幻想回帰節   作:北宮 涼

41 / 41
明けましておめでとうございます!
本日より更新を再開いたしますので、今年もよろしくお願いいたします!


39の節:竹林に沈む紫、前編

◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 ――平穏だ。

 

 それが、ここ最近の正直な感想だった。

 

 里に奇妙な噂は立っていない。

 妖怪の目撃も、異変と呼ぶには些細なものばかり。

 紅霧の一件からしばらく経った今、幻想郷は拍子抜けするほど静かだった。

 

 ……だからこそ、胸の奥が落ち着かない。

 

 嵐の後の静けさ、という言葉が頭をよぎるたび、俺は無意識に周囲を見渡してしまう。

 なにかを見落としているんじゃないか。

 本当は、もう始まっているんじゃないか――そんな焦りが、薄く張りついて離れなかった。

 

「……考えすぎ、かな」

 

 ぽつりと零した独り言を、阿求は聞き逃さなかったらしい。

 

「創英さん。最近、少し顔が強張っていますよ」

 

 稗田邸の縁側。

 筆を置いた阿求は、こちらを見て柔らかく首を傾げる。

 

「少し、疲れているのではありませんか?」

「……そう見えるか?」

「ええ」

 

 穏やかな笑みとは裏腹に、阿求の声音は真剣そのものだった。

 

「気晴らしをなさっては? 創英さんは、考えすぎると一人で全部抱え込んでしまうでしょう」

 

 自覚しているだけに、苦笑いしか返せなかった。

 まだ2ヶ月程度の付き合いでしかないというのに、阿求は俺という人間をよく理解している。

 

「気晴らし、か……」

 

 視線を庭へ落とすと、青々とした木々の向こうから、里の生活音が聞こえてくる。

 子供の笑い声、鍋を打つ音、行き交う人の気配。

 

 ――守りたい日常。

 だからこそ、守れなかった時のことを考えてしまう。

 ……ならばいっその事、その『守りたい日常』にどっぷりと浸かろう。

 

「……よし」

 

 立ち上がって、軽く手を叩く。

 

「料理でもするか」

「ふふ、良いですね」

 

 そんな、ありふれた選択を取った俺を見て、阿求はどこか安心したように微笑んだ。

 そうして俺は、籠を片手に里の市場へ向かった。

 

 

 

 

 市場へと着いた俺は、並べられている品々を見てから献立を決める事にした。

 季節は初秋。露店に並ぶ野菜の中で、自然と目を引いたのは――筍だった。

 

 筍の旬の時期は春である。

 美味しい時期はとうに過ぎているが、俺の中では竹と言えば秋というイメージがある。

 それは何故かと言うと、よく家で秋頃に四方竹の水煮を食べていたからだ。

 母さんが高知県出身であったため、秋になると実家から四方竹がよく送られてきていたのだが、これがまた美味しくて、家ではよくおでんや天ぷら、煮物などにして食べていた。

 そのお陰で、筍は俺の好物のひとつでもある。

 

 ……とまぁ、昔の事を懐かしみつつも、ひとつの筍が目に留まったので手に取ってみた。

 

「これ、だな」

 

 指で軽く叩くと、ずしりとした手応え。

 悪くない。だが――

 

「それ、里で出回る分だろ」

 

 不意に、背後から声がかかった。

 

 振り返ると、白い髪を無造作に束ねた少女が立っていた。

 藤原妹紅。里でも時折見かける顔だし、紅い霧の異変の折には慧音先生と一緒に里の会議にも出席していた。

 

「もっと質のいいのがある。今の時期ならな」

 

 筍を一瞥しただけでそう言い切る口調に、思わず眉が上がる。

 

「……食材に詳しいんだな」

「ああ。生きてりゃ、自然と覚える」

 

 そっけない言い方だが、視線は真剣だった。

 

「私がいつも利用してる狩場がある。野生だが、そこのならえぐみも少ない。どうせ料理するなら、そっちの方がいいだろ?」

 

 野生の筍。

 その言葉だけで、料理人としての興味がむくりと頭をもたげる。

 

「場所は?」

「迷いの竹林の奥だ」

 

 ――迷いの竹林。

 一瞬だけ、その名称が脳裏に引っかかった。

 だが、妹紅は平然と続ける。

 

「来るなら案内してやるよ。お前程の腕があるなら、そう危険もないだろう。気晴らしにもなるしな」

 

 ――気晴らし、か。

 

 阿求の言葉が脳裏をよぎる。

 

「……じゃあ、頼む」

 

