◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「……なるほどね」
ぼそりと呟いたパチュリーさんの声に、俺は反射的に背筋を伸ばした。
目の前では、彼女が俺の袖口を摘まんでいる。
視線は俺ではなく、服へ。
先日アリスに仕立て直してもらったばかりの、黒を基調とした新しい封魔服へと注がれていた。
「これは誰が作ったの?」
「えーっと……」
「答えて、創英」
「は、はい……」
問い詰める視線を前に、これ以上は誤魔化せそうにないと悟る。
いや、別に悪いことをしたわけじゃないはずなんだけどな。
――三月に入ってから数日。上海人形とお揃いだった初代封魔服は、俺が普段着ている仕事着を参考にして、早々に仕立て直された。
黒を基調とした、俺にとって馴染みが深い形。
見た目だけなら以前着ていたものと大差はない。ただし生地そのものには封魔の糸が縫い込まれ、衣服全体をひとつの術式として機能させるため、縫い目や裏地には細かな工夫が凝らされている。
そして今日。俺はその封魔服を身にまとい、久しぶりに紅魔館を訪れていた。
目的はもちろん、パチュリーさんへの報告だ。
何の薬も使っていないのに勝手に女性へ変わった後に、身体の中から、それまで存在すら知らなかった魔力と妖力が見つかった。
そこまで話が進展したのだから、その後どうなったのかも含めて伝えるべきだろう。
そう思って紅魔館へ足を運んだのだが――。
『創英!?』
図書館へ入るなり、俺を見つけたパチュリーさんは、驚いた顔で椅子から立ち上がった。
男性の姿へ戻っていたことに驚いたのだろう。
次の瞬間には腕を掴まれ、
『こっちへ来なさい!』
『え、ちょっ――』
有無を言わさず、研究室へと連行された。
……そして今に至る。
パチュリーさんは封魔服の袖口を摘まんだまま、目を細める。
「封魔の術式……いえ、それだけじゃないわね。魔力の漏出を外側から抑制して、内側へ循環させるように組まれている。妖力の方にも作用しているみたいだけど……」
「分かるんだ」
「誰に言ってるのよ」
「ごめんなさい、黙ります」
愚問だった。
彼女の指先から、ごく僅かな魔力が封魔服へ流れ込んでくる。以前なら何をされているのか分からなかっただろう。
だが――今は違う。
「いま、袖から魔力を流しました?」
パチュリーさんの指が止まった。
「……分かったの?」
「はい。袖口から入って、腕を一周して……胸の辺りまで来ましたね」
「…………へぇ」
「違いましたか?」
「いいえ」
パチュリーさんの目が、今度は服から俺へ移る。
「合ってるわ」
「おおっ!」
思わずガッツポーズをすると、それを見たパチュリーさんが顔を顰める。
「だからなんでそんな顔するんですか」
「創英。私と最後に会ってから、何日経ったかしら」
「えーっと……おおよそ一ヶ月ですかね」
「そうね。それで?」
「それで、とは?」
「どうして魔力の流れを追えるようになっているの?」
「件の、人形を扱う魔法使いの下で練習したから……ですかね」
そう言うと、今度は明確に怒りの形相を浮かべて腕を強く握り込んできた。
「痛い痛い! 袖! 服ごと抓まないで!」
「誰に教わったって?」
「え?」
「もう一度言ってみなさい。誰に……魔力操作を教わったって?」
「……その、人形を扱う魔法使いに」
「…………はぁ」
「パチュリーさん?」
「そんな奴と、どこで知り合ったのよ」
「魔法の森です」
「いつ?」
「先月ですね」
「どうやって?」
「向こうから人形で攻撃されて」
「…………は?」
あ、しまった。説明の仕方を間違えた。
「違いますよ!? いや、違わないけど、ちゃんと事情があって!!」
「貴方……」
声が低い。ものすごく低い。
「見ず知らずの魔法使いに襲われて、その相手の家までついていったっていうの?」
「……はい」
「その魔法使いに身体を調べさせたの?」
「…………はい」
「その上、魔力と妖力の扱い方を教わって、得体の知れない術式が組まれた服まで受け取って、それを着て私のところへ来たと?」
