TS貴族令嬢の複雑すぎる婚活事情 作:桜木桜
ここから「ロングスカート」を引いて、「うさ耳」を足せばバニースーツです。
つまりこの世界の服飾の正当な系統樹の先端なんですね(適当)。
クーランベル伯爵領での最低限の業務を終えた私は、北上してトルーニア市に入った。
入城して早々に私を待ち受けていたのは、諸侯や騎士たちによる挨拶&足キスラッシュである。
あっという間に私の足はおっさんの唾液塗れになってしまった。
ごめんなさい……トール君。
私、汚されちゃった……。
いや、今更の話だが。
イベントがあったら、身に付けて欲しいなぁと
これで真珠を身に付ける=私を支持しているという構図が出来上がる。
もちろん、内心は自由なので、真珠が欲しいだけの人もいるだろうが、そんなものは外側から分からない。
ブドゥーダル公国で真珠が流行るほどに、父の目には私の派閥が強大化しているように見えるだろう。
父はそんなことで騙されるほど愚かではないが、しかし心理的な圧力は大きいはずだ。
しかし……。
「これほどまでに歓迎されると……さすがに人間不信になりますね」
諸侯や騎士たちが立ち去った後。
私は思わずため息をついた。
元々、私の支持基盤はブドゥーダル公爵領――つまり内地だった。
父の支持基盤=私の支持基盤だったわけだ。
逆説的に言えば、トルーニア公爵領での私の評判はあまり良くなかった。
トルーニア公爵領の諸侯や騎士たちは父の政策に不満を抱いており、そんな父の後継者である私の評価も良くなかった。
どれだけ良くなかったかと言えば、あの先代クーランベル伯爵に支持が集まる程度には、私の評判は良くなかったのだ。
女という理由だけで、あれこれ悪い噂も立てられた。
どぶ板選挙ならぬ、どぶ板巡幸を行わなければならない程度には、私の支持は弱かったのだ。
それが今や、あちらの方から出向いてくれる。
手のひら回転し過ぎではないか。
「曇っていた眼が晴れただけでございます。姫様」
私の呟きに答えたのは、私の近くで偉そうに後方腕組み宰相面をしていた男。
ラザァーベル伯爵である。
「それほどまでに姫様の御威光は鮮烈でありました」
「あなたも、ですか?」
私が問いかけると、ラザァーベル伯爵は大きく首を左右に振った。
「私は姫様より、ご恩寵を頂いたあの時より、心からの忠誠と奉公を誓いました」
数年前の話ではあるが、ブドゥーダル公爵家とラークノール公爵家との戦争が発生した時、ラザァーベル伯爵は元帥として我が邦の軍を率いていた。
そしてトール君に敗北し、その腕を落とされたのだ。
彼の両腕が揃っているのは、私が治癒魔法で戻してあげたからである。
「そのようなことがありましたね。……わたくしには、つい昨日のことのように思い起こせますが」
確かにあの時からラザァーベル伯爵は私に対して、表立って反抗するのはやめたが……。
しかしそれでもラザァーベル派とも呼べる派閥の長ではあったし、強かに権力の拡充に勤しんでいた。
ラザァーベル伯爵が露骨に私の支持を始めたのは、つい最近のことだ。
「それとも、あなたの心は昔から変わらぬということでしょうか?」
それとも、心変わりはポーズだけ。
今でも昔と変わらずに野心を抱いているのか?
私が問いかけると、ラザァーベル伯爵は笑みを浮かべた。
「はい。私は伯爵の地位を受け継いだその時より、ラザァーベルの地の守護者として、そしてブドゥーダル公爵家の臣下として、この身と心を砕いて参りました。それは今も昔も変わりありません」
忠誠心は変わらないという意味で捉えたようだ。
もっとも、「ラザァーベル」という地名を先に口にした時点で、やはり彼自身の利益を追求しているのは間違いない。
もっとも、それは貴族としては当然のこと。
非難するつもりはない。
「実は父より、ラザァーベル伯爵にはあまり心を許すなと、叱られてしまいまして」
「それは……」
「しかし父の余計な心配、お節介だったようですね」
釘を刺しつつ、警告もしておく。
父はあなたのことを危険視していると。
「ご信任、恐悦至極にございます。……どうか、次のご機会にも姫様に酌を捧げさせてください」
建国祭の時。
私が共同統治者として社交を取り仕切った時の話か。
確か、あの時はボイコットした先代クーランベル伯爵の代わりに彼が献酌侍従長として、乾杯の音頭を取ったのだ。
献酌侍従長の地位は代々、クーランベル伯爵家の世襲だが、今のクーランベル伯爵の様子だと、宴会に出席するのは厳しいだろう。
代わりを務められるのはラザァーベル伯爵になるだろうけど。
……そう言えば、ラザァーベル伯爵の妻は先代伯爵クーランベル伯爵の妹だったか。
つまり彼の息子にはクーランベル伯爵領の請求権がある。
「よろしい。巡り合わせ次第ではありますが、覚えておきましょう」
こればかりは今のクーランベル伯爵と、奥さんの頑張り次第だ。
……あの様子だと、望み薄かなぁ。
ラザァーベル伯爵が立ち去った後のこと。
「姫様。あのような約束、軽々しくするものではございません」
案の定、デラーウィアが苦言を口にした。
「あのような約束」というのは、ラザァーベル伯爵の「もし今のクーランベル伯爵に子供ができなかったら、次のクーランベル伯爵位を俺の妻(もしくは息子たち)にくれ」という要求である。
「はて、約束とは? 何も約してなどおりませんが」
覚えておく。
としか私は言ってないけどなぁ。
「姫様がそのように思っていても、相手はそうは思っていないでしょう。危険な遊びです」
「最終的な決定権はお父様にあるのですから。突っぱねれば良いだけではありませんか」
