◆◇◆◇◆◇◆◇◆
性相変成薬をパチュリーさんに没収され、ようやく男の身体へ戻ってから数日が経った。
フランはあの日、そのまま紅魔館へ残った。
レミリアお嬢様からもそろそろ帰ってくるよう言われていたし、何より俺が元へ戻ったことで安心したらしい。帰り際には何度も「もう変なお薬飲んじゃ駄目だからね」と念を押された。
……いや、俺が作った薬じゃないんだけどな。
ともあれ、そうして俺の家には再び俺とこいしの二人だけが残ることになった。
だからといって、何かが変わったのかと言えば――。
「…………」
朝。
目を覚ました俺は、すぐ隣から聞こえてくる小さな寝息に天井を見上げたまま固まっていた。
恐る恐る横へ視線を向ける。
「すぅ……すぅ……」
こいしが寝ている。
俺の布団で。
俺の隣で。
しかも、やたらと近い。
「……いや、だから何でだよ」
思わず声が漏れた。
昨夜は確かに客間へ布団を敷いた。
枕も置いた。掛け布団も用意した。寝る前には本人をそこまで連れていき、「今日はここで寝ろよ」と念まで押した。
こいしも、
『はーい』
と、いつもの調子で返事をしていた。
なのにこれである。
「……何のために客間があると思ってんだ」
「んぅ……そー君……?」
「起こしたか?」
「んー……」
薄く目を開けたこいしは、俺の顔を見上げたかと思えば、安心したようにまた目を閉じた。
「おやすみー」
「寝んな。もう朝だよ」
「じゃあ、おはよー……」
「起きろってば」
「あとちょっと……」
言いながら、こいしがこちらへ身体を寄せてくる。
「うおっ!? 待て待て!!」
「んー?」
「近い! 近いって!」
「そう?」
「そうなのっ!!」
慌てて距離を取ろうとして、布団の端まで追いやられる。
……本当に勘弁してくれ。
フランが一緒にいた時はまだよかった。あいつは俺にとって妹みたいなものだし、二人揃って潜り込んでくるせいで、呆れる方が先に立っていた。
だが、今はこいしと二人きりだ。
しかも年が明けて、阿求に対する自分の気持ちを自覚してからというもの、どうにも……異性とのこういう距離感を、以前ほど気軽に受け流せなくなっていた。
こいしに対して何か疚しい感情があるわけではない。それだけは誓って言える。
……それでも、俺は男で、こいしは女の子だ。妖怪だろうが人間だろうが関係ない。
朝起きて、その女の子がすぐ隣で無防備に眠っている。それを何も気にするなという方が無理だ。少なくとも、俺には出来ない。
だってこいしは普通にかわいい……オホンッ!
「……せめてフランがいた時みたいに、女だったらまだ気楽だったのになぁ」
ぽつりと呟く。
女の身体だった頃は、こんなことをいちいち気にせずに済んだ。
少なくとも俺の中では「まぁ今は女の子同士だし」という言い訳が立ったし、実際、今ほど変に意識することもなかった。
そう考えると。
「……やっぱり女でいた方が、こういう時は楽だったかもな」
もちろん、だからといって性相変成薬をもう一度飲むつもりはない。
薬は全て没収されたし、仮に手元へ残っていたとしても、あれだけパチュリーさんとフランに念を押された後で使うほど俺もバカではない。
ただ――女だった方が気楽だった。
それだけは、割と本気でそう思った。
⸻
その日の夜。
「…………暑い」
寝苦しさを覚え、俺は目を覚ました。
目を開けると、薄暗い天井が見える。
外はまだ夜らしく、障子越しに差し込む雪明かりだけが部屋の輪郭をぼんやりと浮かび上がらせていた。
「……なんだ?」
額へ手を当てる。
熱い。
風邪でも引いたのかと思ったが、頭痛もなければ喉の痛みもない。寒気どころか、身体の内側からじわじわと熱が湧き上がってくる。
まるで火照っているような――。
「…………」
そこで、眠気が一気に消えた。
「……いや待て」
この感覚を俺は知っている。
胸の奥から身体全体へ広がっていく熱。血の流れそのものが変わるような奇妙な感覚。この感覚を、俺は何度も経験した覚えがある。
――性相変成薬を飲み、身体が変わり始めた時に。
「嘘だろ……?」
勢いよく布団を捲る。
またしてもとなりで眠っていたこいしが「んぅ」と小さく身じろぎしたが、今はそれどころではない。
