TS貴族令嬢の複雑すぎる婚活事情   作:桜木桜

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隙あらば


第24話

「こちらはわたくしのお気に入りの茶葉です」

「……」

 

 私は新しいカップにお茶を注ぐ。

 ラークノール公妃は静かに私を睨んでいる。

 

 不機嫌そうだ。

 当然か。

 

 私は彼女を無視し、デラーウィアにロゼリア酒を持って来させる。

 

「……お酒?」

「わたくしの名を冠したお酒です。実はお茶に一滴だけ垂らすと、とっても香りが華やかになるんですよ」

 

 内緒ですよ?

 と私は人差し指を唇に添えてから、お茶にロゼリア酒を垂らした。

 

 このお酒は他の伯爵夫人たちにも振る舞っていない。

 

「どうぞ」

「……お上手ですわね」

「お褒めに預かり光栄ですわ」

 

 ラークノール公妃は小さく鼻を鳴らしてから、お茶を一口だけ口にした。

 話をする気はあるらしい。

 

「これほど華やかな香りのお茶も、お酒も、口にしたことはございません。我が邦の者たちは皆、これを口にすれば虜となってしまうでしょう。しかし……」

 

 水が多すぎると粉屋も溺れる(過ぎたるは及ばざるが如し)

 

 ラークノール公妃は最後にそう結んだ。

 あくまで私とトール君の結婚には反対という立場は堅持するつもりらしい。

 

「しかし大きいものには小さいものが含まれる(大は小を兼ねる)とも言います」 

 

 私は一口、紅茶を飲み、喉を潤す。

 ここからは少しセンシティブな話になる。

 

「先日の宴席で……トール殿が羨ましいと思いました」

「……羨ましい」

「はい。頼りになるご家族がたくさん、いらっしゃって。賑やかで羨ましいですわ」

 

――水が多すぎると粉屋も溺れる(過ぎたるは及ばざるが如し)

私は小声で呟く。

水はトール君の兄たちであり、溺れる粉屋はトール君だ。

 

 その言葉にラークノール公妃は目を大きく見開いた。

 

「わたくしも……賑やかな家庭を築きたいと思っております」

「あなたなら、トールの力になれると?」

 

 いきなり踏み込んで来た。

 やはり彼女にとっては、一番の懸念事項なのだろう。

 

「それは先ほど、証明してみせたつもりです」

「……!」

 

 トール君の兄たちはすでに伯爵として独立している。

 これは即ち、彼らは全員、ラークノール公爵から財産を生前分与されていることを意味する。

 ラークノール公爵がどのような遺言を残すか次第ではあるが、仮にトール君が無事に公爵になれたとしても、その財産はラークノール公爵が持っていた量よりは目減りするはずだ。

 

 トール君の優位性は嫡出の子という一点だけ。

 それもラークノール公妃の出自は特別良いというわけでもない上に、彼は末子である。

 彼の統治は相当の困難を強いられるはずだ。

 

「翼のある馬と、翼のない馬。誰もが前者に乗りたいと思うはずです」

 

 しかし私とトール君が結婚すれば、話は変わる。

 彼は他の兄弟たちと比較しても、圧倒的な優位性を得る。

 

 ラークノール公妃がトール君のことを思うなら、私とトール君の仲を応援するべきである。

 

「天馬ですか。……空からは鷲、陸では獅子に狙われそうですね。特に獅子は怒り狂うでしょうね」

 

 鷲は帝家。獅子は王家。

 どちらも私を狙っている。

 敵を増やすわけにはいかないということか。

 

「翼があろうと、なかろうと。お腹を空かせた鷲や獅子は馬を狙うでしょう」

「然り。ですが鷲は山羊に、獅子は駝鳥に夢中です」

「なれば次は馬でしょう」

「次が来るほど、駝鳥も山羊も軟弱ではないでしょう。違いましたか?」

 

 確かに私は自らの領地を守るため、トール君の力を求めている。

 それは私が自らの力では領地を守れないと白状しているようなものだ。

 独力では厳しいと感じていることは事実だが、しかしそれは私たちだけだろうか?