「………………はい」
パチュリーさんが目を閉じた。
深く息を吸い、ゆっくりと吐く。
「創英」
「はい」
「自殺行為にもほどがあるわよ」
「ごもっともです……」
反論できなかった。
「相手がどんな術式を服に仕込んだか、最初から全部理解できたの?」
「いや……」
「服を媒介に呪いを掛けられる可能性は考えた?」
「……考えてませんでした」
「貴方自身を術式の一部に組み込まれる可能性は?」
「あの……」
「身体を調べるふりをして、何か細工される可能性は?」
「えっと……」
「答えなさい」
「……ごめんなさい、考えてませんでした」
怒られて当然のことだった。
今になって並べられると、我ながら随分と危ない橋を渡っている。
「結果的に、その魔法使いに悪意がなかっただけでしょう? 結果論で安全だったからいい、なんて話じゃないのよ」
「ごめんなさい……」
俺が素直に頭を下げると、パチュリーさんは大きく溜息を吐いた。
「まったく……これだから素人は……」
それでも、彼女の手は再び封魔服へ触れる。
袖口、肩、胸元、背中。縫い込まれた術式を辿るように、慎重に魔力を流していく。
「……悔しいけれど、術式そのものはかなり丁寧に作り込まれているわね」
「そうなんですか?」
「ええ。貴方の魔力と妖力の両方へ、しっかり噛み合うように合わせてある。単純に封じ込めるだけじゃなく、過剰に漏れる分だけを抑えているみたいね」
「へぇ」
「へぇって、貴方ねぇ……自分が着ているものなんだから、もう少し真面目に理解しておきなさいよ」
「ぐっ……返す言葉もございません……」
「それに、身体の変容も……」
パチュリーさんが俺の顎をクイッと持ち上げる。
顔を右へ。左へ。次に肩や腕を確かめられた。
「完全に元通り、という訳ではないわね」
「やっぱり分かりますか?」
「分かるわよ」
「そうですか。確か……」
アリスも同じことを言っていた――そう口にしかけて、名前を伏せる。
「……その魔法使いにも、同じことを言われましたね」
「そう」
危ない。何となく、まだ名前を出すのはやめておいた方がいい気がした。
別に隠す必要があるわけではないとは思うが、今のパチュリーさんへ「アリスっていう魔法使いなんだけど」と言ったら、そのまま魔法の森へ乗り込みかねない。
……いや、流石にそこまではしないか?
「性別自体は男性で安定しているわね」
「はい」
「貴方自身から漏れ出てる魔力も少なく抑えられている。妖力についても……少なくとも、勝手に身体へ作用している様子は見られないわね」
「じゃあ?」
「現状、この服は正常に機能していると考えていいわ」
「よかったぁ……」
胸を撫で下ろす。
「だからといって、知らない魔法使いについていっていいことにはならないわ」
「まだ続くんですか!?」
「当然でしょう? 今日は、そこのところの安全意識やら何やらを叩き込んであげるわ」
「か、勘弁してくださぁい……」
――結局その後も、俺はしばらく説教を受けることになった。
——
「おや、創英ちゃんじゃないか」
「……ちゃんはもういいんじゃないですかね?」
「何言ってるんだい。あのふわふわしたかわいい服、似合ってたじゃないか」
「そういう問題じゃなくてですね……」
紅魔館を訪れてから数日後。俺はいつも通り里を歩いていた。
アリスに仕立て直してもらった二代目の封魔服は、黒を基調とした俺好みの服装になった。外見は以前のスーツによく似ているが、生地は随分と柔軟で、身体を動かしても突っ張ることがまったくない。
何より、あの人形とお揃いの格好……ロリータファッション? で里を歩かずに済む。それだけでも大分有り難い。
「でも、女の子だった時も可愛かったけどねぇ」
「勘弁してくださいよ……」
野菜を並べていた店のおばちゃんが、からからと笑う。
久しぶりに男の身体へ戻って人里を歩けば、当然のように色々と言われた。
『おや、戻ったのかい?』
『今日は男なんだねぇ』
『あらあら、ちょっと残念ねぇ』
『女の子の創英ちゃんも可愛かったのに』
……なんで残念がられるんだ?
