TS貴族令嬢の複雑すぎる婚活事情   作:桜木桜

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第31話

 帝家と結託して内乱!?

 勝てるわけないだろ! もう、あんな馬鹿殿に付き合ってられるか!!

 俺たちはロゼリア姫に付くぜ!!

 

 というノリで、騎士シクルミラたちはトルーニア城へと向かう途中だったらしい。

 

 彼らはクーランベル伯爵の直臣であるが、私の足に忠誠を誓ったことがあるので、私の臣下でもある。 

 だからこの世界の社会通念上、非難されるような行動ではない。

 ……褒められはしないけど。

 

「馳せ参じるつもりではありましたが……まさか出遅れるとは思っておりませんでした。さすがは、ロゼリア姫」

 

 クーランベル伯爵が反乱を起こして数日で行動を起こすなんて!

 しかもこんな少人数で山脈越え!

 迅速な行動! 決断力すごい! なんて勇猛なんだ!

 さすロゼ!!

 

 と騎士シクルミラたちは大盛り上がりしていた。

 う、うーん……。

 

 数週間ずっとトルーニア城でメンヘラってたのと、逃げ出す予定だったのは内緒にしておこう。

 

「……初めてお会いする方もいらっしゃるようですが」

「はは! しかし皆、信頼できる者たちです」

 

 騎士たちの多くは見知った者たちだが、しかし初めましての人もいた。

 どうやら騎士シクルミラはクーランベル伯爵に不満を持つ騎士を片っ端から集めて回っていたらしい。

 私と面識はなくとも、しかし騎士シクルミラの仲立ちがあれば参戦を受け入れてもらえると考えたようだ。

 

 友達の友達が遊びに来た現象である。

 本当にあるんだ……。

 

「それでは後ほど、紹介してください」

 

 個人的には信頼できない人と行動を共にしたくないのだが、今はそう言っていられる状況ではない。

 私の言葉に騎士シクルミラは安堵の表情を浮かべ、そしてゆっくりと足元に跪いた。

 

「ロゼリア姫、どうかあなた様の旗の下で戦うことをお許しください」

「受け入れましょう。我が命運をあなた方の剣に預けます。頼りとさせてください」

 

 簡略的にはなるが、一先ず参戦の契約を結ぶ。

 これで彼らは味方だ。

 思わずほっと、息をついた。

 

「このような場所では落ち着いてお話はできませんね。貴殿のお城を宿として、使わせていただけませんか?」

「はい、喜んで」

 

 状況の擦り合わせは騎士サンブラッグたちに任せよう。

 私はもう、疲れた。

 早く汚れを落として、温かいベッドで眠りたい気持ちだ。

 

「それでは先導を頼みます」

「はい。しかし……その、ロゼリア姫」

 

 騎士シクルミラは言葉を濁した。

 何か不都合でもあるのかと思っていると、彼の後ろで控えていた騎士たちのうち、数人が私と話したそうにしていることに気付いた。

 全員、私と「初めまして」の騎士たちだ。

 

 ……おおよそ、何をしたいのかは想像できる。

 

「おや? ……どうかされましたか?」

「……ロゼリア姫。このような場で大変、恐縮なお願いとなりますが……どうか、その美しき御御足にキスを捧げさせてくださいませ」

 

 騎士の一人が前に進み出て言った。

 私は非常にげんなりした。

 不安定な立場を確定させたいって気持ちは分かるし、私にとってもそうした方が都合が良いのかもしれない。

 けどさぁ……。

 もっと、こう、配慮ってのがあるでしょ?

 

「……いいでしょう。デラーウィア」

「はい」

 

 デラーウィアが私の軍靴の紐を解く。

 靴から足を抜くと、泥で茶色く汚れた足が出てきた。 

 数日間、洗っていないどころか、通気性の悪い軍靴の中に封印されていた、いろんな意味でヤバイ代物だ。

 

「どうぞ」

「ありがたく」

 

 騎士たちは嬉しそうに、次々と私の足にキスをした。

 絶対、臭いと思うんだけど。

 噂になったら嫌だなぁ……。

 

 

 

 

 クーランベル伯爵が内乱を起こしてから、五日が経過した……とある夜のこと。

 クーランベル伯爵領のとある騎士領では、二人の騎士が言い争いをしていた。

 

