TS貴族令嬢の複雑すぎる婚活事情 作:桜木桜
「ぐぬぬ……ブドゥーベルの淫婦め!」
自室に戻った後。
ラークノール公妃――ヨローズはあまりの屈辱に憤慨していた。
「わ、わたくしがトールに贈った毛織物を……! あ、あのように、わたくしの目の前で、見せびらかして!!」
ロゼリアがドレスの上に羽織っていた羽織物。
それはヨローズが、トールの誕生日に彼に与えたものだ。
バレーヌ伯爵――ベリドルらは全く気付いている様子はなかったが、贈った当人であるヨローズは一目で気付いた。
ヨローズにはロゼリアの心の声が聞こえた。
――いぇーい、お義母様、見てる? あなたの息子さん、わたくしが寝取ってしまいましたわ! 今まで大切に育てていただき、感謝いたしますわ。わたくしのために!
「誰が、お義母様だ!!」
「奥様! お声が……」
「……っく!」
従者に声が大きいことを注意されたヨローズは、慌てて口を噤む。
しかし怒りは腹の底の中でドロドロと煮えくり返っていた。
同時にヨローズの頭の中は冷静だった。
(まさか、ガルザァース語まで解せるとは……。一朝一夕で習得できるものではない。となれば、噂は全て真であると思った方がいいわね)
ロゼリアは「ブスで馬鹿な女」説は間違いであり、才色兼備の女性であると考えるべきだ。
ラークノール公爵との受け答えからも、それは推し量れる。
となれば、手紙も間違いなく直筆だろう。
ガルザァース語を習得する余裕があるのに、字が書けないと考えるのは不合理だ。
字が書けるなら、多少下手でも直筆の方が評価が高くなるのが貴族社会。
そして偽るのはあまりにも印象が悪い。
(しかしあのドレス……あの“白”。一体、どうやって……)
ヨローズが最も驚いたのは――もちろん、“毛織物”を除いてだが、ロゼリアが身に纏っていたドレスの色だった。
驚くほど、“白”だった。
ただの白ではない。
真っ白だ。
(ブドゥーベルの染め物技術は優れていると聞いたけれど……あれほどとは)
羊毛や絹は“白”色ではない。
うっすら黄色っぽい色、クリーム色をしているのが普通だ。
これを“白”にするには、薄い青色の染料で染め上げる必要がある。
少しでも配分を誤れば、青くなってしまう。
白色に混じる黄色を打ち消すだけの、ほんのわずかな青を入れる微細な調整が必要だ。
どれほどの金額を積み上げても、ラークノール公爵家では手に入れることはできないだろう。
しかしそれが分かるのは染め物に対する知識がある者だけ。
費用対効果に合わない代物。
それを惜しげもなく、社交の場で使う。
しかも“毛織物”で隠してしまうことも厭わない。
単なる贅沢や傲慢では済まされない。
ブドゥーダル公爵家の桁外れの経済力が現れている。
……否。
(まさか、わたくしが染め物についての造詣が深いことも理解して……)
ヨローズは元々、ヘーリング市の都市貴族の生まれだ。
彼女の家は毛織物に関する利権を持っており、染色について詳しかったのもそれが理由だった。
特に隠されていることでもないため、調べようと思えば調べられる。
それを見越した上での外交戦略。
ヨローズに対する政治的メッセージ。
それを踏まえれば、ロゼリアが“毛織物”を羽織っていた理由も、また違った見え方が……。
(考え過ぎ……いえ、やめましょう。意味がない)
考え過ぎればドツボに嵌る。
むしろそれこそがブドゥーダル公国の狙いかもしれないと考えたヨローズは、一度思考を打ち切る。
「……あのドレス、どのように見えましたか?」
「どのように、とは?」
「あなたの印象をそのまま答えなさい」
ヨローズに問いかけられた侍女は考え込む。
そして彼女は素直に感じたままの印象を答えた。
「とても清楚で清らかな印象を受けました」
「そうでしたか。……私は淫らに見えました」
「も、申し訳ございません」
「責めてはいません。あれはそのように見せるドレスです。もっとも、わたくしの目は誤魔化せませんが」
一見、白くて清楚に見えるドレスだが、“毛織物”の下は薄く透き通っていた。
結果としてロゼリアの青白く美しい肌が――胸の谷間が綺麗に見えていた。
清楚で無害そうに見せかけ、ふとそれに気付いた男を夢中にさせる。
男を誘惑するための、ドスケベえちえちドレスであることをヨローズは見抜いていた。
「そ、そうでしょうか……考え過ぎでは?」
「いいえ。あれは男を誘惑するためのものです。自分の美しさを自覚している、傲慢で淫乱な服装です」
あれはハナカマキリだ。
きっと、トールを誘い、捕まえた瞬間に本性を剥き出しにして、骨の髄までしゃぶるつもりに違いない。
と、ヨローズは思った。
「わたくしがしっかりしなければ!」
前哨戦は負けた。
しかし勝負はこれからだ!
「晩餐会の出席者について、あらためて整理しましょう」
「は、はい! まずはロゼリア姫。そしてラザァーベル伯爵、ストーベル伯爵……」
ブドゥーダル公国側の出席者の名を聞きながら、ヨローズは決意する。
トールは私が守る!
ブドゥーベルの淫婦に負けてなるものか!!
「奥様! 一大事でございます!!」
とそこで騎士が大慌てでヨローズの下にやってきた。
ヨローズは眉をひそめる。
「何事ですか、慌ただしい」
「そ、それが……」
騎士の報告を聞いたヨローズは目を見開いた。
そして怒りの魔力を辺りに撒き散らした。
「あの女共!! ラークノール公爵家の顔に泥を塗るつもりか!!」
ちなみに今回のロゼリアのドレスは真っ白なので、ほぼほぼウェディングドレスです。
「ウェディングドレス シースルー」で検索すれば、ほぼイメージ通りのものが出てきます。
もっとも、この世界ではウェディングドレスは白みたいルールはないです。
白にすると決めたのはロゼリアですが。
べ、別にそんな意味なんてないんだからね♥