TS貴族令嬢の複雑すぎる婚活事情 作:桜木桜
「何がどうして、あぁなったのだ……」
ブドゥーダル公爵マカートスは顔を両手で覆いながら、ため息をついた。
「前はあんな子ではなかったはずだ! それがあれほど色呆けて……よりにもよって、“私生児”の子倅なんぞに!」
トールの活躍についてウキウキで話すロゼリアの顔を思い出し、マカートスは頭を掻いた。
自分の活躍よりも熱がこもっていたくらいだ。
それはマカートスが見たことがない、恋する女の顔だった。
認めたくないが、ロゼリアはトールに恋している。
「一体、いつからだ? 予兆はなかったのか?」
マカートスは当たり散らすように、筆頭騎士頭のサンブラッグを問い詰めた。
サンブラッグは複雑そうな表情を浮かべる。
「予兆はございました。今にして思えばというところではございますが……」
「なぜ報告しなかった!」
「……いえ、ご報告は差し上げました。狩猟大会の時より、姫様のお心がトール様に揺れていると」
「そ、それは……確かに聞いたが。夜の雰囲気に流されただけだと……ロゼリアもそう言っていたはずだ!」
ロゼリアがトールに惹かれることは、全くおかしいことではない。
そもそもとして、年頃の貴族の令嬢や令息にとって、同い年かつ身分が同格の異性というのはそれだけで物珍しく、魅力的に映りやすいのだ。
そんな相手に情熱的なアプローチを受ければ、気分が良くなるのは当然だろう。
もっとも、ロゼリアにとってトールが“身分が同格の異性”に当たるかどうかは異論があるが……。
マカートスからすればこの程度の色恋沙汰はよくあることであり、「へぇ、娘も大人になったかぁ」くらいの感覚であった。
むしろあまりに醒めた結婚観を持つ娘に対し、少し心配していたところもあったため、安心したほどである。
「それがどうして急に……」
「それほどまでに、心細く思われていらっしゃったのでしょう。私の落ち度でございます」
「……まぁ、よい」
ロゼリアが心細く思ったのは、マカートスの失態である。
何より、こうなるまで放っておいたのも、深刻に受け止めていなかったのもマカートスだった。
――私は何度も御忠告申し上げましたよ!
苛立った様子の
「はぁ……しかし、困ったことになった。反抗期を迎えた貴族の子は厄介と話には聞いていたが……これほどまでとは」
「心中お察しいたします」
マカートスにとっての幸運はロゼリアが優秀な後継者であり、そして不幸もまたロゼリアが優秀な後継者であることだ。
相手がラザァーベル伯爵やクーランベル伯爵だった時とは、訳が違う。
マカートスはロゼリアを失脚させるわけにはいかないのだ。
「……今更、ブランシュというわけにもいくまい」
ブドゥーダル公国の封臣たちはみな、ロゼリアを次期ブドゥーダル公爵として認めている。
正当な理由なく、ロゼリアを次期公爵の地位から追い落とせば、封臣たちの不信を招く。
封臣たちはロゼリアを錦の旗にし、「暴君に対抗する権利」を掲げて反乱を起こすだろう。
「何より、プルーメラ大公の理解を得られん」
そしてロゼリアをブドゥーダル公爵の座から追い落とせたとしても、彼女にはプルーメラ大公の位が残る。
ブランシュはラークノール公爵家と同盟を結んだプルーメラ大公ロゼリアと、戦わなければならなくなる。
そして今のままでは、ブランシュでは勝負にならない。
「となれば、ロゼリアの意を汲む以外に手段はないが……」
こめかみに指を当てながら、マカートスはサンブラッグに尋ねた。
「ロゼリアの考えはどの程度の妥当性がある? 忌憚なく、意見を述べよ」
「……外交方針については、一定の理はあるかと」
マカートスの問いにサンブラッグはすらりと答えた。
事前に主人からその問いが来ることは考慮していたのだろう。
「ラークノール公爵家の軍事力は強大です。王家を敵に回すだけの価値があります」
「……それほどか」
「はい」
サンブラッグは迷いなく答えた。
王国最強の軍隊を持つのはラークノール公爵家。
味方としてあれほど心強い貴族はなく、そして敵として恐ろしい貴族もない。
それはサンブラッグだけでなく、騎士頭たち全員の総意だ。
「……それに仮に王家との縁談を切ったとしても、すぐさまに王家は我らの敵には回らないでしょう」
「……ほう?」
「西と東の両方に敵を作るような愚を起こすとは思えません」