「父上! やはり私は恩知らずな真似はできません!!」

 

 そう主張したのは、二十代半ばほどの若い男性騎士だった。

 彼は自身の父親に食って掛かる勢いで迫る。

 

「ロゼリア姫は私と妻の婚姻を見届けてくださいました。対して、あの小男は祝いの手紙一つ寄越さなかった! これでロゼリア姫をお見捨てするようでは、騎士の名折れです!!」

 

 息子の主張に対し、父親――騎士ニーアヘルは首を左右に振った。

 

「気持ちは分かる。ロゼリア姫には恩がある」

 

 騎士ニーアヘルは、ロゼリアから“腰痛騎士”と綽名されている男だ。

 ロゼリアは彼の息子の結婚式に証人として出席している。

 息子の箔付けに協力してもらった立場であるため、ロゼリアには恩がある。

 

 そのため騎士シクルミラから、共にロゼリアの旗の下で戦おうと誘いを受けていた。

 そして彼は迷った末、それを断った。

 

「だが参戦は許さぬ。我らは中立だ」

「なぜですか!」

「ロゼリア姫はトルーニア城から撤退する。一時的とはいえ、クーランベル伯爵が勝者となるのだ。もし我々がロゼリア姫に与した場合、どうなるか分からん」

 

 クーランベル伯爵からすれば、ロゼリア側についた騎士は裏切者であり、粛清の対象だ。

 もしロゼリアが最終的に勝者となったとしても、粛清された後では意味がない。

 先祖代々の土地や命を失う危険を冒してまで、ロゼリアに与することはできないというのが騎士ニーアヘルの判断だった。

 

「トルーニア城に籠城する可能性もあるのではありませんか? もしくは、クーランベル伯爵を討伐するために……」

「宮廷派の騎士たちは、そのような選択をしない」

 

 騎士ニーアヘルは嫌悪の表情でそう言い切った。

 

「連中は我々と違い、守る土地がない。やつらの立場を保証しているのは、主君との距離の近さだ。連中はロゼリア姫を失えば、破滅する。だから絶対にロゼリア姫を手放さない。ロゼリア姫を奪われる可能性がある選択をしない」

 

 宮廷を切り盛りしている騎士たちは、巨大な権限を持っている。

 しかし彼らは身分としてはただの騎士でしかない。

 中には土地を持っておらず、何らかの特権や給金を頼りとしている騎士も少なくない。

 

 彼らの権力は全て主君からの借り物に過ぎない。

 だから宮廷の騎士たちは主君を失うことを何よりも恐れる。

 

「ロゼリア姫は宮廷の騎士たちに養育されている。生みの親が不在の今、育ての親の言葉を信じるだろう。……だからロゼリア姫は撤退を選ぶ」

 

 騎士ニーアヘルは忌々しそうに表情を歪めた。

 彼はロゼリアのことは嫌っておらず、むしろ好感を抱いていた。

 しかし宮廷の騎士たちのことは嫌っていた。

 

「そもそもとして、この戦争はバークス家の下らぬ家産争いだ。我らには関係のない話。参戦する義理はない」

 

 騎士ニーアヘルからすれば、「どうしてバークス家内部の遺産相続争いのために戦わなければならないのか」という思いがあった。

 何の利益にもならない戦争に巻き込まれ、先祖伝来の土地を失うリスクを負うのは納得できない。

 

「我ら騎士の本懐は地を守り、血を継ぐこと。愛だの忠義だの……下らぬ世間の綺麗ごとに惑わされるな。騎士道とは掲げるものであって、振り回されるものではない。……参戦せず、中立を維持するだけでも、ロゼリア姫への義理は果たせよう。彼女も我らを責めたりはしまい」

 

 騎士ニーアヘルはクーランベル伯爵の封臣である。

 中立を維持し、参戦をボイコットするだけでもロゼリアへの援護になる。

 ロゼリアはそれを感謝することはあれど、非難する立場にない。

 

「しかし父上……」

「それでも、もしお前がロゼリア姫のところに駆けつけるのであれば、儂はクーランベル伯爵の旗の下で戦う」

「父上!? それではニーアヘル家が……」

「二つに別れたとして、片方が生き残れば、地と血を子供たちに残せるだろう」

 

