TS貴族令嬢の複雑すぎる婚活事情 作:桜木桜
「「姫様!!」」
トール君たちとの話が終わった後のこと。
騎士サンブラッグとデラーウィアが怖い顔をしながら、口を揃えて私に詰め寄ってきた。
「どうしましたか? そんなに血相を変えて」
「どうしましたか? ではありません!! あのような約束、旦那様に無断でするなど、あってはならないことです!!」
騎士サンブラッグは怒り心頭という感じで私を睨む。
もっとも、怒られることは計算の範囲だ。
怖くもなんともない。
「あのような約束、とは?」
「恋のことです! そもそも、何でもなどと……」
「プラトニックな範囲なら、問題ないでしょう。私個人の問題です。お父様の管理の範囲外ですよ」
家父長権に服するのは、財産の管理とか、結婚(貞操)に関するものだ。
それ以外……私の個人的な交友関係や、恋愛は家父長権の範囲から外れる。
「ねぇ、そうでしょう? デラーウィア。プラトニックな範囲であれば、良いのでしょう?」
「そ、それは……」
「そう言いましたものね?」
「……はい」
デラーウィアは気まずそうにしながら頷いた。
騎士サンブラッグはぎょっとした顔でデラーウィアを振り返る。
「プラトニックな範囲であれば……旦那様もお許しくださるでしょう」
「……そういうことであれば」
騎士サンブラッグは何か言いたそうな顔をしながらも引っ込んだ。
どうやら彼は私の言葉を、言葉通りに受け取ったらしい。
トール君と同じタイプだな、この人。
「しかし姫様」
「どうされましたか?」
「結婚するまでとは、どういう意味でしょうか?」
デラーウィアは私を睨み上がらそういった。
彼女は勘付いたらしい。
さすがは女性というべきか。男とは着眼点が違う。
「どういう意味とは? そのままの意味ですが」
「誰と誰の結婚ですか?」
「わたくしの婚約者はバルトナ王子ですよ?」
もっとも、バルトナ王子は私を助けに来てくれなかったが。
とはいえ、王家は王家で今は大混乱中だ。
援軍どころの話ではないので、彼が来てくれないことを責めるつもりはない。
むしろ好都合だ。
「わたくしは不貞など、不誠実な真似はしません。そう思われることもしたくありません。ですから、プラトニックとはいえ恋愛は結婚するまで、です。何かおかしいでしょうか?」
「……いえ、そういうお考えであれば、私からは何も。失礼いたしました」
デラーウィアは私の言い分に一応の納得を見せたのか、引き下がった。
いや、納得はしていないな。
後で旦那様に報告しますからね!という顔をしている。
もっとも、お父様が帰って来るのは最低でも一ヶ月先の話。
それまで、この国の主人は私だ。
「ご納得していただけて、何よりです。それではラークノール公爵へのお手紙を……」
「お待ち下さい、姫様」
騎士サンブラッグに止められる。
「失礼ながら……お考えをお聞かせください。どのような意図で、その……トール殿に恋を差し上げることになったか」
「まあ! 騎士サンブラッグ。男女のやり取りに理屈を求めるのですか?」
「いや、その……」
「冗談ですよ」
私は口元に手を当てて笑う。
非常に無粋な質問ではあるが、騎士サンブラッグの立場から考えれば、プラトニックとはいえ火遊びはしないで欲しいと思うのが自然だ。
彼にはちゃんと理屈を説明した方が、納得を得やすいだろう。
「ご存知の通り、今、王家は身動きができる状態にありません。帝家も同様ですが、しかし王家よりも混乱の収束が早いという保障もないでしょう」
なお、バールド皇子は生きているらしい。
国王が捕虜になっている王家よりは、当主も後継者も健在な帝家の方が立ち直りは早いだろう。
「我が国の情勢も依然として不安定です。何より、此度の一件でよくもわるくもラークノール公爵家の影響力は高まりました。彼らの動向は今後の大陸情勢を左右するでしょう」
「……今後の婚姻外交の布石、ということでしょうか?」
「それはお父様の管轄でしょう?」
私がそう答えると、騎士サンブラッグは静かに頷いた。
彼の表情が少しだけ穏やかになる。
私が分をわきまえていることがわかり、安心したようだ。
「ラークノール公爵家が味方になるか、敵になるか、現時点では不透明です。だからこそ、非公式の縁を結びたかったのです」
