TS貴族令嬢の複雑すぎる婚活事情 作:桜木桜
第1話
年が明け、二月。
トルーニヤ城、そのバルコニーにて。
私――ロゼリア・エル・ブドゥーダルは北の方角を眺めていた。
この城から北方にはラザァーベル伯爵領があり、そしてそのさらに北にはラークノール公爵領が広がっている。
“彼”には何度か手紙を送ったが、まだ返事は来ていない。
どうやら、勝手に軍を動かしたことが理由で、罰として城で謹慎させられているらしい。
もう四か月も経っているし、そろそろ明けても良い頃合いだと思うけれど。
本を開いてくれただろうか。
栞を読んでくれただろうか。
私のメッセージは……気持ちは伝わっているだろうか。
彼は受け入れてくれるだろうか。
トゥク、トゥク、トゥク……。
彼について考えただけで、心臓が激しく鼓動する。
「はぁ……」
思わずため息が漏れる。
どうして私がこんな気持ちにならないといけないのか……。
「姫様」
「……はい」
声を掛けられた。
振り向くと私の専属侍女デラーウィアが立っていた。
何か言いたそうな顔をしている。
「準備はできましたか?」
そんなに彼のことが気になりますか?
などと水を差される前に、私は口を開いた。
「はい。出立できます」
「では、参りましょうか」
父が待つ、ブドゥーベル城へ。
父がブドゥーベル城へと帰って来たのは、一か月前。
一月のことだった。
すぐにでも戻りたいところだったが、私は丁度、トルーニヤ城で戦後処理をしている真っ最中だった。
それに降り積もった雪の影響で、身動きも取り辛い状況だった。
結果として私が父に会いに行けたのは、二月の中旬頃であった。
「おぉ、ロゼリア……」
「お父様!! よくご無事で!!」
私は押し倒すような勢いで父に抱き着いた。
父を強く抱擁する。
「ろ、ロゼリア!?」
「わたくし、心配で……心細くて……」
それから私はパタパタと両手で父の体を弄る。
「そうだ! お怪我はありませんか? どこか違和感などがあるようでしたら……」
「落ち着きなさい! ……体の不調はない。手紙にもそう書いただろう」
父は私を強引に引き剥がした。
困惑した表情を浮かべている。
……少し大袈裟だったか。
「……失礼いたしました。でも、お父様……本当にご無事で何よりです。……もう少し痩せていらっしゃるかなと思っていたのですが」
数か月の間、捕虜生活を送っていたのだ。
痩せてたり、やつれていたりするかなと思っていたが、そんなことはなかった。
それなりに優雅な捕虜生活だったようだ。
……結果的な話だが、身代金の支払いはそんなに急ぐ必要はなかったかな?
もう少し、海外旅行してもらっていても良かったかもしれない。
「心配をかけてすまない。苦労を掛けた。……よくぞ、留守を守ってくれた。活躍は聞いている。言葉では言い表せないほどだ」
父は嬉しそうに微笑むと、私の頭を撫でた。
それから少し驚いた様子で目を見開いた。
「背が伸びたな。それに……」
一瞬、父の視線が私の胸元へと向かった。
おい。
「わたくし、もう十四歳ですのよ」
「おぉ……それも確かにそうだ。おめでとう。……祝いの日にいられなかったことが悔やまれる」
それから父はゆっくりと私から距離を取った。
「お互い、積もる話はあるが……しかしロゼリアも疲れているだろう。話は明日とする。よいな?」
「はい。かしこまりました」
どうやら筆頭騎士頭サンブラッグから報告を聞いてから、私と話すことにしたらしい。
予想通りだ。
……話の構成を考えておかなくては。
ロゼリアが父との再会を果たしてから、一時間後のこと。
「サンブラッグでございます」
「入れ」
ロゼリアの父――ブドゥーダル公爵マカートスの執務室に、筆頭騎士頭サンブラッグが入室した。
