TS貴族令嬢の複雑すぎる婚活事情   作:桜木桜

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第34話

 

 ブドゥーダル公国軍とラークノール公爵軍の双方は、オーセン城で睨み合っていた。

 ピリピリとした緊張感が辺りを包んでいる。

 

 双方から百騎ほどの騎士の集団が前へと進み出る。

 そしてその中から、一人ずつ(厳密には付き人である騎士を一人だけ連れて)、貴族の男女――私とトール君が前へと進み出た。

 

「お招きくださり、感謝いたします。ロゼリア姫」

 

 そう言って私に一礼するトール君は、以前よりも凛々しく見えた。

 身長も前より伸びている。

 そして魔力も成長していた。

 

 私は少しだけ緊張しながら、彼に挨拶する。

 

「ようこそ、お出でくださいました、トール殿。オーセンの守護者として、歓迎いたします」

 

 私たちは前へと進み出て、互いに手を取り合う。

 緊張感が薄れていくのを感じた。

 

「それではどうぞ、こちらへ。ご案内いたします。差し出がましいですが、歓迎の宴を催すつもりです。……急ごしらえですから、粗末な物ではありますが、どうか戦場での疲れをお癒しください」

 

「ありがとうございます。それでは、羽根を休めさせていただきます」

 

 事前に決めていたやり取りを終える。

 この後はそれぞれ軍に戻り、私はラークノール公爵軍の入城を迎える予定になっている。

 

「ところでロゼリア姫」

「はい」

「……鎧姿も凛々しくて素敵ですね」

「まぁ!」

 

 私は口元を手で隠す。

 そして余裕たっぷりな笑みを浮かべてみせた。

 

「お上手ですね」

 

 どうか、赤くなった耳に彼が気付きませんように。

 

 

 

 

 その日の夜、ラークノール公爵軍に対する歓迎の宴が開かれた。

 もちろん、平民兵と騎士が相手。

 貴族社交で行われるようなお堅いパーティーをするのは身分違いだし、喜ばれない。

 

 何より、今は有事であり、ここは戦地である。

 

 そういうわけで少し手の込んだ食事とお酒、そして道化師たちによる賑やかな大道芸が行われる程度だった。

 騎士サンブラッグは言葉を濁していたが、娼婦なども宛てがわれたらしい。

 

 この後のスケジュールだが、ラークノール公爵軍は明日にはこのオーセン伯爵領を出立し、ブドゥーダル公国軍の監視の下、ラザァーベル伯爵領を通ってラークノール公爵領に帰還する予定になっている。

 

 一応、同じ敵を相手に戦った関係ではあるが、私たちは同盟関係にあるわけではない。

 それどころか、少し前までは戦火を交えた関係だ。

 こちらとしても早く通り過ぎて欲しいし、相手も早く通り過ぎたいだろう。

 

 もっとも、トール君とその従者、そして護衛として数百程度の兵士は数日の間、このオーセン伯爵領に滞在することになっている。

 

 情報交換、認識のすり合わせ、そして戦後の捕虜の扱いなどについて話し合うためだ。

 もちろん、今回の話し合いだけですべて決まるわけはないが、せっかく来てもらったのだ。

 事前に協議を進めた方が、話はスムーズだろう。

 

「トール殿の戦場でのご活躍について、お聞かせ願いますか?」

 

 夕食の席で私はトール君にそう切り出した。

 トール君のカッコいい活躍を知りたいなぁ、みたいなノリだ。

 

 科を作り、キラキラと目を輝かせ、憧れている雰囲気を醸し出している。

 

 ……が、さすがに私が軍事機密について聞きたがっていることは察したらしい。

 

「そうですね。……それではまず、ロゼリア姫がどの程度、我々の動きについてご存じかお伺いしても? それを聞いてからの方がご説明しやすいでしょう」

 

 情報が知りたかったら、そっちが先に情報を言えと。

 私たちの情報収集能力を確認したいのだろう。

 上手い言い方をする。

 

 初めて会った時とは大違いだ。

 「男子三日会わざれば、刮目してみよ」とはこのことか。

 

「わたくしはトール様のご活躍を知りたかっただけなのに……」

 

 私のこと、疑うの?

