TS貴族令嬢の複雑すぎる婚活事情 作:桜木桜
ブドゥーベル市は西大陸最大の貿易港である。
バークス家がブドゥーダル平野の覇者となれたのはこの街を支配しているからだ。
国際的な貿易港であるブドゥーベル市には、様々な産物が取引されている。
例えば南大陸産の穀物、乾燥果物、香辛料、象牙、金。
特に南大陸の穀倉地帯で生産される小麦は、最も重要な商品と言っても良い。
冷涼で痩せた土地の多い西大陸では、その人口を養えるだけの十分な小麦を生産できない。
故に南大陸からの小麦は「輸入」は必要不可欠だ。
南大陸の小麦はこのブドゥーベル市に一度集積し、それから西大陸各地の港へと運ばれる。
また穀物と比較すれば戦略的重要性は低下するが、香辛料や象牙のような贅沢品は西大陸の貴族たちにとっては必需品であり、重要な威信財である。
金は……説明は不要だろう。
一方で東大陸からは、主にガラスや陶磁器などがもたらされている。
かつては絹がその主要な商品だったが、ブドゥーダル公国で養蚕が始まった結果、陶磁器などの比重が高まっている。
では、西大陸からは何が「輸出」されているのだろうか。
代表的な物は葡萄酒やオリーブだろう。
また北方からもたらされる毛皮や琥珀なども、主要な商品だ。
しかしこうした商品の多くは、ここ百年になってようやく市場に並び出した物だ。
一昔前は、別の商品がブドゥーベル市の特産品だった。
そしてそれは今もなお、重要な商品であり続けている。
その商品は……。
「通常、商品は競りに出されます。しかしここの商品は特別性です。通常、市場には出回りません」
浅黒い肌の男性が私にそう解説してくれる。
頑丈そうな檻の中には、腰巻だけを身に付けた、見た目の美しい少年たちが入っていた。
“躾け”が行き届いているのか、彼らは一斉に私に対して一礼する。
「毎月、月末に役人や商人たちがやって来て、商品を検分し、購入してきます。その時に我々は商品価格の半額を受け取り、指定された港に輸送後、もう半額を受け取ります」
「売れ残ってしまった場合は?」
「その場合は競りに出されます。まあ……需要はありますから。彼らが売れ残ることはないでしょう」
“彼ら”はブドゥーベル市で取引される、もっとも重要な商品の一つ。
奴隷である。
その中でも最高級品、宦官用の少年奴隷だ。
南大陸や東大陸には、後宮の制度がある。
男子禁制である後宮制度では、宦官は必須の存在だ。
とはいえ、進んで男性器を切り落としたい人間はそう多くはない。
故に自分たちの文明圏の外側から仕入れているのだ。
また、西大陸の人種に特有の「白い肌」の奴隷が好まれるという事情もあるらしい。
「かつては競売でも十分に儲けが出ましたが……最近では仕入れ価格が上昇していますから。我々の方で処置を施し、品質を保証することで、商品価値を高めています」
処置、とは去勢のことである。
わざわざ東大陸や南大陸から職人を呼び寄せ、ブドゥーベル市で切除してから、売っているらしい。
ヒュンとしてしまう話だ。
もっとも、私にはもう無いんだけど……。
「女性奴隷は別のフロアになりますが……見学されますか?」
「いえ、今日のところは十分です」
私は浅黒い肌の男性に案内されるまま、商館の奥へと通される。
応接間には、急遽、用意したのだろう。
簡易的な玉座があった。
私は促されるままに、玉座に腰を掛ける。
「案内、ありがとうございます。騎士団長」
「ははっ!」
黒狼騎士団の騎士団長は、恭しく私に頭を下げた。
ブドゥーベル市を拠点として活動している黒狼騎士団(海賊団)は、極めて特殊な封臣である。
彼らは他の騎士たちとは異なり、領地を持たない。
代わりに商業上の特権を与えられている。
そのうちの一つが、奴隷貿易特権である。
彼らは騎士であると同時に、奴隷商人でもあるのだ。
なお、このような特権はまとめて「封」と呼ばれる。