現在、王家は西のカルタリア公爵家と揉めている。
ブドゥーダル公爵とカルタリア公爵家なら、優先するべきはカルタリア公爵家だ。
故に王家は相応の「慰謝料」さえあれば、ロゼリアとバルトナの婚約破棄を受け入れる可能性が高い。
とサンブラッグは答えた。
「元より、カーヴェニル王子はバルトナ王子がロゼリア姫の夫となることに不満を抱いていらっしゃった様子ですから」
仮に王が認めずとも、次期王が内心で認めていれば、代替わりで有耶無耶になる可能性が高い。
貴族社会でも離婚や婚約破棄は、決して珍しい話ではない。
話し合いで決着をつけることも可能だ。
「ただし、短期的に見れば……と留保を付けさせてください。中長期的に見れば未知数です」
「ふむ、想像はできるが……理由は?」
「まず第一にラークノール公爵の寿命。もうすでに十分、高齢の域に達しています。……ラークノール公国の内情はあまり良くないと聞きます。代替わりで内戦が生じる可能性がございます」
君主が代替わりすれば、邦は荒れ、一時的に政治力は減衰する。
特にラークノール公爵家はラークノール公爵個人の指導力で成り立っている節がある。
トールの軍事的才覚は確かだが、政治力まで受け継いでいるとは限らない。
来たるべき時が来た時、何が起きるか分からない。
未知ほど恐ろしいリスクはない。
「第二に……カーヴェニル王子は西の問題を片付ければ、必ず東に目を向けます。あの野心家の王子が、姫様とトール様の強大化を一時的には認めたとしても……その生涯に於いて非介入を貫くと考えるのは、あまりにも楽天的でしょう」
サンブラッグの意見に賛同するように、マカートスは頷いた。
「やはりそうか……。それに代替わりは我々にとっても懸念事項だ」
ラークノール公爵も高齢だが、プルーメラ大公はさらに高齢である。
もし二人が同時に倒れ、そしてその時に西の問題が解決していれば……。
王家と帝家の介入により、邦を掻き乱されるのは避けられない。
「しかし最大の問題は外交ではありません。内政でしょう」
サンブラッグは力なく首を左右に振った。
「まず第一に諸侯の了解を得られるかどうか……」
ブドゥーダル公国の諸侯たちは皆、「ロゼリアの夫はバルトナ王子になる」と認識しており、それで了解を得ているのだ。
それを急にちゃぶ台返しされれば、不満を持つ者は少なくないだろう。
「第二にトール様個人がどれほど信用できる同盟者であるか……下手をすれば国ごと、乗っ取られかねません」*1
「信用か……信用できぬ理由は山ほどあるが」
トールはあのラークノール公爵の息子である。
そしてそもそもとして、ラークノール公爵家そのものが北大陸から勝手に移住し、領地を乗っ取った侵略者の末裔だ。
信用できる要素が全くない。
「姫様は信用できると仰いますが……」
「約束もしていないのに勝手に助けてくれる隣人など、むしろ信用できない理由であろうに」
マカートスやサンブラッグからすれば、トールは何をしでかすか分からない男だ。
そんな男に娘をやりたくないのが親心であり、そんな男が上司の夫になるのは嫌というのが部下の本音である。
「我々としてもトール様とバルトナ王子では……扱いも変わってきます」
ロゼリアとバルトナ王子の婚姻の場合、バルトナ王子は入り婿となる。
彼はブドゥーダル公爵家からすれば、種馬でしかない。
故に粗末に扱っても問題ない。
どこぞの女伯爵がしたように「目を潰してしまう」ことすら可能だ。
「トール殿と婚姻すれば……彼の力の前ではロゼリアは無力であろうに」
しかしトールの場合、彼はロゼリアの夫である前に、ラークノール公爵として地位を持つ。
無碍に扱うわけにはいかない。
ロゼリアではなく、トールの方に忠誠を誓う諸侯や騎士も現れるだろう。
そうなれば窮地に陥るのはロゼリアだ。
ブドゥーダル公爵家としては、トールをロゼリアの夫とするのは、カーヴェニル王子をロゼリアの夫とするのと同じか、それ以上に受け入れ難い。
「ロゼリアを……我が邦を都合の良い財布と思われては困る」
マカートスとサンブラッグにとって、最大の懸念はロゼリアがトールの、ガルザァース人たちの赤ちゃん量産器兼お財布になってしまうことだ。
ロゼリアがトールを推す“武力”は、むしろマカートスたちからすれば最大の懸念材料でしかない。
「第三に果たして夫婦仲が良好であり続けられるか……」
