天才は恋を口にするか 作:ろろん
星核を宿した特例───────星穹列車の少女を観察して一日目。相変わらず彼女はゴミ箱を漁りバットを振っている。桜色に染まった髪の少女と世話焼きそうな黒髪の青年が呆れ顔で付き添っている光景を眺め、今日も紅茶を堪能する。
宇宙ステーションヘルタのあらゆる箇所には監視の目が配置されているためか、自室からその様子を確認することは容易い。
何故かソファでゆったりとヘルタが寛いでいるのはさておき、星核の危険性を考慮して明日も観察を続行するとしよう。
星穹列車の一員、もとい星という少女の観察を開始して二日目。昨日と変わらずゴミ箱を漁りながら時折喜びを露わにしている光景を眺め、今日も紅茶を堪能する。
本日の付き添い人はヴェルトのようで、まるで手の掛かる娘を見るような視線を向けているのが捉え所の難しい納得感を与えてきた。記憶に正しければ彼自身が既婚者だった筈で、若人を見て何かを思い出しているのやもしれない。
普段通りにヘルタが隣で仮眠を取っているのはさておき、明日もまた観察を続行するとしよう。
ゴミ箱漁りのプロ、星の観察を開始して三日目。今日はどうやらゴミ漁りは横に置いてアスターやアーランとの仲を深めているようだった。決して覗き見をするつもりではないが、結果として彼彼女らを観察している事実に胸の内で謝罪を述べておく。
さすがに此方とてプライバシー、ひいては一般的な倫理観を持ち合わせた生命体。四六時中通して観察をしている訳でもないし、大抵の時間を現在進行形で此方を凝視する天才に預けている。
どうにもヘルタの不服だ、というアピールを無言の圧で押し付けられている気もしなくはないが、さすがに観察の日程は調整すべきだろう。
ゴミキングを目指す少女、星の観察を開始して五日目。昨日は此方側の事情で観察を取り止めていたが、やはりというか案の定彼女はゴミ箱を開けては閉めてのルーティンを繰り返していた。
付き添い人は列車のナビゲーターこと姫子。一目では保護者と子にも見えなくはないが、それ等は偏見故に邪念として片付けておく。そして幸いなことに、今日は彼女の持ち合わせる戦闘の才覚をモニター越しではある観察するに至った。宇宙ステーション内に残存する反物質レギオンをバットで圧殺───────これでも言葉を選んでいる───────で、並の凡庸な人々とは比べるまでもない能力を備えているようだ。
これもまた、あの
しかし、毎日のようにヘルタから不平不満を訴えかける顔を向けられているのは何故だろうか。一度、揶揄うつもりで『 美しいな、君は 』ともはや本心に近しい言葉を伝えた所、ヘルタは厚意で宛てがわれた俺の自室に長時間入り浸っている。
知恵の使令、天才クラブ#83のヘルタとて一人の女性。感情もあれば喜怒哀楽もある、可憐と美貌を備えた女性だ。少々距離感に気をつけてもらえればと思う。理由は────────説明するまでもないだろう。
「ねぇ、いつまで彼女を観察するつもり?」
「⋯⋯星穹列車が新たな星へと赴くまでだな」
とうとう痺れを切らした様子でじっと視線を注ぐ女性を横目に、俺は数秒の間を空けて思考した結果をありのまま伝えていた。時刻はシステム時間に換算して夕刻、じきに夕餉が待ち構える手前。先ほどまで雑務に取り掛かっていたために観察は出来ず終いになっていたし、これから少しばかりモニターを眺めようと思っていたのだが。
「あなたがこんな執着するなんて。彼女ってそんなに重要人物なの?」
「当然だ。万界の癌を宿す少女、暴走でもすれば文明への被害は甚大だ。見極めることは必要なプロセスだろう」
「ふーん。⋯それで、いつまで観察するつもりなの?」
先ほど答えたはずだ、と返答を口にしようとした矢先。ソファに腰を掛けている両者の距離感、ついては適度な間合いは意識して捉えると凡そ1/3にまで迫っている事実に気がついた。
此方から寄った記憶はない。だとすれば、彼女から身を寄せてきたのか?─────────などと邪推甚だしい考えは捨ておき、詰まりかけた息を吐き捨てた。
「⋯ヘルタ。俺はあくまで星核の不安定な状態を危惧しているに過ぎない。今は安定しているが、何をきっかけに暴走へ至るか。今だ不明瞭な点が多い代物を容易くは見過ごせない」
「⋯⋯ふーんだ」
「ああ、君も分かってくれた──────ん?」
今なにか聞こえたような。─────────ふーんだ?
