TS貴族令嬢の複雑すぎる婚活事情 作:桜木桜
「若殿」
トールが公妃との茶会を終えるのを待っていたべリドルは、退出したばかりのトールに声を掛けた。
「……兄貴」
トールは何の用だと言わんばかりの表情だ。
べリドルはその顔に少し怯むが……これは僥倖であると自分に言い聞かせる。
トールと彼の母親が仲違いしていることは、べリドルにとってはチャンスだ。
「随分と母君に不味い茶を飲まされたご様子」
「えぇ、まぁ……良薬口に苦しと雖も、限度はあると学ばせていただきました」
「では、旨い酒で口直しは如何か」
べリドルは酒を手にとって言った。
ラークノール公爵領で作られた林檎酒だ。
「……付き合いましょう」
「では、こちらに」
べリドルはトールを“会場”へと案内する。
そこにはテーブルと二つの椅子、酒と肴が用意されていた。
事前にべリドルが準備していたのだ。
「準備のいいことだ」
トールは呆れた様子で呟きながらも、特に遠慮したり、躊躇する様子もなく、酒に手を伸ばした。
よほど鬱憤が溜まっていたのか、みるみるうちに酒がなくなっていく。
「さて、どんな茶を飲まれたのかな? 若殿」
「くだらぬ縁談ですよ」
トールは酒で赤らんだ顔で、母親から受けた縁談について洗いざらいべリドルに話す。
べリドルはトールの話に相槌を打ち、そして笑う。
「ヨローズ殿はロゼリア姫に嫁いでこられるのが、よほど、都合が悪いらしい」
ヨローズとは、ラークノール公妃――つまりトールの母の名前だった。
ヨローズがべリドルを疑っているのと同様に、べリドルもまたヨローズを疑っていた。
「一体、何がそんなに気に入らないのか……。あれほど、素晴らしい女性なのに」
「だからでしょう。ヨローズ殿の地位が奪われかねない」
ラークノール公国には、大きく分けると二つの派閥がある。
海岸党と平野党である。
前者は北方からやってきたガルザァース人を中心とした派閥。
後者は元々、土着の貴族・騎士を中心とする派閥だ。
ラークノール公国の支配層はガルザァース人を中心とする海岸党であるが、彼らは文字の読み書きができない無教養の者が多い。
そのため統治の実務は平野党が担うことが多かった。
海岸党に対して文化や教養で優っていることが、平野党にとってのアイデンティティである。
「ロゼリア姫が嫁いで来たら、平野党の文官たちは軒並み、クビになるでしょうからな」
しかしながらブドゥーダル公国の貴族・騎士からすればどちらも変わりない。
ドングリの背比べだ。
ヨローズたちにとっては、ロゼリアは自分たちの完全な上位互換である。
受け入れるわけにはいかない。
(もっとも、それは我々にとっても同じだが……)
ロゼリアが嫁いでくることについて反対であることは、実はべリドルも同じであった。
悪食ザリガニと悪食ガエルが争う池を想像して欲しい。
そこに美しい鯉を放てば、どうなるか。
残るのは鯉が優雅に泳ぐ、ヘドロの溜まった池である。
「とはいえ、自身と身近な……勝手知ったる女性を紹介したいと思うのが親心でしょう」
べリドルとしても、ロゼリアが嫁いでくることについては大反対なので、こればかりはヨローズを擁護する。
もっとも、できればトールには平野党ではなく、海岸党から妻を選んで欲しいと思っていた。
贅沢を言えば自分の娘と結婚して欲しいと思っていた。
西大陸の貴族間では叔姪婚はさほど珍しくない。
「しかし……兄貴、聞いてくれ!」
「おう」
「あのバ……母上は、字の読み書きもまともにできない女共を、ロゼリア姫よりも賢く、器量の良いと評したんだぞ! いくら何でも、無茶苦茶だ!」
「うむ……」
「母上だって、ロゼリア姫の手紙を読んだことがあるはずなのに……」
「そうだなぁ……」
あれは絶対に代筆だろう。
べリドルは内心で呟いた。
実はロゼリアはラークノール公国では「馬鹿でブスな見栄っ張り女」だと思われている。
ロゼリアが書いた手紙の字があまりに美しく、そして教養に満ちあふれていたからだ。
ラークノール公爵家の書記官よりも、遥かに優れた教養を持つ(当時)十三歳の少女。
そんな女、いるわけない。
つまりこの手紙は代筆である。
代筆であるにも関わらず、代筆と記さない。
よって「ロゼリア姫はまともに字も書けない馬鹿であり、そしてそれを隠そうとする見栄っ張りである」という理論が成立する。
なお、「ブス」評はどこから来たかと言えば「ロゼリア姫は絶世の美少女である」という噂の裏返しである。
ロゼリア姫が頭が良いという噂が嘘だったということは、ロゼリア姫が美少女であるという噂もきっと嘘で、実はブスに違いない。
と、もっぱらラークノール公国の女性貴族たちは噂していた。
少々論理が飛躍しているようにも見えるが、当時はブドゥーダル公国とラークノール公国は戦争中だった。
敵国の姫君のことを褒めるよりは、貶す風説の方が流行るのは自然だ。
また、単純に文化的に洗練されているとされるブドゥーダル公国に対する強い嫉妬、コンプレックスも影響していた。
もちろん、ロゼリアと直接対面し、言葉を交わしたものはその風説が誤りであることを知っているが……。
小さな真実はより大きな嘘にかき消されるのが常々である。
何より、一度根付いたイメージはそう簡単にひっくり返らない。
べリドルもまた、ロゼリアはきっと馬鹿……とまでは言わないものの、人に見せられない程度に字が下手で、加えて見栄っ張りだと思っていた。
「俺はロゼリア姫よりも美しい女性を見たことがない! そんな女、いるわけない!!」
(まあ、見てくれが良いのはさすがに真実か……)
もっとも、さすがのべリドルもトールの審美眼がオワっているとは思っていなかった。
また実際にロゼリアと顔を合わせた貴族や騎士たちも口を揃えて「噂通り」と言うのだから、顔が良いことは疑っていない。
(もっとも、女の顔など、化粧でどうとでもなるが……)
しかし絶世の美少女というのは疑っていた。
化粧や装飾品の水準が高く、上手く盛っているのだろうと思っていた。
家柄も完璧で頭脳明晰の絶世の美少女よりは、家柄は素晴らしいが頭は弱い、ちょっと可愛い程度の女の子の方がリアリティがある。
べリドルは夢よりも現実を見る男だった。
嫡出の兄弟とそれに味方する家族たちを皆殺しにし、公爵位を簒奪するなどという離れ業を――自身の父と同じ「偉業」が達成できるとは、全く思っていなかった。
「ロゼリア姫……会いたい……」
「若殿。少々、飲みすぎだ」
べリドルは本格的に泥酔してしまった弟に肩を貸す。
彼が望んでいるのは自身の平穏な日常とラークノール公爵家の安定であり……。
そして自分の娘をトールに嫁がせることで、自分の孫にして甥が将来のラークノール公爵になることくらいである。
名前:エアプロゼリア
性格:傲慢・嘘つき・好色
一言:おほほ、所詮は田舎貴族。チョロいものですわー。
そんなに間違ってないかもしれない
次回、ロゼリア視点に戻ります。