どちらも広大な領地と、数多の諸侯というファンネルを抱えた身である。
家庭の問題が国の問題に、国の問題が家庭の問題になってしまう。
「寝所の諍いが原因で大陸全土が炎上するようなことになれば、天下の笑い者だ。……はぁ」
「しかし仲が良過ぎても……姫様のトール様への献身が過ぎるようなことがあるのも問題となりましょう」
「うむ……。逆であればむしろ都合が良いが、しかしあの様子では……」
「姫様は手玉に取ってみせると豪語してはいらっしゃいます」
以前の関係であれば、むしろロゼリアがトールを手玉に取って、都合の良いように操作するというのは現実的……かどうかはともかく、想像はしやすかった。
しかし今のロゼリアの様子を見る限り、マカートスやサンブラッグにはそのような未来を思い描くことは難しかった。
「第四に……実務上の問題、でしょうか。果たしてお二人に、この類を見ないほどの広大な領地を治められるのか」
二人が婚姻したからといって、ブドゥーダル公国やラークノール公国、そしてプルーメラ大公国という垣根が消えるわけではない。
君主が同一、夫婦同士というわけで、現実にはそれぞれの国では異なる法律や税制が敷かれることになる。
実際、ブドゥーダル公国の内部でもブドゥーダル公爵領とトルーニア公爵領の法律は異なるのだ。
君主が同一であろうと、その邦の政治はその邦の貴族や騎士たちが担うため、何もかもが一変するようなことはない。
とはいえ、「君臨すれども統治せず」などというわけにはいかない。
邦が広がる分だけ、二人の仕事量は増加し、それに伴って官吏の数も必要になってくる。
「第五に二人の間に生まれた子への相続でしょう。……こちらは外交上の問題でもありますが」
莫大な遺産はむしろ戦争の火種を生む。
それはロゼリアの立場を見ればわかるだろう。
ロゼリアとトールの婚姻は、既に炎上中の火薬庫にガソリンを注入するようなものだ。
「トール様にとっても……さすがにブドゥーダルとプルーメラの二つは嫁入り道具としては大きすぎるでしょう」
「家より大きな箪笥など、聞いたことないわ」
そして当然、ラークノール公爵家も同じことを心配する。
ロゼリアに家を乗っ取られるのではないかと。
むしろ単純な財力や文化水準ではブドゥーダル公国の方がラークノール公国を優っているのだ。
ラークノール公爵家が抱く不安の方が、マカートスやサンブラッグよりも大きいだろう。
「しかしラザァーベル伯爵も含め、諸侯たちもそのくらいは分かっているはずだが……」
「だからこそでしょう。彼らの目的は旦那様と姫様を仲違いさせ、利権を得ることです」
トールとの婚姻を支持することを見返りに、ロゼリアから利権を得る。
もしくは、ブドゥーダル公爵側に寝返ることで、マカートスから利権を得る。
どちらに転んでも諸侯たちには利益しかない。
「となれば、ロゼリアを力で抑えつけるような真似は避けねばなるまいか」
「はい。……我々の最大の懸念は家が二つに割れることです。それだけは、どうか……」
「分かっている。私もロゼリアと……はぁ、想像もしたくない」
愛する娘と殺し合う。
それはマカートスにとっては、絶対に避けたいことだった。
もっとも、今のロゼリアを力だけで抑えつける自信は、マカートスにはなかったが。
「どうすればロゼリアは考えをあらためる? 理を説けば分かってくれるだろうか?」
マカートスの言葉にサンブラッグは苦悶の表情を浮かべた。
そして弱々しく、首を左右に振る。
「旦那様……恐れながら。何もしないことが、上策かと。説得は火に油を注ぐだけです。……恋心というものは、障害が大きければ大きいほど、燃え上がるのです」
「ふむ……それもそうか」
「今の姫様は何を始めるのか、予測ができません」
「……確かに。恋心は恐ろしい。私にも覚えがある」
人間、否定されるほどに意固地になるものである。
“駆け落ち”など選択されれば堪った物ではない。
マカートスもまた、「恋」をしたことがあり、ロゼリアの気持ちが全く分からないわけでもない。
故に今のロゼリアに何を言っても響かないことは理解できた。
「恋など、麻疹のようなもの。自然と冷めるのを待つのが最善か」
「はい。姫様は理性的な方です。自ずとお気づきになられるかと」
ロゼリアとトールは、誰の目から見ても釣り合っていない。
