TS貴族令嬢の複雑すぎる婚活事情   作:桜木桜

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第3話

 父との会談を終えた翌日。

 私は妹のブランシュと共にお茶会をしていた。

 

「……その、お姉様」

 

 世間話をしている最中、ブランシュが姿勢を正した。

 ようやく本題に入る気になったかと、私も背筋を伸ばす。

 

「お母様をお許しくださり、ありがとうございます」

 

 お母様。

 つまり私の継母、アントシアのことだ。

 

 彼女は先の内乱の際に、このブドゥーベル城でクーデターを起こそうとした。

 そしてブランシュによって拘束されたのだ。

 

 そんな反乱未遂事件を起こした継母に対し、私が下した罰は……。

 

「さて、何のことでしょうか」

 

 私はわざとらしく、首を傾げた。

 私はアントシアに何の罰も下さなかった。

 

 「反乱未遂事件なんて起きていない」というのはブドゥーダル公爵家の公式見解である。

 

 故に罰など与えていない。 

 もっとも、実際には「体調が悪い」という名目で謹慎処分を受けてはいるが。

 基本はお咎めなしだ。

 

「随分と動揺されたと聞いていますが……。ブランシュの咄嗟の対応で大きな怪我をすることもなかったと聞いています」

 

 ちょっと錯乱して暴れちゃったけど、ブランシュのおかげで正気に戻った。

 という設定である。

 全てブドゥーダル公爵家内部で完結したからこそ、できることだ。

 

「よくぞ、ブドゥーベル城を守り抜いてくれました。あらためて、お礼を。あなたはわたくしの誇りです」

 

 私とアントシアの仲が悪いことは周知の事実だ。

 だから私がアントシアを処罰すると、「継子が継母に復讐した」みたいな目で見られる。

 

 私の評判が下がるのだ。

 

 ブランシュのおかげで継母を処罰せずに済んだ。

 ブランシュ様々だ。

 

「いえ、お姉様に比べればわたくしなど……」

 

 それからブランシュは「お姉様、すごい!」と先の内戦での私の活躍を褒めたたえ始める。

 悪い気はしない。 

 悪い気はしないが……えっと、話はそれで終わり?

 

 仕方がない。

 助け舟を出すか……。

 

「クーランベル伯爵にあのような処罰を下さねばならなかったことは、とても残念に思っています」

 

 私がそう言うと、ブランシュはハッとした表情を浮かべた。

 それから気まずそうに目を逸らし……。

 

「お、伯父様の助命……感謝申し上げます。お姉様」

「礼には及びません」

 

 ブランシュの伯父、クーランベル伯爵。

 今回の内乱の首謀者。

 彼に下された罰は、伯爵からの退位と軟禁である。

 

「わたくしにとっても大事な家族ですから。命を奪うことにならず、ホッとしています」

 

 実はクーランベル伯爵を死刑にすることはできた。

 しかし私はやらなかった。

 理由は二つある。

 

 一つは貴族を死刑にすることは非常にハードルが高いからだ。

 

 これは現代日本人には全く理解できない感覚だが、この世界では人の命は平等ではない。

 身分が高い人間が、自分よりも低い人間を殺すことは、大した罪にはならないのだ。

 

 例えば、私が「妾の前を横切ったであます!」と農奴を殺しても非難されることはない。

 

 人を殺すのはあまり良くないですよと苦言を呈されるかもしれないが……その程度だ。

 感覚的には「遊び感覚で虫を殺しちゃダメですよ」くらいだ。

 

 農奴の命の価値はその程度である。

 これが騎士になると、もっとハードルが上がる。

 

 とはいえ、感覚的には犬猫くらいだ。

 大した罪にならない。

 そもそも、内々で処理されてしまえば罪にもならない。

 人間と同じ重さで、犬猫の死亡理由を調査する警察なんてこの世にいない。

 

 相手が同格の貴族になって、初めて殺人くらいの感覚になる。

 

 よって、私がクーランベル伯爵を殺すと殺人になってしまう。

 

 死刑判決は殺人じゃなくない?と思うかもしれないが、それはちゃんとした民主主義国家に住む日本人の感覚である。

 

 この世界の法律と、日本の法律では、正当性が違う。

 

 基本的にこの世界の法律は、お貴族様の俺様ルールか、村社会のおらが村ルールだ。

 例えるなら、小学校の「シャープペンシル禁止」、中学校の「地毛強制黒染め」くらいの正当性しかない。

 

 要するに「あいつが勝手に言ってるだけ」ルールだ。

 

