TS貴族令嬢の複雑すぎる婚活事情   作:桜木桜

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第2話

 

「どうぞ。喉の渇きを癒やしてください」

 

 バルトナ王子は私に対し、葡萄酒が注がれたグラスを差し出した。

 あなたのために用意をしておきましたよ。どうですか? 気が利く男でしょ?

 そんな顔をしている。

 

「ありがたく」

 

 私はグラスを受け取る。

 それからバルトナ王子と乾杯し、グラスに口をつけた。

 

「こうして語り合うのは半年ぶりですか、また一段と美しくなられましたね。出会うたびにあなたの成長には驚かされる。かの猛々しき一角獣も、あなたの美しさの前にはひれ伏すしかないようだ。もっとも、私は初めてお会いした時から、あなたの虜ですが」

 

 要するにバルトナ王子は私にこう言いたいのだ。

 ――踊ったのか、俺以外のやつと……。

 もちろんいい年した二十歳の男が、十二歳のガキに嫉妬するわけがない。

 ただの冗談であり、皮肉だろう。

 

「お上手ですわね」

 

 相変わらずだが、この男は私に対する好き好きアピールが半端ではない。

 私がトール君と踊っているのを確認し、飲み物と食べ物を用意して待機しているとか……。

もっとも、彼の興味の対象は私自身ではなく、私の体に付属している領地だろう。

 

 第二王子である彼はこのままでは、兄の臣下になるしかない。

 それよりは私と婚姻し、一国一城の主になりたいのだろう。

 

「……ロゼリア姫。お手を取っても?」

 

 雑談が一段落したところで、バルトナ王子は私に手を差し伸べて来た。

 私は頷くと、彼の手に自分の手を重ね合わせる。

 

「……どうぞ」

 

 元より、トール君の後にバルトナ王子と踊るように父から命じられていた。

 私は王子にエスコートをされながら、ステップを踏んでいく。

 私が十二歳、彼は二十歳で二人の間には身長差があるが……非常に踊りやすい。

 

「あなたと、こうして心を通わせることについては、誰にも負けぬと自負しております」

 

 ラークノール公の息子よりも、俺の方がダンス上手いでしょ?

 結婚した後も、こうしてあなたを尊重する。

 だから俺と結婚してくれ。

 そんなニュアンスが伝わって来た。

 

「そうですわね。……貴殿よりもお上手な方をわたくしは知りません。日々、積み上げて来た弛まぬ努力を感じられます」

 

 十二歳のガキと張り合うんじゃない。

 あんたが上手なのは、いろんな女と踊ってるからだろ。

 そんなニュアンスを込める。

 

 私はバルトナ王子との結婚についてはそこそこ乗り気だ。

 

 彼にとって、私との結婚は逆玉になる。

 財力や兵力はもちろん、家柄や血統でも王家より私の方が格上だ。

 

 だから結婚後も彼は私に頭が上がらない。

 亭主関白な夫にはならないし、なれないだろう。

 性経験も豊富そうだし、痛くせずに手早く済ませてくれそうだ。

 

 だが、彼はまだ婚約者候補に過ぎない。

 政情次第では変わることもあるだろうし、何より父の許可も得ずに好意を返すわけにはいかない。

 だからこその冷たい返しだ。

 

「あなたのことを想えばこそです」

 

 逆に王子からしてみれば是が非でも私から言質をもぎ取りたいところだろう。

 すぐさま切り返してきた。

 その後も私と王子は優雅にステップを踏みながら、言葉の刃を交わした。

 

 

 

 

「……さすがに疲れました」

 

 社交会場の外、王宮の庭園を歩きながら私は思わずため息をついた。

 会場の中にいては休憩できないので、夜風に当たりながら散歩することにしたのだ。

 

 バルトナ王子と踊った後も、私は他の婚約者候補たちと踊ったり、求婚をいなし続けた。

 貴族にとって社交は刃を交えない戦争とはよく言った物だ。

 

 特に疲れたのは第一王子の相手だ。

 もし彼に求婚を匂わされたら、断りつつも婚姻の余地は残すようにと言われた。

 

 ちょっと難し過ぎる。

 

「おつかれさまです、姫様」

 

 侍女が私に労いの言葉を掛けた。

 それから鉄仮面のような無表情を少しだけ和らげる。

 

