幻想回帰節   作:北宮 涼

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60の節:輪郭

◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 アリスの後について雪の積もった森を歩くこと、しばらく。

 

「着いたわ」

「おお……」

 

 木々の隙間から姿を現したのは、森の中にひっそりと建つ洋風の屋敷だった。

 

 人里で見慣れた和風の家屋とはまるで違う。幻想郷へ来る前ならさほど珍しくも感じなかったのかもしれないが、雪に覆われた魔法の森の中にぽつんと建っていると、妙に絵になる。

 

「ここがアリスの家なのか?」

「ええ。さ、入って頂戴」

「ああ。お邪魔します」

 

 促されるまま玄関を潜ると、屋敷の中は思っていた以上に物が多かった。

 

 本棚には魔導書らしき分厚い本が並び、机や棚には小瓶や糸、裁縫道具のようなものまで置かれている。そして何より目につくのは、そこかしこに置かれた人形たちだった。

 

 椅子へ腰掛けているもの。

 

 棚の上に座っているもの。

 

 壁際に立っているもの。

 

 大きさも服装も様々で、どれも丁寧に作り込まれている。

 

「すごいな……これ、全部アリスが?」

「そうよ」

「へぇ……」

 

 近くにいた一体へ顔を寄せる。

 

 服の縫い目まで細かい。

 

 顔立ちも一体ずつ微妙に違うように見える。

 

「アリスって器用なんだな」

「人形遣いだもの。この程度はできないと困るわ」

「いや、それでもすごいと思うけど」

「……そう」

 

 アリスはそれだけ返すと、奥へ歩いていった。

 

 何となくその背中を見送っていると、近くにいた人形がふわりと浮き上がる。

 

「うおっ」

 

 人形は俺の横を通り過ぎると、そのまま奥へ飛んでいった。

 

「本当に自分で動いてるみたいだな……」

「動かしてるのは私よ」

「それは分かってるよ」

 

 そう答えながら後を追う。

 

 案内された部屋には、大きな机と何脚かの椅子が置かれていた。机の上には紙や本、裁縫道具、それから用途の分からない魔法具らしきものが並んでいる。

 

「そこに座って」

「ああ」

 

 椅子へ腰を下ろす。

 

 アリスも向かい側へ座るのかと思ったが、彼女は俺の周囲を歩きながら、先ほど森でやっていたのと同じように身体を観察し始めた。

 

「まず確認するけど、本当に魔力があること自体、今日まで知らなかったのね?」

「ああ。妖力もね」

「それ以前に、魔力を扱った経験は?」

「ない。俺が使ってきたのは霊力だけだよ」

「魔法は?」

「多少なら術は使えるけど、あれも霊力を使ってる。少なくとも俺はそう教わった」

「なるほどね……」

 

 アリスが俺の背後へ回る。

 

「少し触るわよ」

「どうぞ」

 

 背中へ、アリスの指先が触れた。少しひんやりしていて気持ちいい。

 

 オホンッ……何をしているのかは分からないが、微かな何かが身体へ入り込んでくる感覚がある。

 

 悟りの気で他人の心へ触れる時とは逆だ。

 

 自分の内側へ、外から何かを差し込まれている感覚を覚えた。

 

「力を抜いて」

「抜いてる」

「もっと」

「これ以上か?」

「無意識に抵抗してるわ」

「……ああ、そういうことか。悪い」

 

 深く息を吐く。

 

 意識して身体の緊張を解いていくと、背中から入り込んでくる感覚が少しだけ鮮明になった。それが身体の中を巡る。

 

 霊力。魔力。そして、妖力。

 

 今まで霊力しかないと思っていた身体の中に、みっつの異なる力が存在している。

 

 そう認識してしまったせいか、余計に気味が悪かった。

 

「……やっぱり変ね」

「変、とは?」

「霊力については、貴方が言った通り。ずっと使ってきたからでしょうね。流れも安定しているし、身体にも馴染んでる」

「そこだけ聞くと健康そうだな」

「問題はそれ以外よ」

「それ以外……か」

 

 アリスが俺の背中から手を離す。

 

 今度は正面へ回り、手を差し出してきた。

 

「手」

「ん」

 

 言われるまま右手を差し出す。アリスが俺の手首を掴み、目を閉じた。

 

 しばらく沈黙が続く。暖炉で薪の爆ぜる音だけが、静かな部屋へ小さく響いていた。

 

