◆ side:博麗霊夢 ◆
空へ飛び出してから、しばらく経った。
神社にいた時はただ寒いということばかりが気になっていたけれど、こうして上空から幻想郷を見下ろしてみると、今年の冬がどれほどおかしなことになっているのか、改めてよく分かる。
眼下に広がっているのは、どこまでも続く白い景色だった。
妖怪の山も、魔法の森も、人間の里へ続く道も、見渡す限り雪に覆われている。普段なら新緑が目立ち始める木々は白い枝を伸ばし、山肌には冬の名残どころか、真冬と変わらないほどの雪が積もっていた。
五月になったというのに、これでは季節が3か月ほど遅れているようなものだ。
「……まったく。よくもまあ、こんなになるまで放っておいたものね」
そう呟いてから、私は少しだけ眉を寄せた。
……いや、放っておいたのは私も同じか。
創英が里の様子を調べ始めた時も、魔理沙が神社へ押しかけてきた時も、私は大して気に留めていなかった。何となくおかしいとは思っていたけれど、そのうち暖かくなるだろうと考えていたのだ。
でも、こうして見る限り、自然に春が来るのを待っているだけでは埒が明きそうにない。
「ああ、寒い寒い」
私は袖の中へ指先を引っ込め、少しだけ飛ぶ速度を上げた。
風を切れば余計に寒くなるのは分かっている。それでも、じっとしていたところで暖かくなるわけではないのだから、さっさと原因を見つけてしまった方がいい。
とはいえ、どこへ行けばいいのかまでは分からなかった。
魔理沙が見せてきた桜の花びらが、何かの手掛かりになるような気はしている。けれど、あいつが拾った場所を聞いたところで、そこに原因があるとは限らない。
こういう時は、あまり考えすぎない方がいい。
何となく気になる方へ向かって、何かあれば確かめる。それで十分だ。
「……ん?」
そんなことを考えながら飛んでいると、視界の端に淡い色が映った。
白一色の景色の中を、何かがゆっくりと漂っている。
最初は雪に混じった木の葉かと思ったけれど、それにしては色が違う。薄桃色の小さなものが、風に流されるでもなく、ふわふわと空中を舞っていた。
私は進路を変え、その傍へ近付いた。
「あら」
見覚えがある。
桜の花びらだった。
魔理沙が持ってきたものと、形も色もよく似ている。
私は手を伸ばし、指先でそっと摘まんでみた。
「……やっぱり、変ね」
触れられないわけではない。
指先には確かに何かを挟んだ感覚があるのに、普通の花びらを摘まんだ時のような薄さや柔らかさが感じられない。かといって、霊力を固めたものとも違う。
見た目は桜の花びらそのものなのに、何でできているのか、さっぱり分からなかった。
私はそれを目の高さまで持ち上げ、軽く振ってみた。
薄桃色の花びらは指先で揺れたものの、千切れたり形を崩したりする様子はない。
「ふぅん。魔理沙の言ってた通りね」
あいつが妙に騒いでいたのも、少しは理解できる。
少なくとも、今の幻想郷にこんなものが漂っているのは不自然だ。
私は花びらを袖の内側へ収め、もう一度周囲を見回した。
すると、少し離れたところにも、同じ薄桃色のものが浮かんでいるのが見えた。
ひとつだけではない。
よく目を凝らしてみると、雪の間を縫うように、幾つもの花びらがゆっくりと漂っていた。
「……なるほどね」
私は口元を緩めた。
何となくこちらへ来てみたけれど、どうやら勘は外れていなかったらしい。
花びらの数は決して多くない。白い雪に紛れてしまえば、気付かずに通り過ぎてしまいそうなほどだ。
それでも、ひとつ見つけてしまえば、次を探すのはそれほど難しくなかった。
私は近くに漂っていた花びらを幾つか集め、袖へしまい込んでいく。
その途中で、妙なことに気付いた。
雪は上から下へ降っているのに、花びらは必ずしもそうではない。横へ流れていくものもあれば、ゆっくりと浮き上がっていくように見えるものまである。
風のせいかとも思ったけれど、それだけでは説明がつかない動きだった。
「これは一体、どこから来てるのかしら」