「僭越ながら……ブドゥーダルの地を継ぐ者に相応しい、ご立派な対応でした。旦那様もさぞ、お喜びになられることでしょう」

 

「……そう。それはよかった」

 

 私は少しだけ言葉を崩し、肩の力を抜く。

 今から思い返すと、もっと良い返し方があったかな……と反省の余地はあるが、それは後で振り返ろう。

 

「……姫様」

「わかっています」

 

 侍女の表情が鉄仮面に戻った。

 理由は単純。

 私たちの進行方向、暗がりの中に誰かがいる。

 それも貴族だ。

 

「ご機嫌麗しゅう……あら、トール殿?」

「あ……ロゼリア姫……」

 

 暗がりの中にいた貴族――トール君は「げ!」と言いたげな顔をした。

 私は周囲の様子を観察してから、トール君に尋ねる。

 

「お一人ですか?」

「……そうだが。それが?」

 

 ややぶっきらぼうな口調でトール君はそう答えた。

 ……嘘を吐いているわけではなさそうだ。

 こんなところで私を闇討ちする意味もないか。

 

 私は侍女に少しだけ視線を送った。

 彼女はそれだけで意味を理解したのか、ゆっくりと距離を取った。 

 相手が一人でいるのだから、こちらも一人で対応するのが良いだろう。

 

「私は休憩がてらの散歩です。トール殿は?」

 

 話しやすいように、親しみを演出するために敢えて言葉を崩す。

 二人きりだし、誰かに咎められることもないだろう。

 

「……俺も散歩だ」

 

 トール君も言葉を崩してきた。

 何故か、不貞腐れている。

 

「そうだったのですか。奇遇ですね!」

 

 私は軽く手を叩き、トール君に微笑みかけた。

 すると彼は少し表情を歪ませ、目を逸らした。

 

「……あなたは随分とダンスがお好きなようだ」

 

 お前とは気が合わない。

 そういう意味だろうか?いや、違うな。どちらかと言えば……。

 

 ――踊ったのか? 俺以外のやつと。

 

 こんな感じがする。

 バルトナ王子とは異なり、冗談ではなく本気の嫉妬を感じる。

 

 私がバルトナ王子や、その他諸々の男共と上手にダンスをするのを見て、コンプレックスを刺激されたのかもしれない。

 嫉妬と劣等感に耐えられなくなり、会場から一人で逃げて来た。

 そんな感じだろうか?

 

「やはり上達のコツはたくさんの男と踊ることだろうか?」

 

 知らない間に私の好感度が下落している。

 淫乱ビッチだと思われているのか……。

 別に私の踊る回数って、貴族の女性としては普通だけどね。

 社交ダンスではパートナーを交換したりすることも、当然に行われる。

 必ずしも恋愛的なニュアンスが含まれるわけではない。

 

 いや、彼もそれくらいは分かっているか。

 苦手で嫌いな場所で感じたストレスとか、劣等感とか、嫉妬とか、その辺りの気持ちを混ぜこぜにして私にぶつけているのだろう。

 

 こういう言動は男子としては立派とは言い難い。

 バルトナ王子は絶対にやらないだろう。

 とはいえ、もうすでに愛人との間に非嫡出の子供が二人もいるようなヤリチン男と、十二歳の少年を比較するのは酷な話だ。

 個人的にはこういう態度を取られるのは初めてなので、少し新鮮だ。

 

「そうですね。立場上、殿方と踊ることは多かったので。……もっとも、特別好きというわけではありませんが」

 

 いろいろ考えたが、トール君には正直な気持ちを口にすることにした。

 人と話すことは決して嫌いではないが、さすがにこの手の外交的な駆け引きは疲れる。

 

「その割には随分と楽しそうに見えたが?」

「人の目があるところで、嫌そうにするわけにはいかないでしょう?」

「それは……もっともだな」

 

 私の言葉にトール君は複雑そうな表情を浮かべた。

 俺に対する態度も嘘だったの……?