封土もまた、「封」の一つだ。
要するに、貴族が騎士に忠誠の見返りとして与える特権は、土地だけに限らないわけである。
そしてこの封を受け取っているのは騎士だけではない。
騎士以外にも、様々な社会階層……例えば物乞いですらも、ブドゥーダル公爵家から封を受け取っている。
「物乞いをする権利」もまた、封の一つなのだ。
ちなみに私が一番驚いたのは、「便所から尿を集める権利」である。
どうやら、この世界では尿すらも領主様の物で、それを集めて処理するのにも領主様の許可がいるらしい。
ちなみに集められた尿は、羊毛の縮絨に使われる。
尿を桶に集めて、羊毛を入れて、踏むらしい。
何とも嫌な仕事である。
おっさんの尿を足で踏むくらいなら、おっさんに足をキスされる方が百倍マシだ。
話が逸れた。
「して、如何でしたでしょうか?」
「そうですね……」
私は少し考えてから答えた。
「正直に申し上げますと、あまり心地の良いモノではありませんでしたね」
これは私の本心でもあると同時に、貴族的な建前でもある。
南大陸と東大陸には奴隷制度がある。
しかし西大陸には奴隷制度は存在しない。
実は西大陸の貴族たちは、奴隷制度を忌み嫌っている。
不道徳で非倫理的なモノと認識しているのだ。
その理由は説明すると長くなるが……。
「自由」や「人権」とは全く関係ないものであるとだけ、付しておく。
現代日本人からすると、「何言ってるんだ……?」となるような理屈だ。
「とはいえ、わたくしは己の快不快を理由に、忠臣から恩寵を剥奪するような真似はいたしません」
私の先祖が何十と繰り返したであろう、テンプレ回答を私は口にする。
これに対し、騎士団長は露骨に喜んで見せた。
「ははっ……寛大なる御言葉、誠に恐悦至極にございます。今後も誠心誠意、奉公させていただきます」
これもまたテンプレ回答である。
「ところで、先ほど、仕入価格が上昇していると仰いましたね」
「はい。先の戦争で一時値下がりしましたが……依然として高止まりですな」
当たり前の話ではあるが、売られている奴隷は基本的に領外の出身者である。
戦争捕虜がメインだ。
「やはり経営は厳しい状況ですか?」
「厳しいとまでは……。しかし年々、利益が減っていることは事実ですな」
ブドゥーベル市の奴隷取引の最盛期は、カルテマ帝の時代だ。
征服の過程で生じた戦争捕虜を奴隷として売ることで、彼はその軍勢を維持していた。
当時、カルテマ帝の所領だったトルーニア市やオーセン市は西大陸随一の奴隷の集積地であり、そこからブドゥーベル市を介して奴隷が西大陸から輸出された。
バークス家とカルテマ帝との間に生じた戦争も、奴隷取引の利権争いが要因の一つだ。
次の最盛期は父方の祖父の治世だろうか。
悪魔公と呼ばれた先代公爵は、帝国の内乱ではプルーメラ大公を、王国北部の動乱ではラークノール公爵を、それぞれ支援した。
結果として帝国と王国は荒れ果て、多くの人々が戦争捕虜となった。
彼らの多くはブドゥーベル市に流れ着き、そして南大陸や東大陸へと売られていった。
百年前まで西大陸は戦争が絶えなかったので、奴隷の供給には困らなかった。
一方で今の西大陸は比較的、安定している。
戦争の数が減れば戦争捕虜の数も減る。
当然、市場に出回る奴隷の数も減り、価格が上がる。
……もっとも、個人的には西大陸が豊かになったからというのが一番大きな理由ではないかと思っている。
かつては奴隷しか、商品がなかった。
しかし今は奴隷以外にも、他の大陸に売れるものが増えて来た。
物価が上がり、人の価値も上がった。
奴隷貿易は衰退していくのではないかと思っている。
「しかし貝紫と珊瑚の収益で補えております。海路の防衛に支障はございません。ご安心を」
「頼もしい言葉です」
黒狼騎士団には、奴隷貿易特権の他に、貝紫や珊瑚の漁業権が与えられている。
