TS貴族令嬢の複雑すぎる婚活事情 作:桜木桜
ブランシュとのお茶会の後。
父から呼び出され、「クーランベル伯爵領の委任統治、およびトルーニア公爵領に於ける種々の統治権」を与えると告げられた。
「力ある者にはそれに見合う恩賞と責務を与えなければならない」
とのことである。
……ラザァーベル伯爵の予想通りであった。
目的は私の統治能力をパンクさせ、派閥の力を弱めることだろう。
もし統治に手を抜き、失政することがあれば私の求心力低下に繋がる。
一方で統治にばかり気を取られれば、あっという間に集めた支持を父に奪われてしまう。
結構、嫌らしい手だ。
もっとも、もしも統治が上手く行き、同時に派閥の運営にも成功すれば私の権力は一気に増大する。
虎穴に入らざれば虎子を得ずとも言う。
「謹んで拝命いたします」
これを受け入れない理由はなかった。
「合わせて、ロゼリアの“宮廷”の人数の底上げを行うつもりだ」
「まあ! 賑やかになりますね!!」
私は両手を叩き、喜ぶ様子を見せた。
これもまた、ラザァーベル伯爵の予想通りだった。
私の“宮廷”の人数を増やす……ことを名目に密偵を潜り込ませて来るだろうと。
「何人程度とお考えでしょうか」
「トルーニア公爵領の統治も考えれば、百程度は必要だろう」
私の宮廷の規模は平常時、八十人程度である。
そして外遊などの何らかのイベントに応じて、上限百五十人程度まで増員される。
なお、基本的には全員が騎士だ。
「まぁ! 二十人も!!」
一般的に百人を超える宮廷を持つのは、公爵以上の貴族くらいだろう。
名実ともに私の行政能力も、そこらの公爵並になるわけだ。
なお、父の宮廷の人数は三百人。
ブドゥーダル公爵家全体では五百人となる。
「候補はすでにお決まりで?」
「後でリストを渡そう」
父の中では、誰を派遣するか決まっているらしい。
実際、今までは父が選んだ人間をそのまま受け入れていたが……。
「わたくしの方から指名しても?」
さすがに父の密偵らしい人をそのまま受け入れるわけにもいかない。
それに受け入れるからには、最低限、仕事ができる人間でなければ。
「ふむ……。自らの目で人を選ぶこともまた、勉強か」
父は少し悩んだ素振りを見せた。
……多分、演技だな。
落としどころは決まっているはずだ。
「良いだろう。とはいえ……ロゼリアに全て一任するというのも、父としては少し不安だ。推薦は出させてくれ」
「かしこまりました。若くて能力が高く、何よりやる気に満ち溢れた方を希望いたします」
「了解した」
きっと、若くて能力が高く、やる気に満ち溢れ、そして父に忠実な人を推薦するつもりなのだろう。
さすがに何人かは受け入れないと。
父の顔を潰すわけにはいかない。
……さて、ここからが勝負どころだ。
「ところで百というのは、下限でしょうか? 上限でしょうか?」
「……ふむ?」
「もう少し増やしたいと思った時に、増やしても良いのかと思いまして」
「時と場合によって増員することは問題ないが……」
「平時においてです」
私の問いに父は首を左右に振った。
「百程度……五前後、増減することは問題ないが、それ以上は不可だ。トルーニア公爵領やクーランベル伯爵領の統治に、そこまでの人数は不要だ。何より、予算も人材も有り余っているわけではない」
基本的に私の宮廷の人材や運営費は、ブドゥーダル公爵家の財布から捻出されている。
ブドゥーダル公爵家の財布から、私の宮廷、父の宮廷と配分されるイメージだ。
もっとも、ブドゥーダル公爵家の財布は「ブドゥーダル公爵」の物であるため、これは父の財布と同じと捉えて良い。
……法的には私は次期当主だし、共同統治者でもあるから、私の財布でもあるが。
実質的には父の財布だ。
「それはもちろん、当然です。ですから、私の私費で宮廷を増員することは良いのかなと」
「……なるほど。ロゼリアの私費か」
ブドゥーダル公爵家の財布とは別に、私は私で別の財布を持っている。
私は母から領地を受け継いでいるし、また公立商会――ブドゥーベル薔薇会社からの収益もある。
ついでにあちこち、投資をして小遣い稼ぎもしているので、財布は暖かい。
だから父の援助がなくとも、人を増やすことは可能だ。