「……………………」

「………………長いな」

「集中してるんだから静かにして」

「はい」

 

 パチュリーさんと似た怒られ方をしたので、もう少し静かに待つことにする。

 

 やがてアリスが目を開き、俺の手を離した。

 

「……魔力を生み出しているものは確かにあるわね」

「やっぱり?」

「ええ。魔法使いなら珍しくもないけれど、少なくとも普通の人間がなんの訓練もなく持っているものじゃないわ。妖力も同じ。生成量も少量というわけではないわね」

 

 アリスは一度机へ向かい、何かを書き留める。

 

「それと、もうひとつ」

「まだあるのか?」

「あるわ」

 

 嫌だなぁ。今日だけで自分の身体について知らなかったことを何個聞かされるんだろう。

 

「服を脱いで」

「…………はい?」

「服を脱いで」

「聞こえなかったわけじゃないんだけど!?」

「なら脱いで」

「だから待て!? 待ってください!?」

 

 何故だか身の危険を感じて、思わず胸元を押さえる。

 

「一応理由を聞いても!?」

「身体の変化そのものを調べたいからよ」

「それと脱ぐことになんの関係がっ!?」

「外から魔力を流して反応を見るの。服越しでもできなくはないけど、直接調べた方が正確でしょう?」

「そ、それは……そうかもしれないけどさっ!」

 

 今の俺、一応女なんですけど。

 

 そんな抗議を込めて見つめる。

 

 アリスも俺を見る。

 

「…………」

「…………」

「なに?」

「いや……」

 

 そういえば。

 

 こいつも女だった。

 

「なら、まあ……いいか」

「なんなのよ」

「なんでもない……こっちの話……」

 

 諦めて外套を脱ぐことにする。

 

 上着へ手を掛けたところで、アリスが何体かの人形を呼び寄せた。

 

「ちょうどいいわね」

「なにが?」

「せっかくだから、こっちも試しましょう」

「……えっと、なにを?」

 

 嫌な予感は的中した。

 

 人形たちが運んできたもの。それは――服だった。それも一着ではない。

 

「…………あの、アリスさんや?」

「なに?」

「一着ならまだしも、どうしてそんなに持ってきたんです?」

「調べるついでよ」

「なにを?」

「寸法」

「スンポウ!? ナンデェ!?」

「いいから脱いで」

「いや良くはないだろっ!?」

 

 ……結局、俺は自分の身体を調べてもらうという大義名分のもと、アリスの着せ替え人形にされた。

 

 

⸻

 

 

「……次、これ着て頂戴」

「まだあるの……?」

「あるわ」

「これで何着目だよ……」

「数えてないわね」

「俺は数えてる。これで七着目だ」

「そう。じゃあ次が八着目ね」

「そういう意味じゃねぇよ!?」

 

 机へ突っ伏したくなる衝動を堪えながら、渡された服を見る。

 

 ひらひらしている。

 

 非常にひらひらしている。

 

「……これも?」

「ええ」

「絶対調査に必要ないだろ」

「必要よ」

「どこがぁ!?」

「さっさと腕を上げて」

「話を聞けぇ!!」

 

 文句を言いながらも、結局従う。

 

 ここまで来たら半分は諦めていた。

 

 人形たちが器用に服を整え、アリスが細部を確認していく。

 

「……なるほど」

「今度はなにが分かったんだよ」

「思ったより腰が細いわね貴女」

「身体の調査はぁ!?」

「してるわよ」

「本当かよ……」

 

 アリスが俺の背後へ回る。

 

 背中へ指を当てられた瞬間、微かな魔力が流れ込んできた。

 

「ひゃんっ」

 

 思わず肩が震える。

 

「動かないで」

「変な感じするんだよ!」

「我慢して。あと変な声も出さないで」

「不可抗力だっ!!」

 

 身体の中へ入ってきた魔力が、俺自身の魔力へ触れる。

 

 すると。

 

「……あれ?」

 

 何かが変わった。

 

 身体の輪郭が一瞬だけ揺らいだような感覚。

 

「今の……」

「やっぱり」

 

 アリスが小さく呟く。

 

「今度こそ、なにか分かったのか?」

「ええ。だいたいね」

 

 その声から、先ほどまでの遊び半分の雰囲気が消えていた。

 

 俺も自然と姿勢を正す。

 

「あの、先に着替えてもいい?」

「ダメ」

「なんで!?」

「その服、似合ってるから」

「調査は終わったんだろ!?」

「説明しながら見てるの」

「なにを!?」

 