 そう答えた瞬間、妹紅は口の端を僅かに上げた。

 

「決まりだな」

 

 こうして、料理目線の退魔師と、竹林を知り尽くした不死の人間という、妙な組み合わせで迷いの竹林へ足を踏み入れることになった。

 

 その奥で、何が待っているかも知らずに。

 

 

 

 

 迷いの竹林。

 名前も、性質も、幻想郷縁起で何度も目にしてきた場所だ。

 こうして実際に中へ踏み入るのは初めてだが……ひとたび足を踏み入れれば方向感覚を失い、下手をすれば二度と出られない――そんな記述が、淡々と書かれていたのを覚えている。

 

「……なるほど、これは確かに迷うな」

 

 竹林の中へ入ってしばらく歩きながら、思わずそんな感想が漏れる。

 

 周囲の竹は青々として背が高く、密集している。

 見上げれば確かに空は見えているのに、長く伸びる竹により太陽の光は細く切り裂かれ、多くは地面まで届かない。

 風が吹いても音が遅れて届くような妙な間があり、似たような光景が延々と続く。

 

 里の外れとは明らかに空気が違う。

 場の異様に呑まれて位置を見失えば、迷うのは想像に難くなかった。

 

「最初は誰でもそういう顔する」

 

 前を歩く妹紅が、振り返らずに言った。

 

「知識として知ってるのと、実際に来るのは別物だろう?」

「そうだな……"迷い"の竹林だなんて言われる所以を、たった今感じているよ」

 

 幻想郷縁起に書かれていた“迷い”は、単に道が分からなくなるという意味だけではない。

 一歩、また一歩と進むたびに、自分の足音が竹に吸われていくような感覚がある。

 感覚そのものが、少しずつずらされていく……そんな印象だった。

 

 そうして、この竹林特有の雰囲気に中てられていた――その時だった。

 

 胸の奥が、僅かにざわついた。

 

「……?」

 

 気のせい……ではない。

 

「どうした?」

「いや……」

 

 言葉を選びながら、周囲に意識を巡らせる。

 

 ――空気が重い。

 湿っているわけでも、冷えているわけでもないのに、感情だけが澱んでいるような感覚に思わず顔を顰める。

 

「……最近、竹林がおかしいんだよ」

 

 妹紅が、ぽつりと零した。

 

「前はこんな感じじゃなかった。喧嘩っ早い奴は元々いるが……ここまで”落ち着きがない”のは珍しい」

 

 その言葉を聞いた瞬間、胸の奥のざわめきが確信に変わる。

 

「……紅魔館の時と、似ている」

 

 小さく呟いた俺に、妹紅の足が止まった。

 

「紅魔館だって? それってまさか、紅霧異変の?」

「ああ。異変の裏で、感情を歪める“原因”があった。心に干渉する類の……嫌な気配だ」

 

 説明しながら、深く意識を落として周囲に霊力を巡らせる。

 

 微かだが、確かにある。

 空間の奥に沈殿した、異物のような感触。

 

 ――霊石。

 

 はっきりと名前を口にする前に、それは起きた。

 

 がさり、と。

 竹の影が一斉に揺れ、俺と妹紅の視線がそちらへ集中する。

 

「……来るぞ」

 

 妹紅の声と同時に、

 赤く光る視線が、こちらを捉えた。

 

 飛び出してきたのは、妖怪うさぎの集団だった。

 

 瞳は爛々と赤く、呼吸は荒い。

 敵意が伏せられることなく剥き出しとなったその容貌からは、一切の理性が感じられない。

 弾幕もばらばらで、狙いも定まっていない――ただただ、感情だけを叩きつけるような攻撃を振るってきた。

 

「……やっぱりだ」

 

 俺は一歩前に出る。

 

 これは、偶然ではない。

 そして――放っておけるものでもない。

 

 迷いの竹林に、“霊石”が確実に息を潜めている。

 

 

 

 

 飛び出してきた妖怪うさぎは十数体。

 それら全ての動きは、明らかな異様に染まっていた。

 

 跳躍の間合いはばらばら。

 弾幕は数だけ多く、しかし狙いは甘い。

 怒りと焦燥が、そのまま形になって飛んできているような雰囲気を感じた。

 

「完全に理性を飛ばしてるな」

 

 俺がそう呟いた瞬間だった。

 

 ――ごうっ。

 

 熱を孕んだ風が、横から吹き荒れる。

 

「なら、頭を冷やしてもらおうか」

 

 妹紅が一歩前に出てそう呟いた。

 

「……冷えはしなさそうだが、冷や汗はかかせられそうだな」

 