試しに、一枚の花びらが漂ってきた方向へ目を向ける。
そこには雪雲が広がっているばかりで、特に変わったものは見えなかった。
けれど、何となく。
あちらへ行けば、もう少し何か分かる気がする。
「……ま、行ってみれば分かるでしょ」
私は集めた花びらを確かめてから、再び空を飛び始めた。
白い景色の中を進みながら、時折見つかる薄桃色を追い掛ける。
まるで、雪の中に春の通り道が残されているようだった。
もっとも、その道がどこへ続いているのかは分からない。
分からないけれど、少なくとも退屈はしなくなった。
そう思った、次の瞬間だった。
「おーい! そこの巫女ーっ!」
聞き覚えのある甲高い声が、前方から響いてきた。
私は顔を上げた。
雪の降る空の向こうから、小さな人影が勢いよく飛んでくる。
青い髪に青い服。背中には氷の結晶を思わせる羽が並び、その周囲には冷たい空気がまとわりついていた。
「……ああ、あんた」
見覚えのある氷の妖精だった。
確か、チルノとかいったかしら。
あの子は私の前で急停止すると、腕を組んで得意げに胸を張った。
「こんなところで何してるのよ!」
「見て分からない? 飛んでるのよ」
「そんなの見れば分かるわよ!」
「じゃあ、聞かないでちょうだい」
「そうじゃなくて!」
チルノは頬を膨らませ、私の周りをぐるりと一周した。
何かを探しているようにも見えたけれど、こちらには心当たりがない。
「……何よ。私に用でもあるの?」
「あるわよ! あんた、何か探してるんでしょ?」
「まあね」
「ふーん!」
チルノは妙に嬉しそうな顔をした。
嫌な予感がする。
ああいう顔をしている時の妖精は、大抵ろくなことを考えていない。
「じゃあ、あたいと勝負しなさい!」
「……何でそうなるのよ」
「だって、あたいは最強なんだから!」
「理由になってないわよ、それ」
「最強のあたいを倒さないと、先には進めないってこと!」
そう言って、チルノは両手を広げた。途端に周囲の空気が冷え込み、彼女の背後に小さな氷の粒が幾つも生まれる。
……どうやら、最初から喧嘩を売るつもりだったらしい。
「悪いけど、今は忙しいの。遊ぶなら他を当たってちょうだい」
「逃げるの!?」
「そういうわけじゃないけど」
「じゃあ勝負よ! あたいが勝ったら、あんたはあたいの言うことを聞くの!」
「面倒ねぇ……」
私は溜息をついた。
相手が妖精だからといって、わざわざ付き合ってやる義理はない。
けれど、ここで無視して通り過ぎようとしても、きっと追い掛けてくるだろう。
それなら、さっさと相手をしてしまった方が早い。
「……分かったわよ。ただし、すぐ終わらせるからね」
「へへん! そう簡単に終わると思わないことね!」
チルノが嬉しそうに笑い、両手を振り上げた。
次の瞬間、空中に浮かんでいた氷の粒が一斉に大きくなり、鋭い氷柱へと姿を変える。
「いっくわよーっ!」
掛け声と同時に、氷の弾幕が放たれた。
私はその軌道を眺めながら、身体を僅かに傾ける。
正面から飛んできた氷柱が袖の傍を通り過ぎ、後方の雪空へ消えていった。
続けて左右から小さな氷弾が迫ってくる。
私は少しだけ高度を上げ、その隙間を抜けた。
「ちょっと! ちゃんと戦いなさいよ!」
「戦ってるじゃない」
「避けてばっかり!」
「当たってあげる理由もないでしょ」
「むきーっ!」
チルノは怒ったように両手を振り回した。
すると、彼女の周囲に漂っていた冷気が渦を巻き、今度は大量の氷弾が扇状に広がっていく。
先ほどよりも数が多い。けれど、飛んでくる方向は分かりやすかった。
私は御幣を軽く振り、正面に幾つかの霊力弾を展開する。
放たれた霊力弾が氷の弾幕を打ち砕き、細かな氷片が雪の中へ散っていった。
「なっ!?」
「ほら、よそ見してると危ないわよ」
私は空いた隙間へ向けて、追加の霊力弾を放った。
チルノは慌てて横へ飛び退いたものの、避けた先にも弾幕が広がっている。
「うわっ、ちょっ……!」
青白い光が弾けた。
