TS貴族令嬢の複雑すぎる婚活事情   作:桜木桜

55 / 83
第20話

 

「ぐぬぬ……ブドゥーベルの淫婦め!」

 

 自室に戻った後。

 ラークノール公妃――ヨローズはあまりの屈辱に憤慨していた。

 

「わ、わたくしがトールに贈った毛織物を……! あ、あのように、わたくしの目の前で、見せびらかして!!」

 

 ロゼリアがドレスの上に羽織っていた羽織物。

 それはヨローズが、トールの誕生日に彼に与えたものだ。

 

 バレーヌ伯爵――ベリドルらは全く気付いている様子はなかったが、贈った当人であるヨローズは一目で気付いた。

 

 ヨローズにはロゼリアの心の声が聞こえた。

 

 ――いぇーい、お義母様、見てる? あなたの息子さん、わたくしが寝取ってしまいましたわ! 今まで大切に育てていただき、感謝いたしますわ。わたくしのために!

 

「誰が、お義母様だ!!」

「奥様! お声が……」

「……っく!」

 

 従者に声が大きいことを注意されたヨローズは、慌てて口を噤む。

 しかし怒りは腹の底の中でドロドロと煮えくり返っていた。

 

 同時にヨローズの頭の中は冷静だった。

 

(まさか、ガルザァース語まで解せるとは……。一朝一夕で習得できるものではない。となれば、噂は全て真であると思った方がいいわね)

 

 ロゼリアは「ブスで馬鹿な女」説は間違いであり、才色兼備の女性であると考えるべきだ。

 ラークノール公爵との受け答えからも、それは推し量れる。

 

 となれば、手紙も間違いなく直筆だろう。

 ガルザァース語を習得する余裕があるのに、字が書けないと考えるのは不合理だ。

 

 字が書けるなら、多少下手でも直筆の方が評価が高くなるのが貴族社会。

 そして偽るのはあまりにも印象が悪い。

 

(しかしあのドレス……あの“白”。一体、どうやって……)

 

 ヨローズが最も驚いたのは――もちろん、“毛織物”を除いてだが、ロゼリアが身に纏っていたドレスの色だった。

 驚くほど、“白”だった。

 ただの白ではない。

 真っ白だ。

 

(ブドゥーベルの染め物技術は優れていると聞いたけれど……あれほどとは)

 

 羊毛や絹は“白”色ではない。

 うっすら黄色っぽい色、クリーム色をしているのが普通だ。

 これを“白”にするには、薄い青色の染料で染め上げる必要がある。

 

 少しでも配分を誤れば、青くなってしまう。

 白色に混じる黄色を打ち消すだけの、ほんのわずかな青を入れる微細な調整が必要だ。

 

 どれほどの金額を積み上げても、ラークノール公爵家では手に入れることはできないだろう。

 

 しかしそれが分かるのは染め物に対する知識がある者だけ。

 費用対効果に合わない代物。

 

 それを惜しげもなく、社交の場で使う。

 しかも“毛織物”で隠してしまうことも厭わない。

 

 単なる贅沢や傲慢では済まされない。

 ブドゥーダル公爵家の桁外れの経済力が現れている。

 ……否。

 

(まさか、わたくしが染め物についての造詣が深いことも理解して……)

 

 ヨローズは元々、ヘーリング市の都市貴族の生まれだ。

 彼女の家は毛織物に関する利権を持っており、染色について詳しかったのもそれが理由だった。

 

 特に隠されていることでもないため、調べようと思えば調べられる。

 それを見越した上での外交戦略。

 

 ヨローズに対する政治的メッセージ。

 それを踏まえれば、ロゼリアが“毛織物”を羽織っていた理由も、また違った見え方が……。

 

(考え過ぎ……いえ、やめましょう。意味がない)

 

 考え過ぎればドツボに嵌る。

 むしろそれこそがブドゥーダル公国の狙いかもしれないと考えたヨローズは、一度思考を打ち切る。

 

「……あのドレス、どのように見えましたか?」

「どのように、とは?」

「あなたの印象をそのまま答えなさい」

 

 ヨローズに問いかけられた侍女は考え込む。

 そして彼女は素直に感じたままの印象を答えた。

 

「とても清楚で清らかな印象を受けました」

「そうでしたか。……私は淫らに見えました」

「も、申し訳ございません」

「責めてはいません。あれはそのように見せるドレスです。もっとも、わたくしの目は誤魔化せませんが」

 

 一見、白くて清楚に見えるドレスだが、“毛織物”の下は薄く透き通っていた。

 結果としてロゼリアの青白く美しい肌が――胸の谷間が綺麗に見えていた。

 

 清楚で無害そうに見せかけ、ふとそれに気付いた男を夢中にさせる。

 男を誘惑するための、ドスケベえちえちドレスであることをヨローズは見抜いていた。

 

「そ、そうでしょうか……考え過ぎでは?」

「いいえ。あれは男を誘惑するためのものです。自分の美しさを自覚している、傲慢で淫乱な服装です」

 

 あれはハナカマキリだ。

 きっと、トールを誘い、捕まえた瞬間に本性を剥き出しにして、骨の髄までしゃぶるつもりに違いない。

 と、ヨローズは思った。

 

「わたくしがしっかりしなければ!」

 

 前哨戦は負けた。

 しかし勝負はこれからだ!

 

「晩餐会の出席者について、あらためて整理しましょう」

「は、はい! まずはロゼリア姫。そしてラザァーベル伯爵、ストーベル伯爵……」

 

 ブドゥーダル公国側の出席者の名を聞きながら、ヨローズは決意する。

 トールは私が守る!

 

 ブドゥーベルの淫婦に負けてなるものか!!

 

「奥様! 一大事でございます!!」

 

 とそこで騎士が大慌てでヨローズの下にやってきた。

 ヨローズは眉をひそめる。

 

「何事ですか、慌ただしい」

「そ、それが……」

 

 騎士の報告を聞いたヨローズは目を見開いた。

 そして怒りの魔力を辺りに撒き散らした。

 

「あの女共!! ラークノール公爵家の顔に泥を塗るつもりか!!」

 




ちなみに今回のロゼリアのドレスは真っ白なので、ほぼほぼウェディングドレスです。
「ウェディングドレス シースルー」で検索すれば、ほぼイメージ通りのものが出てきます。


もっとも、この世界ではウェディングドレスは白みたいルールはないです。
白にすると決めたのはロゼリアですが。
べ、別にそんな意味なんてないんだからね♥
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。