 親と子。兄と弟。

 双方、別々の陣営に分かれて参戦することはこの世界ではよくあることだ。

 一族丸ごと泥船に乗って溺れるよりも、殺し合った方がマシという理屈である。

 

「……分かりました、父上」

 

 父親と殺し合うほどの覚悟は持っていなかった息子は、最終的に折れるしかなかった。

 息子が納得してくれたことに、騎士ニーアヘルはホッと息をつく。

 その時だった。

 

「お館様! 騎士と思しき女が、お館様にお目通りを願い出ております!!」

 

 使用人の男が騎士ニーアヘルにそんな報告をした。

 この情勢に騎士が? と騎士ニーアヘルは警戒を強める。

 

「名前と特徴は? 誰からの使者だ?」

「名はシーク・サーリアスと……。桃色の髪の女性です。……ロゼリア姫からの使者を名乗っています」

 

 そんなわけないですよね? と使用人の男は首を傾げる。

 しかし騎士ニーアヘルはその名を聞き、目を見開いた。

 

「筆頭家令の娘ではないか! 早く通せ!!」

 

 シーク・サーリアス。

 それはブドゥーダル公爵家の財政を司る家令職、その筆頭である騎士サーリアスの娘である。

 そしてロゼリアの侍女であり、寵臣の一人だった。

 

「お久しぶりです、騎士ニーアヘル。結婚式の時以来ですね。お腰の調子はいかがでしょうか?」

 

 現れたのは、桃色の髪の二十歳程度の女性だった。

 その鎧は泥と血で汚れている。

 いきなり皮肉を飛ばしてくるシークに対し、騎士ニーアヘルは臆さず対応する。

 

「シーク殿。ご壮健な様子で何よりだ。茶の一つでもご用意したいところだが……このような夜更けのご来訪、さぞや重要な命を受けているのでは? まずはそちらをお伺いしよう」

 

 騎士ニーアヘルの慇懃な態度に対し、シークは嬉しそうに笑みを浮かべた。

 

「お気遣い、ありがとうございます。それでは我が主君、ロゼリア姫からの命を伝えます。『クーランベル城は我が手に落ちた。これより残敵を我が足で踏み潰す。至急、我が旗の下に集うように。さもなければ敵と見做す』以上です」

 

「……は?」

 

「こちらがロゼリア姫から書状です。お確かめください」

 

 シークは騎士ニーアヘルに書状を渡す。

 その書状には間違いなく、ロゼリアの紋章が封蝋として押されていた。

 騎士ニーアヘルは慌てて封蝋を割って中身を確認する。

 手紙の内容は至って簡潔であり、要約すれば「早く兵を率いてクーランベル城に来い」というものだった。

 

「ど、どういうことだ……。ロゼリア姫は数日前まで、トルーニア城にいらっしゃったはず。クーランベル城が陥落ということは……伯爵はどうなった?」

 

「白か黒か、はっきりせぬ者に戦況を話すわけにはいきません」

 

「ぐぬ……しかし、戦況が分からぬ以上は我々も下手に動くわけには……」

 

「しかし私が今、この場にいること。それが答えにはなりませんか?」

 

 ロゼリアの寵臣であるシークが、今、この場にいる。

 つまりロゼリアは間違いなく、このクーランベル伯爵領にいることを意味する。

 

「私は姫様の勝利を各地に知らせねばなりませんので、茶はまた次の機会とさせてください。あなたとお会いするのが最後ではないことを願っております。それでは」

 

 シークは淡々と別れを告げると、早歩きで城から立ち去ってしまう。

 シークを見送ってから、息子は騎士ニーアヘルに向き直る。

 

「父上。……一先ず、クーランベル城へ向かい、状況を把握することが先決かと」

「うむ、そうだな。……いや、お前は城に残れ」

「父上! この期に及んで……」

「クーランベル城には儂が向かう」

 

 騎士ニーアヘルはようやく、重い腰を上げた。

 

 

 

 内乱勃発から六日。

 私はクーランベル城の謁見の間にて、各地から駆けつけてきた騎士の対応をしていた。

 

「この度、祝いの言葉を献上しに参りました。おめでとうございます、姫様」

「ありがとうございます、騎士ニーアヘル」

 

 私に対し深々と頭を下げるのは、何時ぞやの腰痛騎士だった。

 前よりも老けたように見える。

 

