TS貴族令嬢の複雑すぎる婚活事情 作:桜木桜
筆頭家令サーリアス。
筆頭書令モンダイヤ。
侍従長グーランヴァル。
そして筆頭騎士頭サンブラッグ。
その他にも侍女長アールゴキアや、護衛隊長スティーン、専属侍女デラーウィア、その他……“宮廷”を構成する主要な騎士たちが、私の前に勢揃いしていた。
「それでは騎士サンブラッグ。……あらためて、報告をお願いいたします」
まずは情報の共有が大切。
逸る気持ちを抑えながら、私は騎士サンブラッグに命じた。
「三日前、旦那様が率いるブドゥーダル公爵軍を含む、王国連合軍はカルタリア公爵領へと侵攻しました」
そして会戦が行われた結果、王国連合軍は敗北した。
甚大な被害が生じたこともあり、連合軍は撤退。
ブドゥーダル公爵軍も撤退したが、多数の騎士たちが捕虜となっている。
そして肝心のブドゥーダル公爵――お父様の生死は不明。
分かっていることはそれだけだ。
こちらが優勢なはずなのに、なぜ負けたのか。
連合軍を率いている国王やカーヴェニル王子はどうなったのか。
気になることは多いが……。
「お父様の生死については、全く分からないのですね?」
「はい。現在、生死不明です」
「……であれば、亡くなったことも考慮に入れて、これからのことを考えねばなりませんね」
声が震えそうになるのを堪えながら、私は現状の確認をする。
私はブドゥーダル公爵家の次期当主であり、共同統治者。
今は私が、このブドゥーダル公爵家を守らなければならない。
落ち着け、落ち着くんだ……。
「意見を求めます」
私は何とか、その言葉を絞り出し、椅子に座った。
幸いにも騎士たちの意見が割れることはなく、無事に方針が決まった。
・現時点では情報の収集に労力を費やすべきである。
・混乱を避けるため、情報の公開には慎重となるべきである。
・諸侯や騎士たちの動揺を避けるため、ロゼリア姫はこの場を動くべきではない。
・ブドゥーベル宮殿に待機しているブランシュ姫、および公爵妃アントシアの二人にも待機を命じる。
・もしもの時のため、信頼できる騎士たちには現状を伝え、兵を動員できる体制を整える。
・プルーメラ大公には、現時点で分かっている情報を共有し、準備をしてもらう。
以上だ。
要するに今の私にできることはない。
「どうか、姫様はよくお休みになられてください」
騎士たちからはそう言い含められてしまった。
そんなこと言われても、眠れるわけがない。
それから一週間が経過した。
「お、お父様が……討ち死になされた……!?」
騎士サンブラッグからのその報告を聞いた途端、声が震えてしまった。
頭がクラクラする。
「あくまで市井に流れている噂です。出所も不明です。確度は高いとは言えません」
「しかし火の無いところに煙は立たぬと……」
「火を付けて回っている者がいます」
騎士サンブラッグのその言葉に、私は少しだけ冷静になった。
そうだ……私たちがまだ父の生死が分かっていないのに、市民たちがそのことを知っているはずがない。
「……ハゲワシですか」
「おそらく」
「随分と嗅ぎつけるのが早いのですね」
「目と鼻だけが良いのが、やつらの取柄です」
当主の代替わりや内乱、疫病、災害などに付け込むのは帝家の十八番(オハコ)だ。
連合軍敗北の報を聞きつけた段階で、ブドゥーダル公爵家にとって不利になる情報を振り撒いたのだろう。
適当な嘘を吹き込み、触れ回す分はタダだ。
「旦那様が亡くなられている可能性は低いと我々は考えております」
元々、父は戦争には消極的だった。
そんな父が最前線で戦っている可能性は低く、どちらかと言えば後方に陣取っていたはず。
そもそも父は戦場での名誉を求めるタイプではない。討ち死にするよりは降伏を選ぶだろう……そんな説明を受けても、私の不安は晴れなかった。
「それと一つ、悪い知らせがございます」
「……聞きましょう」
「プルーメラ大公領で一部の諸侯が反乱を起こしました」
……え?