俺は慌てて寝床を抜け出し、姿見の前まで移動した。
暗くてよくは見えなかったから、急いで燭台へ火を灯す。
小さな炎が揺れ、鏡の中に俺の姿が浮かび上がった。
「…………」
息を呑む。
頬の輪郭が柔らかい。
肩幅が狭い。
身体つきも、つい数日前まで見慣れていたものへ変わっている。
そして何より、寝間着の胸元を押し上げる膨らみがあった。
「……マジかよ」
口から漏れた声も高い。
見間違いではない。聞き間違いでもない。
鏡に映っているのは、間違いなく――女の俺だった。
「いやいやいや、待て待て……待ってくれ……なんだこれは……」
自分の身体へ手を伸ばす。
頬。
喉。
胸。
腰。
脚。
最後に念のため寝間着の中まで確認して……。
「…………」
俺は両手で顔を覆った。
「完全に女じゃねぇか……」
時崎胡桃。
冗談半分でそんな名前まで考えた、あの姿へ――女性の姿へ戻っている。
だが今回は、今までとは決定的に違う点がある。
「今回は……薬なんて飲んでないぞ」
性相変成薬は一滴も飲んでいない。それどころか手元にすらない。全部パチュリーさんに没収されたのだから当然だ。
なのに身体が変わった。何の前触れもなく。誰に何をされたわけでもなく。
ただ、俺自身が――。
『やっぱり女でいた方が、こういう時は楽だったかもな』
「まさか……たったあれしきで……?」
朝の自分の言葉が、脳裏へ蘇る。
「いや、まさかな……」
そんなバカな。
女の方が楽だと思った。だから女になった。
……いくら何でも、そんな理由で人間の性別が変わってたまるか。
しかし、鏡の中にいる自分は紛れもなく女だった。
前回までなら、薬の影響だと笑っていられた。だが今回は違う。
薬がない。原因がない。それなのに結果だけが目の前にある。
「……これは、さすがに不味いだろ」
今度ばかりは、俺の背中にも冷たいものが走った。
⸻
日が昇るのを待ってから、俺は紅魔館へ急行した。
こいしには少し出掛けてくるとだけ伝えた。
『そー君、また女の子になったの?』
『……まあ、ちょっとな』
『ふーん』
それだけだった。
こいしにとって俺が男だろうが女だろうが、本当に大した問題ではないらしい。
ありがたいような、もう少し驚いてほしいような、何とも複雑な気分だった。
とはいえ、今はそんなことを考えている場合ではない。
原因を知りたい。できることなら、すぐにでもパチュリーさんに診てもらいたかった。
だが――。
「……寝込んでる?」
「はい」
紅魔館へ着いた俺に、咲夜さんは静かに頷いた。
「パチュリー様は現在、ご自室で休まれております」
「体調が悪いんですか?」
「数日間の無理が祟ったのでしょう。大きく体調を崩されたわけではありませんが、今はとにかく休息を取っていただいております」
「そう、ですか……」
心当たりしかない。
解除薬を作るために、ろくに寝もせず本を漁っていた。
何種類もの薬を作り、俺を調べ続けた。
その末に、フランの一言で俺があっさり男へ戻った。
……そりゃ寝込むわ。
「何か、パチュリー様へ?」
「あー……」
俺は自分の胸元を指差した。
「また女になりまして」
「…………」
咲夜さんが俺を見る。
上から下まで。
そして、もう一度顔を見る。
「性相変成薬は?」
「飲んでませんよ」
「隠し持っていた分などは?」
「だから全部渡しましたって!」
「本当に?」
「本当ですっ!」
何でそこを疑われるんだ。
「昨夜、寝ていたら急に身体が熱くなって……目を覚ました時には、この姿になってました」
「……薬を摂取せずに?」
「はい」
そこでようやく、咲夜さんの表情が僅かに引き締まった。
「それは……確かに、前回とは事情が異なりますね」
俺も今度ばかりは笑えない。
「パチュリーさんに診てもらえればと思って来たんですけど……」
「申し訳ありません。ようやく眠ってくださったところですので、できれば今日は休ませて差し上げたいのです」
「……ですよね」
無理をさせた原因の大半が俺なのだ。
さすがに、叩き起こす気にはなれなかった。
「分かりました。今日は帰ります」
「よろしいのですか?」
