TS貴族令嬢の複雑すぎる婚活事情   作:桜木桜

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第15話

 

 ドレスの試着が終わった後。

 

「姫様。ダンシオンでございます」

「どうぞ、入ってください」

 

 私の執務室を訪れたのは、騎士ダンシオン――シークの夫だった。

 彼はクーランベル伯爵領で賭博場の運営に携わっている最中だが……。

 

「あなたにはわたくしと共に、ラークノール公爵家に来て頂きます」

「はは! ご拝命、承りました」

「本来なら、シークの下にいさせてあげるべきなのでしょうが……申し訳ありません」

 

 私が自由に動かせる騎士の数は少ない。

 結果として騎士ダンシオンのような一部の騎士に業務が集中する形になってしまっている。

 

「主に奉仕するのが騎士の本懐。お心遣いだけで胸がいっぱいでございます。……それに妻からは、自分の分まで姫様にお仕えするように命じられておりますので」

 

 冗談めかした調子で騎士ダンシオンはそう言った。

 私に気を遣ってくれている……というよりは、割と本当に気にしていなさそうだ。

 

 この世界、基本的に「妊娠・出産は女の仕事」という価値観がある。

 そして女の仕事に男が立ち入るべきではないとも。

 

 立ち合い出産なんてのは、まずありえない。

 というか、立ち合いたいなどと口にすればドン引きされるだろう。

 

 お前なんていなくても一人で産んで見せるわと答えるのが立派な妻であり、そんな妻を信頼して仕事に励むのが立派な夫……みたいな。

 

 確かに出産時に夫……というか助産師以外の他人が役に立つ要素はないと言えば、その通りではある。

 

「それに……一族の者から、姫様の旅に何とか同行しろとも言われておりまして。渡りに船でございます」

 

 南方の商人、銀行家として、北方の商圏に一枚噛みたいらしい。

 ブドゥーダル公爵家とラークノール公爵家の双方で経済的な結びつきが強くなれば、私とトール君の婚姻を支持する声も強まるだろう。

 渡りに船だ。

 

「その話はまた後でしましょう。……あなたから頂いた“リスト”、つい先ほど目を通し終えました」

 

 私は騎士ダンシオンからもらった書類を、そのまま彼に返した。

 後で燃やして処分しろという意味だ。

 

「彼女……仕立屋が我が家の密偵頭の一人だったとは。言われてみれば、納得ではあります」

 

 密偵頭とは、密偵たちの取りまとめ役である。

 そして密偵というのは……説明しなくても分かるとは思うが、スパイのことだ。

 

 もっとも、スパイ映画みたいにどこかに潜入して極秘任務を熟したりとか、要人を暗殺したりするわけではない。

 どちらかというと、本業の合間に手に入れた情報を公爵家に提供し、その見返りとして本業でいろいろと融通を利かせてもらう……みたいな。

 

 そういうイメージだ。

 要するに密偵は副業である。

 

 私が幼い頃からお世話になっている仕立屋の女主人。

 彼女はブドゥーダル公爵家の密偵頭の一人らしい。

 

「仕立屋であれば、宮廷内部に自然と出入りできますからね」

 

 ブドゥーダル公爵領の特産品と言えば、絹である。

 生糸の生産から織物の生産、染色、そして服に仕立てるまでブドゥーベル市で行われている。

 

 ブドゥーベル市で仕立てられたドレスというのは、西大陸の貴族の女性たちにとっては憧れの品だ。

 何なら、頭に「ブドゥーベル」と付くだけで、高級感を覚えるほどである。

 

 前世における、おフランスとかパリみたいな、そういうジャンルである。

 

 そのような事情もあり、ブドゥーダル公国内の貴族はもちろん、派閥の貴族たちもブドゥーベル市にドレスを発注する。

 遥か遠方で普段は関わり合いのない貴族であっても、結婚式のような重要イベントの時には、ブドゥーベル市の服飾職人に依頼することもあるくらいだ。

 

 そしてこの世界の衣服は基本的にはオーダーメイド。

 まずは採寸から開始する。

 つまり極めて自然に貴族の子女の私室にまで侵入できる。

 