お互いの価値観も全く異なるはず。
破局するのは目に見えている。
それを待つだけでいい。
「それに今の姫様の勢いは、一時的なものです。今の政治に不満を抱えた諸侯や騎士たちが、根拠のない期待感を姫様に寄せているだけに過ぎません。姫様が己の理想を実現しようと動けば動くほど、彼らの期待とは乖離していくでしょう。支持は落ち着くはずです」
今のロゼリアの周囲に集まっているのは、反体制派の諸侯や騎士たちだ。
彼らの共通点は反体制派という点以外にはなく、その政治思想は右から左まで様々である。
実現不能な政策や、そもそも現状認識すら誤っている者たちも少なくない。
そもそも現政権からはじき出されている時点で、あまり優秀ではない者たちが多い。
ロゼリアの力に縋っている者ばかりであり、逆にロゼリアの力になれる者は少ないだろう。
ただのファンクラブに政策実現能力などあるはずがない。
「然り。ロゼリアにはまともな手足はない。となれば、やはり待つが最上か。しかしロゼリアもそれくらいは分かっているはず。放っておくのも危険だが……」
しかし真に恐ろしいのは、ロゼリアファンクラブがロゼリアの意思を勝手に汲んで暴走する危険があることだ。
また、ロゼリア応援団に乗せられたロゼリアが、予想もできない行動を取る可能性もある。
かつての理性的なロゼリアであればマカートスはそんな心配はしないが、恋心に泥酔しているロゼリアは全く信じられない。
「はい。ですから、まずは姫様の火遊びを……玩具を取り上げ、政治遊びをやめさせることが先決であると考えます」
「それができれば苦労はしないが……。何か、良案があるのだな? 申してみよ」
「姫様にクーランベル伯爵領の統治を委任するのです」
ロゼリアに政治遊びをやめさせる。
そのためにクーランベル伯爵領の統治を委任する。
それは全くの無関係……どころか矛盾しているようにも見えた。
「現在、クーランベル伯爵領は先代伯爵の暴政と先の内乱の影響で荒れ果てています。これを復興することは至難の業です」
「なるほど。遊んでいる暇をなくさせるということか」
ロゼリアは極めて真面目である。
任された仕事はきちんと熟す。
仕事を放り出して、恋愛や政治遊びに興じるような人間ではない。
故にロゼリアはクーランベル伯爵領の復興をやり遂げようとする。
「合わせて、姫様の宮廷の人数を増大させます。そして密偵を送り込み、姫様の動きを抑制します」
「ふむ……北風と太陽と言ったところか」
娘の不良行為をあらためさせ、そして教育にもなる。
成功すればロゼリアの実績にもなる。
ロゼリアの行動をいち早く、知ることもできるようになる。
何より、外形的には内乱を鎮圧したロゼリアに対する褒美に見える。
一挙両得の策だ。
「それにあの子は凝り性なところがある。領地経営に夢中になれば、恋心も醒めよう」
犬がボールを咥えて離さないのであれば、肉を与えれば良い。
ロゼリアが肉の方に夢中になれば、全ての問題が解決する。
「であれば……せっかくだ。トルーニア公爵領の統治も任せてしまおう」
マカートスは意地悪い笑みを浮かべた。
「諸侯共をまとめるのが、いかに大変か……。身に染みて分かるだろう」
マカートスの言葉にサンブラッグもまた、意地悪く笑った。
「妙案かと。姫様には良い薬となるはずです。今にして思えば、成功体験ばかり積ませてきてしまいました。ここは一つ、挫折を味わってもらいましょう」
「そうと決まれば話は早い。後で私からロゼリアに話を持って行こう」
その後も二人はロゼリアの行動を阻害する策を出し合う。
そして意地悪く笑う。
「さすが、悪魔公の右腕だっただけはある。十四の子に容赦がないな」
「それを言えば旦那様はその悪魔公のご子息ではありませんか。実の子に容赦がないところはそっくりですな」
お主も悪よのぉ。
いえいえ、旦那様こそ……。
と、二人は愉快そうに笑った。
ロゼリアが悪魔公の孫娘であることを思い知るのは、もうしばらく後のことである。
だって、トール君は私のことが好きだから。
私のことを守ってくれたから。
彼は強くて、優しくて、素敵な人だから……。
35話引用
次回、ラークノール公爵家視点になります
高評価ありがとうございます(敬称略)
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