天才は恋を口にするか   作:ろろん

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手のひらに残るもの

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この果てしなく広い宇宙、人生は常に気紛れな変化を起こす。幸福も不幸が入り乱れ、やがて混ざっていき。過去を振り返れば己の足跡を追想し、未来に目を向ければ夢にも近しい理想を語っていく。

星神の所業に比べれば個々人の歩む生など振り向く価値はない。しかし、確実に宇宙には己自身の歩んできた道が記録されている。

 

この身一人、起こせる波は小さくとも。たったひとりの人生を微かに変えることは叶う。今はそう、実感していた。

 

 

「私のこと、どう想ってる──────?」

 

 

きっと、出会った当初の俺が目前の光景を目にすればさぞ驚くことだろう。氷のように冷たく、友好を必要としない立ち振る舞い。天才として知恵の運命を歩み、悉くを解明していく頭脳。

ヘルタとはまさに天才だった。誰しもが口を揃えてそう評価を下し、同時に近寄り難い人物だと。

 

 

「⋯君のこと、は」

 

 

口先から今にも零れてしまいかねない言葉。恋愛感情に揺さぶられた身体は思う様に動かず、脳内の処理も追いつく気配はない。

どう想っているか?などと、俺からしてみれば一口で表現出来るはずだったが。しかし、喉奥から肝心な言葉を吐露するのは頑なに理性が推し留めようとする。

 

それを告げてしまったところで、もしも勘違いなら?───────天才と己を同列に扱い、あたかも心が通っていると錯覚に陥る。恋は人を盲目にするとは良く言ったもので、あれらは先人たちの戒めに等しい。

 

 

「ヘルタのことは、大切な⋯かけがえのない存在だと。そう思っているよ」

 

 

結局、この軟弱な唇から愛の言葉が溢れることはなかった。臆病、思い込み、引き腰の三連単。数多に銀河を駆け様々な経験を積み重ねてきたと言うのに、俺の根本は変わる機会を恐れている。

 

 

「⋯私にとっても大切だから」

 

 

そんなへっぴり腰を立たせてくれるのは、いつだって彼女の言葉だ。恋心の矛先はヘルタという個人に、それも邂逅した過去より募らせている。俺が何度も彼女に救われ、その度に愛おしさを抑えてきたか。今になって動悸が更に喧しく、煩い。大切なんて言葉を安易に─────────

 

 

「私は嘘、つかないよ」

 

 

心中を見透かされたと錯覚した。嘘だとかお世辞だとか、その考えすら排除されていく。外堀から埋められていくような、けれど心地好い。大切と想ってもらえる、その相手として認められている。事実が身体に熱を持たせ、呼吸をも忘れ美貌に酔い知れる。

 

 

「ヘルタ。⋯俺は君の研究対象か?」

 

 

意を決して尋ねた一言。天才の眼差しを受けるとは、多くの場合が研究対象か興味の惹く何かを持っている訳で。俺も出会った間際は些細な興味を惹く、彼女から見れば矮小な存在だったはずなのに。

 

 

「ううん、あなたは⋯私にとっての大事な人」

 

 

変わっていた。意識が、彼女の視線に映る俺は大事に想われていた。

 

 

「なら、君にとって都合の良い会話相手か?」

 

「それならとっくに部屋から出てるよ。⋯こんなに入り浸ったりしない」

 

 

都合の良い相手、ヘルタの必要だと感じたタイミングだけで会話を重ねる人物でもない。

 

 

「⋯分かった」

 

 

ああ、本当に。あと一歩を踏み込むことに恐れる自分へ嫌気が差す。これは誰かに語るような美談でもなく、夢想家の描くシナリオなんかではなく。ドラマにあったような台詞じみた掛け合いもすんなりと好意を伝え合う瞬間もありはしない。

 

現実はかくも上手くいかないと、俺は情けなく視線を注いだ。

 

 

「ああ、やっぱり君は───────」

 

 

 

 

 

 

『 ─────────警告。シャドウギャラリー内にて奇物No.#*a-#_ のロックが解除されました。繰り返します、シャドウギャラリー内にて───────── 』