 こいつ、絶対楽しんでるだろ。

 

「冗談よ。座って」

「……本当に?」

「半分くらいは」

「半分本気なんじゃん……」

 

 溜息を吐きながら椅子へ座る。

 

 アリスも今度は向かい側へ腰掛けた。

 

「――さて。結論から言うわね」

「お、おう」

「貴女の身体、変化することに慣れ切ってるわね」

「…………」

 

 一瞬、意味を理解できなかった。

 

「……どういうこと?」

「そのままの意味よ。貴方の肉体そのものが、変容を異常なほど自然に受け入れるようになっている」

「変容……」

「ええ」

 

 アリスが机の上へ指を滑らせる。

 

「普通、生き物の身体へ魔法や妖術で大きな変化を与えようとすれば抵抗が起きる。肉体には肉体としての形があるし、魂にも生物相応の形というものがあるから、それを別のものへ変えようとすれば当然負荷が掛かるわ」

「……まあ、それはそうだろうな」

「でも、貴方にはそれがほとんどない。今までなかったものが生じた。それだけ大きな変化をしたのに、身体がそれを完全に自然な状態として受け入れている。変容だなんて生ぬるいわね、言うなればこれは『変異』よ」

 

 アリスの視線が、今の俺の身体へ向く。

 

 パチュリーさんから聞かされた言葉が蘇る。

 

『貴方の身体が、変化を受け入れすぎているのよ』

 

 骨格も。筋肉も。内臓も。

 

 全部が表面的な変化ではなく、最初からそうだったかのように女性の身体へ変わっていた。

 

「……似たようなことを、前にも言われたな」

「誰に?」

「知り合いの魔法使いだ」

「魔法使い……」

 

 アリスが僅かに眉を上げる。

 

「そいつにも身体を診てもらったの?」

「ああ。元々、こうなった原因はその人が作った薬だったから」

「薬?」

「性別を変える魔法薬だ。元々は別の魔法実験に付き合ってたんだけど、その時に性別を変える薬を事故で飲んでしまってさ。その後は戻ったり変わったりしてたんだけど……」

「……性別を?」

 

 アリスの目が細くなる。

 

「それ、随分と危ない実験じゃない?」

「本人も反省してるから」

「貴方も大概よ」

「よく言われる」

 

 肩を竦める。

 

「それで、その魔法使いにも同じことを?」

「身体が変化を受け入れすぎてるって。でも、これまでに何度も調べてもらったのに、魔力とか妖力があるなんて一度も言われなかったな」

「……それは本当?」

「ああ」

 

 少なくとも、パチュリーさんが黙っていたとは考えにくい。

 

 あの人は性相変成薬の一件で、俺の身体を嫌というほど調べた。

 

 魔力や妖力が今みたいな状態だったなら、何かしら言われていたはずだ。

 

 だとしたら……いつからだ? 自分の身体に、こんなものが宿ったのは。

 

 最後にパチュリーさんから検査を受けた時。男へ戻った時。そして数日後。

 

 こいしと二人になって……。

 

『……やっぱり女でいた方が、こういう時は楽だったかもな』

 

 その夜。

 

 身体が熱を持った。

 

「……まさか」

「なに?」

「昨日だ……」

「昨日?」

「俺が女になったのは昨日の夜なんだ」

「それはさっき聞いたわね」

「その日の朝……俺、とある事情で、女だった方が楽だったなって考えてたんだ」

 

 アリスが黙る。

 

「一緒に暮らしてる女の子がいるんだけど……その、距離感が近くてさ。変に意識しちゃうから、女だった時の方がまだ気楽だったなって」

「それで?」

「その夜、身体が熱くなって……気づいたらこの姿だった」

「…………」

 

 言葉にすると、ますますバカげて聞こえる。

 

「女になりたいって願ったわけじゃない。ただ、女だった方が楽だったとは……結構強く思った」

「それ以前にも、自分の意思で姿が変わったことは?」

 

 そう問われ、数日前の事を思い出す。フランが泣いた時のことを。

 

『……お兄ちゃんに戻ってよ、にぃに』

 

 あの言葉を聞いて、俺は――。

 

『ちゃんと、お兄ちゃんに戻らないとな』

 

 ――そう思った。

 

 その直後、男へと戻った。

 

「……ある」

「やっぱり」

 