 

「駝鳥はわかりかねますが、山羊は易々と食われはしません。獅子に寄り添っていただければ、尚更でしょう」

「なれば山羊は山、馬は平野で生きるべきです」

「しかし鷲は空を飛べますから。山羊を得難しと思えば、平野の馬を狙うでしょう。駝鳥を喰らい終えた獅子も同様」

 

 次期皇帝であるバールド皇子は、おそらく父親よりは帝冠に興味はない。

 費用対効果に見合わないと考えれば、もっと攻めやすい邦を目標に定めるだろう。

 

「我らはただの馬ではなく、一角獣。襲いかかる敵は突き殺せば良いのです」

「されど、角は一本だけ」

 

 私は紅茶を口に含む。

 ここからは一気に踏み込んだ話になる。

 

「獅子の牙、鷲の爪、そして……山羊の角。果たして無事に済みますか?」

 

 私の言葉にラークノール公妃は大きく目を見開いた。 

 動揺のあまり、瞳が揺れる。

 

「脅しているのですか!?」

「まさか。……されども、妻は夫を支えるものですから」

 

 対ラークノール公爵家包囲網。

 これはかなり現実的にあり得る未来だと思っている。

 なぜなら、現時点においてラークノール公爵家を庇う貴族家など、殆ど存在しないからだ。

 

 しかしどういうわけか、ラークノール公爵家はそれに無自覚だ。

 きっと、彼らにとって戦争とは「征服」なのだ。 

 攻撃するのは自分たちで、されるのは相手だと思っている。

 

 もしかしたら独力で切り抜ける自信があるのかもしれない。

 

 実際、現ラークノール公爵の軍事的才覚とラークノール公爵軍の強さは誰もが知るところである。

 ラークノール公爵家も様々な派閥は存在するが、ラークノール公爵の指導力の下で一つにまとめられている。

 

 しかしそれは「今は」の話。

 

「失礼ながら……トール殿にはいらっしゃいますか? 彼を支えてくださる、頼れる妻となる女性が」

 

 ラークノール公妃がトール君の花嫁候補を集めていることは知っている。

 しかしどこもあまり聞いたことがない家名であり、加えてラークノール公国内もしくは派閥の諸侯ばかりだ。

 なぜか。

 彼の家柄が低いからだ。

 

 「家柄」と言われると、現代日本人は「先祖に偉い人がいる」とか「大昔からの名前を受け継いでいる一族」程度にしか思えないかもしれない。

 抽象的な概念で、一種の宗教や信仰のようなもので、実社会に直接的な影響を及ぼすものではないと思うかもしれない。

 

 だから「家柄」で人を判断するのは不公平だと思うかもしれない。

 実際、今の日本ではそういう考えが一般的だ。

 

 しかしそれは今の日本では「家柄」が名ばかりの物になっているからだ。

 この世界では「家柄」は実在する。

 

 その人物を中心とする血縁的ネットワークという形で。

 

 例えば私は家柄が良いとされる。

 それはただ「歴史が長いから」だけではないし、「先祖に偉い人がいるから」だけでもない。

 私に偉い人の親戚が大勢いるからだ。

 

 父はもちろん、ラザァーベル伯爵たちバークス家の分家、母方の祖父であるプルーメラ大公、そして現国王とその一族。

 今の皇帝一族にだって、血縁的なつながりがある。

 

 偉い人以外なら、もっといる。

 ブドゥーダル公爵家と封建契約を結んでいる騎士たちは何らかの形でバークス家と縁戚関係にある。

 そして彼らは地元の有力な農民たちと縁戚関係にあるだろう。

 

 家柄が良いとはそういうことだ。

 そしてこの世界はコネ社会。

 

 仕事を得るにしても、仕事を依頼するにしても、コネがいる。

 コネにはいろんな種類があるが、その中でもっとも有効な物は血縁だ。

 

 私を中心とした血縁的ネットワークは、ブドゥーダル公国全体を覆っており、そして西大陸全体に伸びている。

 だから私は誰に対しても仕事を依頼できるし、仕事を請け負える。

 

 そして私と結婚することは、この血縁的ネットワークに繋がることを意味する。

 私を介して、コネを使えるようになる。

 

 だから結婚では「家柄」が重視される。

 家柄は再現性があり、相続され、何より互換性がある。

 