 ポツリと呟いて妹紅の攻勢を観る。

 炎が爆ぜ、火炎を撒き散らすようにうさぎ達を追い立てる。

 妖怪うさぎたちの足元を焼き、逃げ場だけを塞ぐように火が走る。

 中々に派手な攻撃だが、狙いは正確だ。

 

 そうして妹紅が火炎を生き物のように操っていると、数匹ほど包囲網を突破して逃げ出そうとする奴が出始めた。

 

「散るな!」

 

 狙いを俺は声を張り、霊力を展開する。

 妹紅の炎で動きが鈍った個体に向け、霊力の糸を一気に伸ばした。

 

「――縛」

 

 星を象るように拡がった霊気の糸が、三体まとめて空中で絡め取る。

 それでも尚抜け出そうとして跳ねた瞬間を狙い、肩、肘、膝――関節にだけ霊力を叩き込んだ。

 必要最低限の力だけを込め、意識だけを刈り取る。

 だがそうしている間にも、残りが迫り来る。

 背後からの奇襲を察知し、俺が振り返る――よりも早く、妹紅が一歩踏み込んだ。

 

「遅い!」

 

 拳が、妖怪うさぎの腹にめり込む。

 

 霊力も術式もない、純粋な一撃。

 だが、不死者の膂力は伊達じゃない。

 吹き飛ばされた妖怪うさぎが、竹に叩きつけられ、そのまま沈黙した。

 

「おい、今の――」

「あんなんじゃくたばらねーよ。安心しろ」

 

 言葉だけ投げて、妹紅は次に向かう。

 

「……助かる」

 

 短く返し、俺は前へ出た。

 正面から来る個体には、真言と共に霊力を形にしないまま急所に叩き込む。

 

「オン・アロリキャ・ソワカ」

 

 霊力そのものが身体の芯を貫き、赤く濁っていた瞳から光が引いていく。

 同時に、竹林全体に漂っていたあの“ざわつき”が、僅かに薄れるのを感じた。

 

「……中心があるな」

 

 俺は視線を走らせる。

 地面の起伏、竹の密度、点在する岩石の隙間……くまなく目を走らせ、そして――見つけた。

 

 倒れた妖怪うさぎたちの中央。

 竹の根元に半ば埋もれた、紫がかった石。

 

「霊石を見つけた! 先行するから援護を頼む!」

「あいよ!」

 

 妹紅が炎で周囲を牽制する間に、俺は石へと踏み込み、掴み上げた。

 

 霊石は、不気味に脈動を繰り返している。

 このまま放置すれば、周囲の妖怪達の理性を奪い、第ニ派を招きかねない。

 俺は即座に封印札を取り出し、迷いなく石を包み込む。

 

「――封」

 

 札が光を放ち、霊石の輝きが完全に消えた。

 

 その瞬間だった。

 竹林を満たしていた重苦しい空気が、嘘のように霧散していく。

 倒れていた妖怪うさぎたちの呼吸が整い、怒りや苦悶の表情が次々と消えていった。

 

「……収まったな」

 

 妹紅が炎を消し、周囲を見渡す。

 

「ああ。この一帯の鎮圧は、ひとまず終わりだろう」

 

 俺は霊石を手の中で確かめ、しっかりと封が効いているのを確認する。

 

「根こそぎ、ってわけじゃなさそうだが……」

「まぁ……少なくとも、当分の間は暴れる奴は出ないだろうさ」

「そうか」

 

 妹紅は腕を組み、俺を一瞥した。

 

「にしても、歳の割には手際がいいな。判断も早いし、何より無駄がない」

 

 唐突な賞賛と共に、しげしげと見つめてくる妹紅からの視線から、思わず顔を逸らす。

 

「……褒められるのは、慣れてないんだ」

「なら、今のうちに慣れとけ」

 

 そう言って、妹紅は小さく笑った。

 

 

 

 

 竹林に静けさが戻った。

 戦闘によって折れた竹も焼け跡もあるが、先程までの怒気や殺気はもうどこにも感じられない。

 

 俺は倒れた妖怪うさぎたちの呼吸を一体ずつ確認し、全員が生きていることを確かめてから、ようやく息を吐いた。

 

「……よし。全員、命に別状なし」

「獣型の妖怪は皆一様に頑丈だってのに、律儀な奴だなお前は」

 

 妹紅が肩をすくめる。

 

「場を荒らしたくないにしても、後始末でそこまでやる奴は中々珍しいぞ」

「だからこそだよ。こう言うのはちゃんとしないと、誤解が生まれるからな」

 