 私の視点でクーランベル伯爵がどれだけ悪人でも、それを理由に死刑にすると、暴政になってしまう。

 

 もう一つの理由。

 それはたくさんの助命嘆願があったからだ。

 

 クーランベル=バークス家はブドゥーダル公国の名門貴族。

 ブランシュを含め、彼の縁者は大勢いる。

 特に先代伯爵は有能で人柄の優れた人物だったため、彼の娘はブドゥーダル公国のあちこちの貴族に嫁いでいる。

 具体的には私の継母とか。ラザァーベル伯爵夫人とか。

 

 そういうクーランベル伯爵の親戚たちから、数多くの助命嘆願が私のところに来た。

 

 こういう言い方をするとまるで。クーランベル伯爵に人徳があるように感じてしまうかもしれないが、別にそんなことは全くない。

 別にクーランベル伯爵に人徳があろうと、なかろうとも、血の繋がりがある貴族の生命の危機には助命嘆願を送るのが貴族だ。

 この世界ではコネ、特に血縁関係は何よりも大事なのだ。

 ここで手紙の一つくらい送らずにクーランベル伯爵を見殺しにすれば、「あいつは家族を見殺しにする冷血漢」だと貴族社会で認識される。

 

 いざという時に庇ってくれない人間と縁戚関係を結ぶ意味があるだろうか? いや、ない(反語)。

 というわけで、みんなクーランベル伯爵が嫌いだったとしても、義理で送る。

 

 義理チョコならぬ、義理助命嘆願である。

 

 え? なぜ、義理ってわかるかって?

 読めばわかるよ。

 だって、みんな手紙の結びに「最後の差配はロゼリア姫にお任せします」って書いてあるんだもん。

 これは訳すなら「ここまでは全部建前で、私は殺していいと思います」という意味だ。

 

 ブランシュなんて、今の今まで助命嘆願の手紙を書いたことを忘れていたし。

 クーランベル伯爵にいかに人徳がないのかがわかる。

 

 ……こういうこと言っている私も、いざという時にどれだけの人が助けてくれるかわからない。

 人のふり見て我が振り直せだ。

 気をつけよう。

 

 ともかく、義理とはいえ助命嘆願は助命嘆願。

 無視するわけにもいかない。

 

 そのような事情から私はクーランベル伯爵を助命した。

 

「家族ですもの。喧嘩することくらいはあるかもしれませんが……しかし最後に仲直りするべきですわ」

 

 ブランシュはニコニコと笑みを浮かべながら両手を合わせた。

 ふむ……。

 

「安心しなさい、ブランシュ。わたくしはお父様と喧嘩など、しておりませんから」

「お、お姉様!?」

 

 ブランシュは目を見開いた。

 

 父との会談の時に私が漏らしたお気持ち表明ツイートは、城中に広まったらしい。

 そのせいでもっぱら、私と父が対立したと噂になっている……と思う。

 私だったらそう考える。

 

 実際、騎士たちからは私の機嫌を伺うような微妙な距離感を感じる。

 ブランシュも私と父の関係を確認してきた辺り、私の予想はある程度、当たっているはずだ。

 

「み、耳がありましてよ……?」

 

 小さな声で警告してくれた。

 耳というのは使用人、そして側仕えの騎士たちのことだろう。

 ブランシュの成長を感じる。

 お姉ちゃん、嬉しい。

 

「重々、承知ですわ」

 

 私はあえて周囲に視線を向けた。

 使用人や騎士たちは動じる姿を見せない……が、おそらく内心では動揺しているだろう。

 それから彼らに聞こえるように、大きな声で言った。

 

「わたくしは大切なお父様を危険な目に遭わせた者たちに憤慨しております」

 

 私は父に怒ったわけではない。

 父を危険な目に合わせた人たちに怒ったのだ。

 という私の言い分を広めておくように。

 

「……お姉様にお考えがあるのであれば」

 

 ブランシュは小さく頷いた。

 

「そうだ! お姉様。此度はどれくらい、滞在されるおつもりですか? 夏まではいらっしゃいますか?」

「そうですね……春の間は滞在するつもりです。ですが、初夏までには北に戻ります」

「え? そ、それはまた……お忙しいですわね」

「やり残したことがあるので」

 

 ラザァーベル伯爵の予想では、クーランベル伯爵領とトルーニア公爵領の統治は私に委ねられるだろうとのことだが……。

 はてさて。

 もし当たったら、本当に彼に笏を預けても良いかもしれない。

 