 アリスの表情が険しくなる。

 

「そうなってくると、薬の効果だけじゃ説明できないわね」

「やっぱり変だよな?」

「ええ。薬との親和性が異常に高い、というだけならまだ分かるわ。でも薬の効果が切れた後に、自分の意思だけで同じ変化を起こしているなら話が違う」

 

 アリスが指先で机を軽く叩く。

 

「貴方自身になにかあるわね」

「俺自身に……?」

「ええ」

 

 しばらく考え込んだ後、アリスは慎重に言葉を選ぶように続けた。

 

「断定はできないわ。でも、貴方には……そうね。なにかとなにかの境目を曖昧にするような力があるんじゃないかしら」

「境目を……曖昧に?」

「男と女。元の身体と変化した身体。本来なら明確に分かれているはずのものを、貴方の身体は簡単に行き来している。薬は最初の切っ掛けに過ぎなかったのかもしれない。その変化を何度も繰り返した結果、元々貴方の中にあったなにかが表へ出てきた……そう考えれば、ある程度は辻褄が合うの」

 

 元々、俺の中にあった何か。

 

 その言葉が、妙に胸へ残った。

 

「じゃあ……魔力とか妖力も、それが原因なのか?」

「そこまでは分からないわ」

 

 アリスは即座に否定した。

 

「今言ったのは推測よ。魔力や妖力まで同じ原因なのか、それとも別のなにかが起きているのかは、まだ判断できない」

「……そっか」

「ただし」

 

 アリスの声が低くなる。

 

「今の状態が危険なのは確かよ」

「危険?」

「貴方、今まで魔力を扱ったことがないのよね?」

「ああ」

「妖力も?」

「意識して使ったことはない」

「それなのに、身体は勝手に両方を持っている。しかも魔力については、今この瞬間も生成し続けてる」

「…………」

「今は漏れているだけで済んでいる。でも、感情が大きく動いた時にどうなると思う?」

 

 答えられない。

 

「怒った時。恐怖を感じた時。誰かを守ろうとした時。あるいは、貴方が無意識になにかを強く願った時」

 

 昨夜のことが頭を過ぎる。

 

 女だった方が楽だと思った。ただそれだけで、身体が変わったのだとしたら。

 

「……意図しないタイミングで、暴発する可能性がある?」

「ええ。大いにあるわ」

 

 アリスは真顔で頷いた。

 

「それが身体の変化だけで済む保証もない。魔力が意図しない形で外へ放出されるかもしれないし、術として勝手に発現するかもしれない。妖力の方だってなにを引き起こすか分からない」

「……それは、不味いな」

「かなりね」

 

 冗談を挟む余裕もなくなった。

 

 俺自身が危険なだけならまだいい。だが人里で突然何かを暴発させれば、阿求や周りの人間を巻き込む可能性がある。

 

 それだけはダメだ。絶対にダメだ。

 

「抑える方法はあるのか?」

「あるわ」

 

 アリスは立ち上がった。

 

「本当か!?」

「少なくとも、今みたいに垂れ流している状態は抑えられる」

 

 彼女が向かったのは、糸や布が置かれた棚だった。

 

 いくつかの箱を確認した後、その中から一巻きの糸を取り出す。

 

「封魔の糸よ」

「ふーま?」

「ふ・う・ま。封魔よ封魔。魔力の流れを抑制するための糸。これを服に縫い込んで術式を構築するわ」

「服に?」

「貴方の場合、身体の内側から出ている力だから、外側を覆う形で抑えた方がいい。完全に封じるわけじゃないけど、今みたいに無意識に漏れ続ける状態はかなり軽減できるはず」

「そんなものがあるのか……」

 

 俺が糸へ顔を近づける。

 

 一見すると普通の糸だ。

 

 だが意識を向けてみると、確かに微かな魔力が込められている。

 

「それで服を作ってもらえるのか?」

「ええ」

「そっか……! 助かるよ!」

「ただし」

「……ただし?」

 

 アリスがニヤリと笑った。

 

 何だろう……嫌な予感しかしない。

 

「条件があるわ」

「金なら頑張って払うよ」

「それは別にいらない」

「じゃあなに?」

 

 アリスが指を鳴らす。

 

 すると、部屋のあちこちにいた人形たちが一斉に動き出した。

 

「うおっ!?」

 

 俺の周囲へわらわらと集まってくる。

 

 そのうちの一体が、先ほど着せられた服の一つを抱えていた。

 