 俺がそう言った、その時だった。

 

 ――カサリ。

 

 風とは違う、微かな音。

 笹や竹の葉を誰かがかき分けたか、踏んだか……何れにせよ、何者かによる接近を知らせる音に、反射的に顔を上げる。

 

 竹の上に人影が二つ。人体には似つかわしくない、頭部から伸びる耳のような独特なシルエットから、先程の兎の妖怪の仲間だろうと当たりを付け、警戒する。

 

「……誰かいるな」

 

 俺がそう言うより早く、妹紅の視線も、すでにそちらを捉えていた。

 次の瞬間――鋭い殺気が、こちらへ向けられる。

 

「――動かないで」

 

 乾いた声。

 同時に、霊力のこもった弾が、俺の足元へ威嚇射撃として撃ち込まれた。

 

 土が弾け、竹が震える。

 俺は即座に両手を上げ、武器から意識を切る。

 

「待ってくれ。コレにはワケが――」

「黙って」

 

 声の主が、竹から飛び降りてくる。

 

 紫がかった髪。赤く光る瞳。

 白いワイシャツに赤いネクタイを結び、紫色のスカートに赤いベルトを通している。

 一見すれば女学生のような出で立ちで、容姿端麗で幼顔ではあるが、何処か軍人めいて硬い雰囲気を感じるその少女は、俺と妹紅へ対して最大級の警戒を向けてくる。

 

 そしてその背後に、もう一つの影が軽やかに着地した。

 先程の少女とは異なり、ピンクめいた色のワンピースのような服装をしている。

 身長は先の少女よりも低く、頭部の耳は……なんというか、フワフワしてそうで、触ったら気持ちよさそうな感じがした。

 

「へぇ……」

 

 小さい方の少女が楽しげな声を上げる。

 警戒心はあるのだろうが、どちらかと言えば”興味”が勝っていそうな、そんな瞳で俺を見つめてくる。

 

「噂の人間が、竹林でうさぎ狩りとはねぇ」

 

 二人の少女の視線が、倒れ伏す妖怪うさぎたちへ向く。

 ――縛られ、意識を失い、地面に転がる同胞。

 きっと、彼女たちの目にはこう映った事だろう。

 

 人間が。

 戦闘の痕跡が残る場の真ん中で。

 妖怪うさぎを、一方的に叩き伏せている。

 

 ……とても、言い逃れができそうには無い状況だ。

 

「……永遠亭の近くで戦闘」

 

 背の高い方の少女の声が、わずかに震える。

 

「しかも……あれは――」

「誤解だ。あいつらは霊――」

「――同胞を襲っているようにしか見えない」

 

 すぐに口を開こうとしたが、最後まで言わせてもらえなかった。

 

 背の高い方の少女の霊力が、はっきりと敵意を帯びる。威圧的な視線が、容赦なく俺を貫いた。

 一方、小さい方の少女は一歩身を引いた位置で、面白がるように事態を眺めていた。

 

「ま、話せば分かるタイプかもしれないけどさ……」

 

 口元に笑みを浮かべ、言葉を紡ぐ。

 

「……黙って見逃すと、後が面倒そうだよねぇ?」

 

 ちらりと、背の高い方の少女を見る。

 

「どうする? 鈴仙」

 

 数秒の沈黙。そして――鈴仙と呼ばれた、背の高い方の少女は、一歩前に出た。

 

「……弾幕決闘を申し込むわ。てゐ、貴女はもう片方を見張ってて」

 

 その宣言と同時に、正式な間合いが引かれる。

 

「勝てば話を聞いてあげるわ。負けたら――永遠亭に来てもらう」

 

 俺は、内心で苦笑した。

 

(ああ……これはもう、どうあっても避けられない流れだな)

 

 ならば、迎え撃とう。

 こちらには正当な理由があり、逃げる必要など無いのだから。

 

 俺はゆっくりと息を吸い、覚悟を決めて一歩踏み出す。

 

「分かった。受けて立とう」

 

 背後で、妹紅が距離を取る。

 

「里の英雄様のお手並み拝見、ってやつだな」

 

 てゐも、いつの間にか高い竹の上に移動していた。

 

「いやぁ、いい席だ。観戦料はタダでいいのかい?」

 

 静まり返る竹林。

 兎の妖怪と、里の退魔師。

 誤解から始まる正規の弾幕決闘。

 

 ここから先は――言葉より、弾幕が物を言う。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
一言
0文字 一言(必須:50文字~500文字)
※評価値0,10は一言の入力が必須です。参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。