 という感じで私は悲しそうに目を伏せてみた。

 するとトール君は露骨に動揺した。

 

 まだまだだな。

 

「あー、いや、その……」

「ふふ、冗談です。では、わたくしが知り得ている情報、わたくしたちの予測も含めて、お話しましょう。……間違っていたら、ご指摘願います」

 

 こっちは正直に言うから、そっちも正直に話してね。

 私はそう伝えてから、騎士サンブラッグたちが搔き集めた情報、そしてそこから推察されるトール君や帝国軍の動きについて話す。

 

 最初は感心した様子だったトール君だったが、その表情には少しずつ驚愕の色が浮かび始めた。

 

「そこまでご存知だったとは。驚きました」

「うふふ、トール殿のことはいち早く知りたいと思っておりましたので」

 

 元々、ラークノール公国は私たちにとっては敵国。

 だからこそ、ラークノール公爵の宮廷には情報網を張っていた。

 そのため、ラークノール公爵家の関係者しか知らないであろう情報も私たちは入手している。

 もっとも、トール君の宮廷についてはまだ情報網が整備されておらず、彼の動きを捕捉することはできなかったのだが。

 

「それでは……トール殿の武勇伝をお聞かせ願いますか?」

「武勇伝などと誇れるほどのことではありませんよ。空き巣をしただけですから」

 

 そう謙遜しながらもトール君は作戦の判断、経過、結果まで話してくれた。 

 その内容はおおよそ、私たちが予想していたものと一致していたが……。

 

「……なるほど。さすが、トール殿。わたくしにはとても真似できませんね」

 

 今後、戦争になった時の参考になるかなぁと淡い期待を抱いていたが、そんなことはなかった。 

 例えるなら、ゲームが上手すぎる人のタイムアタック動画を視聴したような感じだろうか。

 達人技過ぎて参考にならない。

 

「幸運も味方しましたから」

「運も実力のうちでしょう」

 

 確かに幸運にも恵まれているが、私だったらその幸運を取り逃がしていただろう。

 不運を避け、幸運を最大限に利用する。

 それは間違いなく実力だと思う。

 

 私には真似できない。

 というか、真似できる人は殆どいないだろう。

 

 我が国にはいない。

 そしてバルトナ王子やバールド皇子にもできないだろう。

 そう考えると、やはり……。

 

「しかしこれほどの軍事作戦……お父君はお怒りではないでしょうか?」

「はは……後で一発殴ると、援軍と共に言葉を受け取りました」

 

 トール君は遠い目をしながら言った。

 むしろ、一発殴るだけで許してもらえるのか……。

 何はともあれ、トール君が後継者から外されることはなさそうだ。

 

「それではわたくしから一筆。お父君へお手紙を書かせてください」

 

 私からの手紙にどれだけ効果があるかはわからないが、トール君に対する罰は軽いに越したことはない。

 トール君の謹慎処分が長引くと、今後の私の動きに影響が出る。

 

「……いえ、それは無用です。此度の参戦は私の独断。罪も咎も私だけのものです。罰は甘んじて受けるつもりです」

 

 何とも立派な志だ。とても男らしい。 

 けど、罰は軽い方がいい気がするんだけど……。

 

「それに……その、却って怒りを買うかもしれません。女性に庇ってもらうとは何事かと……」

「あぁ……なるほど」

 

 言いそうだ。

 というか、冷静に考えると私がトール君への処罰について手紙を出すのは、内政干渉に抵触する。

 外交上の非礼に当たる。

 やらない方がいいな。

 

「トール殿がそうおっしゃるのであれば。しかしお手紙は一筆、書かせてください。トール殿に対する処罰には触れませんから」

 

 ブドゥーダルの太守として、お礼の手紙は書かなければならない。

 もちろん、「ありがとう」とか書いたら何を要求されるかわからないので、直接的な書き方はしないけど。

 

「わかりました。……ところで父への土産話として、ロゼリア姫のご活躍について、ぜひお伺いしたいのですが、お聞きしてもよろしいでしょうか?」

「あら? わたくしの活躍なんて、トール殿のそれと比較しても大したものではありませんが……ご所望とあらば」

 

 言うまでもないが、トルーニア城で泣きべそ掻いていたことは秘密にした。

 その後も情報交換は続き、それから捕虜の取り扱いなどについても話し合った。

 幸いにも、トール君の方から今回の参戦に関する報酬の話はなかった。

 

 まあ、私たちの立場としては「ラークノール公爵家が勝手に戦争に首を突っ込んできた」だけなので、報酬を払えと言われても困るが……。

 

「トール殿」

「はい」

「この後……少しだけ、お時間をいただいても?」

 

 二人だけで話がしたい。

 私がそう切り出すと、トール君は少し驚いた様子で頷いた。

 

 

 

 夕食会の後。

 私はトール君を密会用の部屋へと案内した。

 

 ソファーと小さな机だけがある部屋だ。

 入室したのは私とトール君、そして少数の従者だけだ。

 