これは排他的なモノで、絶対に利益が出る。
もっとも、それだけの利益がなければ、船を維持することは難しいわけだが。
「やはり邦を守るのに必要なのは、強大な力であると思います」
「……はは」
話の流れが変わったことに気付いたのか、騎士団長は僅かに間を置いてから頷く。
警戒されている。
が、私は気にせず続けた。
「頼りとするならば、より強い方が良い。……同じ海を臨む者同士であれば、尚良いでしょう」
ラークノール公爵家は元々、海賊だったことは有名な話。
彼らも海上交易や漁業を重視していると聞く。
ブドゥーダル公爵家とも親和性が高くない? と私は騎士団長に同意を求めた。
「おっしゃる通りでございます、姫様。しかしながら……力とは、合わせることが重要であると私は考えております」
「……ふむ」
「船は船長だけで動かすのではありません。オールを漕ぐ者、操舵を手繰る者、帆を張り、畳む者……船員たちが一丸となり、動かすのです。何より……」
騎士団長は僅かに躊躇した様子を見せてから、私の目を見つめながら答えた。
「『力なき知は無力であり、知なき力は無能である』とも言います」
要約。
邦の結束を乱すような行為は良くないと思います。
軍事力だけを判断基準にしないでください。
あなたのご先祖様もそうおっしゃってますよ?
と。
予想通りの反応だ。
「素晴らしい諫言です」
「か、諫言など……。出過ぎたことを申し上げました。ご無礼をお許しください」
騎士団長は恭しく頭を下げる。
その表情には安堵の色が見えた。
やはり反対らしい。
ふーん……。
「ところで……あなたは船員が一丸となることが大切とおっしゃいましたね」
「……はい」
「となれば、力を維持するには、やはり船員を養い続けなければならず……奴隷貿易の縮小は問題ですね」
「それは……」
市場に出回る奴隷の数が少なくなっている以上、経営努力で何とかなるものではない。
そして珊瑚や貝紫は資源量に限りがある。
となれば、騎士団の規模を縮小するしかない。
もちろん、それは黒狼騎士団が決めることだが……。
「我が邦の力の源泉は海上貿易にあります。その力が衰えるようなことがあってはなりません」
黒狼騎士団による近海の支配力が緩めば、海賊の数も増えるだろう。
それは由々しき問題だ。
「ははっ……返す言葉もございませぬ」
そんなこと言われても……じゃあ、金でも払ってくれるの?
というのが騎士団長の本音だろう。
私たちもそれくらい、分かっている。
だから普通はこんな説教みたいなことは言わない。
ただ相手を不愉快にさせるだけだからだ。
ここまでは前振りだ。
「デラーウィア」
「はい、姫様」
「例のモノを」
「……」
デラーウィアは私を軽く睨んでから、小箱を私に手渡した。
私は小箱を開け、中身を騎士団長に見せる。
「それは……真珠でしょうか? しかし随分と丸く美しい……いや、まさか!」
「ようやく、成功いたしました」
ブドゥーダル公国の近海では真珠が採れる。
量が少なすぎるため、産業にできるような代物ではなかったが……しかし大事なことは真珠を作る貝が生息しているということだ。
どうにか、養殖真珠が作れないかどうか。
私はいろいろと試行錯誤していたのだ。
真珠ができるメカニズムは知っているし、真珠の養殖方法も……ざっくりとは知っていた。
要するに核になるものを、貝の中に入れれば良いわけだ。
……と言うは易しである。
当たり前だが、貝を開いたら、貝は弱ってしまい、死んでしまう。
真珠を作るどころではない。
日本の技術者はどうやってこれを殺さずに手術しているのだろうか?
無理ゲーじゃない?
くそ、これが人間だったら手足の数本もげてもくっつけられるのに……いや、待てよ?
回復魔法で回復できるのは、人間だけか?
貝だって生き物じゃん。
なら……貝に回復魔法を掛ければ良いのでは!?