小さな悲鳴とともに、チルノの身体がくるりと回転する。
そのまま雪の積もった地面へ落ちていくかと思ったけれど、どうにか空中で体勢を立て直したらしい。
「……うぅ」
「はい、おしまい」
「ま、まだ負けてないわよ!」
「そう?」
私は御幣を構え直した。
それを見た途端、チルノの肩がびくりと跳ねる。
「……ま、まあ、今日はこのくらいにしてあげるわ!」
「そう。助かるわ」
「次は絶対に負けないんだからね!」
「はいはい」
私が適当に手を振ると、チルノは悔しそうに頬を膨らませた。
けれど、それ以上仕掛けてくる様子はなかった。
やがて、何かを思い出したように顔を上げる。
「そうだ! あんた、冬を終わらせようとしてるんでしょ!」
「……まあ、そうだけど」
「だったら気を付けなさいよ!」
「何に?」
「この辺りには、冬が大好きな妖怪がいるんだから!」
チルノは得意げに胸を張った。
「そいつ、今の季節がずっと続けばいいって思ってるかもしれないわよ!」
「……ふぅん」
冬が好きな妖怪。
そういうものがいても、別に不思議ではない。
ただ、好きだからといって、幻想郷全体の季節をどうにかできるとは限らないけれど。
「分かったわ。ありがと」
「えっ?」
チルノがきょとんとした顔をする。
「何よ、その顔」
「いや、あんたが素直にお礼を言うなんて……」
「教えてくれたんだから、お礼くらい言うわよ」
「そ、そうよね! あたいって親切だから!」
途端に機嫌を直したチルノは、得意げに笑いながら飛び去っていった。
……まったく、忙しい妖精ね。
私はその背中を見送り、再び進行方向へ向き直った。
すると、ちょうど目の前を一枚の花びらが漂っていく。
薄桃色のそれは、雪に混じりながらゆっくりと上昇していた。
「……さて、こっちね」
私は花びらを追い、再び飛翔を始めた。
ところが、しばらく進んだところで、妙なことに気付いた。
先ほどから、周囲の雪が少しずつ増えている。
もともと雪は降っていたけれど、今は視界を遮るほど白い粒が舞い、風も一段と冷たくなっていた。
私は眉を顰める。
「何よ、これ」
単に天気が悪くなったのかと思った。
けれど、そうではないらしい。
冷気が、どこか一点から広がっている。
まるで、誰かが周囲の冬を濃くしているような感覚だった。
「……ああ、もう」
私は思わず溜息をついた。
ただでさえ寒いというのに、これ以上冷やされてはたまらない。
そう思っていると、不意に前方から柔らかな声が聞こえてきた。
「あらあら。こんな寒い日に、随分と元気な巫女さんね」
雪の向こうに、人影が浮かび上がった。
青みを帯びた髪に、白を基調とした服。ふわりとしたターバンのような帽子を被った女性が、冷たい風の中で穏やかに微笑んでいる。
その周囲では雪がゆっくりと舞い、彼女を中心に冬の気配が広がっているように見えた。
「誰よあんた」
「レティ・ホワイトロック。冬が好きな、ただの黒幕よ」
「へぇ」
私は相手の姿を眺めた。
どうやら、チルノが言っていた妖怪というのは、この女のことらしい。
「それで、その冬が好きな黒幕さんが、私に何の用?」
「そうねぇ……」
レティと名乗った女は、少し考えるように首を傾げた。
そして、にこりと笑う。
「貴方、冬を終わらせようとしているのでしょう?」
「そうだけど」
「それは困るわね」
「何で?」
「だって、冬はとても素敵な季節だもの」
レティは両手を広げ、周囲を舞う雪を見渡した。
「静かで、綺麗で、何もかもが白く染まって……こんなに幸せな季節が終わってしまうなんて、寂しいと思わない?」
「思わないわね」
私は即答した。
レティが少しだけ目を瞬かせる。
「……あら」
「寒いのよ。もう五月なのに、いつまで雪を降らせるつもり?」
「ふふ。寒いのが冬の良いところでしょう?」
「それが嫌だって言ってるの」
私がそう返すと、レティは楽しそうに笑った。
どうにも話が噛み合わない。
冬が好きなのは勝手だけれど、そのせいで春が来ないのだとしたら、こちらとしては迷惑極まりない。
