TS貴族令嬢の複雑すぎる婚活事情 作:桜木桜
宴席の翌朝。
私はラークノール公爵から宿泊先として貸し出された屋敷で朝食を食べていた。
「茶会の出席者は予定と変わらず、ですか?」
朝食を食べながら、今日の午後に行われるお茶会の打ち合わせを行う。
私は昨日と同様にラークノール公爵の側妻たちが飛び入り参加しようとする可能性を考えていたが、今回はないらしい。
「出席者たちは全員、平野党の女性たちですから」
「バレーヌ伯爵の奥方も、ですか」
「厳密にはそのご実家、かと」
「なるほど」
ラークノール公爵の息子たちは、トール君を除けば全員が結婚している。
その結婚相手はラークノール地方土着の貴族家の女性たちだ。
息子たちは海岸党だが、妻とその実家は平野党という情勢らしい。
一方で彼らの側妻たちは海岸党が多いようだ。
「もっとも、平野党内部でも派閥はあるようです。海岸党内部も同様でしょう」
騎士ワンダーグラスはそう語った。
ラークノール公爵家は海岸党と平野党で真っ二つに割れていると聞いていたが、情勢は複雑のようだ。
もっとも、派閥内部でも派閥があるみたいな構図はお互い様である。
「付け入る隙は多そうですが、まずはラークノール女公を取り込みましょう」
そのためには彼女を孤立させるところからだ。
「全く、男共は! 鼻の下を伸ばして!!」
ラークノール公妃ヨローズは一人、激怒していた。
というのもラークノール公爵家側の男性陣たちがロゼリアによって籠絡されてしまった(と思っている)からだ。
「少し顔立ちの良い娘に煽てられた程度で……」
ロゼリアは絶世の美少女だった。
そんな美少女が、見事なガルザァース語を話し、ガルザァースやラークノール特有の食べ物を臆せず食べてみせたのだ。
印象が悪くなるはずがない。
結果として、ロゼリアは才色兼備な”面白い女”という評価を得るに至った。
「あのような娼婦の手管に騙されるとは! 馬鹿しかいないのですか!? この邦の男は!!」
加えて光るのはロゼリアの話術だった。
ロゼリアは男たちの話に積極的に相槌を打ち、「さすが」「しらなかった」「すごい」「センスいい」「そうなんだ」を繰り返した。
結果的に彼らはすっかりいい気分になってしまっていた。
「お、奥様……お気持ちはわかりますが、お声が……」
「ええ! 分かっています。分かっていますとも……!!」
ヨローズは親指の爪を噛む。
ヨローズも分かっている。
(大陸最高峰の家柄。それに相応しい振る舞いと教養。美しい顔立ち……完璧な貴族令嬢……)
鉄帝冠に輝く紅玉。
白銀の帝笏。
覇者のために作られし至高の玉座。
野心家たちが彼女をそう評するのも無理はない。
彼女の上に座ることは、すなわちこの西大陸の主となるに等しい。
ヨローズの愛息子が彼女を手に入れることができれば、彼はきっとこの西大陸の覇者になれる。
しかし……。
(それは絶え間なく、挑戦を受け続けるということ!)
血を血で洗う抗争が待ち受けている。
戦いの果てに、愛息子も血を流し、血溜まりの中で息絶えるかもしれない。
そして赤い薔薇はその血を吸い上げ、美しく咲き続けるだろう。
「血塗れになってまで、薔薇を手に取る必要はありません。遠くで愛でるに十分」
守護らねば。
ブドゥーベルの淫婦から!
「勝負は……茶会!」
ここでロゼリアにNOを突きつけてやる。
ヨローズは意を決した。
そして午後。
ラークノール公爵がロゼリアに貸し出した屋敷に、貴族の女性たちが集まっていた。
「本日はわたくしの主催するお茶会にご出席くださり、感謝いたします」
ロゼリアはニコニコと笑みを浮かべながらヨローズたちに言った。
今日の彼女のドレスは薄いピンク色だ。
艶っぽさよりは、可愛らしさを優先したドレスであり――。
(わたくしの娘たちも、これくらいお淑やかであれば、もっと貰い手が……は!)
男性受けよりは女性受けを狙っていることは明らか。
ついついロゼリアを自分の娘と重ねてしまったヨローズは、手を強く握りしめ、手のひらに爪を食い込ませる。
「お招きくださり、感謝いたします。ロゼリア姫。しかしながら……」
ヨローズの言葉にロゼリアはきょとんと小首を傾げる。
その小動物のような仕草に気を緩ませそうになるのをこらえながら、ヨローズは口角を上げた。
「わたくしも含め……田舎者揃いですから。ロゼリア姫には少々、非礼を働いてしまうかもしれません。ご容赦を」
茶会の出席者は七人。
うち六人がラークノール公爵家側の人物である。
ブドゥーダル側の貴族女性がロゼリア一人しかいないからだ。
本来であれば女性としてロゼリアをサポートさせるため、伯爵たちは妻を帯同させるのが理想だが……。
ラークノール公爵家はそれを許さなかった。
それを行うとラークノール公爵領に入る伯爵級の人物が増大してしまい、安全保障上の問題が生じる……というのが建前。
実体はロゼリアを孤立させるためだ。
(少々卑怯ですが、数は力!)