「ところでお腰の調子はよろしいのでしょうか? ご無理はなさらない方がよろしいかと」

「い、いえ……その……」

「冗談です」

 

 私がなぜ、クーランベル城で老人いじめをしているのか……それを説明するには、私がデルブラン卿と山中で鉢合わせした時まで話を遡る必要がある。

 

 まず騎士シクルミラと現状について打ち合わせをした結果、クーランベル城が手薄な状態であることが判明した。

 

 まず、クーランベル伯爵が動員した騎士の総数は百。

 そのうち七十はクーランベル伯爵と共にシュミシオン城の攻略のために動いており、現在城には騎士が三十しかいない。

 城の守りには伯爵級をやや下回る魔力量の長男と、男爵級の次男がいる。

 

 という状況だった。

 これは私たちにとっては、良い意味で想定外だった。

 

 というのも、クーランベル伯爵家が封臣として抱える騎士家の総数は二百ほどだからだ。

 どれだけやる気がなくとも、最低一人くらいは派兵するものなので、クーランベル伯爵の動員騎士数は低く見積もっても二百はいるだろうと私たちは考えていた。

 

 それが半数の百だ。

 つまり半分以上の騎士家は戦争をボイコットしたことになる。

 オフ会を開催したら席がガラガラみたいな感じだ。

 

 なお、百というのはあくまで騎士の数である。

 通常、騎士は供回りとして平民兵を十人くらい連れてくるし、他にも領民や傭兵も兵士として動員する。

 

 クーランベル伯爵は少ない騎士の総数を平民兵でかさ増ししているらしく、クーランベル城には兵力千(うち騎士三十)、シュミシオン城攻略には二千(うち騎士七十)を動員しているようだ。

 

 騎士シクルミラを含め、裏切り組の騎士は二十。

 私が脱出のため、供回りとして連れてきた騎士は三十。

 合計五十。

 

 対してクーランベル城を守るのは騎士三十だが、総兵数は千だ。

 しかも伯爵級が一人、男爵級が一人いる。

 

 この兵力差にも関わらず、テンションの上がった騎士シクルミラは「クーランベル城を攻撃しましょう! 今なら落とせます!!」と提案してきた。

 

 当然だが騎士サンブラッグは難色を示した。

 騎士の戦闘力に比べれば平民兵の戦闘力など大したことないが、さすがに千はそれなりに脅威だ。

 銀を使った対魔力兵装で武装していた場合、取り囲まれれば為すすべもない。

 

 そもそも、城攻めをするなら最低でも二倍の戦力差は欲しいところだ。

 騎士だけで比べても、二倍には達していないわけで、かなり無謀……。

 

 という騎士サンブラッグの意見は、騎士シクルミラの次の発言でひっくり返った。

 

「私はクーランベル城内部に通じる秘密の通路を知っています」

 

 まさかの爆弾発言だが、考えてみるとおかしな話ではない。

 元々、彼の父親は先代クーランベル伯爵の時代には騎士頭を努めていた。

 今代伯爵とは折り合いが悪く、罷免されてしまったそうだが……。

 城の内部構造と機密情報は、父親から息子に相続されていたようだ。

 

「対魔力兵装についても心配する必要はないでしょう。クーランベル伯爵は二年前から、銀食器を密かに売却しています」

 

 どうやら私たちの想像以上にクーランベル伯爵の懐事情は火の車らしい。

 そんな状態でよく戦争やろうと思ったな……と思ったが、逆にそういう状況だからこその大逆転を狙ったのかもしれない。

 クーランベル伯爵はギャンブルが趣味とも聞く(ちなみに弱いらしい)。 

 

 もっとも、それでも騎士サンブラッグは渋っていた。

 こちらにもしもの時に私を守る平民兵(肉盾)がいないこと、騎士シクルミラの情報が信用できるか分からないこと。

 この二点が引っ掛かるようだった。

 

「クーランベル城の攻略は無謀でしょうか? 危険でしょうか?」

 

 私の問いに騎士サンブラッグは「無謀とまでは言いません」と答えた。

 無謀でないのであれば、リスクを冒す価値はある。

 

 私は騎士シクルミラの提案に乗り、クーランベル城を攻撃することにした。

 

 結論から言えば完勝してしまった。

 