閃いた。
そう、貝復魔法(激ウマギャグ)だ!!
もちろん、人に対するそれとは術式が変わるので、貝用にチューニングしなければならない。
そもそも貝に回復魔法を掛けたことがある人は、この世界の歴史上、一人もいない。
故に貝用の回復魔法の開発には苦労したが……。
ともかく、そんな苦労の果てに真珠の養殖に成功したのだった。
きっと、この世界初だと思う。
さて、問題はこれをどう使うかだ。
ただ、これをただ販売するだけでは、この真珠はお金にしかならない。
前世の世界では「金よりも大事なモノはない」と言われるほどに、お金そのものは絶大な権力を持つが、この世界ではそうではない。
お金がどれだけあっても、平民は奢侈品を買えない。
贅沢は貴族の特権だ。
そしてどれだけ大金があっても、武力がなければあっさりと奪われてしまう。
換金は悪手。
大事なのは、この真珠を使って貴族や騎士を味方につけること。
父がやっているように、この手の奢侈品を威信財として使うことはもちろん大事だが……。
「手に取っても……?」
「どうぞ」
私はデラーウィアを介し、騎士団長に真珠を渡す。
彼は角度を変えたり、顔を近づけたりしながら、真珠を観察する。
「美しい……本物と遜色ない。いや、本物よりも形が整っている……まさか、これほどのモノを人の手で……」
騎士団長は感嘆の声を漏らしながら、デラーウィアに真珠を返した。
それから彼は少し弾んだ声で私の顔を見上げる。
「おめでとうございます、姫様。ところで……この真珠の取り扱いについては……」
騎士団長の声は震えていた。
わざわざ、こんな場所に持ち込んで見せたのだ。
もちろん、ただ自慢するためではない。
「量は作れませんから。わたくしの普段お世話になっている方から順に贈ろうかと思っておりますが……」
とりあえず、ラザァーベル伯爵が先かな。
それから派閥の貴族たちに一粒ずつ配ろう。
それ以外は……。
「贈答用を除く流通はあなた方にお任せしようと思っています」
「おぉ……!」
騎士団長は喜びの声を上げた。
元より、彼らは宝石珊瑚を取り扱っていたのだ。
真珠の顧客も似たような層だろうし、その流通については黒狼騎士団に任せた方が良い。
バカスカ売っても値下がりするだけだし、彼らならいい感じの値段と流通量を設定してくれるだろう。
それに彼らと利権を共有すれば、父も手が出せない。
ロゼリア酒なんて、成功し過ぎてお父様に利権を半分取られちゃったし。
まあ、あの時は「いつか私の物になる」と思っていたし、父にも資金を出してもらったし、何よりも父の家臣である宮廷醸造家たちに任せた方が、結果は良くなると思っていたので、不満はないが。
真珠は渡さない。
欲しければ私を通してもらわなければ。
そんな私の意図を知ってかしらずか、騎士団長の顔は喜びで満ち溢れていた。
「ありがたき幸せ……! 必ずや、ご期待以上の成果を上げてみせます」
世界中にブドゥーベル印の真珠を売り込んで見せるぜ!
と意気込む騎士団長に対し、私は笑顔で告げた。
「はい。あなた方のわたくしに対する奉公を期待しております」
「……!」
騎士団長の表情が固まる。
今更、受け取った封は返せない。
口にした言葉は戻せない。
何より、今の彼らは金になる特権を必要としている。
露骨に焦り出す騎士団長に対し、私は目を細めた。
「ご安心を。無理強いは致しません。……わたくしに少しでも、寄り添っていただければと思っております」
別にね? 私から何かしようなんて、思ってないから。
何かあった時に好意的な中立を守ってくれるだけでいい。
できれば政治的な援護射撃をもらえると嬉しいが、そこまでは望まない。
「は、ははっ!」
騎士団長は私に平伏した。
これで少なくとも、彼らは中立だ。
こうして私は父が持つ
真珠の利点は身に着けられるところにあります。
お気に入り、五千に到達しました!
ありがとうございます