「私ほどの天才を前にして余所見なんてする暇があったんだね。⋯ふーん」
一瞬、存在しない記憶を垣間見た気分になった。あれはスターピースエンターテイメント提供、どことなく素っ気ない女性と不器用な男性の恋愛のドラマだったか。才色兼備、何事も完璧にこなせる女性の恋愛模様を描いた銀河でも人気のシリーズ。
しかし、類似しているとは思えない。この星海で彼女以上に美しい女性を俺は知らないし、才色兼備が最も似合うのは正しくヘルタだ。少々性格に難はあるが、それすらも好意的なポイントの一つ。
そんな女性の、つんとした態度。俺はどうも彼女からの不意打ちに弱いらしく、一見顔には出ていないものの内心は可愛いの一言で埋め尽くされていた。
「彼女の何が魅力的に映ってるのか気になる。容姿、それとも性格?勘違いしないでほしいんだけど、これは私以上に誰かを注目するあなたが珍しいから質問してるだけ」
「あ、あぁ⋯」
「いいから答えて。あの子のどこがそんなに良いの?」
「ヘルタ、俺は単に星核の」
「そういうのはいいから。早くして」
有無を言わさぬ気迫が身体を撫でる。背筋をなぞられるような微かな寒気に、気のせいか体感も下がっているような。
というより、これほどまでにヘルタが此方に不満を態度に示した機会は果たして何回あったのか。記憶している限りでは──────
『 アスター所長、君の紹介で購入した天文学の学術本は大変参考になったよ 』
『 ありがとうございます、イヴさん。 良かったらこちらもオススメしたいんですけど⋯』
星々の観察を好んでいるアスターとの交流。なお、今では互いに望遠鏡を携えて共通の趣味を満喫する友人である。彼女のよう好奇心旺盛な少女との会話は時間も忘れるほど楽しいものだ。ちなみに後ほど、ヘルタからは半ば強制に付き添いを頼まれ惑星ピアポイントまで足を運んだ。おまけに移動中は片脚の甲を踏まれっぱなしだったが。
『 アーラン、是非とも君の戦闘技術を観察させてほしい。微力ながら力になれるかもしれない 』
『 良いのですか?⋯では、ご指導のほどよろしくお願いします 』
責任感の強い青年、アーランと共に鍛錬を行った日。一度、此方から鍛錬の相手を頼み込んだことで仲を深められた。時折稽古の相手もとい指導も兼ねて共に汗を流す間柄となり、たまにメッセージで連絡を取り合っていたりもする。しかし、その翌日に大科学者たる宇宙ステーションの主が人形のテストプレイと称して何十人規模で大きなハンマーを振りかざしてきたのは記憶に新しい。
『 スクリューガムさん。貴方の論文を拝見した際に抱いた疑問をお伝えしても? 』
『 喜んでお答えしましょう、イヴ。それと私のことはスクリューガム、と。どうか気軽に呼んでいただければ光栄です 』
天才クラブ#76、スクリュー星の王であるスクリューガムさんとの邂逅を果たした時。彼ほどの温厚かつ紳士的な相手を前にすると憚られる疑問も口にしてしまう。現在ではケイ素生命体への進化を議題に言葉を交わし、云わば対話相手として関係を保っている現状。ただし、ヘルタにはスクリューガムさんとの交流予定日を伝えていなかったので『 私に隠し事するんだ。へぇ、面白いね 』なんてハイライトの失せた瞳で迫られた。さすがにあの時ほど身の危険を案じたことはないだろう。
「何考えてるの?⋯早く答えなさい、イヴ」
回想するにはまだ時間は足りないが、仮にこれ以上待たせてみるとしよう。そう遠くない未来でヘルタの人形に取り囲まれ嬲られる結末が目先にある。
イヴ、と。名前だけが知れ渡ってしまった仲裁官の名を呼ぶ彼女は、今にもハンマーではなく大きな鍵らしい何かで腹部を突き刺して来そうな勢いで迫り寄っていく。
何を言うべきか?───────星核の少女に気がある訳では決してない。だが、下手な回答を述べれば不満を更に買うのは必定。思考を回し冷静さを保ちながら、しかし纏まらない胸の内を抱えたまま悩み耽る。
「俺自身が君という存在を差し置いて余所見をした。そう言いたいのか?」
「そうだよ。だって、私がすぐ隣にいるのに他の人間を見るなんて⋯」
駄目だ。いくら綺麗な言葉を取り繕おうと、それはその場凌ぎのつまらない戯言だ。かの天才は普遍的な回答なんて望んではいない。なら、どうすればいい。何を言うべきだ?
『 均衡の
出会って間もない頃は、ただの研究対象として見られていた。きっと両者揃って関係が何年と続くとは思いもしなかっただろう。
『 ねぇ、もっとあなたについて教えて。仲裁官として何を為し、何を平衡へと至らせるのかを 』
数年経った頃には此方から紅茶を用意して、対話の場を整えていた。身分のこと、授かりし能力のこと。来る日も来る日も言葉を重ねた。
『 イヴ。あなた、もっとこっちに滞在できる日数は伸ばせないの? 』
会話を交える仲になって数十年、彼女の厚意で住まう邸宅へと案内された。私の家に来て、なんて予期せぬ台詞に巡り会った時の俺は、何とも表現し難い衝撃を受けたことを今でも思い出せる。
『 なんで私以外の相手に興味を示すの?⋯隣に来て、早く 』
興味本位の繋がりから名前を呼び合う友人となって、居心地の好い関係に至った現在まで。素っ気なく窺わせる態度とは裏腹に横髪を弄る癖は直らず、本心が横顔からも溢れている様。俺が恍惚と見つめていたことを彼女が知らないように、彼女もまた俺の知らない癖を見抜いていただろう。
真っさらな砂浜巡って、繰り返す。記憶の海に落ちていたものを拾い上げ、懐古に浸り続ける日々。ヘルタに向ける感情を理解しながら背を向け、そうして友人のままで有り続けようと努めていたのに。
「私のこと、どう想ってる─────────?」
まるで恋する乙女のような愛らしい瞳をしているのは反則だと、今にも口先から溢れそうになっていた。
ヘルタ / 可愛さを自覚してる天才クラブのメンバー(無自覚デレ多発)。恋を自覚してても言葉にできない子。
仲裁官 / 天才(ヘルタ)の隣に立ちたいと思ってる均衡の体現者。いつか彼女から恋心を口にしてもらいたいと思っている。
星ちゃん / いつかゴミキングへと至らんとする者(美少女)。バットの扱いが桁外れに上手い銀河打者でもある。