「……ねえ、あんた」
「なあに?」
「もしかして、この長い冬の原因って、本当にあんたなの?」
そう尋ねると、レティは少しだけ目を細めた。
口元には、相変わらず柔らかな笑みが浮かんでいる。
「さあ、どうかしら?」
「は?」
「私がそうだと言ったら、どうするの?」
私は御幣を握り直した。
「決まってるじゃない。さっさと冬を終わらせてもらうわ」
「あらあら、怖いわねぇ」
そう言いながらも、レティは一向に退こうとしない。
むしろ、周囲の雪が少しずつ勢いを増していく。
「でも、せっかくの冬だもの。もう少しくらい、楽しんでいってもいいんじゃないかしら?」
「私はもう十分楽しんだわ」
「そう。残念ね」
レティは小さく肩を竦めた。
その瞬間、彼女の周囲に漂っていた雪が、一斉に動きを変えた。
白い粒が渦を巻き、冷気を纏った弾幕となって広がっていく。
「……やっぱり、こうなるのね」
私は溜息をつきながら、御幣を構えた。
レティは楽しそうに微笑んでいる。
「冬を終わらせたいのなら、まずは私を越えていきなさいな」
「面倒な妖怪ねぇ」
言い終わるより早く、雪の弾幕が押し寄せてきた。
先ほどのチルノとは違い、こちらの攻撃は広範囲に広がっている。細かな雪の粒に紛れるように、冷気を帯びた光弾が幾重にも重なり、逃げ道を塞ぐように迫ってきた。
私は上体を傾け、その隙間へ滑り込む。
白い弾幕が袖の傍を通り過ぎるたび、肌を刺すような冷たさが伝わってきた。
「寒いって言ってるでしょうが!」
「あら。冬なんだから、仕方ないでしょう?」
「だから、その冬を終わらせに来たのよ!」
私は御幣を振り、霊力弾を放った。
赤と白の光が雪の中を駆け抜け、レティへ向かっていく。
けれど、彼女は慌てることなく身体を傾け、ゆったりと弾幕の間を抜けていった。
「ふふ。元気ねぇ」
「余裕ぶっていられるのも今のうちよ!」
私は速度を上げ、相手との距離を詰めた。
レティは両手を広げ、さらに大量の雪弾を展開する。
白い弾幕が幾つもの輪を描きながら広がり、その隙間から鋭い冷気が吹き付けてきた。
……なるほど。
ただ雪を降らせているだけではないらしい。
弾幕そのものに冷気が纏わりついていて、近付くだけでも身体が冷える。
長く付き合えば付き合うほど、こちらが不利になるというわけだ。
「……だったら、さっさと終わらせるまでね」
私は一度距離を取り、御幣を掲げた。
周囲に霊力が集まり、幾つもの光弾が浮かび上がる。
レティはその様子を見て、楽しそうに目を細めた。
「あら、何かするつもり?」
「見てれば分かるわよ」
私は御幣を振り下ろした。
放たれた霊力弾が、雪の弾幕を次々に打ち砕いていく。
白い光が散り、冷気の渦に穴が開いた。
私はその隙間を抜け、一気にレティの正面へ飛び込んだ。
「……え?」
初めて、レティの表情が変わった。
私はその一瞬を逃さず、至近距離から霊力弾を放つ。
赤白の光が弾け、レティの身体が後方へ押し飛ばされた。
「きゃあっ!」
彼女は雪の中を大きく後退し、どうにか体勢を立て直そうとする。
けれど、その周囲にはすでに、私の放った弾幕が展開していた。
「はい、これで終わり!」
私は最後の霊力弾を放った。
幾つもの光が一斉に収束し、レティの周囲で弾ける。
雪の舞う空に、赤と白の閃光が広がった。
やがて光が収まると、そこにはふらふらと浮かぶレティの姿があった。
帽子は傾き、服のあちこちに弾幕の跡が残っている。
先ほどまでの余裕たっぷりな笑みも、すっかり消えていた。
「あらあら……これは、参ったわねぇ」
「まったく。最初から大人しく通してくれればよかったのに」
私は御幣を下ろし、レティの傍へ近付いた。
「それで?」
「……何かしら?」
「この長い冬、あんたがやってるの?」
レティは一瞬、きょとんとした顔をした。
そして、困ったように笑う。
「まさか。本当に私が原因だと思っていたの?」
「は?」