「今すぐ命に関わるような感じはありませんから。ただ、起きたら……俺が来たことだけは伝えてもらえますか?」
「承知いたしました」
「お願いします」
頭を下げ、紅魔館を後にする。
頼みの綱だったパチュリーさんには頼れない。
となれば、今の俺にできることはほとんどなかった。
「……どうすっかなぁ」
白い息と一緒に呟きが漏れる。
その声は、自分でも分かるくらい重かった。
⸻
帰路。
俺は冬の魔法の森を歩いていた。
頭上では葉を落とした枝が複雑に絡み合い、その上へ雪が積もっている。風が吹くたび、枝先から細かな雪が落ち、静まり返った森の中へさらさらと音を立てて散っていった。
普段なら飛んで帰るところだが、今日はどうにもその気になれなかった。
自分の身体で何が起きているのか分からない。
そんな状態で、いつものように力を使う気にはなれなかったのだ。
「薬も飲んでないのに女になって……原因も分からなくて……」
頼れる相手は寝込んでいる。
さすがの俺でも、今回は不安だった。
昨日までなら、女になったところで自分が自分であることに変わりはないと思っていた。それ自体は今も変わらない。
けれど、自分の意思とは関係なく身体が変化し始めたとなれば、話は別だ。
今回は性別だった。だが、次もそうだという保証はどこにもない。
「……さすがに暢気に構えてられないか」
溜息を吐く。
――その時だった。
「――ッ!?」
ぞくりと、背筋へ悪寒が走った。
考えるより先に身体が動いた。
雪を蹴り、横へ飛ぶ。
直後、つい先ほどまで俺が歩いていた場所を幾つもの光弾が貫いた。
「なっ!?」
雪が爆ぜる。
白い粉雪が視界いっぱいに舞い上がった。
反射的に風花へ手を掛ける。
「誰だッ!!」
叫びながら周囲を見回す。
木々の間。その向こうで何かが動いた。
次の瞬間、左右から小さな影が飛び出してくる。
「人形……?」
宙を飛んでいたのは、小さな人形だった。
可愛らしい服を着た人形が、まるで意思を持っているかのように俺を取り囲む。
その手元へ、光が集まった。
「ちょっ、待――」
再び弾幕が放たれる。
「話くらい聞けッ!!」
風花を抜きながら雪の上を駆ける。
光弾の隙間を縫い、木の幹を盾にする。
こちらから斬りかかる気はない。
そもそも、何故襲われているのかすら分からない。
「俺が何かしたか!?」
「…………」
返事はない。代わりに、人形たちが位置を変える。
正面だけではない。左右へ広がり、逃げ道を塞ぐように展開していく。
……上手い。ただ数を撃っているわけではないようだ。
こちらが避けようとする場所へ、先回りするように弾が置かれている。
紅い霧の異変で霊夢や魔理沙から散々叩き込まれたからこそ分かる。これは、明確に俺を追い詰めるための弾幕だ。
「くそっ……!」
俺も翠緑の弾を展開する。
撃ち落とすためではない。人形たちの進路を塞ぎ、こちらへ攻撃を集中させないためだ。
数発を放ったところで――。
「……待って」
初めて声が聞こえた。
女の声だった。
人形たちの動きが止まる。俺も風花を構えたまま、声のした方を見る。
雪の積もった木々の間から、一人の少女が姿を現した。
金色の髪。
整った顔立ち。
赤い服の上へ外套を羽織り、その周囲には先ほどの人形たちが浮かんでいる。
見覚えはない。
少女もまた、警戒を解いてはいなかった。
「……貴方」
「はい?」
「今の弾……霊力?」
「そうですけど」
少女の眉が僅かに寄る。
「じゃあ、何なの?」
「何がですか?」
「貴方よ」
「人間です」
「……嘘」
「何で!?」
即答された。
「いや、本当に人間ですって! 俺は時崎創英。人里に住んでる退魔師です!」
「退魔師?」
少女の視線が風花へ向かう。
……あ。
妖怪相手に「退魔師です」は、自己紹介として失敗だった気がする。
「ち、違いますよ!? 今は貴女と戦うつもりなんてありませんから!」
「今は?」
「言葉尻を拾わないでくださいっ!」
慌てて風花を鞘へ納める。
両手を上げて、敵意がないことを示した。
「ほら。戦う気はありません。というか、俺は帰る途中だっただけです。いきなり攻撃されたから避けただけで」
「…………」
