幻想回帰節   作:北宮 涼

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8の節:変な家、その3

◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

「た、助かった……」

 

 何とか窮地を脱することが出来た俺は、すぐに立ち上がって今自分が居る場所を確認する。

 どうやら少し離れた場所に移動していたようで、周りを見渡せば直ぐにあの家が目に飛び込んできた。

 最初こそ慣れ親しんだ近代的なデザイン故に警戒心など持てなかったが、直前のあの出来事があった後では見え方が異なってくる。

 この時の俺は……その家に対し、どうしようもなく不気味で得体の知れない恐怖を感じていた。

 

「今からまたあの家に戻る気は流石にしねぇな……」

 

 そんな事を呟きつつ、空を見る。

 太陽はすっかり傾いて、そろそろ山の裏へ隠れてしまいそうになっている。

 茜色の陽が周囲を朱色に染めていて――もうじき、夜が来ることを告げていた。

 

「しゃーない、野宿すっか」

 

 来たばかりで縁もゆかりも無い土地で誰に頼ることも出来ない俺は、日が暮れてしまう前に周囲に雨風を凌ぐに丁度よさそうな場所を探す事にした。

 ……え、紫さん? この時は既に帰っててもう居なくなってたよ。

 

「あの、もし……」

 

 頭をボリボリ掻きながら明日の朝までどうするかを考えていた所に声が掛かった。

 誰だろうと思って振り返ると、つい数刻前に大通りでぶつかったハイカラな少女がそこに居た。

 

「君はさっきの……えっと、どうかしましたか?」

「いえ……今し方、屋敷へと戻る為にここを通ろうとした時に、あなたの独り言が聞こえたもので……行く宛てがないと言うのなら、私の屋敷に来ませんか?」

 

 唐突に少女からもたらされたのは渡りに船な提案だった。

 しかしありがたい反面、幾つかの懸念点が頭の中に浮かぶ。

 俺は、それを少女に問掛けた。

 

「……気持ちは有難いですが、こんな身元も分からないような奴を招き入れて本当に大丈夫ですか? 屋敷と言うからには、それなりの身分の方とお見受けしますが」

「そこは大丈夫です。数刻前に、妖怪の賢者と貴方が親しげに会話をしているのが見えましたから」

 

 紫さんとのやり取りのどこに親しげな要素があったのかは分からないが、どうやら彼女といた所を目撃されていたようだ。

 そしてその事が、俺の身元を保証するひとつの要素となっていたらしい。

 更に少女は続ける。

 

「あと、これまでの数度のやり取りからも、あなたの人柄の良さが伺えました。それと、その身なりも。……今は、泥だらけのようですが」

 

 クスッと笑う少女が可愛く、そんな少女に笑われたことが恥ずかしかった俺は……少し距離を取り、直ぐに服に付いた汚れを叩き落とした。

 

「故に、私はあなたを警戒するにはあたらない人物と判断しました。それ所か、転びそうになった私を支えても下さりましたし」

「それについてはなんというか、前を良く見ていなかった俺が悪いので……」

「ほら、そういう誠実な所ですよ。自身の非を認められる方に、悪人はあんまり居ないと私は思っています」

 

 より面白そうにクスクスと笑う少女。

 なんだか揶揄われているような感じもしたが、そこは笑って流した。

 

「良いですね。あなたと話せば話すほどに人柄が見えてくる。私の中では、あなたは良い印象ですよ」

「そりゃどうも……」

「それで、いかがでしょう? もしそれでも引け目を感じられると仰るのなら、私からひとつ提案というか、お願いがあります」

「お願い?」

「はい。私の屋敷に宿泊いただく代わりに――」

 

 そっと、俺を見つめる目が雰囲気ごと変わる。

 年相応な様子から一変して、年上の様な気配すらも感じられる彼女は……

 

「――あなたの事を取材させて頂きたいのです」

 

 ……そんな提案を、してきた。

 

 

─────

───

 

 

 少女の名は『稗田阿求』という。

 人間の里の名家である稗田家の当主であり、この幻想郷の妖魔についてまとめた書物『幻想郷縁起』編纂のため、千年以上前から転生を繰り返している……らしい。

 

「へぇ……」

「反応が薄いですね」

 

 そりゃそうだろう。にわかには信じ難い話だもの。

 ――だが実は、見聞きした物事を忘れない力を持った人物と言うのは、本当にたまたま覚えがあった。

 宗家の本山に居た時に勉強がてら読んだ日本書紀の中に、稗田阿礼という人物が出てくるのだ。

 その稗田という苗字に聞き覚えがあり、説明を受けたことで関わりがあることが分かり……転生体だと聞いて、俺の理解力が及ばずに一瞬情緒がぶっ飛んだという訳である。

 