「ダメとは言えぬが……そうだな。百二十人以内に抑えるなら、許可しよう」
父は熟考の末、首を縦に振った。
父の宮廷の人数が三百人ほどなので、その半分には満たない数だ。
この辺りが落としどころか。
「ところで具体的に誰を招くか、決めているのか?」
「一先ず、お母様の遺臣に報いたいと思っております」
私の宮廷を構成する騎士は、大きく分けて三種類いる。
一、父の宮廷から派遣されて来た騎士。
二、祖父――プルーメラ大公から派遣されて来た騎士。
三、母の祖母から仕えていた騎士。
母の遺臣とは三のことである。
要するにカルテマ帝の遺臣である。
彼らの忠誠に報いてあげたいという気持ちがある。
……私にとって一番忠実だからというのもあるが。
「なるほど。良い心がけだ」
私の返答は父にとっては、予想通りだったようだ。
もっとも、私は二十人の枠を母の遺臣だけで埋めるつもりは毛頭ない。
精々、三人くらいだ。
というか、そもそもそんなにいないしね。
悲しきかな、優秀な人材の殆どはすでに父や祖父に引き抜かれているのだ。
「それとラークノール公爵家との交流についてだが……」
その後も父からは何本も釘を刺された。
やはり父は私とトール君の婚姻には反対らしい。
ふーん。
父との会合を終え、私は執務室へと戻った。
するとすぐにドアをノックする音がした。
「シーク・サーリアス、参上いたしました」
「どうぞ」
シークが私の部屋に入出する。
彼女は恭しく、私に頭を下げた。
「お久しぶりでございます、姫様」
「元気そうで何よりです、シーク」
「本来であれば、姫様の御御足に忠誠を捧げるべきところではございますが……」
「分かっています。その気持ちだけで十分です」
シークは一神教徒である。
だから私の足に忠誠を誓えない……というわけではない。
彼女は全く信心深くないため、私に忠誠を誓うことに心理的な抵抗は全くない。
彼女が私に忠誠を誓えない理由は、身体的な理由だ。
「体の調子はどうですか?」
「つわりも落ち着いて来ました」
妊娠中だからだ。
丁度、五か月くらいだろう。
忠誠のキスをする時は、膝を突き、頭を下げなければならない。
お腹に負担が掛かるので、避けた方が良い。
「それを聞いて安心しました」
彼女が妊娠したのは、時期的には内乱勃発、直前くらいだと考えられる。
そして私は内乱中、まあまあシークを酷使した。
何なら登山させた。
戦争が終わった後くらいに「妊娠したかもしれません」などと言われた時には仰天したものである。
もっと早く言って欲しい。
だったら、あんなに仕事頼まなかったのに……。
と思っていたが、「あの時はまだ分からなかったので……」と言われた。
生理来ないし、体がちょっと怠いけど、これ妊娠かな? でも妊娠じゃないかも……くらいだったらしい。
確かに判断には迷うか。
また、シーク曰く「氏族の危機でしたから。お腹の子を心配している暇はありませんでした」とのことである。
元々、元クーランベル伯爵はアンチ一神教徒的な発言を繰り返していた。
彼が何かの間違いでブドゥーダル公爵にでもなったら、一族郎党皆殺しになるかもしれない。
と考えると、妊娠したかもしれないから戦争に参加しませんというわけにはいかなかったのだろう。
とはいえ、今は平時。
温暖なブドゥーベル市で勤務してもらっている。
なお、ブドゥーダル公爵家……というかこの世界に産休の概念はない。
そのため休めば普通に欠勤になるし、その間の給料は出ない。
しかし子供を産めば、主君や親戚、友人から十分な祝い金が渡されるのが通例だ。
だから生活に困ることはない。
……というかそもそも、女性騎士の殆どは結婚しており、定職を持つ夫がいる。
だから仕事を辞めたとしても問題ない。
もっとも、宮廷に仕えている女性たちの殆どは妊娠・出産を契機に仕事を辞めたりしない。
生活苦からではない。
仕事を続けていた方が、夫や実家の「主君からの覚え」が良くなるからだ。
騎士たちにとって大事なのは、その場限りの金ではなく、主君からどれだけ顔を覚えてもらえるかである。
この世界では金よりコネが物を言う。
だからシークも仕事を辞めるつもりは毛頭ないようだ。