 平民兵は私の魔力を恐れ、恐慌状態に陥り、むしろ敵側の動きを阻害していた。

 敵の騎士たちは士気が低く、戦う前から降伏する者まで出てきた。

 クーランベル伯爵の息子たちは最後まで降伏はしなかったが、しかしずっと逃げ腰で、まともに戦おうとしなかった。

 

 拍子抜けである。

 これなら最初からあんな悪路を通らずとも、兵力を総動員してクーランベル伯爵にぶつければ良かったんじゃ……。

 いや、後からなら何とでも言えるか。

 

 とりあえず、歴史書には「ロゼリア姫の勇気と知略による勝利。全て計画通り」と残すことにしよう。

 歴史は勝者が作るのだ。 

 

 トルーニア城で「もう、何をどうすればいいのかわかんないよぉ……」と泣きべそ掻いてたのは、末代までの秘密だ。

 まあ、バークス家宗家は私で末代だが。

 

 というわけで、正直なところ私に騎士ニーアヘルを責める資格はない。

 ボタンの掛け違いがあれば、私は北へ逃げていた可能性もあるのだから。

 

「そこまで畏まらなくて結構です。……私はあなたが中立の立場でいてくれたこと、そして今、駆けつけてきてくださったことを喜ばしく思っています」

「ははっ……。ありがたきお言葉。姫様の御恩に報いることができるよう、よりいっそうの奉公に努めます」

「心強いお言葉です」

 

 とはいえ、ケジメは付けてもらおうか。

 

「それでは次の戦では、一番槍をお任せしましょう」

「ははっ!」

 

 こうして騎士ニーアヘルは私に深々と頭を下げ、それから私の足に忠誠のキスをした。

 

 

 

「今の対応でよろしかったでしょうか?」

 

 騎士ニーアヘルを迎え入れた後、私は騎士サンブラッグにそう尋ねた。

 個人的には「結婚式に出席してあげたのに……」という思いがあった。

 しかし騎士サンブラッグからは「釘を刺す必要はあるが、丁重にもてなしてやるべき」と進言され、丁寧な対応を行った。

 

「はい。慎重な騎士ニーアヘルが我らについた事実は大きいかと。クーランベル伯爵領の騎士たちの多くを、最低でも中立に持って行けます」

 

 騎士ニーアヘルは周辺地域の騎士たちから頼りとされている。

 彼が中立から私の方に寝返った事実は、血気盛んな騎士シクルミラのような若い騎士が寝返るよりも影響が大きいらしい。

 

「今は騎士たちを周囲に派遣し、姫様の勝利と活躍を喧伝して回っております。上手くいけば戦わずにこの戦を制することができるかもしれません」

 

「……喧伝ですか。少し恥ずかしいですね」

 

「おや? それはどうしてでしょうか……? これほどの戦果、姫様にとっては誇るべき武功かと思われますが」

 

 騎士サンブラッグの言葉に私は首を左右に振った。

 

「正直、武功として誇れるほどの働きをしたとは胸を張れません。……皆さまにも情けない姿を晒しました」

 

 全体としては私が足を引っ張っていたところが多い気がする。

 騎士たちだけでも勝利できたのではないだろうか。

 

「ご謙遜を。……いえ、確かに華々しい活躍とは言い難いかもしれません」

 

 騎士サンブラッグは柔らかい笑みを浮かべた。

 

「しかし泥だらけになりながらも、歯を食い縛り、山中を進む姫様のお姿に、私は胸を打たれました。騎士と共に泥に塗れることができる貴族は多くありません。この勝利は姫様でなければ、成しえることはできなかったでしょう。胸を張って良いかと」

 

「そういうものですか」

 

「はい。騎士シクルミラや騎士ニーアヘルが姫様についたのも、姫様の日々の努力の結果かと。どうか誇ってくださいませ」

 

「……それでは誇ることに致しましょう」

 

 しかし反省点は多い。

 次はもっとスマートに勝ちたいものだ。

 

 次と言えば……。

 

「クーランベル伯爵軍の討伐……は良いとして、問題は帝国軍です」

 

 クーランベル伯爵家の内情はボロボロだ。

 伯爵本人も現在はシュミシオン城の守備隊と私たちの間で立ち往生している。

 挟み撃ちにすれば容易に倒せるだろう。

 