利害関係は複雑ではあるが、この場にいる女性たちは全員が平野党。
ロゼリアが嫁いでくることには反対だった。
「お気になさらず。大事なのは心遣い――皆様に楽しんでいただくのがわたくしにとっては最大の喜びですから」
作法を気にして楽しめないのは本末転倒。
楽にしてねとロゼリアは微笑んでみせた。
――大事なのは心遣い。
ロゼリアから放たれた牽制球にヨローズはわずかに負い目を感じる。
「では、お茶を淹れますね」
ロゼリアの言葉を合図に、女性の従者――侍女デラーウィアがテーブルに茶器を並べていく。
その茶器を目にしたヨローズは口から声が出そうになった。
(白い陶磁器……!? まさか、東大陸からの舶来品を茶器に使うの!?)
白磁は西大陸では作れない。
東大陸の特産品だ。
小さな皿一つでも、家宝になるほどの代物である。
それを茶器に使うなど、ありえない。
高温によって割れる可能性がある上に、使っているうちに茶色く色がついてしまうことは明白だからだ。
「まあ! そのような舶来品を茶器に用いるなんて。さすがはブドゥーダル公爵家……贅沢ねぇ」
「恐れ多くて出来ませんわ」
「そのような使い方をしていたら、あっという間に破産してしまいますわ」
「きっと、日頃からそのような贅沢をしていらっしゃるのね。羨ましいですわ」
「わたくしたちには、そのようなこと、思いつきもいたしませんもの」
しかし彼女たちも歴戦の貴族。
ロゼリアの奇襲に怯むことなく、容赦なく
「まあまあ、皆様。北と南では常識が異なりますから。本日は北では育たぬオリーブを楽しみましょう」
こんな贅沢女、来られたらおしまい。
ラークノール公爵家はあなたを受け入れない。
とヨローズは話をまとめる。
対してロゼリアはにっこりと微笑んだ。
「ご心配なさらず。……こちらの品は舶来品ではございませんから」
舶来品ではない。
ロゼリアのその言葉にヨローズは混乱した。
もしや「舶来品」という言葉の意味が伝わっていないのか。
北部エイル語と南部エイル語では「舶来品」という言葉の意味が異なるのか。
それとも、まさか……。
ロゼリアの言葉の意味に気づいたヨローズは口を開きかけるが……。
「そちら……東大陸の白磁ではなくて?」
「まぁ! そのように評していただけるとは光栄です」
それよりも先に別の女性貴族がロゼリアに問いかけてしまった。
会話の主導権がロゼリアに移る。
「こちら、わたくしの祖父……プルーメラ大公からの頂き物でございます」
即ちプルーメラ大公領で作られた茶器である、と。
ヨローズたちはあまりの衝撃に固まる。
「東方の白磁を茶器にするなど、わたくしでも恐れ多くてできませんわ」
ロゼリアはコロコロと人懐っこく笑った。
磁器の目利きに失敗したヨローズたちは、これ以上恥を掻くわけにもいかず、押し黙るしかなかった。
その後、ロゼリアは慣れた手つきでお茶をカップに注いでいく。
ロゼリアが淹れたお茶を、侍女デラーウィアが女性たちに配っていく。
「まずはそのまま。香りを楽しんでください」
ロゼリアは微笑んだ。
ヨローズたちはカップを持ち、口元に近づける。
瞬間、華やかな香りが鼻腔を突き抜けた。
「……!」
お茶を口に含む。
爽やかな苦味が口の中に広がる。
「……美味しい」
一人が呟いた。
それから彼女はハッとした表情で口を噤む。
元々はロゼリアが淹れたお茶を貶す予定だったのだ。
しかしそういう雰囲気ではなくなってしまった。
「は、華やかで心地よい香りです。しかし……ラークノールの水とは合っていないように感じます」
ヨローズはどうにか、雰囲気を反ロゼリアに持っていこうとする。
しかしロゼリアは動じない。
「それでしたら、どうぞミルクを入れてみてくださいませ。味がとっても、まろやかになります」
「ミルクですか……? 茶にミルクを入れるとは、聞いたことがありませんが」
「あら、そうでしたか。ブドゥーベルでは流行っていますよ」
ロゼリアはそう言ってから、お茶の中にミルクを注ぐ。
軽くかき混ぜてから、口に含み、微笑む。
ブドゥーベルは西大陸では都会の代名詞であり、文化の中心地。
そこで流行っている飲み方と言われてしまうと、つい試したくなってしまう。
口ではあれこれ言っているものの、ヨローズたちはブドゥーベル市に憧れを抱いていた。
「……確かにまろやかになりますね」
「それは良かった!」
ロゼリアは手を合わせ、嬉しそうに微笑む。
ロゼリアのその大げさな仕草にヨローズは自身の失態に気づくが、もう遅い。
「ラークノールのミルクとは、相性が良いようですね」
牛乳は腐りやすい。
長期輸送など不可能であり、ロゼリアがどこでこの牛乳を仕入れたかは考えればすぐに分かることだった。
「もし、まだ苦味が気になるようでしたら、こちらのお砂糖を入れてみてください」
(砂糖!?)