マカートスの机の上には、筆頭騎士頭サンブラッグを始めとする騎士たちが上げた報告書が積み上がっている。
「筆頭騎士頭サンブラッグ」
「はい」
「よくぞ、我が娘を支え、この邦を守ってくれた。感謝する」
マカートスの言葉に筆頭騎士頭サンブラッグは恭しく頭を下げた。
「責務を全うしただけでございます。旦那様」
「うむ。今後の働きを期待する。さて……まずは我が娘の活躍から聞こうか」
「はい」
筆頭騎士頭サンブラッグは淡々と内戦時におけるロゼリアの動きについて語った。
そこには過度な誇張や賛辞はなかった。
報告を聞いたマカートスは大きく頷く。
「娘の活躍は嬉しいが……少々危なっかしいな。親としては心配だ」
それから首を傾げる。
「一体、誰に似たのやら。やはり母方の……プルーメラ大公の血か」
ロゼリアの母方の祖父、プルーメラ大公は名将として名高い。
今回のロゼリアの武功は、母方の血が覚醒した物であると捉えた者は少なくなかった。
もっとも……。
「大公もそうですが……竜の姿を思い起こす者も多いようです」
「山越えか。さもありなん」
ロゼリアはかつて、西大陸を統一したカルテマ帝唯一の母系子孫である。
そしてロゼリアの軍事行動は、カルテマ帝の偉業を思い起こさせる物だった。
プルーメラ大公よりはカルテマ帝にロゼリアを重ね合わせる者の方が多かった。
「しかしその後の私生児の倅の動きとロゼリアの対応は……いや、これについては後で話そう」
私生児の倅……ラークノール公爵の息子、トールの話をしようとしたマカートスは、額に指を当て、小さくため息をついた。
トールの動きはマカートスの理解の範疇を超えていた。
「戦後処理についてだが……ロゼリアは随分……張り切っていたようだな」
「……申し訳ございません。姫様をお止めすることができなかったことは、私の不徳の致すところでございます」
内戦後の戦後処理。
つまり粛正と裁判、論功行賞をロゼリアは一人で執り行った。
マカートスの帰りを待たずに、だ。
「迅速な戦後処理は、勝者として正しい行いだ。止めることは難しかろう」
当然のことながら、戦後処理は早ければ早い方が良い。
処罰が遅れれば遅れるほど、罪人の立場は確定せず、政情不安な状態が続く。
また戦争で活躍した貴族や騎士たちも、恩賞がもらえないことに不満を抱くだろう。
戦後処理に時間を掛ければ、鎮火したはずの炎が再び燃え上がりかねない。
秩序の回復のため、ロゼリアには迅速に戦後処理を行う義務がある。
そしてロゼリアはブドゥーダル公国の共同統治者であり、それを行う権利を持つ。
故にロゼリアの行動は決して不正解ではない。
しかし……。
「ロゼリアは私の帰りを待とうという素振りは見せなかったか?」
「はい」
すでに内戦が終わり、戦後処理を行うという段階ではマカートスの身代金交渉は終わり、彼の帰国は決まっていた。
数か月もすれば、マカートスは帰ってくる。
故にロゼリアにはマカートスの帰りを待つという選択肢もあったのだ。
そしてそれも不正解とは言えない。
ロゼリアには二つの選択肢があった。
そして筆頭騎士頭サンブラッグたちは、マカートスの帰国を待つようにロゼリアに進言した。
いつものロゼリアであればそれを受け入れたはずだ。
しかしロゼリアはそれを退けて、自らの強い意思で戦後処理を断行した。
「むしろ、旦那様が帰国するよりも早く、事を済ませようという意思を感じました」
迅速な……迅速すぎる戦後処理からは、ロゼリアのそのような意思が滲み出ていた。
これが意味することは、一つ。
「反抗期……と表現して良いほど、可愛らしい物でもないな」
マカートスの力を借りず、自らの意思と判断で粛正と論功行賞を完遂する。
それにより父親から、自分へと諸侯と騎士の支持を集める。