「は、反乱って……お、お爺様はご無事なのですか!?」
「大公はすでに鎮圧のために軍を動かしています。小規模な反乱です。大事には至らないでしょう」
「それは良かった……」
父に加えて、祖父まで亡くなられたら……。
「しかし大公は反乱の処理にしばらくの間、忙殺されることとなります。頼りとすることはできません」
王家も頼りにならない。祖父も頼りにできない。父は生きているか分からない。そして帝家は爪を振り下ろそうと、こちらを伺っている。
これに加えて、もし反乱でも起きたら……。
「……分かりました」
私は騎士サンブラッグの言葉に頷くしかなかった。
そしてさらに一週間が経過した。
父の生死は未だ、不明。
しかし状況が好転する様子はない。
父が死亡したという噂は一人歩きを始め、諸侯や騎士たちが動揺し始めた。
一部では私たちが父の死を隠しているとも噂され始めている。
そしてまた、状況が悪化する。
「クーランベル伯爵が動き始めました」
会議の場で、騎士サンブラッグは落ち着いた声でそう言った。
嫌だ、聞きたくない……。
「評議会の設置を呼びかけています」
「評議会、ですか」
「統治者不在の今、公国を守るために団結せねばならない……とのことですが、旦那様が不在の間、不利な条約を姫様に署名させたいだけでしょう。諸侯の常套句です」
まだ、反乱ではないらしい。
良かったと……少し安堵してしまった。
「現時点ではクーランベル伯爵を始め、マリアーベル伯爵やキーウイベル伯爵が同調しております」
彼らはクーランベル伯爵と親しい、“反ロゼリア派”と呼べる貴族たちだった。
反乱を起こすなら彼らだろうと、予想されていた。
今はまだ三伯爵だけだが、これからさらに数も増えて来るだろう。
今のうちに武力で鎮圧を……いや、下手に刺激しない方が良いのか?
どうすればいいのか、分からない。
……一先ず、騎士サンブラッグの助言に従おう。
私が下手な意見を口にして、状況を悪化させるようなことだけは避けたい。
でも、確認したいことが一つだけある。
「ブドゥーベル城は大丈夫でしょうか? あそこには……その、アントシア妃がいらっしゃいますが」
義母は私を嫌っている。
“評議会派”の首謀者は彼女の兄であるクーランベル伯爵だし、共謀してもおかしくない。
ブドゥーベル城が、もうすでに落ちているという可能性も……。
「それについてはご安心ください。ブドゥーベル城は我々、宮廷派が掌握しています。アントシア様にできることはありませんし、何もさせません」
「ではブランシュは? 母親に唆されたら……」
ブランシュはクーランベル伯爵の姪だ。
疑いたくはないが、どうしてもその可能性が脳裏を過ってしまう。
彼女が私を積極的に害そうとするとは思えないが、飛びぬけてしっかりしている子とは言えないし、言いくるめられてしまう可能性もある。
「ブランシュ様には我が愚妹――副侍女長がついております。彼女がついている限り、ブランシュ様が道を誤られることはありません。ご安心ください」
副侍女長はブランシュの乳母だ。
産みの親より育ての親、というわけか。
「ご不安であれば、お手紙を書かれるのがよろしいかと」
「……そうですね」
私にできることは、それだけか……。
それからさらに一週間が経った。
クーランベル伯爵に同調する貴族たちの数が増え始めた。
中立派だと思っていた貴族たちも、“評議会派”に合流する動きを見せている。
「姫様、どうか落ち着いて聞いてください」
その日、騎士サンブラッグを始めとする重鎮たちが私の執務室にやって来た。
まだ会議の時間ではないはずだ。
非常に嫌な予感がする。
「帝家が軍を動かしました」
私は血の気が引くのを感じた。
ついに恐れていた事態が起きたのだ。
しかし騎士サンブラッグの報告は終わらない。
「また、西の国境で不穏な動きがあります」
ブドゥーダル公爵領と王領に隣接している一部の王国貴族が、ブドゥーダル公国に攻め込む動きを見せているようだ。
確かブドゥーダル派と国王派の間をフラフラしている、中堅貴族だ。
普段ならばひと捻りできる相手だが、この状況下では……。
「その動きに合わせ、クーランベル伯爵が軍の動員を始めました。少なくとも帝家とクーランベル伯爵は共謀していると考えて良いでしょう」
クーランベル伯爵がシュミシオン城とその周辺地域を占領し、ブドゥーダル公爵領とトルーニア公爵領の分断を図る。
私たちがトルーニア公爵領で孤立している隙を狙い、帝家がオーセン伯爵領を占領する。
場合によっては、私やルージュの捕縛を狙う。
そういう戦略らしい。
「……こちらはクーランベル伯爵からの書状です」
私は無言で封を開け、中を確認する。
読んでいるうちに思わず破きたくなったが、それをグっと堪え、騎士サンブラッグに突き返した。
「確認してください。私の口からは言いたくありません」
中身は私とクーランベル伯爵の、“婚姻”の提案だった。
舐められている。
腸が煮えくり返りそうだ。
「……実に無礼な提案です」
騎士サンブラッグは呆れた様子でため息をついた。
「このような話に応じる必要はございません」
「では……籠城でしょうか?」
やはりクーランベル伯爵の討伐が最優先だろうか?