砂糖は西大陸ではもっとも高価な“香辛料”の一つだ。
解熱作用があるとされており、薬として用いられている。
飲み物に入れて使うなど、あまりに贅沢だが……。
「た、試してみましょう」
先ほど、白磁器の目利きに失敗した手前、「贅沢すぎる」と非難することは憚られた。
もしかしたらこの砂糖もブドゥーダルで栽培されたものでは。
そんな可能性が脳裏を過ったのだ。
「あ、甘い……!」
そして脳を揺さぶるような、強烈な甘味。
本能がこれを「美味しい」と言っている。
蜂蜜と同等、もしくはそれ以上の甘味。
「お茶に合うお菓子もご用意いたしました。どうぞ、皆様。食べてみてください」
独特な形状――高層住宅のようにお皿を縦に並べたトレイが置かれる。
その上には見たこともないようなお菓子。
食べてみたいという欲求には逆らえない。
ヨローズたちは焼き菓子に手を伸ばし、口に運ぶ。
(これも砂糖が……。それにこの独特な香りは……)
それは濃厚なバターの香りだった。
ラークノール地方においてはバターはオリーブオイルの代わりとして用いられているが、しかしお菓子に入れることはない。
貴重な甘味と廉価なバターを組み合わせるという発想がなかった。
「こちらはラークノール公爵領――シューヴァル地方のバターを用いております。ブドゥーダルのものよりも味が濃厚で香りも高く、お砂糖の甘味に負けず……お菓子に最適なのです」
ロゼリアによる、何気ないお菓子の解説。
しかしそれはヨローズにとっては想定外の一撃。
「まぁ! そうだったのですね!!」
嬉しそうに声を上げたのは、シューヴァル伯爵夫人。
ラークノール公爵の次男、シューヴァル伯爵の正妻だった。
「夫から聞きました。ブドゥーダルでもバターを用いられることがあると。もしかして、お菓子に……?」
「はい。宮廷ではバターを用いたお菓子が流行っております。しかしブドゥーダルは牛の生育に向いた土地ではなく……。故にこの地のバターにはとても驚きました。これほどまでに違うとは……」
もしも、ロゼリアが帰国した後に「シューヴァル地方のバターは素晴らしかった」とブドゥーダルの貴族たちに喧伝すれば、どうなるだろか。
それが分からないシューヴァル伯爵夫人ではなかった。
「それほど前に我が邦のバターを気に入って頂けるとは。もしよろしければ、お土産にご用意させましょうか?」
シューヴァル伯爵夫人にとって、平野党の貴族としてラークノール公妃と共にロゼリアに対抗し、勝利するのは最善。
しかしその最善が果たされないのであれば……。
「まあ! 嬉しい!! ぜひ、妹たちにも食べさせてあげたいと思っておりました。……お返しを用意する必要がございますね」
裏切るのは早ければ早いほど、よい。
シューヴァル伯爵夫人はロゼリアに鞍替えすることを選んだ。
流れが出来てしまえば、後はあっという間。
「この林檎のパイ……とっても美味しいですね」
「ありがとうございます。そちらの林檎は……」
「このお菓子は……」
「そちらはチーズを使ったお菓子で……」
砂糖に群がる蟻のように女性たちはロゼリアへと擦り寄っていく。
ロゼリアの――ブドゥーダル公国の経済力の前では、下手な小細工は意味をなさない。
(……負けた)
茶会はヨローズの完敗だった。
茶会は二時間ほど続いた。
残ったお菓子と使用した茶器をお土産にもらった夫人たちは、軽やかな足取りで退室する。
部屋に残ったのはロゼリアとヨローズの二人だけ。
「お茶を淹れ直しますね」
仕切り直しましょう。
ロゼリアは笑みを浮かべ、密会を提案した。
高評価ありがとうございます(敬称略)
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