6の節:変な家、その1
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背負っていた荷物を下ろし、部屋の中を見渡す。
現代的な外観に違わず室内も床がフローリングになっており、窓もガラス窓であったりと、洋間を思わせる様相を呈していた。
また洋間だけかと思いきや、ちゃんと和室もある所から察するに、この建築物は間違いなく外から流れ着いたモノであると断言できた。
そんな、あまりにも馴染みのある光景に以前のことを思い出す。
(宗家の屋敷に住み始める前は、こんな感じの家に居たっけな)
ただ、幾つか気になる点もあった。
ひとつ目は、荒れ果てているという点。
二階建てであるこの家屋の階段には光を取り込むための天窓が付いているのだが、見る限りだとそれは割ており、そこから隙間風や砂埃、雨水などが侵入していて床が汚れている。
そういった事柄に関係しているのか、はたまた経年劣化が原因かは不明だが床が抜けている部屋もあり、人が居住できる家とは到底言えなかった。
ふたつ目は、恐らく前の住民が残していったであろう残留物が、おびただしい程に残っている点。
居間にあたる部屋なんかは特に顕著で、飲みかけのお茶が入った湯のみや、中身がおそらく水である2Lのペットボトルがテーブル脇に置いてあったりと生活感が色濃く残っていた。
ともすれば人だけが忽然と姿を消したような……荒れ果てているかと思えば人がつい最近まで居たかのような痕跡が、この家屋の異質さを物語っている。
そして、これが最後の点。
玄関の引き戸は鍵が壊れており、外からの侵入は容易だった。だが……
「内から外へは出られない、と」
……そう。何かが引っかかっているという訳でもないのに、何故か屋内から外に出ようとすると引き戸が開かなくなるのだ。
何も知らずに屋内に入ろうものなら、突然の閉じ込めにパニックを起こしかねないだろう。
これらの気になる点を一度整理して頭の中で纏めた後、一息つく。
そしてぼんやりと、先程の紫さんの発言を思い返す。
『どうやらこの家はね……中に入ったが最後、外に出られなくなるみたいなの』
にべもなく告げられたことに困惑していると、紫さんは続けてこうも言った。
『この家屋の調査、並びに解決はあなたに委ねます。無事解決出来たあかつきには、この家屋をあなたのものにしてもらって構わないわ。この件に関しては里の長にも話は通ってるから、頑張ってね』
要約すると、こうだ。
――この家で起きている不可解な現象を、住み込みながら解決して欲しい。
どうしてこんな話になったのかというと、俺がこの幻想郷へと誘われたことと関連しているから……らしい。
紫さん曰く、これは時崎一族との取り決めであるとの事。
それは一族の悲願とも深く関わりがあり、その内容は『幻想への回帰』である……とは、以前ジジイから聞かされたことがある。
――ある時を境に、妖魔の勢力は著しく減退し、それに伴って一族のような妖魔に対抗する力を持った存在は必要とされなくなっていった。
何時しか、妖魔が起こした出来事や古の神々達の逸話でさえも迷信や作り話とされるようになり、最終的には、それらのモノ達への『恐れ』が人々の中から消えたのだという。
当時を生きた時崎の人間は、その時代の推移に伴う変化に深く嘆いていたのだとか。
そんな折に、紫さんがこの幻想郷を大きな結界で覆う事を決めたらしく、それを受けて当時の時崎一族は紫さんとある取り決めをしたのだそうだ。
それこそが『管理者のお眼鏡に叶う者を幻想へ誘致する』というものであり……これを分かりやす〜く意訳すると『紫さん基準でコイツなら問題なくやっていけそうだなと判断した奴を幻想郷へ連れていく』という事になるようだ。
これまた話を掘り下げるとややこしくなるから割愛するが、要はこの幻想郷内における妖魔と人間のパワーバランスを保つために、定期的に力を持つ人間を引き入れているらしい。
余談だが、妖魔や神仏側はと言うと、外で忘れ去られれば勝手に集まってくるし、なんならそういう奴らは自ら移り住んでくるのだとか。
――話が盛大に逸れたが、この家屋の件を俺に委ねた理由は『退魔師としての資質を試すため』であるようだ。
結論としては、俺がこの幻想郷でこれから経験していくであろう様々な出来事に対する処理能力を磨く為に、手始めとしてこの家屋を宛てがわれた、という事になる。
「つってもな……妖魔と戦う術は学んだけど、こういう案件は全くの未経験だぞ」
外の世界的な表現をするなら『事故物件の調査依頼』をされた訳だ。
しかもその内容は人が孤独死した〜とか自殺した〜とかではなく、単に『この家に入った人らが出られなくなった』程度のことである。
見た所変な様子でもないし、単に立て付けが悪いだけ……とも考えていたのだが、どうやら事態はそんなに簡単な話ではない様だった。
屋内を探索し始めて数分。異変は――突然起こった。
「……あれ?」
一通り内部を探索し終わり、一度居間へ戻ろうして廊下を歩いていると、突き当たりに開き戸があるのが見えた。
その光景に違和感を覚え、その場に俺は立ち止まった。
この家は、玄関から伸びるコの字型の廊下をぐるりと囲むように部屋が幾つか存在し、その内側に居間がある……という、少し変わった構造をしている。
コの字の廊下の片側の突き当たりには二階へ続く階段があり、もう片方の突き当たりには何も無いのだ。
今、俺はその『何も無い方の突き当たり』に移動していたはずなのだが……眼前には、件の開き戸が見えるのだ。
しかもこの家、見て回ったからこそ分かるのだが……開き戸なんてひとつも無かったのだ。
ドクン……と、心臓が高鳴る。
突然現れた謎の部屋に思わず身体が強ばり、緊張でカラカラになった喉がチクチクと病み、不快感を伝えてくる。
手はいつの間にか汗ばんでおり、緊張しているのが嫌でも分かった。
ゴクリ。と、生唾を飲み込む音さえも聞こえるような静寂。
里の外れにあるこの家には、人々の喧騒も届いてこない。
今、ここに居るのは俺一人。
そう、俺しか居ない筈だ。
霊力を通して感じるものは何も無く、ここには妖魔の気配すら感じない。
なのに、なぜ、こんな事が起きる?
(開けて、中を確かめてみるか……?)
脳裏にガンガンと響く警鐘とは裏腹に、この扉の先に何があるのだろうかという好奇心が芽ばえる。
見たくない。見たい。行きたくない。確かめなければ。
相反する気持ちで心臓がバクバクと鼓動する。
経験したことの無い『未知』に晒された事により、事ここに至って俺という個は明らかにバグり散らかしていた。
「ち、調査に来たんだろ俺は……明らかにおかしなことが目の前に起きてるんだから、確認しなきゃ、ダメだろ……」
わざと口に出すことで、自分に暗示掛けを試みる。
今感じている恐怖を押さえつける為に、目的を、達する為に。でも。
「……やっぱ怖ぇよ! なんだよこの扉、さっきまでは無かったじゃんか!」
と、まぁ。恐怖で一人叫び散らかした。
でもそのお陰で少しだけ落ち着きを取り戻せた俺は、深呼吸を繰り返す事で無理やり手をドアノブに伸ばした。
「兎に角、確認しなくちゃな……あーやだなー怖えなー。お願いだから脅かしてくるんじゃねぇぞ……」
ガッシリと掴み、より深く息を吸ってから……グッと肺に息を溜め込んで一息にノブを回し――扉を、開け放った。