TS貴族令嬢の複雑すぎる婚活事情 作:桜木桜
ブドゥーベル城に到着した日の翌日。
私はあらためて父と向かい合っていた。
「さぁ、座りなさい」
「ありがとうございます」
こうして話すのは初めてではない。
にも関わらず、ピンと張りつめたような不思議な緊張感があった。
「まずは……私の話から始めよう」
父は淡々とカルタリア公爵家との戦争について、話を始めた。
その内容に特に目新しい物はない。
事前に受けていた報告の通りだ。
「それでは次はわたくしの番ですね」
私は父が出立してから、内乱の発生、その戦後処理に至るまでの話を順に沿って話し始めた。
事前に報告に上げていた通りの内容だ。
それ以上の話をするつもりはない。
「なるほど。……戦後処理について、ロゼリアの意図を聞かせてくれないか?」
「秩序の回復を最優先致しました」
王国も帝国も混乱状態。
父の生存は確認できたが、しかしまだ身代金交渉の段階であり、帰国も決まっていない。
情勢の悪化を防ぐため、迅速に処理した。
というのが建前である。
「ロゼリア一人で考えたのか?」
「いえ、ラザァーベル伯爵のお知恵をお借り致しました」
特に隠す意味もあるまい。
私は素直にそう答えた。
「ふむ……いやはや、素晴らしい判断だ」
父は笑みを浮かべた。
「実は領内がどれほど荒れ果てているか、気がかりであってな。……しかし大きく揺らいだ様子もなく、胸を撫でおろした。しかしどうしてここまで安定しているのか……疑問であったのだ」
意外なことに父は私の戦後処理に対し、何の指摘もしなかった。
どのような理由があれ、父は当時、政務を執れる状況になかった。
そもそも内乱の遠因も父にある。
父は私に文句をつけることができる立場ではない。
……内心、思うところはあるだろうが。
「念のために聞くが」
ドキ。
心臓が跳ねる。
「……ラークノール公爵家……トール殿とは、何か約したことがあったのか?」
「まさか」
あぁ、そのことか。
私は内心で胸を撫でおろしながら答えた。
「わたくしも何が起きているのか分かりませんでした。今でも分からぬことも多いのです」
「ふむ、そうか。……いや、ロゼリアを疑っていたわけではないのだが。あまりにも突飛でな」
「わたくしもお父様のお立場であれば、確認するでしょう。お気になさらず」
それから父は額に手を当てた。
「しかし周囲はそうは思うまい。何かしらの密約があったと考えるのが自然だ」
「はい。わたくしもそう考えます」
そして私は大きく頷き、笑みを浮かべた。
「ですが、それはわたくしたちにとって、悪いことではないかと。実際には密約など、ないのですから。誤解させておけば良いのです」
「……プラトニックな恋仲になったとも、そのためか?」
「はい」
父は一瞬、渋い表情をした。
私はそれに気付かないふりをする。
「よい牽制となりました。あの後、一度も我が邦を荒らす者は現れませんでした」
内戦の最中、我が邦にちょっかいを出してくる貴族がちらほらいた。
国境付近で反復横跳びしたり、大軍でピンポンダッシュしたり。
攻め込む気はないが、あわよくばこちらから利権を獲得できないかというようなイラつく動きだ。
しかし私がトール君と接触してから、その手の嫌がらせは一切、なくなった。
「なるほど。……確かに有用な手ではある」
父としては不満だろうなと思う。
私が勝手にラークノール公爵家と疑似的な同盟を結んでしまったようなものだ。
しかし父は責められない。
なぜなら、そうせざるを得ない状況を作り出したのは、他ならぬ父の失態だからだ。
「……今後の展望について、どのように考えている?」
故に父が聞いてくるのは、私がどれだけ先を見据えているかだ。
私が単なる緊急避難的な認識であれば、もしくは曖昧な回答をすれば、おそらく父はラークノール公爵家との疑似的な同盟関係を解消しようと動く。
以前と同じ――王家と同盟し、帝家に備え、ラークノール公爵家とは不可侵を結ぶという形に持っていくはずだ。
だから、ここではっきりと伝える必要がある。
「ラークノール公爵家を帝国との戦いに引き込みます。後戻りができないほどに」
「それは……」
父は口を開き、それから頭を大きく横に振った。
しばらくの沈黙の後、再び尋ねた。
「婚姻同盟を視野に入れていると」
「婚姻同盟を結ぶべきであると考えています」
私は父の目をジッと見つめながら言った。
父は僅かに視線を逸らす。
「それはトール殿と……ロゼリアか」
「はい」
私は頷いた。
「以前、ブランシュの話題を手紙に書いたら、怒りを買ってしまいましたので。この任は私にしか務まらないでしょう」
私が望んでいるのは、単なるブドゥーダル公爵家とラークノール公爵家の婚姻同盟ではない。
私とトール君の結婚による、婚姻同盟だ。
「……ブランシュに家督を譲るつもりか?」
「わたくしはそれでも構いませんわ」
驚く父に私は笑みを浮かべて答えた。
「お父様が……皆様が、それを望まれるのであれば。わたくしはブドゥーダル公国のために、この席を妹たちに譲りましょう」
当然、父も、誰もそんなことは望まない。
万が一にもできないように、トルーニア公爵領は固めた。
父は邦を二つに割るような選択はできない。
「ロゼリアの……邦を思う気持ちはよく分かった」
父は慌てて
……ふぅ。
私は汗がにじみ始めた手を、握り直す。
「しかし……王家との関係はどのように考えている」
私がトール君と結婚するには、バルトナ王子との婚約を破棄する必要がある。
悪役令嬢モノみたいに都合よく、バルトナ王子が「ロゼリア姫との婚約を破棄する!」と社交で宣言してくれるわけないので、私の方から切り出さなければなるまい。
……良いなぁ、悪役令嬢。
あっちの方から勝手に婚約破棄してくれるんだもの。
私もワンチャン、狙ってみようかな?
