天才は恋を口にするか 作:ろろん
天才クラブ#83の番を授かる彼女と邂逅した日の記憶は、今でも色褪せずに濃く残っている。あれは銀河の辺境、かの有名な宇宙の蝗害を引き起こした
かくも銀河は釣り合いが取れていない。其は此方に眼差しを向け、蟲の数を【平衡】にせよと告げる。
これが仲裁官として成すべき役目、役割に等しい。其の理念を尊重し、意志を実行すべく在る。尤も、この時の一部始終を観察している人物がいるとは予想もしていなかったが。
授かりし能力を秘匿することもまた、天秤の傾きを保つに必要たる努め。其から受けた運命の行先を晒すことは他者の知識欲を駆り立て、無用な情報を与えるに過ぎない。例え小さな波でも連なることで大波へと変わる。情報とは積み重なることで本領を持つ。
『あなたの辿ってる運命、興味深い。私にもっと教えて』
だと言うのに、俺は彼女の問いを正面から受け止めてしまった。辺境の地で暮らす女性の、ほんの些細な興味本位。責務を全うするのであれば去らねばならない場であるのに、この身がそれを拒絶した。
『その能力は何?⋯あ、待って。少し整理するから。絶対そこから動かないで』
興味津々を絵に書いた顔色で思案する姿。気品高く、美しく、そして天才の印象と合致する性格。これは俺にとって初めて接するような人種だった。
今でこそ彼女が天才クラブ#83のヘルタだと認識しているが、この時に抱いた認識は総じて美しいである。何とも腑抜けた感情なのは否めないが、ともかく。
『面白いね。あなた、名前は?』
この身がヘルタという女性に出会ってから、平坦で舗装された日々に一つ楽しみが出来たのだ。
─────────
「あなたが此処に来た理由は分かってる。星核と星間通信の履歴を把握すること、でしょ?」
優雅たる彼女がカップを手に持つ美しい所作を眺め、問いかけには頷きを以て返答とした。
ダージリンの快い香りに乗って漂う甘い蜜の匂い。香水のような何かであるのは判断できたものの、浅学故にそれ以上の情報を得られず。しかし一つ判明したこととして、後者の匂いは隣の彼女から齎されている。それだけだ。決して私情を交えて見つめていた訳では無い───────と、思いたい。
「これは通信でも伝えたけど、星核については心配しないで。星穹列車の姫子が見てくれるから」
「列車のナビゲーター、か」
「そう。それに星核をある程度抑えられるヴェルトがいるから、仮に暴走しかけても大事には至らない。あなたの心配は杞憂ってこと」
「ヘルタ、君も理解しているはずだ。こと宇宙で起こる事象を前に絶対は有り得ない。星核という不確定要素、それらが齎すだろう危険性。暴走がないと仮定しようが数多の勢力が彼女に注目し、必ず彼女らは窮地に立たされるだろう」
「それこそ⋯なんだっけ。開拓の精神、みたいなやつじゃないの?彼女は戦闘に関して評価すれば凡人よりは力がある。それに星穹列車に乗るってことは開拓の運命に沿って歩むことと同義だよ」
彼女と俺とでは解釈が異なっている。片や星核は混沌を生み出す代物だと断じ、片や一貫して危険はないと明言しているまさに平行線。
ヘルタが述べている開拓の精神。つまりは
存護で例えればカンパニーの戦略投資部幹部たる十の石心が持つ基石。記憶ならばガーデン・オブ・リコレクションのメモキーパーが肉体を捨てミーム生命体となる能力が該当する。
「ねぇ、そんなに信用出来ないなら一目でも見てきたら?彼女は案外役に立ってくれるよ」
「⋯確かに一理ある意見だな。観察することもまた、俺の役目だ」
場は紛糾すれど一向に進まず。いくら語り尽くした所で結論を導き出せないことは明白であるし、彼女の意見も一理どころか現段階での正解に等しい。高みの見物を決め込むことは傲慢である。
「では、俺は彼女を遠目から観察しよう。ヘルタはこの場で⋯」
時間は人々にとっては有限。特に災いが降りかかるか否かの判断を出す手前、悠長に語っている時間は後ほどの楽しみに回す他ない。俺は残っていた紅茶をしっかりと味わい尽くし、快適の二文字で身体を引き戻さんとするソファの誘惑を振り切って立ち上がった。
「⋯私も行く」
だが、どうやら容易く向かうことは叶わないようだ。俺の外套、その袖を掴む手先の重さを認知した時、視線はそちらへと。
「ヘルタ。君自身が付き添ってくれるのは大変有難いが、せめて人形で頼めないか」
「どうして?私っていう本物が此処にいるのに人形なんて使う意味はないと思うけど」
「未だに反物質レギオンの残党が存在するやもしれない。君を危険の渦中に飛び込ませたくはないんだが?」