「情報では……敵の規模は想定よりも多いと聞きました」

 

 帝家は今回の戦争を、かなり入念に準備していたらしい。

 河川交通などを利用し、大量の物資を運びこんでいるようだ。

 

 基本、「兵站は現地調達が原則」なこの世界で、わざわざ物資を本国から運び込んでくる辺り、相当な気合いの入れようだ。

 

 何だか、最初から父の敗戦を予期していたようにも見えてしまう。

 もっとも、帝家は元々、オーセン伯爵領を狙っていた。

 どちらかと言えば、「隙があればすぐに攻め込めるように準備していた」が真相だろう。

 

「今からでも、守りを固めることはできないでしょうか? 例えばラザァーベル伯爵をオーセン城に派遣するとか」

 

 トルーニア城から兵を割けない以上、諸侯を頼るしかない。

 ラザァーベル伯爵は当初から私を支持してくれているし、信用できる。

 何より、彼は我が国の中では一番強い将軍だ。

 

「心配なお気持ちはわかりますが……北の備えを疎かにすることはできません」

 

 騎士サンブラッグ曰く、今、一番注意しなければいけないのはラークノール公爵家らしい。

 もしもラークノール公爵が帝家と連携し、大軍を率いて南下すればこちらの勝率は大きく下がるのだとか。

 

「ラザァーベル伯爵にはいざという時、ラークノール公爵を足止めしてもらわねばなりません。彼をオーセン城に派遣するのは下策です」

「しかし休戦協定があるでしょう? ……それに私たちを攻撃する利益も少ない気がしますが」

 

 短期的には利益を得られるかもしれない。

 しかし信用を失うし、何より王国諸侯として帝国に利するような行動を取れば、王国内で孤立する。

 長期的にはデメリットの方が大きい。

 

「人は必ずしも合理的に動くわけではありません。それはクーランベル伯爵を見ればお分かりでしょう」

「しかしラークノール公爵は合理的な方でしょう?」

 

 ラークノール公爵は滅茶苦茶に見えて、意外と理性的な判断をする。

 勝てない戦い、自分に利益のない戦い、リスクの高い戦いは徹底的に避けている。

 実際、カルタリア公爵家との戦争にはかなり消極的だった。

 

「ラークノール公爵は理性的な方ですが、しかしその後継者であるトール様はそうとも限りません」

「そうでしょうか? 彼は父親よりも……」

「トール様は姫様に執心しております。何をするか分かりません」

「どういうことですか?」

 

 トール君が私のことが好きなのは知っているけど。

 だったら、私に嫌われるようなことはしないのでは?

 

「……姫様は御存じないかもしれませんが、ラークノール公爵領では誘拐婚の風習が残っています。彼が先祖の慣例に倣わない保障はございません」

「はぁ……?」

 

 私は思わず首を傾げた。

 つまりトール君が大軍を率いて攻め込んで、私を誘拐して無理矢理お嫁さんにしちゃおうとするってこと?

 そんな、まさか……。

 

「ふふ、そこまで想っていただけたら、女冥利につきますね」

「……姫様?」

 

 騎士サンブラッグは眉を顰める。

 ちょっと不適切な発言だったか。

 

「冗談ですよ。トール殿は誠実な方です。そのような真似はしないでしょう」

 

 狩猟大会の時は私のことを守ってくれたし。

 確かに重い愛は感じてはいるが、しかし迫り方は誠実だ。

 だが騎士サンブラッグはそうは思っていないらしい。

 

「……確かな事実として、ラザァーベル伯爵からはラークノール公爵領内で不穏な兵の動きがあるという報告を受けております」

 

 そりゃあ、隣国で戦争が始まったら、防備を固めるために動くでしょ。

 別におかしな話でもない気がするけど……。

 疑い過ぎじゃないか?

 

「姫様がトール様に好意を抱いていることはよくわかりました。しかしそれと戦は無関係です。もしもの時は私情を捨て、戦に臨んでください」

 

「べ、別に、好意など……」

 

 ただトール君は信用できるから、そこまで疑わなくてもいいんじゃないかというだけの話なのに……。

 何だか恥ずかしくなってしまった私は、騎士サンブラッグが話題を変えるまで、口を開くことができなかった。

 




高評価ありがとうございます(敬称略)
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さひろ
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