プラトニックな恋愛の効力など、婚姻同盟と比べるまでもない。
しかし恋人関係にある相手を攻撃するのは、心理的にも躊躇われる。
何より、不誠実で不名誉だ。
政治的な効力が全くないわけではない。
「なるほど……そのような深い意図があったとは」
「まさか、わたくしが色ボケてしまったと思っていたのですか?」
私がそう尋ねると、騎士サンブラッグは露骨に慌てふためき始めた。
図星だったらしい。
「い、いえ……まさか。しかし今後はどうか、ご相談ください。……肝が冷えますので」
「ええ、わかりました。わたくしも配慮が欠けておりました。申し訳ございません」
騎士サンブラッグは上手くごまかせた。
あとはトール君にどうやって意図を伝えるかだが……。
二人きりになれる機会なんて、ないからなぁ。
ふふ……。
「いかがでしょうか? トール殿。お湯加減は」
翌朝。
私はオーセン市近くの山中にある足湯施設を、トール君と共に利用していた。
今はもう十一月、秋だ。
高度が高いこともあり、気温は低い。
だからこそ、足湯は心地よかった。
「不思議な感覚です。シュワシュワと弾けるこの刺激……面白いですね」
トール君はそう言いながら素足で温泉を軽くかき回した。
すると炭酸が泡立ち、シュワシュワと音を立てる。
私も彼を真似して、足を動かしてみる。
「……あら」
ふと、私はトール君の視線が私の素足に注がれていることに気づいた。
一般的に、女性の膝から下が他者……特に男性に見られることは滅多にない。
足にキスする文化がある関係上、露出することがアウトになることはないが……。
しかし普段は隠されている、性的な部分ではある。
「そのように情熱的に見つめられると、少し恥ずかしいですわ」
もちろん、元日本人である私は恥ずかしくない。
と、言いたいところだが、本当はちょっと恥ずかしかった。
最近、この世界の倫理観とか道徳観とか、貞操観念に脳内が侵食されてきているのを感じる。
「こ、これは失礼いたしました!」
トール君は慌てた様子で目を逸らした。
それから誤魔化すように、目前に広がる景色に視線を移した。
「これがかのカルテマ帝が愛した景色と、温泉……感激です」
温泉や景色よりは、カルテマ帝の縁の地であることが嬉しいらしい。
トール君も男の子。
やっぱり英雄譚とかには憧れるのだろう。
「崇敬していらっしゃるのですね」
「はい。私もカルテマ帝のように、偉大な英雄になりたいと……小さい頃に憧れました」
小さい頃に、か。
今も憧れていると口にしたら、子どもっぽいと馬鹿にされると思ったのだろうか?
そんなことしないのに。
「私にとっては、トール殿の方が偉大な英雄ですよ」
私はそう言いながらトール君の手に自分の手を重ねた。
彼はビクっと体を震わせた。
しかし私の方を見ようとはしない。
景色に集中しようという、固い意志を感じる。
「お、煽てないでください」
「トール殿が助けてくださったと聞いた時……胸がときめきました」
もちろん、私は男だ。
男に助けられたからといって、ときめいたりはしない。
嬉しかったのは本当だけど。
「また次も……守ってくださいますか?」
「そ、それは、その……」
トール君は言い淀む。
どうやらここで「わかりました」と答えたら、政治利用されると思ったらしい。
心外である。
「まぁ! まさか……トール殿。男女の間に交わされた純粋な言葉を、悪用するような悪い女だと、私のことを思っていらっしゃいませんよね?」
「い、いや、まさか……」
思っていたらしい。
これが日頃の行いのせいだろうか。あまり信用がない。
……まあ、政治的に使えたらと思って口にしたのは本当だけど。
「私はこんなに純粋にあなたのことを思っているというのに……」
「も、申し訳ございません」
「こういう時は、『俺もあなたのことを思っている』と口にするものですよ」
「そ、そうなのですか」
「トール殿はもう少し、乙女心を学んだほうが良いかもしれませんね」
もっとも、私は男なので乙女心なんぞわからないが。
「そ、その……実はあまり実感がなくて」
「実感?」
「こうして、あなたと心を通わせられていることが……その、あなたのような高貴な方と」