しかし城攻めの最中に西側を突かれたらこちらが瓦解しかねない。
他の諸侯も兵をあげるかもしれない。
グズグズしている間に帝家がやってきたら……。
そう考えるとトルーニヤ城に兵を集中させ、援軍が来るまで籠城した方が安全かもしれない。
「いえ、トルーニヤ城より撤退します」
「……え?」
「今は姫様やルージュ様の身の安全こそが最優先です。城など、後から取り返せば良いだけのことです」
籠城を選んだ場合、援軍が来るまで身動きが取れなくなってしまう。
援軍が間に合う保障はどこにもない。
まずは安全な場所へ引くべきであると、騎士サンブラッグは語った。
「脱出した後は……どこを目指すのですか」
「まずはラザァーベル伯爵領へと退避します。その後、国王領を通り、ブドゥーベル市へと向かいます」
それから祖父と連携し、トルーニア公爵領奪還のための兵を挙げるというのが騎士サンブラッグの戦略だった。
確かに、支配が不安定になっているトルーニア公爵領で騎士を集めるよりも、ブドゥーダル公爵領で騎士を集めた方が確実かもしれないが……。
「しかしそれではクーランベル伯爵にトルーニア公爵領を与えるようなものではありませんか?」
「問題ありません」
私の懸念を、騎士サンブラッグは眉一つ動かずに否定した。
「評議会派の貴族たちは利権を得るために団結しているにすぎず、クーランベル伯爵に従っているわけではありません。もし仮にクーランベル伯爵がトルーニア公爵領を支配したいのであれば、姫様、ブランシュ様、ルージュ様を手中に収める必要がございます。それができなければ、彼にできることは何もありません」
確かに領主一族を確保できない限り、クーランベル伯爵はただの一人の伯爵に過ぎない。
トルーニア公爵領には“親ロゼリア派”の貴族や“中立派”の貴族もいるわけだし、クーランベル伯爵が支配を広げることは難しい。
しかしだからといって、いや、だからこそトルーニア公爵領を放棄するような選択肢は時期尚早ではないか。
「今からブドゥーベル城に使者を出し、兵を集めさせることはできませんか?」
ブドゥーベル城にいるブランシュ……というよりは騎士頭たちに、兵を集めさせる。
ブドゥーベル城で集めた軍団と、トルーニヤ城で集めた軍団でクーランベル伯爵を挟み撃ちにする、とか。
「社交デビューしたばかりのブランシュ様のお名前では難しいかと。それにブランシュ様は……アントシア様のお子様でもありますから」
ブランシュには乳母がついているから大丈夫。
というのは私たちだから知っているだけの話。
ブランシュと親しくない騎士たちからすれば、ブランシュは白黒どちらか分からない存在だ。
確かにこれでは兵を集めることは難しい。
確実に兵を集めるには私の印章が必要で、それは私の指の中にある。
「何より、悪意の飛び交う戦場でブランシュ様のお心が持つか、分かりません」
ブランシュが屈してしまえば、何もかも終わり。
そんな博打は打てないということか。
「時が経てば、プルーメラ大公領での反乱も収まります。プルーメラ大公が動いた時点で、帝家は撤退します。王家も今は混乱しておりますが、それが収まれば援軍が望めるでしょう。旦那様もご無事であれば、戻られるはず。時は我らの味方です。どうか、お忘れなきように」
騎士サンブラッグは自信満々にそう言い切った。
なるほど。
確かに今ここで勝負をするよりも、一度引いて状況を立て直し、準備をしてから反撃した方が勝率は高まる。
騎士サンブラッグは正しい。
おそらく、軍事的に考えればここは引くべき時なのだろう。
しかし本当にそうだろうか?
逃亡を選ぶのは、下策ではないのだろうか?
どうしても疑問が拭えない。
何よりも……。
「ひ、姫様!? ま、魔力が……」
逃げるのは、癪だ。
宮廷の騎士たちは「公務員」ではなく、ブドゥーダル公爵家の「使用人」なので、公益(国益)よりもブドゥーダル公爵とロゼリアの命令を優先します。
命令がない時は……。
名前:ルージュ・エル・ブドゥーダル
性別:女
身分:貴族
年齢:6歳
性格:社交的・正直・お人好し
趣味:ボードゲーム
特技:ポーカーフェイス(できていると思っている)
好きな異性:まだよくわからない
結婚相手に求めるもの:幸せな家庭が築きたい
一言:どうしてお姉様とお母様は喧嘩しているの?
高評価ありがとうございます(敬称略)。
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真鴨