TS貴族令嬢の複雑すぎる婚活事情 作:桜木桜
初夏
私は馬車でラークノール公爵領へと向けて出発した。
出立して十日。
「姫様、到着いたしました。……どうぞ」
「ありがとうございます」
私は護衛隊長の騎士スティーン――私の妾腹の兄に手を貸してもらい、ゆっくりと馬車から降りた。
正面、五十メートルほど向こうには金髪碧眼の少年の姿があった。
トゥク、トゥク、トゥク……。
何故か心臓の鼓動が早くなる。
少数の護衛を引き連れ、私はゆっくりと前へと歩き出す。
同時にトール君も歩みを進める。
互いに二十五メートルほど歩く。
「お久しぶりです、ロゼリア姫。ようこそ、ラークノールの地へ」
トール君はゆっくりと私に挨拶をした。
以前よりもその動きは滑らかに見える。
「お久しぶりです、トール殿。お招きくださり、感謝いたします」
私もまた、同様に挨拶する。
挨拶を終えてから、一歩だけ私たちは距離を詰めた。
「えーっと……」
トール君は僅かに視線を動かし、考え込む様子を見せた。
私は静かに彼の言葉を待つ。
「……澄み切った青空のように美しいドレスですね。ロゼリア姫の透き通るような清らかな心が現れているようです」
「まあ! お上手ですわね」
私はスカートの裾をほんの少しだけ、持ち上げた。
仕立屋が気合いを入れて作ってくれたドレスだ。
今回は薄い青色だ。
ちなみに同じようなデザインで、白とか薄いピンク色もある。
色や多少の違いはあるが、派手過ぎず、清楚っぽい感じで……しかしよく見るときめ細かいレースや金糸などで飾られている豪華なドレスで、統一している。
「トール殿も、大変凛々しいお姿です。特に……」
互いの服装を褒め合う。
ここまでは社交辞令だ。
そもそも事前にどんな服装で行くのか、伝えているので考えて来た言葉を口にするだけだ。
……トール君はどうして、考え込んだのだろうか?
緊張で記憶から飛んだとか?
「それでは早速、ご案内いたします。どうぞ、こちらへ」
「はい」
私はトール君の後に続く。
以前、ここに来た時は戦争中だったのでお互いに違う馬車に乗っていたが、今回は同じ馬車で移動する。
……まあ、デラーウィアたちは嫌がっていたけど。
「どうぞ」
トール君は先に馬車に乗り込んだ。
そして私に手を差し出した。
「ありがとうございます」
私はトール君の手に自分の手を乗せる。
手と手が触れ合っただけなのに、不思議と胸が高鳴った。
な、何でだろう。
……久しぶりに会うからかな?
「どうぞ、お座りください」
「それでは、失礼いたします」
お互い馬車に向かい合って座る。
私たちが着席したのを確認し、騎士はゆっくりと扉を閉める。
ガラガラと音を立てながら、馬車が動き出す。
「……」
「……」
動き出してしばらく。
トール君は中々、口を開かなかった。
何を話して良いか分からない……そんな雰囲気を感じる。
ここしばらくは手紙のやり取りだけだったし。
気持ちはわかる。
……よし。
ここは私から。
「ロゼリア姫? え、あ……」
私は立ち上がると、トール君の隣に腰を下ろした。
一人用の席ではあるが、貴族が乗るような馬車ではあるので、二人が座るだけの余裕はある。
もっとも、座れるだけで、狭いことに代わりはない。
「……」
気を遣ってか、トール君は少しだけ隅に体を動かし、スペースを広げてくれた。
そこで私は彼が動いた分だけ、身体を彼の方へと寄せた。
互いの膝が触れ、肩と肩が当たる。
「え、えっと……」
「どうして……避けるのですか?」
私はトール君の手の甲に、自分の手のひらを重ねて言った。
彼の瞳をジッと見上げる。
「わたくしのことが嫌いになってしまわれましたか?」
「い、いえ、そんなことは……! す、少し驚いただけです」
「それは良かった」
私が微笑むと、トール君は照れくさそうに顔を背けた。
真っ赤に染まった耳が私の方を向く。
ふふっ……。
「また、背が伸びたのですね。びっくりしました。……お会いするたびに、逞しさを実感いたします」
「あ、ありがとうございます。ロゼリア姫も……その、大きく……」
トール君の視線は私の胸元へと向けられる。
胸元は薄く透き通った生地で覆われているため、肌は露出していないが、透けて見えている。
「身長が、伸びましたね」
「あら、そうですか? 確かに伸びはしましたが……相対的な差は広がっていますから。むしろ縮んだように見えるのかと思いましたが」
「あー……いえ、そういう一面もありますが……その、全体的に大人っぽくなられたなと。その、雰囲気で、以前よりもご立派に見えます」
また、視線が私の胸に向かう。
まあ……指摘してやるまい。
「あら……ありがとうございます。と、ところで……」
トゥクン。
心臓が跳ねる。
緊張のせいか、少し噛んでしまった。
「以前にわたくしがお貸しした本のご感想を……ひゃん!」
ガタン!
言いかけたその時、突然、馬車が傾いた、
私のお尻が一瞬浮き上がり、椅子に叩きつけられる。
口から変な声が出てしまった。
恥ずかしい……。
「も、申し訳ございません。道路の状態が悪く……」
扉が開き、護衛の騎士が非常に申し訳なさそうな表情で謝ってきた。
全く、いいところだったのに!
「申し訳ございません、ロゼリア姫。……一度、降りましょう」
「……はい」
私はトール君の手を借り、馬車から降りた。
車輪を見ると、泥濘に嵌まってしまっている。
水たまりはあちこちにあるが、想定以上に深かったようだ。
騎士たちは泥だらけになりながら、馬車を立て直し、ぬかるんだ地面にできた轍に車輪を合わせる。
「お待たせいたしました」
「ご苦労様です」
私たちは再び、馬車に乗り込む。
「申し訳ございません。先日、雨が降ったばかりで……いえ、これは言い訳ですね。お恥ずかしい限りです」
「いえ……邦の統治は様々ですから」
基本的にこの世界の道路状態はすこぶる悪い。
ブドゥーダル公国は石畳の道路が整備されているが、邦の外を出ればこんなものだったりする。
道路を整備した方が軍隊の移動は早くなるが、それは味方だけではなく、敵にも利する。
どっちを取るかではあるが、「敵の領土に攻め込む」予定がないのであれば、領境付近は敢えて悪路にしておくという貴族は少なくなかった。
もっとも、財政的問題の方が大きいのかもしれないけど……。
「ブドゥーダルの道路は見事でした」
「ご先祖様の努力の賜物でございます。……とはいえ、地方に行けばそれほど変わりませんよ」
「おや、そうなのですか」
「わたくしも場所によっては、馬で移動することもありますから」
下手に車輪のある乗り物を使うよりも、馬や牛に直接荷物を載せた方がスムーズに移動できるというのは、この世界あるあるだったりする。
「馬と言えば……ラークノールの地は名馬の産地でしたね」
「確かに我が邦の馬たちは、どれも美しく、逞しい馬ばかりです」
「ご存じかもしれませんが、我が邦の馬は評判があまりよろしくなく……どうか、馬産について、ご教授いただけますか?」
結局、その日は政治の話しかできなかった。
う、うーん……難しい。