父に対抗する「ロゼリア派」の形成。
それがロゼリアの目的であることは明白だった。
「規模はどの程度だ?」
「母君の遺臣……オーセン派の諸侯と、ラザァーベル派、そして旧クーランベル派の諸侯たちが、すでに姫様を中心に結集しています」
「……つまりシュミシオン城以北、全域か」
「はい」
マカートスは頭を抱えた。
元々、ブドゥーダル公国は大きく二つに分けることができた。
内地と外地、南部と北部である。
そしてブドゥーダル公爵家は内地である南部を軸足とし、北部を支配していた。
北部は常に南部に反抗的であり、常に反乱と独立の機会を伺っていた。
幸いにも、ブドゥーダル公国の北部は決して一枚岩ではなかった。
ラザァーベル伯爵を中心とする派閥――ラザァーベル派。
クーランベル伯爵を中心とする派閥――クーランベル派。
そしてカルテマ帝の遺臣を中心とする派閥――オーセン派。
三つの勢力が互いに主導権争いを繰り広げていた。
故に「分割統治」が可能だったのだ。
しかし今や、この三つの勢力は共通の主を担ぎ上げることで、一つとなってしまった。
「……確かにロゼリアはカルテマ帝の血を引く。北部の受けは良いだろう」
元々、トルーニヤ公爵領はカルテマ家の領地だった。
カルテマ帝に封じられた騎士たちも少なくない。
今まではロゼリアは「ブドゥーダル公爵家の後継者」として見られていたが、先の内戦で「カルテマ帝の後継者」として見られるようになった。
それが急速な支持の拡大に繋がっているのは確かな事実だ。
「戦後処理も文句のつけようがないほど、適切だ。ロゼリアに支持が集まるのも当然だが……しかしロゼリアに派閥の運営の経験はないはずだ」
いかにロゼリアに優れた才能があろうとも、未経験のことをぶっつけ本番で成功させられるほどではない。
今までいがみ合っていた三つの勢力を糾合するとなれば、尚更だ。
マカートスの疑問に筆頭騎士頭サンブラッグは答える。
「ラザァーベル伯爵です。彼が中心となり、派閥を取りまとめています」
「……なるほど。道理で」
「まるで十四年前から、王笏を支え持っていたかのような振舞です」
「厚顔無恥な男だ」
マカートスは表情を歪めた。
ラザァーベル伯爵は優れた軍事的能力を持ち、また優れた政治家でもある。
彼には貴族を派閥としてまとめ上げるノウハウを持っていた。
ラークノール公爵との紛争で失脚し、派閥を率いる権威を失った彼だが、しかしその能力は健在である。
「しかしそこまでして、ロゼリアは何が不満なのか」
次期当主指名を受けているロゼリアが父に対して反抗するメリットは少ない。
にも関わらずロゼリアが父親に対する派閥を形成する。
ということはつまり、父の政策に不満があることを意味する。
それも極めて強い不満だ。
「婚姻政策と外交方針にご不満を覚えているようです。……以前よりも独立主義的方向に寄っているように見受けられます」
「若い貴族にありがちな傾向ではあるが……無謀であることくらい、分からぬはずあるまい」
独立主義。
貴族は誰にも縛られぬ自由な支配者であるべきという考え方である。
このような思想はこの世界の貴族主義の根底に存在するが……。
実際の主義主張では、国王や皇帝との縦の主従関係や、王国や帝国のような大きな枠組みに属することを嫌い、対等な貴族同士の関係を重視する。
とはいえ、現実的に考えれば王国と帝国に属さないデメリットの方が大きい。
故に年を取れば自然と卒業する思想だ。
「そのような素振りは見えなかったが」
「……此度の内戦が悪い意味での教訓になってしまったようです」
「……なるほど」
筆頭騎士頭サンブラッグの言葉に、マカートスは額を抑え、深いため息をつく。