少女はしばらく俺を見つめていた。
その視線が顔から身体へ移り、最後に俺の周囲を確かめるようにゆっくり動く。
「……本当に、戦うつもりはないのね?」
「ありません」
「私を退治するつもりも?」
「理由もないのにしませんよ」
「…………そう」
少女が片手を下げる。
それに合わせるように、周囲の人形たちも構えを解いた。
俺はようやく肩から力を抜いた。
「……できれば最初から話を聞いてほしかったんですけど」
「それは悪かったわ」
思ったより素直に謝られた。
「私はアリス。アリス・マーガトロイド」
「時崎創英です」
「それはさっき聞いたわ」
「そうでしたね」
軽く頭を下げる。
「それで……どうして俺を?」
「魔法使いだと思ったから」
「……はい?」
予想外の答えだった。
「魔法使い?」
「ええ。私と同じ」
「いや、俺は魔法使いじゃ――」
そこまで言って。
ふと、以前聞いた話を思い出した。
『魔法使いと言っても、全部が同じ意味じゃないぜ』
確か、そんな話だった。
魔理沙は人間だ。魔法を使う人間――職業としての魔法使い。
一方で、パチュリーさんは違う。あの人は魔法使いという種族そのもの。人間ではなく、広く見れば妖怪側に分類される存在だ。
「……もしかして、種族としての『魔法使い』ってことですか?」
「そうよ」
アリスが頷いた。
「私は魔法使い。貴方の言い方に合わせるなら、妖怪側の存在になるわね」
「なるほど……」
そういう意味なら、確かに魔理沙とは違う。
「でも、何で俺を魔法使いだと思ったんです?」
「自覚がないの?」
「何の?」
「魔力よ」
「…………まりょく?」
思わず、聞き返した声が間抜けな感じになってしまった。
アリスが今度こそ怪訝そうな顔をした。
「貴方の身体から、さっきから魔力が立ち上っているわ」
「……え、俺から?」
「ええ。それも隠そうともしていない。森の中であれだけ魔力を放って歩いていれば、普通は臨戦態勢だと思うでしょう?」
「いやいやいや、待ってくださいよ」
思わず自分の身体を見る。
「俺、何もしてませんよ?」
「だから不思議なのよ」
アリスは腕を組む。
「私には、貴方が魔力を纏ったままこちらへ近づいてくるように見えた。しかも、気配の質だけなら魔法使いに近い。だから同族かと思ったの」
「それで先に攻撃を?」
「何をするつもりか分からなかったもの。ここは私の生活圏よ。身を守るために先手を取っただけ」
「な、なるほど……」
納得はした。
納得はしたのだが。
「……で、魔力?」
もう一度、自分の胸へ手を当てる。
今までなら、まず霊力へ意識を向けていた。
結界の外で死にかけた際に目覚め、宗家で修行する際に幾度も扱ってきた、今となっては馴染みのある力。
身体の内側を巡り、術や風花へ流し込む力。
だが今はそれではなく、アリスの言った「魔力」を探すように意識を沈めていく。
「…………」
呼吸を整える。
霊力とは違う。
もっと別のもの。
そう意識した途端――。
「……え?」
……あった。
今まで意識していなかっただけで、確かにそこにあった。
霊力とは明らかに質の異なる力が、身体の中を流れている。
「……なんだ、これ」
思わず呟く。
しかもそれだけではない。
意識をさらに深く沈めていくと、身体の奥。腹の底とも、心臓とも違う場所に何かがある。
小さい。だが確かに熱を持っている。
そこから絶えず、先ほど感じた力が生み出されていた。
「……これは、炉か?」
「何?」
「いや……何て言えばいいんだろう。身体の中に、何か……魔力を生み出してる核みたいなのがある」
自分で言っていて意味が分からない。
けれど、感覚としてはそれが一番近かった。
火を焚けば熱が生まれるように。水源から水が湧くように。
身体の奥にできた何かが、絶えず魔力を生み出している。
「……いつからだ?」
知らない。こんなもの、以前はなかった筈だ。
少なくとも、存在に気づいたことは一度もない。
困惑しながらさらに意識を広げ――。
「…………え?」
――もうひとつ感じた。
魔力とは違う。霊力とも違う。
だが、この気配には覚えがある。
これまで何度も、妖怪を相手にした時に感じてきたもの。