 そんな感じだ。

 

「ところで先ほどのお話の続きをしても?」

「……先ほど?」

「お魚料理のお話です。実は私、お魚が好きで……トール殿はお肉とお魚、どちらがお好きですか?」

「俺は肉の方が好きだが……」

 

 そこまで言いかけ、トール君は何かを考えこむように押し黙った。

 それから少し緊張した様子で口を開く。

 

「海産だと……牡蠣は好きだ」

「まあ! 私も牡蠣は好きです!! どのような食べ方がお好きなのですか?」

「……生かな」

「生! 私も好きです!!」

 

 その後もトール君とは食べ物談義で盛り上がった。

 やっぱり好きな食べ物ネタは鉄板だ。外れない。

 優雅さには欠けるので、あまり貴族らしくはないが……。

 

「ザリガニはハーブと塩で……機会があれば、是非……」

「姫様」

 

 背後から声を掛けられた。

 気が付くと侍女が私のすぐ後ろで立っていた。

 

「そろそろ……」

 

 おっと。もう、時間のようだ。

 私はトール君に向き直ると、小さく一礼した。

 

「そろそろ、お暇させていただきます。……ところで、お一つお願いが」

「……お願い?」

「今宵の語らいは私たちの間の秘密ということで」

 

 私は人差し指を唇に当て、軽くウィンクをした。

 まあ、侍女は知っているが……。

 

「あまり一人の殿方と長くお話をするなと、お父様から言い付けられております」

 

 私はチロっとトール君に対して舌を出して見せた。

 本当は良くないことだけど、つい楽しくて話しちゃった!

 そんな感じの演技だ。

 

「そ、そうか……分かった。秘密、秘密だな」

 

 私の意図はしっかり伝わったらしい。

 トール君は少しだけ頬を緩ませていた。

 

「楽しい時間をありがとうございます。……また機会があれば、お話しましょう。次は月の下ではなく、日の下で」

 

 こっそりとではなく、次は堂々と二人でお話ができる関係になりたいです。

 私がそう伝えると……。

 

「は、はい!」

 

 トール君は顔を真っ赤にして頷いた。

 ……純情すぎて心配になる。

 

 そもそもこんなところで話し込んで、誰にも見られていないわけないじゃん。

 明日には噂になっているはず。

 

 ともあれ、言質は取れた。

 これで和平交渉も有利に進むだろう。

 

 

 

 

 夜会が終わってすぐのこと。

 

「ロゼリア姫について、どう感じた?」

 

 王都の屋敷にて、ラークノール公爵はトールに質問を投げかけた。

 トールはロゼリアのことを思い出し、仄かに頬を赤らめた。

 

 ――美しい人だった。

 

 それがトールのロゼリアに対する印象だった。

 

 腰まで届くほど長く、手入れの行き届いた、光沢のある銀髪。

 神秘的な薔薇色の瞳。

 透き通るように白い肌。

 幼さは残しつつも、芸術品のように美しく、妖艶にも見える顔立ち。

 長い手足に均整の取れた肢体。

 今までの人生で出会った女性の中で、もっとも美しいといっても過言ではなかった。

 

 容姿はもちろんだが、その立ち居振る舞いも優雅で美しかった。

 

 彼女のことを想うだけで、胸が激しく脈打つ。

 これが恋心かと、初恋なんだと……トールははっきりと自覚した。

 

 ……もっとも、トールもアホではない。

 純情な男子である前に、一人の貴族であり、ラークノール公爵家を継ぐ後継者だ。

 だから己の父が恋愛的な意味で聞いているわけではないことは当然、心得ていた。

 

「……悪意は感じられませんでした。勘違いでなければ、好意すら感じました」

「お前に対してか?」

「いえ、我々に対して、です。嘲りや侮蔑は感じられず、むしろ強い興味関心を抱いているように感じられました」

 

 トールたち、ラークノール公爵家の人間は王国貴族たちに見下されている。

 王国北部沿岸部を荒らす異民族の海賊……それがラークノール公爵たちのルーツだからだ。

 文化や習俗、言語ですらも王国とは異なる。

 だからロゼリアがラークノール公国の文化に興味を示したのは意外なことだった。

 

「なるほど。それは興味深い。……親世代と子世代では、我らに対する印象が異なるかもしれんな」

「それはやはり……私とロゼリア姫の婚姻を……」

「それはない。ブドゥーダル公の本命は第二王子だろう」

「そ、そう……ですか」

「もっとも、ロゼリア姫には腹違いの妹がいる。そちらを出してくることはあるやもしれんな」

 