「私は冬が好きなだけよ。季節を止めたり、春を来なくしたりするようなことはしていないわ」
「じゃあ、さっきの問答は何だったのよ」
「ちょっとした悪戯、かしら」
私は思わず額に手を当てた。
「あんたねぇ……」
「だって、冬を終わらせようとしている巫女さんがいたんですもの。少しくらい、引き留めてみたくなるでしょう?」
「ならないわよっ!」
私が声を上げると、レティはくすくすと笑った。
どうやら、本当に悪気はなかったらしい。
……いや、悪気がないからといって、許されるかどうかは別だけれど。
「……じゃあ、あんたはこの冬がずっと続いてほしいわけじゃないの?」
そう尋ねると、レティは少しだけ目を細めた。
先ほどまでの悪戯っぽい笑みが、穏やかなものへ変わる。
「そうねぇ……。冬が長く続いてくれるのは、私にとって嬉しいことよ」
「でしょうね」
「でも、季節というのは移り変わるものだもの。冬が終われば春が来て、春が過ぎれば夏になる。それが自然なことなのでしょう?」
レティは空を見上げた。灰色の雲から、雪が静かに降り続いている。
「私は冬が好き。でもだからといって、春が来るのを本気で邪魔しようとは思わないわ。ましてや、こんなにも不自然な冬を続けようだなんて、とてもとても」
「……ふぅん」
「冬が終わるのは寂しいけれど、また次の冬が来るもの。それを焦がれながら待つと言うのも、悪くはないでしょう?」
そう言って、レティは柔らかく微笑んだ。
その表情を見る限り、嘘をついているようには思えなかった。
少なくとも、長い冬の原因を知っている様子ではない。
「……つまり、あんたは無関係なのね」
「ええ。残念ながら、ね」
「全然残念じゃないわよ」
私は深い溜息をついた。
チルノといい、レティといい、どうしてこうも余計なことをしてくるのか。
こっちは寒い中、わざわざ異変を調べに出てきたというのに。
「……ま、いいわ。邪魔しないなら、もう行くから」
「あら、もう行ってしまうの?」
「当たり前でしょ。春を探してるんだから」
「そう。なら、気を付けてね」
レティは軽く手を振った。
先ほどまで弾幕を撃ち合っていた相手とは思えないほど、のんびりとした態度だった。
私は呆れながらも、その場を離れようとする。
すると、不意にレティが声を掛けてきた。
「……そうそう、巫女さん」
「何よ?」
「貴方が探している春、案外近くにあるのかもしれないわね」
私は振り返った。
「どういう意味?」
「さてね」
レティは空へ目を向けた。
そこには、白い雪に混じって、薄桃色の小さなものが漂っていた。
桜の花びらだった。
「あら……」
私はその行方を目で追った。
花びらは風に流されるように揺れながら、ゆっくりと空の高い方へ昇っていく。
その先には、厚い雲が広がっていた。
「……なるほどね」
私は小さく頷いた。
やっぱり、あの花びらを追っていけば何か分かりそうだ。
「ありがと。じゃあね」
「ええ。春が見つかるといいわね」
レティの声を背中に受けながら、私は再び飛び立った。
冷たい風が頬を撫で、袖の中へ入り込んでくる。
……寒い。やっぱり、寒い。
けれど、今はもう、ただ寒さに腹を立てているだけではなかった。
雪の中を漂う薄桃色の花びら。その奇妙な存在が、どこかへ私を導いているような気がする。
私は袖の中に集めた花びらを確かめ、さらに高度を上げた。
眼下では、レティが小さく手を振っている。
その姿はやがて雪の向こうへ消え、代わりに灰色の雲が近付いてきた。
「……さて、次は何が出てくるのかしらね」
私は独り言を零し、口元を僅かに緩めた。
どうせ、ここまで来たのだ。原因が何であろうと、見つけてしまえばいい。
春を奪った誰かがいるのなら、そいつから取り返す。ただそれだけの話だ。
私は御幣を握り直し、雪の舞う空をさらに進んでいく。
白い世界の中に、時折、薄桃色の花びらが浮かんでは消えていった。
その一枚一枚を道標にしながら、私は勘の赴くままに飛び続ける。
——いい加減、春には戻ってきてもらわないと困るのだから。