「……妖力?」
自分の口から出た言葉が、妙に遠く聞こえた。
「そうね。それもあるわ」
アリスが静かに答える。
俺は言葉を失った。
霊力がある。それは分かる。俺は退魔師で、元々それを扱ってきたのだから。
だが……魔力がある。身体の中に、それを生み出す炉のようなものまである。
さらに、妖力までもがこの身体に宿っている。
「……ちょっと待ってくれ」
額へ手を当てる。
女になったことばかり気にしていた。
薬を飲んでいないのに身体が変わった。
それだけで十分おかしいと思っていた。
なのに――どうやら、それだけではなかったらしい。
「俺の身体……いつの間にこんなことになってたんだ?」
誰へ向けるでもなく呟く。
背中を、冷たいものが伝った。
今朝まで感じていた不安とは、質が違う。
性別が変わっただけではない。
俺という存在そのものに、知らないうちに何かが起きている。
「……貴方」
アリスの声に顔を上げる。
先ほどまでの警戒とは違う。
今度は、俺を観察するような目だった。
「本当に、自覚がなかったのね」
「……はい」
「魔力も?」
「今初めて気づきました」
「妖力も?」
「それも」
「…………」
アリスが眉を寄せる。
それから俺の周囲を一度歩き、角度を変えながら何度かこちらを眺めた。
「何です?」
「少し黙って」
「……はい」
パチュリーさんにも最近よく言われたな、それ。
アリスは俺の正面へ戻ると、じっと目を細めた。
「……妙ね」
「何がですか?」
「混ざってる」
「混ざってる?」
「ええ」
アリスが俺の胸元へ視線を向ける。
「人間の霊力がある。それだけなら分かる。でも魔力もあるし、妖力もある。それぞれが完全に独立しているわけでもない」
「…………」
「妙な混ざり方をしてるのよ、貴方」
「……それ、かなり不味いやつですか?」
「分からない」
即答された。
「分からないんですか」
「一目見ただけで分かるなら苦労しないわ」
「それもそうか……」
しかし、困った。
パチュリーさんは寝込んでいる。俺自身には何が起きているのか分からない。
そして今、偶然出会った魔法使いからも身体がおかしいと太鼓判を押されてしまった。
……いや、太鼓判と言っていいのか、これ。
「……はぁ」
思わず溜息が漏れる。
「とりあえず、今日は帰って――」
「待ちなさい」
「はい?」
踵を返しかけた俺を、アリスが呼び止めた。
「その状態で帰るつもり?」
「そのつもりですけど」
「自分の魔力に今初めて気づいた人間が?」
「…………」
「しかも妖力まで持っていて、それがどういう状態なのか自分でも分かっていないのに?」
「…………」
「おまけに、その魔力。今も漏れてるわよ」
「……マジですか」
「マジよ」
アリスが呆れたように息を吐く。
「放っておく方が気になるわ。少し詳しく診てあげる」
「え?」
「私の家、この近くだから」
そう言うと、アリスは俺の返事を待たずに歩き始めた。
数歩進んだところで、こちらを振り返る。
「来ないの?」
「いや……」
さっきまで俺を撃っていた相手の家へ、ついていっていいものだろうか。
そんな考えが一瞬だけ頭を過ぎる。
だが、今の俺には頼れる相手がいない。
そして少なくともアリスは、俺自身が気づかなかった魔力と妖力の存在を見抜いた。
何より、このまま何も分からない状態で家へ帰る方が怖い。
「……分かりました」
俺は小さく息を吐き、アリスの後を追う。
「お願いします、アリスさん」
「アリスでいいわ。それと、敬語もいらない」
「じゃあ……アリス。お願いだ、俺を診てくれ」
「ええ」
アリスが前を向く。その周囲を、何体もの人形がふわりと飛んでいった。
俺も雪を踏みしめながら、その背中を追う。
薬を飲んでいないのに、再び変わった身体。
いつの間にか生まれていた、魔力を作り出す何か。
俺が持っているはずのなかった妖力。
つい昨日まで、自分は元の身体へ戻ったのだと思っていた。
けれど、どうやら俺の身体では、俺自身すら知らない何かが、とっくに始まっていたらしい。
冬の魔法の森を、アリスの背中を追って歩く。
その先に何が待っているのか……今の俺には、まだ知る由もなかった。