襲撃を退けたとはいえ、ステーションに万が一反物質レギオンがいた場合は厄介だ。恐らくはアスターなど職員の指示で区画は制限しているだろうし、心配事は少ないが─────────俺にとって、ヘルタの身に何かあれば責任を取らねばならない。
しかし、いくら此方から優秀な弁舌を披露したとて天才の意志が変わるなどそうは有り得なかった。結局俺の心配は功を奏すことなく、細い指先が袖から腕へと移り変わっただけの結果に留まり。
「もし拒んだら一人でレギオンの前に出るから。⋯それが嫌なら連れてって」
彼女は当然のように拒絶しようもない一言を残し、深く妖艶な笑みを浮かべていた。
─────────
「ねぇ、前から気になってたんだけど」
「何かな、ヘルタ」
「どうしてあなたは宇宙ステーションの人間に姿を晒してるの?均衡の派閥、それも仲裁官ってなれば情報は秘匿するのが賢い選択なのに」
列車が停車している場まで人気が全くない通路を歩んでいる時、唐突に天才からの質問が降り掛かってきたのは道中に退屈を憶えたからか。
まさか、ヘルタと出会ってから人との接し方を柔軟にした。と、本音を語れる筈もなく。だが、質問を無言で流せるほど隣の彼女はそう甘くない性格であることはよく知っている。
「俺の情報について知り得ているのは君とアスター所長くらいなもの。他の職員からは星間を旅行する人間か、君の威光に擦り寄る意地の汚い人物だと認識されているくらいだ」
「あれでしょ、力の根源たる星神の正体を隠匿するのも必要って考え。殊勝だね」
「その通りだ。加えて俺は多くの友を作りたいとも考えているし、現にステーションでは多くの人間と知り合うことが──────」
「──────でも、意地汚い人間って。それは誰が思ってたの。防衛課?それとも一般職員?早く言って、少し対処しなきゃいけないから」
みしみしと音が響きそうな力で俺の腕は握られていた。実際握力はそれほどないと見受けられるが、しかし錯覚としてとてつもない力を感じざるを得ない。いや、雰囲気がそれを物語っているのだろうか。
どうにか彼女に機嫌を治してもらえるよう努めながら辿り着くまでの時間、体感は数時間。それほどに天才の機嫌を持ち直させるには時を要する。
「⋯見えてきたか。あれが星穹列車、そして───────」
ホームを一瞥できる空間。彼女とて生身をそう容易く職員に晒すことは避けたいと考えている為、同様に遠方から観察するに留まる。
それはいい。俺も彼女も立場があり、身分がある。本来なら間近で観察をすべきなのだが、今は止めておくことに異議はない。が、しかし────────
「ヘルタ、ひとつ疑問に答えてもらいたいんだが」
「ん、なに?」
「⋯何故あの少女はバットを片手にゴミ箱を漁っている?それにあの執着っぷり、只事ではないが」
「さぁ?⋯強いて言えばゴミが好きなんじゃない?」
ゴミが好きと言われ、はいそうですかと納得する人種が果たして銀河の何処に居ようか。星核の宿る身体、少女と聞いていたために断片的な情報のみを仕入れていた俺の過失ではあるものの、これは一体誰の予想に当てはまる?
「ゴミ箱を漁るのはまだ⋯まだ、理解しよう。しかし突然バットを振り回す意味はなんだ?」
「素振りでもしたかったんじゃない?話を聞いた限り、銀河打者云々みたいなことを言ってたんだよね」
「⋯ヘルタ、彼女の行動原理を解き明かすことは可能だろうか」
「現状じゃ無理。でも、ほら。彼女が私の模擬宇宙に参加してくれれば問題ないし」
「問題しかないように思えるのは俺だけか」
まるで理解できない。俺とて数多の人種、人々と出逢ってきたが星核を宿す彼女のようなタイプはまるで別物。イレギュラー、確かに何かが異なっている。
暫くの間観察を続けた所、目下の彼女はゴミ漁りからバット振りに続いて列車の乗客たる少女にとことん絡んでいたり。全く以て理解が追い付く隙を与えてくれずにいる。
「⋯今暫くは猶予を与えるべきか。俺には彼女を一度で理解する頭脳は持ち合わせていないらしい」
「利口だね。ちなみに私はどんな性格で生い立ちが異なってても模擬宇宙に参加してくれればそれでいいから」
「君は相変わらずか。いや、平常運転だったな。すまない」
─────────これはどうにも友人になれる気はしない。俺はそう、自身の直感が訴えている感想に同意せざるを得なかった。
ヘルタ/お馴染みの天才(生身)。興味を持ったら最後、逃げることは叶わない。
仲裁官/お馴染みじゃない人(男性)。初めて見る銀河打者の登場に困惑しかない。
開拓者/お馴染みすぎるみんなの星ちゃん。ゴミ漁りのプロであり毎朝の素振りは欠かすことはない。