 言われてみれば納得なのだが、恰幅の良い人の良さそうなおばちゃんが実は他国のスパイというのは、少し想像しにくい。

 

「庭師、酒場や宿屋、賭博場、娼館……葬儀屋、糞尿回収者、屑拾い、さらに聾者ギルドや盲者ギルド、物乞いギルドの長まで。驚きです」

 

 この世界にはあらゆる物に権利が設定されている。

 それは物乞いをする権利まで含まれており、これらは物乞いたちに対して、公爵家から封として下賜されたものだ。

 

 しかし封を与えられるからには、それに対する奉公が必要となる。

 果たして、物乞いが何を公爵家に提供できるというのか……。

 

 とずっと疑問に思っていたのだが、答えは情報だったわけだ。

 もしくは、情報を提供するだけではなく、意図的に流布することもあるのかもしれない。

 

「お父様も人が悪いですわ。教えてくだされば、帝家の情報戦に対抗できたのに」

 

 最終的に情報は父に集まるようになっている。

 逆説的に言えば父がいない時はちゃんと機能しないわけだ。

 我が家が戦争で後手に回った原因である。

 

 もしこの情報ネットワークを私が知っていれば、もっとやれることも多かったはずだ。

 

 トール君のカッコいい英雄譚を市井に垂れ流すとか。

 うん、父が私に教えなかったのは正しい。

 

「はい。共同統治者にして後継者であらせられる姫様には、知らされて然るべきであると愚考いたします」

 

 などと言って、密偵情報をリークしたこの騎士ダンシオンも、密偵頭の一人らしい。

 普段の任務は、我が家の筆頭家令――騎士サーリアスの監視である。

 

 騎士サーリアスはシークの父であり、要するに騎士ダンシオンの義父になる。

 

 そんな彼が私のところに来たのは、父から私の監視を命じられたからだそうだ。

 

 いぇーい、お父様、見てる?

 お父様の密偵頭、私がNTRしちゃいましたぁー!

 

「とはいえ、私が知っているだけが全てということはありますまい。ご注意くださいませ」

「ええ、もちろん」

 

 ……裏切ったと見せかけて、実は二重スパイでしたってオチもありそうだ。

 ふと、そんな疑念が脳裏を過る。

 もっとも、そこまで気にし始めたら、何も信じられないので、考えるだけ無駄だろう。

 

「では、本題に入りましょう。ラークノール公爵家との取引、その事前打ち合わせを始めましょうか」

「はい」

 

 その後、夜が更けるまで騎士ダンシオンと会議をしていたら、デラーウィア、アールゴキア、そしてブラースに「早く寝なさい」と怒られた。

 

 しゅん……。

 

 

 

 

 

 仕立屋がロゼリアの体の成長具合を確認した一週間後のこと。

 ブドゥーベル市、ブドゥーベル城にて。

 

「“仕立屋”によると、ロゼリアの恋煩いは重症化しているようだ……」

 

 密偵頭が持ち帰って来た情報を前に、ブドゥーダル公爵マカートスは頭を抱えた。

 そして時間が解決するんじゃなかったのかと、筆頭騎士頭のサンブラッグを睨む。

 

「しばらく、手紙だけのやり取りが続いておりますから。自然かと。会えぬ時間が長引くほど、焦がれるものです」

「それでは一体、いつ、あれは治るのだ」

「治り始めるのは秋口からでしょう」

「ラークノール公爵家の訪問後か……」

「愛しの殿方のご実家をその目で見れば、目も覚めるかと」

 

 ブドゥーダル公爵領とラークノール公爵領では、文化や風俗が異なる。

 都会っ子のロゼリアが、ド田舎の実情を目の当たりにすれば、目も覚めるだろう。

 と、サンブラッグは考えていた。

 

 実際、婚約者や恋人の実家に挨拶した後に幻滅して破局するというのは、ロゼリアの前世の世界でもよくあることである。

 

「ラークノール公爵家でロゼリアが妙なことをやらなければ良いのだが。それだけが心配だ」

「侍女長アールゴキアがついております。万が一はないでしょう」

 