今回の内戦のそもそも切っ掛けは、王家の戦争に巻き込まれ、敗北したことだ。
つまり王家との同盟関係さえなければ、戦争にも巻き込まれず、当然敗北することなく、そして内戦も起こらなかった。
そして何より、内戦そのものはロゼリアが独力で解決してしまった。
ロゼリアの視点で考えれば、王家との同盟はデメリットしかない。
「悪い成功体験となってしまったか。となれば、ロゼリアの要求は……ラザァーベル伯爵の倅との婚姻か」
他家との婚姻同盟は、余計な火種を作るだけ。
そのように考えた場合、婚姻先は邦内に限られる。
となれば、ラザァーベル伯爵の息子以外に選択肢はない。
何より、ラザァーベル伯爵がロゼリアの右腕として振る舞っている事実がある。
「ロゼリアは父祖の血が己の代で絶えることを気に病んでいたが……そこまで気にしていたとは」
ロゼリアの代で、バークスの血によるブドゥーダルの地の支配は終わる。
が、これを回避する方法が一つある。
それはロゼリアがバークス家の男子と結婚することだ。
ラザァーベル伯爵家はバークス家の分家であり、この条件を満たしている。
「ううむ、確かに国内は安定するやもしれぬが……しかしラザァーベル伯爵との同盟では、王国や帝国と対立した時に心許ないだろうに」
「……恐れながら」
ロゼリアの望みはラザァーベル伯爵との婚姻同盟だろう。
そう結論付けたマカートスに対し、サンブラッグは慎重に伝える。
「おそらく、姫様の本命はラザァーベル伯爵家ではなく……ラークノール公爵家かと」
サンブラッグの言葉にマカートスは眉を顰めた。
そして不愉快そうに鼻を鳴らす。
「ラークノール公爵家? ……まさか。それこそ、王家と帝家を敵に回す」
確かにマカートスは王家や帝家を牽制するため、ラークノール公爵家と婚姻同盟を結ぶかのような素振りを見せていた。
また、次女であるブランシュをラークノール公爵家に嫁がせる計画も立てている。
しかし本当にロゼリアとトールが……両家の当主同士の婚姻が成立するとなれば話は別だ。
「ロゼリアは何を考えている?」
「姫様の深慮は……私にも測りかねます」
サンブラッグは考え込んだ様子を見せてから、慎重に言葉を紡ぐ。
「私の口から、その目測を申し上げることは……旦那様に誤った印象をお伝えすることになりかねません。どうか、お許しを」
「……ふむ。ロゼリアに問いただした方が早いか」
「ははっ」
「では、明日、あらためてロゼリアに話を聞こう。あの子のことだ。何か、考えがあってに違いない。……どうした?」
サンブラッグが何か言いたそうにしていることに気付いたマカートスは、彼に発言を許す。
サンブラッグは躊躇した様子を見せてから、口を開いた。
「恐れながら……姫様のお考えがどのようなものであっても、それを否定することだけは……どうか、避けていただけますようにお願い申し上げます」
――今の姫様が何をお考えになり、何をするのか、見当もつきませぬ故。
サンブラッグの忠告にマカートスは目を見開いた。
「……心に留めて置こう」
大袈裟なやつだ。
マカートスは内心で笑い飛ばしながら言った。
心の奥底に感じた嫌な予感を否定するために。
なんか需要ありそうなので再会します。
再会する場合、婚活が終わるまで切りどころがありませんが……まあ、頑張ります。
第一話はラークノール公爵家視点か王家視点にするか悩みましたが、さすがに長期休業明けにそれはどうなのかと思ったので、無難にブドゥーダル公爵家視点です。
あ、そうだ(唐突)
twitterで宣伝してくださった方、ありがとうございます。
女体化願望持ちのホモのおっさんや、ロリ×ショタ恋愛の皮を被ったBLが好きな腐女子のお姉様が、そこそこいることが良くわかりました。
日本の未来は明るいですね。