「私の人形の服作りを手伝って貰うわ」

「…………え、それだけ?」

「新しい意匠をいくつか試したいのよ。でも一人で考えていると、どうしても似たものになりがちでね」

「それで俺にも手伝ってほしいのか? こういっちゃなんだけど……俺、服のセンスは無いぞ?」

「でも貴女、服を見た時に縫い方とか生地を気にしてたでしょう」

「そりゃあ……見てたけども」

「裁縫は?」

「できる。宗家にいた時に習ったし、家事も一通りやるからな」

「なら決まりね」

「いや待て待て。俺まだなにも――」

「封魔の服、いらないの?」

「ぐぬっ……卑怯だぞっ」

「交渉上手と言って欲しいわね」

 

 アリスが僅かに口元を上げる。

 

「はぁ……分かったよ、手伝うよ」

「決まりね」

「ただし、俺を着せ替え人形にするのは程々にしてくれ」

「善処するわ」

「絶対する気ないだろその返事」

「さあ。どうかしらね」

 

 この女、思っていたよりいい性格してんな。……勿論、悪い意味で。

 

「それと、もう一つ」

「まだあるのかよ」

「服は応急処置よ」

 

 アリスの表情が再び真面目なものへ戻った。

 

「外から抑え続けるだけじゃ、根本的な解決にはならないわ」

「……つまり?」

「直ぐにとは言わない。ただ、ちゃんと自分で扱えるようにはなりなさい」

「魔力を?」

「魔力も。妖力も」

「…………」

 

 簡単に言ってくれる。

 

「俺、今日存在に気づいたばかりなんだけど」

「だから教えるのよ」

「誰が?」

「私が」

「…………えっ」

 

 思わずアリスを見る。

 

「い、いいのか?」

「中途半端な状態で放り出して、森の近くで暴発でもされたら私も困るもの」

「それだけ?」

「それだけで十分でしょう?」

「まあ、そうだけど」

 

 アリスは机の上に置いてあった紙を一枚取り、何やら書き始める。

 

「まずは魔力を自覚して、外へ漏らさず身体の中で循環させるところから始めなさい。妖力はその後ね。そっちは私も専門じゃないから、貴方自身の感覚を確かめながらになるけど」

「わ、分かった」

「だから、しばらくここへ通ってもらうことになるわ」

「それは、どれくらいだ?」

「貴方の飲み込み次第ね」

「一番困る答えだなそれ……」

「才能があれば早いわよ?」

「なかったら?」

「春まで雪の中で頑張りましょうか」

「縁起でもないこと言うなよ。もう二月だぞ」

「今年、春が来るといいわね」

「……え?」

「なんでもないわ」

 

 何だ、今の。

 

 聞き返そうとしたところで、アリスが椅子から立ち上がった。

 

「じゃあ、早速始めましょうか」

「え、今日から!?」

「当然でしょう。貴方、今も魔力を垂れ流してるのよ?」

「ああ……そうだったわ……」

 

 忘れかけていた。

 

 アリスが人形を一体呼び寄せる。

 

 人形が抱えていたのは、また別の服だった。

 

「…………」

「なに?」

「いや……」

 

 俺はその服を見る。

 

 そしてアリスを見る。

 

「魔力の訓練に、それは必要なのか?」

「必要よ」

「本当に?」

「ええ」

「目を逸らさずに、もう一度だけ言ってみろ」

「…………」

「…………」

「似合うと思ったの」

「やっぱりじゃねぇか!」

「だって貴女、思ったよりもスタイルが良いんだもの。さっき着せたのも、冗談抜きに全部似合ってたし」

「着せ替え人形にするのは程々にしてくれってさっき言ったばかりだよな!?」

 

 静かな冬の魔法の森に、俺の悲鳴が響いた。

 

 ……こうして俺は、自分の身体に起きている異変を抑えるため、魔法使いアリス・マーガトロイドのもとへ、しばらく通うことになった。

 

 この時の俺はまだ、自分の中に芽生えた魔力と妖力が何を意味しているのか知らない。

 

 ただひとつ、分かっていたのは――。

 

「ほら、次はこれ」

「だからなんでスカートなんだよ!」

「今の貴方、女でしょう?」

「そういう問題じゃなぁいっ!!」

 

 どうやら当分の間、魔法の勉強よりも先に、着せ替え人形としての忍耐力を鍛えられそうだということだった。

 

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