「それにラークノール公爵家へ、訪問するかもしれませんから」

「ラークノール公爵家に、ですか!?」

「そこまで驚くことですか?」

「い、いえ……その……えっと、何をしに?」

「お礼を伝えに」

 

 これは決定事項だ。

 もうすでにラークノール公爵家には、私が挨拶に向かうことを伝えてしまっている。

 父の承諾も得ている。

 事後承諾なので、父の表情は芳しくなかったが……。

 

 とはいえ、助けてもらった手前、手紙一つで済ますのはあまりにも外聞が悪い。

 そして礼を言うなら父本人か、父の代行ができる私のどちらかしか選択肢はない。

 

 父はまだ邦に残ってやりたいことがあるだろう。

 必然的に私が出向くしかないので、父はそれを認めるしかなかった。

 

「以前は国境の城での交流となりましたが、此度はラークノール公爵家の居城まで赴きます」

 

 早くトール君のお返事を聞きたい。

 色の良い返事を聞かせてくれると良いのだが。

 

「え、えっと……お姉様は、その……トール殿と、恋を結ばれたとお伺いしましたが」

「よくご存じですね」

「噂になっておりましたので」

「まぁ、そうでしたか。恥ずかしいですね」

 

 広めたのは私だけど。

 

「その、理由は……」

「まあ、ブランシュ。男女の恋情に理を求めるのですか?」

「そ、そういう意味では……」

「冗談です。……外交戦略の一環ですよ」

「そ、そうですよね!」

 

 納得したと言わんばかりにブランシュは大きく頷いた。

 

「さすがはお姉様です。しかしだとするなら、彼は憐れですね。少し可哀想にも思えます。もっとも、私生児の倅が畏れ多くもお姉様に恋を求めるなど、身の程知らず……」

「……」

「ご、ごめんなさい」

「どうかしましたか?」

 

 なぜ、ブランシュは急に謝り始めたのだろうか?

 確かにトール君を馬鹿にされて一瞬、イラっとはしたが……。

しかし顔には出さないようにしたはずだ。 

 

 あぁ、そうだ。

 一つ、確認しておかないといけないことがあったんだ。

 

「外交戦略と言えば、此度の戦で婚姻外交の方針が大きく変わるかもしれません」

「はい。承知しております」

 

 ブランシュは頷いた。

 変更内容が、条件が変わるだけか、それとも相手自体が変わるかについては私と父に相違はあるが……。

 しかし方針の修正自体はブドゥーダル公爵家全体で一致している。

 

「ブランシュの婚姻先ですが、有力候補の一つとしてラークノール公爵家が上がるでしょう」

 

 まことに遺憾だが、父は私ではなく、ブランシュとトール君を結婚させたいはずだ。

 そうすれば王家との同盟を維持した上で、ラークノール公爵家との同盟も結べる。

 ブドゥーダル公爵家はかつてないほど、安定するだろう。

 

 もっとも、トール君は私じゃないと納得しないと思うけど……。

 

「ブランシュはどう思いますか?」

 

 私の問いにブランシュは表情を歪めた。

 

「わたくしは私生児の……」

「……」

「あー、えっと……」

 

 ブランシュが答えに窮し始めた。

 どうしてだろうか?

 トール君に嫁ぐのが嫌か、嫌じゃないかを聞いているだけ。

 別に難しい質問ではないはずだ。

 

「わ、わたくしには、勿体ない方だと思います!」

「あら、そうですか? 家柄を考えれば、決してブランシュが見劣りするようなことはないと思いますが」

 

 ブランシュは首を何度も横に振る。

 

「い、いえ! トール殿が欲しておられるのは、お姉様ですから! わたくしではお姉様の代わりになど、なりません!」

「まぁ、そうですか!」

 

 実際、手紙でブランシュの名前を出したら、トール君は不機嫌になったし。

 やっぱり私じゃないとダメだよね?

 

「ありがとうございます。お父様にあなたのお気持ちはお伝えしておきます」

「は、はい」

 

 怯えた様子でブランシュは頷く。

 何がそんなに怖いのだろうか?

 

「婚姻について……あなたにも希望はあるでしょう。今のわたくしであれば、お父様に口添えすることもできます」

 

 私はできるだけ優しい笑みを浮かべてブランシュに言った。

 

「気軽に相談してください」

 

 まずは妹から懐柔しよう。




嫌いだから結婚したくないです→不正解
結婚したいです→不正解
私には勿体ない。結婚なんでできません→☺️


私生児(ラークノール公爵)の倅(息子)です
念のため、補足
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