次期当主である私の発言はそれなりに重いが、しかし現在の当主と同じではない。
そもそも今のクーランベル伯爵が頑張れば良いだけの話だ。
「匂いを嗅がせるだけで、彼はブドゥーダル公爵家のために働いてくれるのですから。利の方が多いでしょう」
「それを判断するのは旦那様です。姫様ではございません」
「わたくしはお父様より、共同統治者に任じられております」
私の反論にデラーウィアは言葉を詰まらせる。
しかし彼女は負けじと言い返す。
「黒狼の騎士団長の諫言をお忘れですか?」
船を動かすには力を合わせることが大事という話か。
船頭多くして船山に上る、みたいな話だったと記憶している。
「もちろん。お父様は右、私は左の櫂を漕いでいます」
「……随分とお口が達者になられましたね」
「お姉様にお褒めの言葉を頂けるとは、光栄です」
私の言葉にデラーウィアは大きなため息をついた。
しかし反論は来ない。
負けを認めたらしい。
「それに当主と次期当主は同じ方を向いていない方が良いとも聞きました」
「……それはどういう意味でおっしゃられていますか?」
「当主が前を見ているなら、次期当主は後ろを警戒する。それがあるべき姿であると」
最近、文通をしているカーヴェニル王子からの受け売りである。
貴族の統治は選挙制ではなく世襲制であり、任期もない。
これはつまり、当主が死ぬまで政治体制が変わらないことを意味する。
利益を受け続けるものは永遠に利益を享受し、逆に不利益を被る者は永遠に不利益を被る。
それが世襲制だ。
不満は蓄積し続けていく。
だからこそ、次期当主は現体制に不満を持つ者たちの声を聞き、彼らの不満を晴らしてやらなければならないのだという。
どっかの国の万年与党(たまに野党)が長続きしているのは、内部で疑似的な政権交代のようなものをやっているからだと聞いたことがある。
それに似たようなものだろうか。
「わたくしの考えは間違っていますか?」
「……私にはそれに答える権利はありません」
デラーウィアは無表情でそう答えた。
間違っているわけではないようだ。
「しかし、お友達から影響を受けることは結構ですが、人をお選びください」
「ええ、もちろん。カーヴェニル王子の撤退指揮は見事であったと聞きます。私はブドゥーダル公爵家を守るため、殿を努めたいと――見習うべきところがあると感じただけです。友人として、隣人として」
別に私は王家と敵対したいわけではないのだ。
友達でいたいと思っている。
帝家と同じ程度には。
「姫様のお考えはよくわかりました。旦那様にお伝えしておきましょう。……どうか、お覚悟を」
「どうぞ、ご自由に」
私はそう答えると、デラーウィアは口角を僅かに上げた。
いつも無表情なデラーウィアには珍しい、勝ち誇った笑みだ。
一瞬、寒気がする。
「何か、面白いことでもありましたか?」
「まさか」
デラーウィアは無表情でそう答えた。
そしてその二週間後。
ラークノール公爵領へと向かう準備をしている進めている最中のこと。
「お久しぶりでございます。姫様」
「これは……アールゴキア。お久しぶりです」
現れたのは、デラーウィアに似た無表情の女性。
女侍従長。
父の愛妾であり、デラーウィアの母親であり……。
そして私の乳母兼教育係であった。
「姫様の華々しいご活躍に、教育係として誇りに思っております」
開幕から皮肉を飛ばして来た。
絶対に誇りに思っていない。
ちょっと怒ってるな……。
「姫様に相応しき御言葉遣いをお教えした日々は、私にとっては宝物でございます。……最近は増々、お口が達者になられたとか」
「……あなたの教育の賜物です」
アールゴキアに見つめられた私は思わず視線を逸らした。
い、いや……何を私は怯えているんだ?
確かに相手は母親代わりだが、その前に私は貴族であり、彼女の主人じゃないか。
もっと、堂々としなければ。
「あなたのおかげで貴族として……」
「最近は恋も学ばれたとのことで」
「え? あ、いや……」
私は顔が急に熱くなるのを感じた。
「恋など……別にしておりませんが」
「おや? 北の貴公子に心を奪われたとお伺いしましたが」
「あ、あれは……外交戦略、です。彼に恋を捧げさせることで、優位に立とうという……つまり、その、そういう作戦であってですね。私が恋をしているわけでは……」
「『わたくし』、でしょう」
「……はい」
「受け取ったのは事実なのですから。それを否定するような言動は淑女としてよろしくありません」
「……はい」
「言葉を交わす時は目を見て話すべきだとお教えしたはずですが」
「……はい!」
私は返事をしながら、アールゴキアを睨み返した。
そして後ろでニヤニヤとわざとらしい笑みを浮かべているデラーウィアが視界に映った。
こ、この……!
「顔が引き攣っておられます、姫様。淑女として相応しくありませんね」
「……はい」
「そのような顔をせずとも、私は姫様の恋を応援しております」
「……」
絶対に嘘でしょ。
いや、別に私は恋なんてしてないけど……!
「恋をするということは、大人の女になる第一歩でございますから」
「お、女って……」
わ、私……女じゃないし。
心は男だし……。
「妻として、男と交わり、子を生み、育てる……心の準備の表れであると捉えております」
「わ、私……わたくしと彼の間はもっと、プラトニックなもので……」
「何はともあれ、嫁入りの準備は必要となります」
ここで初めてアールゴキアは笑みを浮かべた。
満面の笑みだ。
「礼儀作法の復習から、夜のお勤めの勉強まで……みっちり、しっかり行いましょう」
アールゴキアは鞭を手に取りながら言った。
お、お父様め……!!
わからせ