ギリギリまで働き続けるつもりらしい。
……多分、彼女は働くこと、お金を稼ぐことが好きなんだと思う。
「つい今しがた、クーランベル伯爵領とトルーニア公爵領の統治について、正式に父から委任されました」
私はシークに現状を説明する。
彼女は今の私にとって、数少ない信用できる騎士だ。
「おぉ! おめでとうございます、姫様」
「それに合わせて、宮廷の人数も拡充されることになりました。百二十を上限に、ですが」
「なるほど……それはまた、多いですね」
「一部は私の私費で賄われます」
「なるほど」
シークは納得した様子で頷いた。
さて、ここからが本題だ。
「シーク。あなたには私の宮廷から外れてもらおうと思っております」
「それは妊娠中だから……ということでしょうか?」
シークは首を傾げた。
シークは普通に優秀で成果を出している。
彼女自身も私に気に入られると自覚があるのだろう。
急な“クビ宣告”に疑問を抱いている様子だ。
「それもありますが、ブドゥーベル薔薇会社の経営に運営に注力していただきたいなと」
なおも怪訝そうなシークに対し、私は告げた。
「ブドゥーベル薔薇会社は宮廷に含まれませんから」
ブドゥーベル薔薇会社は会社であり商会なので、宮廷に含まれない。
が、しかし実質的なトップは私なので、社員は私の部下である。
要するに宮廷人数の粉飾決算である。
彼らの殆どは平民であり、商人の子弟たちである。
魔力を持つ騎士階級の者もいるが、殆どは魔力を持たない。
父にとって、ブドゥーベル薔薇会社はただ石鹸や紙を作り、売っているだけの組織。
大勢に影響はないと思ったのかもしれないが……。
事務処理に魔力はいらないからね。
「これから、どんどん事業を拡大してもらいますから。社員の拡充もお願いいたします」
「承知いたしました。粉骨砕身いたします」
私の意図を汲んでくれたらしい。
シークはにんまりと笑みを浮かべた。
「と、あなたが抜けた穴については……もし優秀な人がいれば、推薦を出してください。優先して雇用しましょう」
「そうですね。……であれば、一人、暇そうにしている男に心当たりがあります。諸々、確認してから後ほど」
暇そうにしている男……。旦那かな?
当たりをつけながらも、私は頷いた。
一先ず、話はこれでおしまいだ。
「それでは、いつもの報告をお願いいたします」
「はい。まずは石鹸の売上から……」
ブドゥーベル市で製造されている石鹸だが、その売上は好調らしい。
特に薔薇の香りがする石鹸が、騎士層に売れているそうだ。
もっぱら、私の支持層と被っている。
「しかし紙の方はイマイチ、ですか」
「はい。ブドゥーベルの商人は保守的な者が多いようです」
実利に目ざとい商人なら、紙の有用性が分かるのではないか……と思ったが、そんなすぐに考えが切り替わったりはしないようだった。
考えてみれば、ブドゥーベル市の商人たちの殆どは、大昔から東大陸や南大陸との交易に従事して来た人々だ。
先祖代々、同じ仕事をやって来たわけで、チャレンジ精神に乏しいのは当然かもしれない。
「新しく工場を建てる計画は凍結した方が良いかもしれません」
「ふむ……そうですね。ブドゥーベル市では良くないかもしれませんね」
「……では?」
「クーランベル伯爵領に建てましょう」
「なるほど! それは良いお考えです」
特に説明せずとも、私の意図はしっかりとシークに伝わったようだ。
相変わらず、優秀だ。
それからその他諸々の報告を聞くが……。
しかし中々、“本題”に入ってくれない。
「……報告は以上でしょうか?」
「そう焦らないでください」
私が早く本題に入るように促すとシークは苦笑いを浮かべた。
そして部下から小箱を受け取り、箱を開き、私に中身を見せてくれた。
そこにあるのは、一粒の美しい真珠。
「どうぞ、お確かめください」
私は箱を受け取り、真珠を眺める。
天然物と遜色ない輝きを放っている。
「素晴らしい成果です」
……さて。
問題はこのカードをどう使うかだ。
高評価ありがとうございます(敬称略)
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