夢のような心地です。
トール君はのぼせた表情でそう言った。
プラトニックな関係でしかないのに、大袈裟な話だ。
「男女の心のやり取りに、家柄など関係ありませんよ」
「そ、そういうものでしょうか」
「そういうものです。……私はあなたの恋人ですよ」
私はそう言いながら少しだけ距離を詰めた。
そしてそっと、自分の足をトール君の足にくっつける。
自分の足の指で、トール君の足の甲をそっと撫でる。
トール君の体が面白いように跳ねる。
「ろ、ロゼリア姫!? こ、これは……」
「しーっ」
私は人差し指を自分の唇に当てる。
これはセーフよりのアウト行為だが、私たちの体の陰になっているので、後ろでこちらを監視している騎士たちからは絶対に見えない。
ふふ……。
やっちゃいけないことをこっそりやるのって、結構、楽しいかも。
「貴族の婦人と、騎士の恋愛譚などよくあるでしょう? 身分など関係ありません」
「た、確かにそうですね」
「もっとも、私たちは対等な貴族ですから。そもそも身分の違いなどありませんが」
私はそう言いながらトール君の顔をじっと見つめる。
するとトール君は顔を赤くしながら、顔を背けてしまった。
やっぱり伝わらないか。
あれだけ私にラブコールしていたくせに……。
「せっかくですから、我が騎士に宮廷風恋愛について教授いたしましょう」
「お願い致します、姫様」
「よろしい」
私は昨晩、徹夜で考えた話をトール君に語る。
「『恋愛裁判』という書物はご存知で?」
「も、申し訳ございません。そのそういう書物は……」
知っているわけないか。
興味なさそうだし。
「恋について、男女のいざこざについて、貴婦人たちが判決を下すという内容です」
「はぁ……」
「その中のエピソードを一つ、お話しましょう」
とある貴婦人と騎士がいた。
騎士は貴婦人に恋をしており、自分に恋を与えて欲しいと願った。
しかし貴婦人には別の想い人がおり、恋を与えることはできないと答えた。
故に騎士は、貴婦人の恋が終わった時、自分の恋を与えて欲しいと願った。
貴婦人はそれを了承した。
それからしばらく、貴婦人はその想い人との逢瀬に成功し、二人は結婚することになった。
すると結婚式に騎士が現れ、貴婦人に約束の履行を要求した。
貴婦人は恋は終わっていないと答え、これを拒絶した。
これに納得することができなかった騎士は、裁判所にて訴え出た。
あなたに問います。
貴婦人は騎士に恋を与えるべきか、否か。
「正解はどちらだと思いますか?」
「……否だ。そもそも貴婦人は未だに想い人に恋をしているのだから、騎士に恋を与える必要はない。……そもそもなぜ、その騎士が貴婦人に恋を要求したのか、理解できません」
あぁ、やっぱりそう考えるか……。
予想通りだ。
なら、私の言葉遊びがわからないのも無理はない。
「答えは是、与えるべきです」
「……理由を聞きましょう」
「逢瀬に成功し、結ばれることができたということは、すなわち、恋が終わったからです」
そもそもとして、この世界の結婚は原則として政略結婚である。
たまたま好きな人と政略結婚することはあるが、それは本質的には政略結婚だ。
故に恋と結婚は対立する概念だ。
「恋とは心だけのつながりです。一方で結婚とは肉体的な結合を意味します」
私はトール君の手を強く握り、指を絡める。
彼の足の甲に自分の足を乗せ、足指を絡める。
「え、えぇ……」
トール君の顔が紅潮する。
「恋とは、そもそもプラトニックな物なのです。だから結婚したら恋はできません。だから貴婦人の恋は、結婚した時点で終わっているのです。だから貴婦人は騎士に恋を与えるべきなのです」
「な、なるほど……?」
とくん、とくん、とくん。
心臓が早鐘のように激しく打つ。
汗がゆっくりと頬を伝う。
「以上をもって、私の答えといたします。……良い返事を期待しております」
緊張に声を震わせながら、私はトール君にそう伝えた。
そして彼の返事を待つが……。
「恋愛とは……奥深いものなのですね」
……はぁ?
話、聞いてたか? こいつ。
私はキレそうになった。
鈍感にも程があるでしょ!!
どうして私だけこんな気持ちにならないと……。
あぁ、もう!!