どうすればバルトナ王子は私との婚約を破棄してくれるだろうか?
やっぱり、ここは王道に彼の愛人をイジメるとか?
嫌がらせの不幸の手紙をスパムメールみたいに送り付けまくるとか……。
でも、あの人、愛人四人くらいいるからなぁ。
ちょっと大変そうだ。
と、冗談はともかくとして……。
「王家とは良き隣人として付き合っていければと思っています」
とりあえず、王家と敵対するつもりはない。
あちらが敵対してくるつもりなら別だが。
「カーヴェニル王子は元々、バルトナ王子と私の婚約には消極的でいらっしゃいましたから。交渉の余地はあるでしょう」
問題はバルトナ王子が納得してくれるかどうかだが……。
慰謝料の当てはある。
「……王家との同盟関係はどうするつもりだ」
「わたくしはすでに同盟関係は解消されたと認識しております」
私の言葉に父は唖然とした顔をする。
しかし私からすると、父が未だに王家との同盟に拘る理由が分からない。
「我々は王家のために血を流しました。しかし王家は我々の……婚約者の危機に一滴も血を流しませんでした。先に盟を破ったのは王家であると考えます」
「その認識は誤りだ。王家や王国の貴族はそのように考えない」
父は私の目を見つめ、はっきりと否定した。
「当時の王家はとても援軍を出せる状況ではなかった。王は捕縛され、カーヴェニル王子は撤退の最中だった。確かに援軍を出さなかったことは事実だが……婚約を破棄すれば、非難は免れない」
「わたくしは王家が援軍を出せなかったとは思えません。バルトナ王子が当時、王都にいたのですから」
「あの情勢下で、バルトナ王子が動くわけには行くまい。何より、主要な騎士が出払っている以上、軍の編成にも時間が掛かるだろう」
常識的に考えて、王家が援軍を出せるわけがない。
父は私に言い聞かせるように、説教するように言った。
そんなことは分かっている。
……分かり切っていることをあらためて言われるのは、少しイラっとしてしまう。
「そうですね。お父様のおっしゃる通りだと思います。援軍を出さなかったことで、王家の非を責めることは難しいでしょう
「分かってくれたか。であれば……」
私は父の言葉を遮った。
「ですが、トール殿は
父は口を開けて固まる。
私は父の次の言葉を待たずに捲し立てる。
「少数の……百以下の騎士だけを連れて、わたくしを守るために行動してくださいました。何の約束もなかったにも関わらず。自身のお立場が悪くなることをお覚悟の上で」
バルトナ王子が判断を誤ったとは思わない。
私が彼の立場なら、同じように動いただろう。
「あ、あれは……」
父の視線が泳ぐ。
「何かしらの利益があってのことだろう」
「利を求めるのであれば、帝家に便乗して、我が邦に攻め寄せた方が遥かに容易だったと思いますが」
「そ、それは……」
「トール殿とバルトナ王子を比較した上で、トール殿の方が同盟相手として信が置けるとわたくしは判断いたします」
そもそも、王家なんて王冠を被っているだけの中堅貴族だ。
独力でカルタリア公爵家も抑えられないような貴族との同盟なんて、有っても足を引っ張るだけだろう。
「……しかし婚約破棄は、王家の顔を潰す。王家との友好関係をここで崩すわけにはいかない」
これだけ言ってもまだ、父は王家との同盟に拘っているらしい。
というか、どうしてそこまで王家のことを庇うのか、理解できない。
自分の母親の実家だからだろうか?