 

 

 

 

 

 

現実が心を打ち付ける。吐き出す間際の感情を口にして、そのまま伝えて。あと一歩の距離、踏み込めばそれで終わる。なんて、俺の考えを意図的に汲んだかのようなタイミングで言葉は遮られた。

シャドウギャラリー、ひいてはヘルタの収集した奇物が保管されている保管庫の名称。彼女の権限無くして奇物を囲うロックを外せないことからも、何らかの問題が生じたことは明白だった。

 

 

「⋯ヘルタ、この続きは後ほどに。手早く俺が片付けて戻って来よう」

 

 

あの続きを聞いてほしかった。彼女に届けて、反応を窺って。何も起こらないかもしれないし、あしらわれる可能性だってある。ただ、途切れた一言を彼女に伝えねばならなかったのに。

 

 

「私も行く。⋯奇物のことより、あなたが心配だから」

 

 

やはりというか、ヘルタは共に向かう選択肢を選んだ。あそこは彼女の所有する奇物が多く収容されたギャラリー、保管庫。たとえ無くなろうと惜しくないと感じているとしても、主の責務は果たさんとする姿勢はごく自然。

だが、俺としては嬉しかった。何よりも心配と口にしてくれたのだから。

 

 

「では共に。どうか俺の傍を離れないでくれ、ヘルタ」

 

「絶対離れないから安心して。それとも⋯手、繋いだ方がいいの?」

 

 

しかしながら、悪戯に手を握るのはやめて欲しい。嬉しい反面、心臓が破裂しそうになる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

─────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「一見、可笑しな点は見受けられないな」

 

 

宇宙ステーションヘルタ、収容部分。未だ反物質レギオンに襲撃された際の爪痕が残る廊下を抜け、目的の場所へと辿り着く。

見た限り、破壊されたり細工を施された痕跡は見当たらない。まるで元から別の目的を抱いてわざと呼び寄せた、そんな罠な気配もしてしまう。

 

 

「これは妙だな」

 

「⋯へぇ、なるほどね」

 

「ヘルタ、気が付いたのか?」

 

「もちろん。やっぱり、私とあなたが来て正解だった。他の人間なら⋯これに太刀打ち出来ないでしょ?」

 

 

周辺の状況把握に勤しむ傍ら、隣の彼女は何かに気が付いているらしい。一歩下がって此方の背後へと身を隠す女性を横目に、俺は靴の踵を床に打ち付けて幾度に跳ね返る反響を耳にする。

一度、二度。壁に当たっては跳ね返り、そして何かの外的要因で消失する。否、あたかも何も無いように残響が修正された。

 

この手口、まるで杜撰な身を隠す術。もはや自分を見つけろとアピールする挑発的な態度といい、奇物を掠めとる狡猾さ。

 

 

「⋯やはりお前か、原始的なサル」

 

 

 

 

 

 

 

 

「───────バナバナ。君はやはり耳が良いようだな。それとも背後にいる天才の力でも借りたのかね?」

 

 

原始的なサル。あくまでそう俺が呼称する存在は、一見するとただのサルにしか見えない。言い換えれば、その姿こそが第一に思い浮かぶ狡猾な相手である。

 

 

「此度は何の用で横槍を入れに来た?博士の命、という訳でもあるまい」

 

 

まるで教授か何かを想起させる格好のサルは堂々と正面に姿を晒す。恐れもなく、かくも大胆に。それが何を意味するかといえば単純な話、このサルはあくまで奴の依代。本体は星系の端にでも潜んでいて、逃げ出す準備は整っていると見て間違いない。

 

 

「このような些事で博士の手を煩わせたくはないのだよ。私の目的は奇物を手に入れること、それのみだ」

 

「それを阻もうとすればミームウイルスを流布するおまけ付きで、か?」

 

「勘が鋭いじゃないか。全く、これだから均衡の相手はしたくないのだが」

 

 