こうなったら、自棄だ。
「今、ちょうど手元にありますから。後でお貸ししましょう」
「あ、ありがとうございます。し、しかし私はあまり書物は嗜まず……」
「バルトナ王子はお持ちでしたよ」
「ぜひ貸してください」
もっとも、これは最後の手段だ。
できればやりたくないんだけど……。
それから三日が経った。
私はあの手、この手で言葉を尽くしたがトール君には全く伝わらなかった。
鈍感系主人公じゃあるまいし、察してほしい。
いや、遠回しな表現だから仕方がないけど。
とはいえ、直接言葉にすれば騎士サンブラッグに気づかれてしまう。
トール君と騎士サンブラッグ。
どっちが鈍いかのチキンレースなんてやりたくない。
こうして気づけば別れの日となってしまった。
「姫様。その本は……」
「トール殿にお貸ししようと思っています」
使用人たちに本を用意させていたところ、デラーウィアに見つかってしまった。
もっとも、想定の範囲内だ。
「確認させていただいても?」
「どうぞ」
私は『恋愛裁判』をデラーウィアにわたす。
彼女は怪訝そうな表情で本を開く。
「宮廷恋愛に関する本……ですか」
「えぇ、恋人同士にふさわしいでしょう?」
「……そう、ですね」
さすがのデラーウィアも、「兵法書とかにしては?」などとは言えないらしい。
プラトニックな恋愛関係の男女が、恋愛に関する本を貸し借りする。
実に健全だ。
そもそも本の貸し借りなんて、バルトナ王子以外ともしているし。
咎められるような行為ではない。
「疑いは晴れましたか?」
「いえ、まさか……」
デラーウィアは恐縮した様子で引き下がった。
しかし納得はしてなさそうだ。
女の勘だろうか?
ここまで手強いとは思っていなかった。
もっとも……難関はこれで乗り切った。
あとはこっそり、作っておいた栞を挟むだけだ。
それから一時間後。
「それではトール殿、お元気で。……お父君にもよろしく、お伝え下さい」
「はい、ロゼリア姫も。お元気で」
私とトール君は別れの挨拶を交わした。
今は従者以外にも護衛の兵士たちがいるため、男女の話はできない。
しかし今が最後のチャンスだ。
「こちら、お約束していた書物です」
「あ、ありがとうございます。……ぶ、分厚いですね」
本を受け取ったトール君は渋い顔をしていた。
やはり本は好きじゃないらしい。
今度、貸す時はもっと彼の興味を引けるような物にしよう。
それに大事なのは内容じゃないし。
「そうおっしゃると思いました」
「も、申し訳ございません」
「ふふ、大丈夫ですよ。……大事なところに栞を挟んでいますから」
私は笑みを浮かべた。
「そこだけでも、どうか読んでください。一人になった時に、わたくしのことを想って」
私は最後にそう伝えた。
そしてゆっくりと遠ざかっていく馬車を見送る。
さすがに読まずとも、開きはするでしょう。
それすらしなかったら、もう知らない。
トール・エル・ラークノールはロゼリアと別れた後、一人、馬車の中でため息をついた。
「面倒な土産を貰ってしまった……」
分厚い書物を前にため息をつく。
トールは元々、文字の読み書きが得意ではない。
ロゼリアと手紙のやり取りのために書く能力は磨いたが、しかし興味もない恋愛の書物を読む気にはなれなかった。
「女ってのは、どうしてこんなものが好きなのか……」
『恋愛裁判』の内容について、ロゼリアから簡単な授業を受けたトールだが、全くその内容に共感できなかった。
そもそも心と体、恋心と肉欲をわざわざ分けて考えるのが理解不能だ。
恋しているということは、すなわち抱きたいということだ。
少なくともガルザァース人は考える。
トールはロゼリアの心が欲しい。
しかし同時にその肉体も欲しいのだ。
自分の子供を生んでほしい。
たくさん子供を作って、ロゼリアと共に千年の祖になりたい。
千年の礎を作りたい。
「だ、抱きたい……」
ここ数日間、トールはロゼリアを襲いたくて仕方がなかった。
足湯に入っている時など、我慢の限界スレスレだった。
足を足で触られた時など、あと少しで押し倒しているところだった。
もし、従者たちの監視の目がなければ、押し倒していただろう。
「結婚するまで、か。しかもプラトニックな関係……クソ」
ロゼリアを抱くことはできない。
そして結婚したらロゼリアはバルトナ王子の物になる。
考えるだけでトールは腸が煮えくり返る思いだった。
「浮気とか、できないか……? いや、する気がないから結婚するまでって言ったのか」
ロゼリアから生まれた子供は絶対にロゼリアの子供だ。
そしてバルトナ王子はただの種馬であり、ロゼリアはブドゥーダル公国の主人になる。
托卵しようと思えばいくらでもできる立場だ。
それでもそれを選ぼうとしないのは、ロゼリアが高潔で、貞淑な女性だからだ。
トールはそんなロゼリアが好きだ。
好きだからこそ、手が出せない。
口惜しい。
「ま、まあ、婚約が破棄される可能性もあるし。一先ず、ロゼリア姫が結婚するまでプラトニックな関係を続け……うん?」
ふと、トールは違和感に気づいた。
結婚するまでの間、プラトニックな恋を続ける。
なぜ?
プラトニックなら、結婚した後でも続けて良いのではないか。
なぜ、ロゼリアはわざわざ「結婚するまで」などと期限をつけたのか?