「つまり、阿求はかの稗田阿礼その人ということ?」

「はい。ただ、前世の記憶はあまり残っていませんが」

 

 阿求は自身の能力を用いて件の書物を認めるべく、この幻想郷の古今東西全ての事柄を書き留め、記してきたのだという。

 そうした書物の中には、当然俺のような幻想郷の外から来た人物達も記されているらしく、それらは皆一様に『外来人』として一纏めにされているようで、俺以外にも様々な経緯でこの郷に『幻想入り』した者達が居るのだとか。

 

「創英さんの場合は、ある意味では最も安全にこの幻想郷へ渡る手段を用いられたと言えますね」

「……まあ、確かに。話を聞けば聞くほど、俺は恵まれていたんだなと実感出来ますね」

 

 幻想入りのルートも様々あるようで、本当に偶然迷い込むパターンもあれば……信じ難い事に、妖魔達の食材として運び込まれる事も稀にあるのだとか。

 その他にも例を挙げれば枚挙に暇がないが……俺のような存在は、近年の幻想郷においてはそこまで珍しくはなくなってきたという。

 しかしそれでも、この幻想郷の一員になったからには取材をしたい(主にそれを通して外の情報を纏めたい)との事で、今回の取材に至る訳である。

 

「……はい、ありがとうございました。まだまだお伺いしたいことはありますが、本日はここまでとしましょう」

 

 自己紹介から、この幻想郷へ至る経緯、一族の事や、退魔師『時崎』の起源……諸々を軽く受け答えしていたら、いつの間にかとっぷりと夜が更けていた。

 阿求との会話は思いのほか弾み、歳が近い事もあってか、打ち解けるにはそれ程時間はかからなかった。

 

「阿求は、いつもこんなことをしてるのか?」

「そうですね」

「……その、なんというか、辛くは無いのか? 話を聞く限りだと、かなり忙しくしてるようだし」

「肉体的な意味での辛さは勿論ありますよ。でも、精神面では辛さを感じてはいません。それに、悪い事も確かにありますが、今みたいに思いがけない出会いから縁が結ばれる事もありますし、それを通して幻想郷縁起の改訂や編纂を行うことは楽しみながらやっていますよ」

「そっか……阿求は凄い子だな」

「寧ろ、私からしたら創英さんの近々の出来事の方が凄い気がしますけどもね。普通なら、妖怪が……あなたの言葉でいう妖魔が、多数存在する場所に移り住もうなんて思いませんよ。言葉を返すようで失礼ですが、貴方の方こそ辛くはないのですか?」

「そりゃ、辛いし怖いさ。父さんや母さん、妹が目の前で殺されてそう思わないなんて有り得ねーし、実際に塞ぎ込んで暫くは引きこもりもしたよ。でも……紫さんやここの奴らは、その妖魔とは別の奴らだ。同じ妖魔……ここで言う妖怪であったとしても、同じ個体って訳じゃないだろ? だったら、そんな思いを押し付けるのはお門違いだし、そうやって割り切って接することが出来たからこそ、阿求とも知り合えたわけだから……その点に関して言えば、良かったなって思ってるよ」

「……やはり、あなたは良い人ですね」

 

 こんな感じに、お互いの経歴を持って会話を進める。

 取材は一区切り着いたものの、今宵は雑談に歯止めをかけるにはまだまだ早い様だ。

 

「――ほうほう。創英さんは和服美人が好み、と。項に興奮するお人である……と」

「答えた俺も俺だけど……その情報、書き留める必要ある?」

 

 ――恋バナなんかも挟みながら、夜はさらに更けて行くのだった。

 




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どうも、北宮涼です。
現在、お仕事多忙につき、執筆に多大な支障をきたしております(血反吐)。
今回この場にコメントを残す事にしましたのは、次回更新に関するお知らせをするためでございます。
多忙……というのもそうなのですが、年末くらいはゆっくり過ごしたいなと思い、次回の更新日を1月3日まで延期したく思っています。
再び2週間ほど期間が開き、更新を楽しみにしてくださってる方々には申し訳なく思いますが、ご理解の程よろしくお願いします。

まだまだ早くはありますが……言う機会はここしかありませんので、この場を持って挨拶させていただきます。
メリークリスマス!そして……みなさま、良いお年を!
そしてそして、また来年お会い致しましょう!
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