 そのように考えた場合、トール君と結婚するメリットはあまりに小さすぎる。 

 彼の血縁的ネットワークは、ラークノール公国全体にすらも、及んでいない。

 

 ラークノール公国を支配しているのは、ラークノール公爵個人の「実力」だ。

 これは再現性もなく、相続もされず、互換性もない。

 

 「運も実力のうち」とはよく言ったものだ。

 「家柄」は「実力」ではない。

 なぜなら、運に左右されないから。

 

 政治は個人戦じゃない。

 団体戦だ。

 

 この世界において「家柄」を無視するのは、スポーツでチームワークを無視するのと同じだ。

 チームは負けたけど、俺は負けていないなどという主張は通らない。

 

 だからトール君の嫁探しは難航している。

 

 まあ、私はそれ以上に彼の実力と人柄を買っているわけだが。

 

「繰り言ですが、妻は夫を支えるものですから」

 

 私とトール君が結婚すれば、ラークノール公爵家の敵が減り、味方が増える。

 そしてトール君は私の血縁的ネットワークを使えるようになる。 

 

「妻は夫を立てるものです。わたくしはトールを立てられる女性を数多く、知っています」

 

 要するに、夫を立てられない女はいらないと。

 私だって、立てる時は立てるのに。

 

「彼女たちとの婚姻は、我が邦を強靭とするでしょう」

 

 今は内向きで結束を固める。

 外との同盟関係は不要と。

 

「内を固めるためにも、外からも重石は必要かと。……先の戦いの教訓ですわ」

 

 同盟は双方にとって反乱抑止になる。

 反乱をする側にとっては、勝利条件が増えるからだ。

 祖父はあの時、一兵も出せなかったが、しかし誰もがプルーメラ大公の存在を意識して行動していた。

 

「……」

 

 ラークノール公妃は黙り込んでしまった。

 反論の言葉を探しているのか。

 それとも私の主張に一考の余地ありと考えてくれているのか。

 外側からは分からない。

 

「獅子の怒りを買うほどの利があるとは思えませんね」

「獅子はそれほど怒らないかと」

「なぜ?」

「詳細はトール殿にお伺いください」

 

 私はラークノール公妃の言葉を遮る。

 不満そうな彼女に対し、私は微笑む。

 

「彼は少なくとも、わたくしよりはカーヴェニル王子と親しいご様子でしたから」

「……よろしい。それについては、一旦置きましょう」

 

 ラークノール公妃の姿勢が前向きになっているのを感じる。

 つい先程まで、門前払いという雰囲気だったのに。

 あとちょっと……。

 

 そう思っていたところだった。

 

「そもそもとして……あなたのお父上は獅子との結びを望まれているのではありませんか?」

 

 痛いところを突かれた。

 結局、父が認めなければラークノール公妃がいくら賛成してくれていたとしても、この話はまとまらない。

 絵に描いた餅だ。

 

「しかしわたくしの一生を決めることでございますから」

「娘は父に従うべきです。何より……」

 

 ラークノール公妃は眉を顰める。

 その瞳には非難と僅かな軽蔑の色。

 

「一度交わした約束を破るのは不誠実ではありませんか?」

 

 これは正論だ。

 私は道徳的に不利な立場にある。

 

「そのような不誠実な者と盟を結んで、果たしてよいものか」

 

 今まで提示した利益は全て、私が信用できる人間であることが前提。

 私が信用できない人間であれば、意味がない。

 

「うふふっ……」

「何か、おかしくて?」

「ラークノール女公にそれをご指摘されるとは思ってはおりませんでしたわ」

「わたくしは約束を破ったことなど、ありませんが」

「でしたら、女公は公爵の妻ではなく、今頃、騎士家の妻だったのではありませんか?」

 

 これ自体は有名な話だが、ラークノール公爵はラークノール女公を「誘拐」し、強引に妻にした。

 誘拐婚である。

 当時、ラークノール女公は“父親”が決めた結婚相手に嫁ぐために移動中だった。

 

 そこに当時のラークノール公爵が手勢を率いて襲いかかり、強引に略取。

 そのままセックスに持ち込み、既成事実成立というわけである。

 

 なお、この時のラークノール女公の年齢は十四歳。

 おぅ……。

 

ここまで聞くとラークノール公爵が極悪非道という話になるわけだが、そもそも「誘拐婚」なんて簡単に成立するだろうか?