それに、男へ戻ったとはいえ、完全に以前の姿へ戻ったわけではないのだ。
長い金髪はもう考えないことにするとして、顔や身体にも女性だった頃の柔らかな線が残ったままなのだ。その様相は、まるで第二次性徴前の男子のようだった。
そのおかげで……おかげで? 服装が男物へ戻ったところで、以前より随分と中性的な見た目になってしまった。
「ほら、顔赤くして。そういうところが可愛いんだよ」
「もういいですってば!」
逃げるように店先を離れる。
背後から笑い声が追いかけてきた。
「……まったく」
頬を掻きながら歩く。もっとも、こうして気軽に弄られるのも、別に嫌ではなかった。
身体が女になったところで、男へ戻ったところで、里の人たちの俺を見る目はほとんど変わっていない。
それは少しだけ……ありがたいと思う。
「さて」
気を取り直し、見回りを続ける。新しい封魔服は見た目だけでなく、実用面でもかなり優秀だった。
仕立て直す際、アリス曰く……。
『また性別が変わった時に着られなくなったら面倒でしょう?』
……とのことで、生地や術式にはかなり余裕を持たせてあるらしい。身体の形が変化しても、それに合わせて伸縮する構造にしてあるのだという。一体どういう技術なのだろう?
そしてこの数日、俺は封魔服を身につけたまま、アリスとの訓練も続けていた。
魔力操作に妖力操作。最初は身体の中で流すだけだったふたつの力も、今では随分と扱えるようになっている。
特に魔力は面白い。
魔力そのものを撃ち出すようなことは、まだ教わっていない。その代わり、既に組み上げられた魔法陣や術式へ自分の魔力を触れさせ、構成を読み取ったり、ごく簡単なものなら干渉したりできるようになっていた。
霊力を使った退魔術とは、似ているようでどこか違う。術式という仕組みそのものへ指を差し込むような感覚、とでも言えばいいだろうか。
それに対して、妖力は――。
「…………」
ふと、足を止めて周囲を確認する。
人通りはある。特に変わった様子もない。
俺は再び歩き出しながら、意識を身体の内側へ向けた。
――妖力。アリスが未だに首を傾げるほど、俺の身体へ馴染んでいる力。
それを扱えるようになってから、ひとつ分かったことがある。
俺は、自分の意思で身体の性別を変えられるようになっていた。
最初に気づいた時は、流石に驚いた。
妖力へ意識を向けて、女性だった頃の自分を思い浮かべる。すると即座に身体が反応し始め、女の子へと変化する。逆に、元の自分を意識すれば即座に男へと戻る。
封魔服を着ている間は勝手な変化こそ抑えられているものの、自分から意識的に力を動かせば変化そのものは可能だった。
薬は必要ない。強く願う必要もない。
明確な意思を以て妖力を使えば、肉体の性別を自由に切り替えられるようになっていた。
「……便利なのか、よく分からんな」
今のところ、使い道は特にない。なので普段は男のままだ。わざわざ女性になる理由もないし。
……いや、夜に寝る時はこいし対策で女性に切り替えてから寝てるな、そういえば。
――それよりも。
「……ん?」
見回りのため、何気なく悟りの気を薄く広げる。これ自体は普段からやっていることだ。
誰かの心を直接読むのではなく、人の気配や感情の揺れを薄く捉える。何か揉め事が起きていないか。妙に怯えている人はいないか。人ならざるものが紛れ込んでいないか。
必要以上に踏み込まないよう、ごく薄く。不必要に干渉しないように。……そのつもりだった。
「…………なんだ?」
思わず足が止まった。
いつもよりも、鮮明に情報を拾えている。
遠くを歩く人々の気配。店先で交わされる声。そこに混ざるごく淡い感情の起伏まで。
内容を読むほどではない。けれど以前よりも、輪郭がはっきりしている。
「何だこれ」
悟りの気を弱める。
感覚が遠のく。
もう一度広げると、感覚が戻る。
以前とは明確に違う……前は霊力を薄く広げる時と似たような感覚で使っていた。
そう、思っていた。
だが今は――力の扱い方を覚えたからこそ、はっきりと分かる。分かってしまう。
「これ……霊力じゃないぞ」
今度は胸の奥へ意識を向けながら、悟りの気を広げる。
その瞬間、身体の中にある3つの力のうち、ひとつだけが反応し、僅かに減った。