彼女が高潔で、貞淑だから?
そうかもしれない。
だが、しかし……。
トールは『恋愛裁判』の書物に視線を移す。
足湯を楽しんでいる時の、ロゼリアの発言を思い返す。
――逢瀬に成功し、結ばれることができたということは、すなわち、恋が終わったからです。
――恋とは心だけのつながりです。一方で結婚とは肉体的な結合を意味します。
――恋とは、そもそもプラトニックな物なのです。だから結婚したら恋はできません。――貴婦人の恋は、結婚した時点で終わっているのです。だから貴婦人は騎士に恋を与えるべきなのです。
ロゼリアの理屈が正しければ、ロゼリアがバルトナ王子と結婚したとしても、トールに恋を与えることは問題ないはずだ。
にも関わらず、ロゼリアは「結婚するまで恋を与える」とトールに言った。
それはつまり……。
――以上をもって、私の答えといたします。……良い返事を期待しております。
とくん、とくん、とくん。
トールの心臓が、今までにないほど、熱く、激しく、鼓動する。
トールは震える手で、書物を開く。
自然と栞が挟まれているページが開かれた。
そのページはロゼリアが足湯で語った話と、同じエピソードが書かれていた。
全く同じ話だ。
「期待しすぎたか?」
トールは落胆した。
そして何気なく、栞を見た。
そこに書かれている字を、メッセージを読んだ。
次の千年を共に。
「うふふ……」
トール君と別れた後、執務室に戻った私は小さく笑った。
さすがにあれだけやれば、私がトール君との結婚を前向きに考えていることが伝わるだろう。
「あなたには申し訳ありませんが、利用させていただきます」
今回の戦争で、私は思い知った。
やはり最後に頼りになるのは、暴力であると。
暴力は全てを解決する……とまでは言わないが、暴力で物事を解決しようとする人に対抗するには、暴力しかない。
「いざという時に、私のことを守ってもらわないと」
諸侯や騎士たちがあまり頼りにならないことはよくわかった。
今回は私が自由に動けたから何とか解決できたが……。
もしも、私が妊娠していたら。
考えただけで、ゾッとする話だ。
敵に包囲されている中で、捕虜として地下牢に閉じ込められている最中に、両手両足を削ぎ落された状態で、出産に挑みたくはない。
私の夫になる人には、妊娠中の私を守れるくらい、強い人でなければ。
「バルトナ王子には申し訳ありませんが、あなたは少し頼りない」
バルトナ王子は信用できる人だが、しかしその能力は必ずしも信用できない。
そもそも、王家が頼りない。
同盟を結ぶなら、より強い相手だ。
「問題はラークノール公爵とお父様……前者はトール君に説得してもらうとして、後者は手ごわそうですね」
お父様は必ず反対する。
おそらく、論点はいくつかあるが……お父様が一番気にするのはトール君の強すぎる能力だ。
もしもトール君が私を殺そうとしてきたら、私は勝てない。
どれだけの兵があったとしても、私はトール君には戦争では勝てないだろう。
だからトール君がブドゥーダル公国を全て自分の物にしようとした時、私はきっと抵抗できない。
けど……。
「トール君がそんなこと、するわけないのに」
だって、トール君は私のことが好きだから。
私のことを守ってくれたから。
彼は強くて、優しくて、素敵な人だから……。
「あなたと一緒なら、私は……」
誰にも負けない。
包囲網を何度敷かれようとも、全て打ち破ってみせる。
邪魔者は全てねじ伏せる。
「……千年の祖、か」
悪くない、な。
Q.つまりどういうこと?
A.夫婦になったらプラトニック(恋)じゃなくなるでしょう?
とりあえず、第一部完です。
二部の構想はありますが、一区切りついたので、ここで一度筆を置きます。
ちなみに二部の内容は
「トール君と結婚したいロゼリア」VS「バルトナ王子にしておけなお父様」の親子喧嘩(政治闘争)です。
殴り合いなんて野蛮な真似はせず、貴族らしく優雅に陰謀を張り巡らせます。
今まで味方だったやつが敵になったり、敵だったやつが味方になったりします。
ただ正直に言うと、やりたいことの八割は書けた(モチベが尽きた)し、他に書きたいものがあるし、リアルが忙しいしで、二部が始まるのは当分先かなという感じですね。
モチベーション次第です。
高評価ありがとうございます(敬称略)
rune すい-bun うーどーん
maruma 至思妄悟 ネツァーハ グルグル30 13cm 皮裂きジャック Salazar バルク