 トルーニア公爵領で好き放題暴れ回っていたロゼリアだが、侍女長のアールゴキアが派遣されてから、大人しくなった。

 躾けのなってない牝馬には鞭だと、二人で笑ったのは数日前のことだった。

 

「しかしアールゴキアは肝心なところで甘いところがあるからな……」

「ご心配であれば、私も同行いたしましょう」

「うむ、それがいいな」

 

 サンブラッグの提案にマカートスは頷いた。

 元より、そのつもりでいたのだ。

 

「しかし大人しくなったのが、むしろ不気味だ。……相変わらず、密書は送っているのだろう。全く、何を企んでいるのやら」

 

 ロゼリアがトールだけではなく、カーヴェニル王子やバルトナ王子、バールド皇子らに密書を送っていることは、当然、マカートスも把握していた。

 

 あくまでプライベートな手紙である以上、どのような取り決めが交わされようとも法的な効力は持ちえないが、しかし同時にマカートスもそれを覗き見ることはできなかった。

 

 いや、家父長権を振りかざせば、検閲することは可能だ。

 しかしそれはロゼリアを全く信用していないことを意味する。

 

 ロゼリアとの関係に亀裂が入ることは明らかだ。

 まだ、そこまでするほどではないとマカートスは考えていた。

 

 皮肉なことに、ブドゥーダル公爵とその後継者という立場が、二人の溝となっていた。

 本音で語り合い、親子喧嘩へとそれが発展すれば、それは家庭の問題ではなく、邦の……否、大陸の問題となってしまう。

 

 その点、アールゴキアは身軽だ。

 彼女の首がロゼリアに飛ばされたところで、大陸情勢には何の影響もないのだから。

 

 恩師の鞭は親より怖し。

 そのことわざには、貴族特有の親子関係と君臣関係が影響している。

 

 親の言葉は響かずとも、恩師の死は響く。

 

「侍女ブラースは吐かないか?」

 

 侍女ブラース。

 プルーメラ大公の非嫡出の娘であり、ロゼリアの母親であるシルヴィアの姉。

 ロゼリアに仕えるために大公から派遣された女性だ。

 

 今、密書の中身を把握しているのは彼女だけである。

 

「圧力をかけていますが、のらりくらりと……。大した忠誠心です」

「……分かってはいたが、複雑だ」

 

 ブラースはロゼリアのためなら死を選ぶだろう。

 だから自分を信頼して手紙を見せてくれたロゼリアを裏切ることだけは絶対にしない。

 

「普段は怠惰で目立たぬが……厄介な女だ」

 

 ――ブラースはいざという時のために、力を蓄えているのですよ。

 

 そういって苦笑する亡き妻シルヴィアの顔を思い出し、マカートスはため息をついた。

 勤務態度はお世辞にも良いとは言えないブラースだが、その能力は極めて高い。

 もしロゼリアが道を踏み外そうとすれば、必ず咎めるだろう。

 そしてロゼリアを説得し、論駁し、止めるだけの能力も気概もある。

 

 問題はブラースが認識している道と、マカートスたちが認識している道の幅が異なることだ。

 

「大公め。老い先短い爺が……人の娘を甘やかしおって」

 

 マカートスはブラースを通し、プルーメラ大公にロゼリアを説得するように伝えていた。

 それに対するプルーメラ大公の回答は「火遊びをしなければ、火の熱さは知れぬだろう」であった。

 

 失敗も含めて人生経験だから。

 というのがプルーメラ大公の考えである。

 

 要するにプルーメラ大公もブラースも、“致命的な失敗”さえしなければ問題ないと考えている。

 一方でマカートスとしては、“正しい道”を敷いてあげたのだから、そこを歩いて欲しいという気持ちがあった。

 

「大体、“伯母”が知っていて、父である私が知らんとはどういうことだ……」

「父親に恋文を見せてくれる娘はこの世におりませんから。そう気を落とさず……」

 

 ロゼリア、どうして……。

 そう嘆く主人を、サンブラッグは必死に慰めるのだった。

 

 




次回はトール君と再会。
そして書き溜めが月曜日の更新でなくなります。
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