霊力ではない。魔力でもない。
「……妖力?」
呟いた自分の声が、妙に大きく聞こえた。
もう一度、今度は妖力へ意識を向けながら試す。悟りの気を広げると、確かに妖力が動いたのが分かった。
胸の奥に小さな引っ掛かりが生まれる。
悟りの気。紅魔館の一件以来、俺はずっと、これを自分の能力として使ってきた。けれどその原理を深く考えたことはなかった。
「……待てよ」
そこで、ふと思い返す。そもそもの話として、今まで使ってきた技の中にも色々あったはずだ。
術に、能力。霊力を使っていると明確に分かるものは多い。
時崎一族の退魔の法である、時崎流秘咒や身体強化術。風花へ霊力を通して放つ技。空を飛ぶ際に展開する霊力翼。
あれらはずっと訓練してきたものだ。何をどうすれば発動するのかも理解している。
けれど、そうではないものもある。
「…………」
ひとつ、思い当たるものがあった。
「……帰ったら試してみるか」
俺は悟りの気を解き、足早に見回りの続きを済ませることにした。
——
その日の午後。
自宅裏の人目につきにくい場所で、俺は風花を抜いて立っていた。
「まずは……普通に」
深く息を吐くと同時に、霊力を巡らせて風花へと通す。慣れ親しんだ感覚だ。
「……これは霊力」
敢えて口にする。これは、まぁ分かる。
次に、悟りの気。里中でやった時のように、薄く広げる。
「これは妖力」
やはり間違いない。
魔力は動かないし、霊力もほとんど減っていない。消費しているのは妖力のみだ。
次は性別の変化。アリスとの訓練で、既に何度か試している。
妖力へ意識を向けて、女性だった時の身体を思い浮かべる。熱が全身へ広がった。
骨格。筋肉。重心。服の内側で身体の輪郭が瞬く間に変わっていく。
封魔服も、それに合わせるよう、僅かに形を変えた。
「これも妖力」
今度は男性へ戻す。言うまでもなく、これも妖力だ。
「あとは……」
風花を構え、刃へ霊力を通す――のではなく、代わりに妖力を通す。
今みたいに自在に空を飛べなかった頃に、何度か使った力。
空間そのものへ刃を滑らせて裂け目を作る、離れた場所同士を繋ぐ……あの力。
「フッ」
ゆっくりと風花を振ると、風花の軌跡に沿って空間へ細い亀裂が走り、その向こうに自宅の反対側が確かに覗いていた。
「これも、消費してるのは妖力なのか……」
風花を下ろす。亀裂は、ピタリと静かに閉じた。
「…………」
何だこれは。
悟りの気。性別を変える力。空間を割いて別の場所へ繋ぐ力。
3つだ。今のところ、妖力を使っていると確認できたのはこの3つだけ。
他にも思いつく限り試してみた。
退魔術は霊力。翔霊波も霊力。スペルカードも霊力。身体強化も同じだ。
新しく覚えた魔術的な干渉だけは魔力だった。それらとは明確に違う。
「……この3つに共通点なんて、あるか?」
呟いてみる。
悟りの気。空間を繋ぐ。性別を変える。
「うーん……分からんな……」
何度考えても、同じ答えにしかならなかった。
——
家へ戻った俺は、居間の卓上へ紙を広げていた。
頭の中だけで考えていても埒が明かないと考え、ならば一度全部書き出してしまおうと思ったからだ。
「霊力……退魔術、身体強化、風花を使った剣技、飛翔術、スペルカード」
筆を走らせる。
「魔力……魔法的な術式への干渉のみ。まだ他は分からない」
次。
「妖力……悟りの気。空間を繋ぐ。性別変化」
そこで手が止まった。
「性別変化じゃあ、なんか締まらないな」
別に技名を付ける必要などないのだが、今後整理するなら呼び方くらいは決めておいた方がいい。
「性相……変化……」
少し考える。
この身体そのものが変わる。それは単なる見た目ではなく、ちゃんと生物的な機能も兼ね備えた変化だ。
……ならば。
「……『性相変異』」
紙へと書き込む。ふむ……悪くはないんじゃないか?
「これでいいか」
改めて3つを見比べる。
悟りの気。
空間接続。
性相変異。
「どれも妖力を使う力だけど……共通項はなんだ?」
やや暫くの間、腕を組んで考える。だがやはり分からない。
ひとつは心。ひとつは空間。ひとつは肉体。対象からしてバラバラだ。
「うーん……」
その時、こんこんと玄関を叩く音がした。誰だろう?