「トール殿。……この度はご助力くださり、ありがとうございます。ブドゥーダルの地に住まう一人の人間として、お礼申し上げます」

 

 私はスカートの裾をつまみ、頭を深く下げた。

 貴族が貴族に対してできる、最大限の礼の仕草だ。

 

「重ねて、太守としてお礼を差し上げられない非礼をお許しくださいませ」

 

 私の突然のお礼と謝罪に、トール君とその従者たちは驚きで目を見開いた。

 そして多分、私の後ろにいる騎士サンブラッグやデラーウィアも驚愕している。

 事前に相談してないからね。

 

「……は! ど、どうか頭を上げてください。ロゼリア姫。……此度の戦いは私が勝手に横槍を入れたものです。そのような礼と謝罪は不要です」

 

 トール君は慌てながら私に顔を上げるように言ってきた。

 予想通りである。

 バルトナ王子やバールド皇子、カーヴェニル王子であれば、ここぞとばかりにあれこれ要求してきただろうに……。

 

 自分から「お礼はいらない」とか言っちゃう辺り、トール君は貴族としては未熟だ。

 もっとも、人間としては好感が持てるが。

 おかげで言質が取れた。

 

 これで彼から領土や金の要求をされることはないだろう。

 もしラークノール公爵から何か言われても、「あなたの息子はいらないっていいましたよ」と突っぱねることもできる。

 

「わかりました」

 

 ……もちろん、お礼はするけどね?

 お礼には見えない形で。

 

 さて、ここからは政治の話は抜きだ。

 いや、政治の話でもあるけれど……。

 

「しかし何のお礼も差し上げないのは、わたくしの……私の気が済みません。何か、私個人――ロゼリア・エル・ブドゥーダルにでできることであれば、何でもお申し付けてください」

「な、何でも……?」

「はい」

 

 私は満面の笑みを浮かべていった。

 トール君の後ろに控えていた騎士の顔色が、驚愕から警戒に変わる。 

 

 何を企んでいるんだ、この女狐は。

 と、顔に書いてある。

 

 彼の名前は確か……コートレイルだったか。

 海賊上がりの騎士だと聞いている。

 

 騎士サンブラッグやデラーウィアはきっと、慌てふためいていることだろう。

 後でお説教だが、ふふ……。

 

 こういう綱渡りも結構、楽しいな。

 

「……本当にどのようなことでも?」

「私が個人的に差し上げられるものであれば」

 

 ほら、あるでしょう?

 あなたが欲しいものが。

 

 今、目の前に。

 

「そ、それでは……とても不躾なお願いになってしまいますが」

「はい」

「どうか、ロゼリア姫。……私に恋をお与えください」

 

 恋。

 要するに、プラトニックな恋人になって欲しいという意味だ。

 予想通りの要求だ。

 

「恋、ですか……」

 

 返答は決まっている。

 しかし私はわざとらしく、迷う仕草を見せた。

 

 あぁ、ドキドキするな……ふふ。

 

「それでは……私が結婚するまでの間であれば、差し上げましょう」

 

 私はそう言うと、そっと手を差し出した。

 トール君の頬が一気に紅潮する。

 

「……ありがたく」

 

 トール君は片膝をつき、私の手の甲にキスをした。

 ゾクっとする。

 

「それでは私は今日から、あなたの姫です」

「はい、麗しき姫君。私は今日から、あなたの騎士です」

 

 トール君は嬉しそうにそう言った。

 うん……。

 

 やっぱり伝わってないな、これ。

 はぁ……。

 

 予想通りだけど。

 バルトナ王子だったら、一発で分かっただろうに。

 

「ふふっ……」

 

 仕返しついでにからかってやろう。

 

「そうだ。……トール殿。実はオーセン伯爵領は温泉で有名なのですが、ご存知ですか?」

「えぇ……カルテマ帝が湯治に使ったと聞き及んでいますが」

 

 そういう英雄に関する逸話は知っているらしい。

 だったら、もうちょっと宮廷恋愛についても学んでほしいものだ。

 仕方がない。

 

 私が明日、教えてあげよう。

 

「どうですか? 明日の朝、ご一緒に」

「お誘い、ありがとうございます。ぜひ、入ってみたいと思っておりました。……え? 一緒に!?」

「ええ、一緒に」

 

 あ、言っておくけど足湯ね?

 




高評価ありがとうございます(敬称略)
田中さん1154 kikikuku uroko merkava314 アンジィ 銅鑼面亭 okkyuu サフィーユ
さぶ きりんり ネツァーハ mumumu ティムルタシュ


次回で書き溜めが尽きます。
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