確かに王家と縁が切れたら、お婆様は悲しむだろうが……。
「そもそも、此度の内戦の原因は王家の敗戦にあります」
「そ、それについては迷惑をかけたと……」
「お父様を責めているわけではありません」
王国軍の敗因については、詳細を把握済みだ。
父はブドゥーダル公爵家の当主として、やれるだけのことはしたと思う。
私が父と同じ現場にいて、同じだけのことができたとは思わない。
父は悪くない。
悪いのは……。
「王家の戦略、情報収集の不備が敗因です。甘い見通しで戦端を切り、我々はそれに付き合わされました。そのせいでお父様のお命が危険に晒されました」
「ロ、ロゼリア……!?」
「そもそも、外交で解決する術もあったはずです。カルタリア公爵家が王国から離脱したこと、そのものが王家の外交の失敗です。何もかもが王家の怠慢です。不幸中の幸いにもお父様のお命は無事でしたが、しかしお父様の名誉は傷つきました」
「お、落ち着きなさい! ロゼリア!!」
「落ち着いています! どうしてお父様はそこまで王家を庇われるのですか? 一番大変な思いをされたのは、他ならぬ……」
「魔力が漏れている!」
魔力? え、誰の……?
私の?
「あっ……」
気付けば、私の魔力が……怒りの感情が漏れていた。
サーっと血の気が引くのを感じた。
「も、申し訳ございません!」
私は慌てて膝を折る。
他ならぬ父の目の前で感情を撒き散らしてしまうなんて……。
「い、今のは……誓って、お父様に対するモノではなく……。王家に対するモノです。け、決してお父様のことを……」
いや、違う。
こんなのは言い訳にしかならない。
「ど、どうか……不孝な娘を罰してください。せ、折檻を……お願い申し上げます」
頭を下げ、震える声で父に謝罪した。
上位者である父の目の前で、敵意を漏らす。
反逆と受け止められても仕方がない。
果たしてどれだけの罰で釣り合うだろうか……。
震える肩に、軽く手を置かれた。
「ロゼリア。……顔を上げなさい」
恐る恐る、顔を上げる。
そこには穏やかな表情をした父がいた。
父は膝を折り、私の顔を覗き込んでいた。
父に手を握られる。
「ゆっくりと、立ちなさい」
「は、はい」
私は父に支えられながら、ゆっくりと立ち上がった。
まだ体の震えが止まらない。
「お、お父様……」
「ロゼリアが私のために怒ってくれたことは分かった。親孝行な娘を、どうして叱ることがあるだろうか」
「し、しかし示しが……」
「ここには私とロゼリアしかいない」
いや、でも今の、部屋の外にも漏れている気がする。
もしかしたら城中に……。
……いや、父が許してくれると言っているのだ。
それを何度も蒸し返すのはよくない。
「かしこまりました」
今のはなかったことにする。
私は父の言葉を受け入れた。
「ロゼリアくらいの年なら、よくあることだ」
父はあっけらかんとした様子でそう言った。
……本当に?
「十代半ばは感情の制御が難しくなる。そして魔力も伸びやすい。ロゼリアほどの魔力量であれば、尚のことだろう」
そして父は苦笑しながら言った。
「私もロゼリアくらいの年の時は、何度かあった。……騎士サンブラッグに聞くと良い」
そんな話は聞いたことがないけど。
でも、聞かれない限り、話すわけないか。
「とはいえ、褒められることではない。気を付けなさい」
「はい」
私は深く頷いた。
それから父は窓の外に視線を動かした。
太陽の位置を――時間を確認する仕草だ。
「一先ず、ロゼリアの考えは分かった」
話をまとめられてしまった。
まだ伝えたいこと、言いたいことがたくさんあるが……。
とはいえ、これ以上続けても、お互いに折れることはないか。
「現状、王家も帝家も情勢が不安だ。しばらく様子を見ても良かろう」
……私には婚期というか、バルトナ王子と結婚しなければならない日というタイムリミットが存在するけど。
あまり何年も様子を見られても困る。
けど、父からすれば「話を棚上げする」だけでも譲歩か。
ここは受け入れよう。
「かしこまりました。……それでは、また日を改めて」
私は父に頭を下げ、部屋から退出した。
方針をまた練り直さなければ。
ロゼリアが退出した後。
ブドゥーダル公爵マカートスは、侍女長を呼び出した。
「旦那様。白湯でございます」
「あぁ……」
マカートスは震える手でゴブレットをゆっくりと口元に持って行く。
二口、口に含む。
ゆっくりと机上にゴブレットを置く。
「あの時、どこにいた?」
「……厨房に」
「そこまで……届いたか」
マカートスは深くため息をついた。
それから手汗を執務椅子で拭う。
ひじ掛けは色が変わるほど、マカートスの手汗が染み付いていた。
「あの一瞬……私の力を超えた」
「……感情の昂りによるものでしょう」
魔力は感情の昂りによって上下する。
平常時の魔力量であれば、ロゼリアの力はマカートスを下回る。
今は、まだ。
「あと何年……抑えられるか」
マカートスの体は未だ、震えていた。
高評価ありがとうございます(敬称略)
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