「はぁい、今行きます~」
筆を置き、玄関へ向かう。扉を開けると……。
「こんにちは、創英さん」
「阿求?」
そこに立っていたのは、見慣れた紫色の髪の少女だった。
「どうした? 今日はなんか用事あったっけ?」
「いえ。近くまで来たので、少し寄ってみようかと思いまして。お邪魔でしたか?」
「いや全然。来てくれて嬉しいよ。外は寒かったろ? 遠慮せずに上がってってくれ」
「では、お言葉に甘えて」
阿求を家へ招き入れる。
「お茶淹れるよ。適当に寛いでてくれ」
「ありがとうございます」
居間へ通し、俺は台所へ向かう。
湯を沸かしながら、何か菓子でも残っていたかと棚を確認する。
「そういえば、創英さん」
「んー?」
「そのお召し物、新しいものですよね?」
「ああ。ちょっと色々あって、新しく仕立ててもらったモノなんだ」
「そうなんですね。そちらの服もよくお似合いですよ」
「ありがとう。これなら里を歩いても笑われなくて済むよ」
「……前のお召し物は、どのようなものだったのですか?」
「聞かないでくれ」
「?」
阿求が小さく首を傾げる。
危ない……お人形さんとお揃いの服だったなどと知られたら、間違いなく後世まで記録されかねない。
ホッと胸を撫で下ろしつつも、茶菓子を盆へ載せて居間へと戻った。
「お待たせ。はい、お茶」
「ありがとうございます」
「それで今日は――」
盆を置こうとして、阿求の視線が卓上に広げた紙へ向いていることに気づいた。
「創英さん、これはなんですか?」
紙の上には、俺が先ほど書き出した内容がそのまま残っている。
霊力、魔力、妖力。その3つの項目の内の、妖力の項。
『悟りの気』
『空間接続』
『性相変異』
その項を見つめるや否や、先ほどまでの柔らかな表情が少しずつ変わっていった。
「……魔力と、妖力?」
「ああ」
「創英さんが、ですか?」
「うん」
「いつからですか?」
声色が変わった。俺も向かいへ腰を下ろす。
「正確には分からない。だが少なくとも、前に紅魔館で身体を調べてもらった時には見つかってなかった。でも先月になって、身体の中にあることが分かったんだ」
「先月……」
「魔力は、身体の奥に何か……炉みたいなものがあって、そこから生まれてることが分かってる。妖力についても、身体の中に確かに存在してることまでは分かってる。この魔力と妖力は、アリス――えっと、知り合った魔法使いに教わって、最近ようやく意識して扱えるようになったんだ」
「妖力を、ですか?」
「うん」
阿求の表情が真剣になっていく。
「それでなんだけど……今日さ、見回りしてる時に悟りの気を使ったんだ」
「はい」
「そしたら気づいたんだ。あれ、妖力を使ってたんだよ」
「なっ……」
「それで、今まで使ってきたものを一通り調べ直してみたんだ」
紙を指差す。
「妖力を使ってたのは、今のところはこの3つ。悟りの気、風花で空間を割いて別の場所へ繋ぐ力、自分の性別を変える力。今は便宜上、『性相変異』って名前で呼んでる。それ以外の他の退魔術とか剣技は霊力で、最近覚えた魔術への干渉は魔力だった」
阿求は何も言わない。ただ、紙に書いてあることを見つめ続けている。
「ここまで洗い出した時に、何か共通点があるのかと思って考えてたんだけど……俺には全然分からなくてさ。心を感じるのと、空間を繋ぐのと、男になったり女になったりするのじゃ、何の関係もなさそうだろ? 因果関係は無くて、たまたま妖力を源にしているだけだったのかなって考えてるんだけど……って、阿求?」
さっきから返事がない。
阿求の視線は紙の上をひたすら行き来していて、そして時折……俺の顔へと向く。
「……創英さん」
やや暫くの後に、ようやく声を掛けてきた。
「いくつか、確認してもよろしいですか?」
「もちろん」
「女性の姿へ変わった時のことですが、薬を服用する度に髪が段々長くなっていきましたね?」
「そうだね」
「身体つきも女性然としていて、声も変わっていました」
「うん」
阿求の指が、紙の上に置かれる。
「隔てられた空間を繋ぐ力。他者の心を感じ取る力。男性と女性、その性差を行き来する力」
そこで、阿求が黙った。
何かを考えている。それも、かなり深く。
「創英さん」
顔を上げた彼女から、いつもの穏やかな微笑みはすっかり消えていた。
「以前から、気になっていたことがあったんです」
「気になってたこと?」
「はい」
阿求は俺の顔を見つめる。
「ですが、それぞれがあまりにも脈絡のないことでしたから、私自身、考え過ぎなのだと思っていました。けれど」
紙へ視線を落とす。
「今のお話を聞いて、ようやく……ひとつの線として繋がった気がします」
その言葉に、俺は思わず姿勢を正した。
「……どういうことだ?」
俺は尋ねる。しかし、阿求はすぐには答えなかった。
卓上に並んだ3つの言葉を、もう一度ゆっくりと見渡す。
そして、――何かを確かめるように、静かに息を吸った。