 

「……単なる運命の悪戯です」

「わたくしの目にはラークノール女公は運命に流されるだけの女性には見えませんが」

 

 例えばトール君が私を「誘拐婚」しようとしたとしよう。

 

 そのためには私を誘拐し、強引に犯……♥、こほん。

 行為に及ぶ必要がある。

 

 しかしそんなことは簡単にできない。

 なぜなら、私は全力で抵抗……抵抗っ♥……する♥……かもしれない。

 

 ただの平民ならともかく、私は貴族。

 全力で暴れれば、相当な死人が出るだろう。

 

 ま、まあ……トール君は私なんかよりずっと強いから。

 強引に体を抑えられ、魔力をぶつけられ、服を破かれてしまえば、抵抗する気もなくなって、しまうかもしれないけど……♥

 

「ロゼリア姫? お顔が真っ赤ですが……」

「す、少しお酒が回ってきてしまったかも知れません。し、失礼……」

 

 例えがよくなかった。

 

 先代クーランベル伯爵が襲いかかってきたとしよう。

 私は彼をぶち殺すつもりで抵抗する。

 何なら追撃する。 

 先代クーランベル伯爵は死ぬ。絶対殺す。

 生まれてきたことを後悔させてやる。

 

 というわけで普通に考えれば、「誘拐婚」なんて成功しない。

 される側が乗り気でなければ。

 

「提案されたのはラークノール女公からだとお伺いしましたが?」

 

 これは私の憶測で、勘だ。

 二人が示し合わせていたのは状況証拠的に間違いないが、どちらが主でどちらが従の謀略かまでは分からない。

 

 だけど、以前にラークノール公爵はラークノール公妃に「俺はお前の物」と言った。

 「お前は俺の物」ではなく、「俺はお前の物」だ。

 

 そこでピンと来たわけだ。

 女の勘である。

 ……いや、私は男だけど!?

 

「わたくしもラークノール女公のように、己の手で己の運命を掴みたいだけでございます」

 

 もっとも、「実の父親が決めた婚約者」と「父親の後妻の再婚相手が決めた婚約者」は温度感全然違うけど。

 しかし“父親”に逆らい、婚約を履行しなかったところは同じだ。

 

「何より、先に盟を破ったのは獅子の方であると思っておりますので」

 

 私の主張は「守ってくれなかったあっちが悪い」である。

 よって不誠実という非難は当たらない。

 

「……左様ですか」

 

 ラークノール女公は否定も肯定もしなかった。

 正解だったかは分からないが、彼女が「誘拐婚」の中心にいたことは事実のようだ。

 

「しかしわかりませんね。獅子を敵に回す利が」

「先ほど、ご説明させていただきましたが」

「我々ではなく、あなたの話です」

「それは……」

 

 それはトール君が持つ軍事力……であることは分かっているか。

 それだけでは納得できないと。

 理由はいろいろあるが……。

 

「末ではなく、祖となりたいからです」

「……祖?」

「わたくしは末ですが。彼はわたくしと……千年の礎を築こうと、提案してくださいました」

 

 私は結婚したくなかった。

 男と結婚するからというのもあるが、それ以上に私の代で千年の伝統が絶えることが、嫌だった。

 

「彼はわたくしの過去だけではなく、わたくしと共に歩む未来の話をしてくださいました」

 

 私の過去はなくならない。

 私と彼が作る新しい未来の一部になる。

 

 私はそれが嬉しくて……。

 

「だからわたくしは祖となりたいのです。貴方様と公爵のように。新しい時代を築きたい」

「わたくしと、旦那様のように……?」

「は、はい。で、ですから……」

 

 顔が段々と熱くなっていくのを感じた。

 私は何を言っているんだ?

 こんな恥ずかしい話……。

 

「か、彼のことが……す、好きとか、そういうわけでは、ないんですよ!?」

 

 私の上擦った声が部屋に響いた。

 




時々コロっとメス堕ちしちゃうロゼリアくん



高評価ありがとうございます(敬称略)
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