このサル、確かバナフェッサーと名乗っていたか。奴は何かしらの行動に出る前、必ずいくつも保険を備える。こうしてサル自身を遣わせて本体は隠れているのが良い例だ。

無論、奴もタダで奇物を手に入れるなどと愚かな算段を積んでいる筈がない。狡猾に、そして民衆を実験動物として見下していく。原始博士の信奉者は大概、悪業のみを為すことしか叶わない。

 

 

「相も変わらず下品な行いをする。⋯だが、仮に俺が此処を離れたとて彼女を相手に取れる余裕はないだろう」

 

「おやおや、君はいつまで経っても頭が固い。私が天才クラブのメンバーへ向けた対策をしていない、とでも考えているのかね?」

 

 

建設的な議論など以ての外だ。天才は天才でもヘルタと原始博士の違いは明らか、論じるまでもない。

彼彼女らは同じ天才クラブのメンバーであっても仲間ではない。時に研究の邪魔になると考えれば排除することも躊躇わず、己が目的を何処までも貫き通す。当然、原始博士の下に就くバナフェッサーも同様だ。

 

 

「お前は理解している筈だ。これが其の意志に反する行いであることも、俺が必ずサルを駆除することも。まさか奇物のために侵入した、などとは言うまいな」

 

 

このサルに何を伝えても無駄なこと。人類退化実験などという倫理観を殴り捨てた、著しく銀河の均衡を乱す所業を躊躇せず実行に移す者が従えているサルだ。

話し合う必要はない。最後通牒も、降参を促すことも不要だ。俺の手には何があるか───────天秤を傾ける外因は何処にいるのか?

 

 

「退散してもらおうか、バナフェッサー。この地がサルに乱されることは看過できん」

 

「バナバナ⋯そこまで私欲に溺れるとは、君も堕ちたものだな」

 

 

サルが身構える。意味もなく構え気味な奴を見下し、手のひらに熱を込める。一秒、二秒。凡そ五秒を掛けて呼び起こした''ソレ''を手に、鋒を天へと向ける。

これは(フー)の意志が宿った天秤の証。己が均衡を保ち、其の唱える理念を体現する一振の刃。

 

 

「⋯久しぶりに見たかも」

 

 

ヘルタのひょっこりと呟いた可愛い一言を記憶し、ソレの柄を握る。齎すは正、行うは負。

もし、穏やかな海が突然に荒れ狂ったとしよう。自然発生のものであれば致し方ないが、それが人為的に起こったと仮定すれば───────人は、外的要因を排除せんと動く。

 

其は告げた。星海に聳える巨大な均衡の秤を維持し、万物の天秤を揺さぶる要因を退けよ、と。

 

たとえ星神から力を授かったとて、この身が起こすことの叶う事象は己が手の届く範囲でのこと。であれば、その中の意志を体現する為に俺は動くべきだ。仲裁官とは紛うことなき均衡の体現者、サル如きにこの場を乱される訳には行かぬ。

 

 

「バナフェッサー。以前は加減をしてやったが、此度では期待するな。───────愛おしい彼女の懐に入った時点でお前を消去するのは決定事項だ」

 

「妄言も大概にしたまえよ、仲裁官。仮にも消去など⋯など、と?」

 

「⋯ん?」

 

 

時が止まった気がした。いや、実際に一触即発とも捉えられる場の空気が静止したのは間違いない。俺に何が起こった?かくいうあのサルも困惑しているようだし、全く起きた現象を理解できずにいる。が、その答えへと思考が到達する前に背後から思わぬ声が一瞬の静寂を揺るがした。

 

 

「愛おしい。私のこと、そう思って⋯そっか、やっぱり⋯」

 

「⋯あ」

 

 

直後、俺は自分の口が軽すぎることを呪った。ほんの少し───────否、大分得をしたと感じたことは、絶対に言葉として伝えないことを誓って。

 

 

 

 

 

 

 

 

 






ヘルタ / デレが可愛い天才(デレ多め)。最近はストレートにデレる機会が多い。

仲裁官 / ヘルタのデレで悶えている生命体(ゾッコン)。無自覚で想いが溢れる機会が多い。

バナバナ / みんな知ってるかもしれないサル(バナフェッサー)。意図せずにデレを呼び起こす要因になった。


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