 ロゼリアは母親から広大な領地の請求権を相続している。

 だがブドゥーダル公爵の後妻の娘たちは、そうではない。

 ブドゥーダル公爵が和平の対価として出すのであれば、後者だ。

 家格の低いラークノール公爵家にとっては、それだけでも十分に利益が見込める。

 

「さて、トール。次期当主として、お前はどうするべきだと考える?」 

「休戦が良いかと思います」

「ほう。和平でもなく、継戦でもなく、休戦か。面白い。理由を言ってみろ」

「複数ありますが……」

 

 両国の戦力比。内政上の問題。外交上の問題。

 トールは一つずつ、「戦争を続けることのデメリット」を挙げていく。

 最初は納得の色を見せていたラークノール公爵だが、その表情は徐々に曇っていき、やがて不機嫌なものへと変わった。

 

「その理屈では和平で良いだろう」

「そ、それは……公国内の主戦派に配慮すると、和平よりも休戦が……」

「そんなもの、強引に抑えればいいだろう! 何か、隠しているな? 何が目的だ? 言え!! 俺に嘘をつくつもりか!!」

「う、嘘をついているわけでは……」

 

 ラークノール公爵はトールの胸ぐらを掴み、怒鳴り散らす。

 今にもトールの顔を殴り倒しそうな勢いだ。

 一方でトールは気まずそうに目をわずかに逸らした。

 

「そ、その、婚姻による和平と同盟を、諦めたくないと思いまして……」

「なに!?」

「い、いえ……け、けして。ロゼリア姫に絆されたわけではなくて、その……ただ、彼女が持つ相続権は有用で、諦めるにはあまりにも惜しいかと。……外交カードの一つとして、和平はまだ残しておき、此度は休戦という形で手打ちとした上で、情勢次第で和平の条件として婚姻を求めるのが望ましいかなと……あ、あくまで、我らの今後の躍進を考えた上でのことです! し、私情は一切、入っておりません!!」

 

 ――私情は一切入っていない。

 自分で言っておきながら、全く説得力がない言葉だなとトールは思った。

 

「まさか、惚れたか?」

「い、いや……そ、そういうわけではなく、その……」

「まどろっこしい!! 抱きたいか、抱きたくないか、言え!!」

「抱きたいです!」

 

 ラークノール公爵の問いにトールは顔を真っ赤にさせながら叫んだ。

 気づけばトールの顔は耳まで真っ赤に染まっていた。

 

「ガハハ、よく言った!! それでこそ、俺の息子だ!!」

「けほっ! ち、父上、い、痛いです……」

 

 バシバシと両手で背中を叩かれ、トールは激しく咳き込んだ。

 一方のラークノール公爵はトールを無視し、豪快に笑う。

 

「しかしお前の言うことには一理ある。領地もそうだが……あれはかの大帝、唯一の母系子孫だ。その血はこの大陸でもっとも高貴と言って良い。我らの家格も飛躍的に上がるだろう。次代を生む母体として、あれ以上の存在はこの大陸にはおるまい。きっとよい子を産むだろう」

「こ、子供って……」

 

 ラークノール公爵の言葉に、トールは思わず生唾を飲んだ。

 あの高嶺の花を、もしかしたら自分の物にできる。

 ただの夢、妄想が一気に現実感を帯びてくる。

 

「だが、相手は手強いぞ。難攻不落の城だ。力攻めだけでは落とせまい。何年も掛かる上、手痛い反撃を受けることもあるだろう。それでも攻めるか?」

 

 ラークノール公爵の問いに、トールは僅かに頬を緩めた。

 その笑みは父親そっくりだった。

 

「ご安心を、父上。……難攻はあれども不落の城など、ありません。何より、ブドゥーダルの城は、落としたことがあります」

「よく言った!! 言ったからには……必ず奪い取れ」

「はい!!」

 

 ラークノール公爵の激励にトールは力強くうなずいた。

 




名前:トール・エル・ラークノール
性別:男
身分:貴族
年齢:12歳
性格:公正・勇敢・憤怒・野心的
趣味:狩猟、蒸気浴
特技:夜討ち、朝駆け、一騎打ち
好きな異性:教養のある人、勇気がある人
結婚相手に求めるもの:自分の足りないところを補って欲しい
一言:戦争なら任せてください。あなたの敵を必ず打ち破ります。
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