね。用途は……君なら分かるはずだ」

「いいんですか? 見た所、恐らく貴重なものですよ、コレ」

「商売人向きの性格ではないと、書籍にも書かれているだろう?」

「……そういえば、書いてありましたね」

 

 霖之助さんはいたずらっぽく微笑んだ。

 横で魔理沙が「ほんと商売する気ねぇよな香霖は」と笑い、霊夢は「まあ、それが霖之助さんでしょ」とあっさり言う。

 

 そのやり取りを背に受けながら、俺は香霖堂を後にした。

 

 扉が静かに閉まり――中から、楽しげな三人の声が聞こえていた。

 

 

 

 

◆ side:森近 霖之助 ◆

 

 少年の後ろ姿が見えなくなるまで、僕と霊夢と魔理沙の三人で黙って見送っていた。

 

 最初に口を開いたのは霊夢。

 

「……珍しいわね。霖之助さんが誰かに手土産を渡すなんて」

「ただの気まぐれだよ」

「気まぐれで外来品を渡すの、あんたくらいだよ。あれ、普通に高価なものなんだろ?」

 

 魔理沙が肘で霖之助を小突く。

 

「で、どうだった? 香霖的に。あいつ」

 

 僕は少しだけ考えてから、淡々と答える。

 

「静かで、よく観察する子だ。外の世界の知識や常識を持ちながら、幻想郷に馴染むことを恐れていない。……肩に力が入っていない外来人なんて、ずいぶん久しぶりだよ」

 

 霊夢が小さく笑う。

 

「気に入ったのね、霖之助さん」

「気に入るというほどではないが……話しやすかったよ。あれほど自然に会話のテンポが合う相手は、意外と少ない」

 

 魔理沙が満足げに笑った。

 

「だろ? あいつ良いヤツなんだぜ。なんだかんだ言って、霊夢も放っておけないみたいだし」

「放っておけないのはあんたでしょ」

 

 霊夢の呆れ声に、魔理沙は肩をすくめた。

 僕は湯飲みをひとつ片づけながら、静かに言葉を落とす。

 

「……あの少年は、良い縁を持っているよ。人の縁というのは、道具よりよほど扱いが難しいが――彼はきっと、それを間違えないだろう」

「ええ。そうだといいわね」

 

 霊夢の言葉に魔理沙も頷き、香霖堂の日常が自然に戻っていった。

 

 

 

 

◆ side:時崎 創英 ◆

 

 稗田邸へ戻ると――門の前で阿求が半泣きになって待っていた。

 

「お、遅いです……! 遅いじゃないですか創英さん……!」

「うわっ!? わ、悪い悪い……思ったより歩き回ったからさ……」

「それでも……連絡のひとつくらい、あったって良いじゃないですか……!」

 

 泣きそうな顔を見ると、胸が痛む。

 俺は慌てて土産の箱を取り出した。

 

「ほ、ほら。最後に立ち寄った香霖堂ってところでさ、こういうのを貰ったんだ」

 

 箱を開くと、さらに小さな箱。

 横に小さなクランクがついている。

 

「これ、外の世界の……?」

「ああ。ほら、ここにその鉄の棒を差し込んでから、回してみて」

 

 阿求は恐る恐るクランクを回す。

 すると――小さな歯車が回り、優しい旋律が流れた。

 

「……っ、これは……」

「オルゴールだよ。小さな鉄の板を、これまた小さな鉄の爪で弾いて音を奏でる道具だ」

 

 阿求の瞳が驚きに潤む。

 

「気に入ってくれたら、嬉しい」

 

 俺の言葉に、阿求はオルゴールを胸元に抱きしめて、小さく笑った。

 

「……はい。すごく。……創英さんが無事に帰ってきてくれたのも、嬉しいです」

「遅くなって悪かった。さぁ、夕餉にしよう。今日は阿求にも手伝って欲しいんだ」

「はいっ!」

 

 一気に活気が戻った稗田邸。

 その楽しげな声が、夕闇の中でそっと揺れた。

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