TS貴族令嬢の複雑すぎる婚活事情 作:桜木桜
「……」
「……」
ラークノール公妃は無言だった。
彼女はポカンと口を開けて、硬直している。
気まずくなった私は顔を俯かせた。
これで紅くなった顔を隠せたはず……と思ったが、耳がとてつもなく熱いことに気付く。
ダメだ、これ。
顔に出てるの、隠せてない。
「……貴殿個人ではなく、ブドゥーダルの地の後継者としてのご意見をいただきたいのですが」
やや当惑したような声だった。
な、何だ!
その、私自身の気持ちは関係ないみたいな……いや、そうかもしれないけど。
「こ、これは……ブドゥーダルの地の後継者としての意見です!」
誤魔化さなくては!
「そもそもとして、わたくしが結ぶ獅子とは兄と弟、どちらでしょうか」
「弟の方ではありませんか?」
「いいえ、兄です。牙を持つのは兄ですから」
バルトナ王子を介して、王家と――現国王と次期国王であるカーヴェニル王子と同盟を結ぶのだ。
バルトナ王子と同盟を結ぶわけではない。
「兄は弟を救うために、果たしてどれだけの力を尽くしてくれるでしょうか。弟の子を守るため、どれだけ血を流してくださるでしょうか」
「血族を見捨てるような真似をすれば、卑怯者の誹りは免れないと思いますが……」
もし仮にカーヴェニル王子がバルトナ王子を見捨てれば、彼の信用は地に落ちるだろう。
だから父もバルトナ王子との婚姻を重視している。
しかし、だ。
「彼からすれば、わたくしは幹から伸びる枝でしょう」
しかしそれを加味しても、手を引いた方が良いと思うほどの損害を受ければ、彼は損切りするだろう。
その程度のクレバーな計算ができる人だ。
「幹を守るため、枝を切り落とすことはあります」
私の子供たちは「王家の分家」になってしまう。
ブドゥーダルとプルーメラの両国を合わせれば、王家の力を超えるだろう。
本家を上回るほどの力を持つ分家。
これは後に禍根を産みそうだ。
……実際、カーヴェニル王子はそう思っているから、バルトナ王子と私の婚姻に反対なわけだし。
「二つに分かたれた二本の枝よりは、一本の幹の方が強い。故にわたくしは両邦の合同を望みます」
「なるほど、祖とはそういうことでしたか。よくわかりました」
よし、誤魔化せた!
ふぅ……。
私はお茶を口に含み、カラカラになった喉を潤す。
「……貴殿がわたくしの息子のことを大変、よく想ってくださっていることが」
けほっ!
「罪な男ですね。誰に似たのやら」
「べ、別に想ってなど……」
「トールを支えてくださるという言葉は嘘でしたか?」
「う、嘘ではありません!」
ええい!
こうなったら自棄だ!!
「わたくしは確かに彼個人のことを憎からず思っております。彼個人の人柄も信用しております。わたくしを守るために行動してくださいましたから」
私がトール君のことが好き。
そう思われること自体はマイナスではないはずだ。
信用にも繋がるはず。
「しかしながら、わたくしも彼も邦の主となるものですから。そのような感情とは切り離して考えるべきです」
「そうですか。……であると良いのですが」
ぐぬぬぬ……。
まるで私が色呆けて正常な判断ができていないみたいな言い方だ。
「最後に一つ、お伺いしても」
「どうぞ」
「あなたは自身の邦と夫君、どちらを優先しますか」
嫌な質問だ。
私の邦を守るために、私はトール君との結婚を求めているんだと言っているのに。
「愚問です。妻は夫を支えるものですから」
「ほう? あなたは一国の主ですが。よろしいのでしょうか?」
「ええ。なぜなら、わたくしのことは夫君が守ってくださいますから」
私はトール君とその大切な物を守る。
代わりにトール君は私とその大切な物を守る。
これ以上の回答はない。
「妻の役割は夫を立てることです。あなたはその身を犠牲にする覚悟がおありですか?」
「貴殿の夫君はあなたに犠牲を強いたのですか?」
「それは……」
私の記憶では、逆だ。
ラークノール公爵はラークノール公妃の復讐を手伝い、彼女の義父と継母を殺害した。
そして彼女が相続するはずだった財産を取り戻した。
この時に手にしたヘーリング市が、後のラークノール公爵の覇道を支えたであろうことを考えると、決して善意だけではないはずだが。
結果として、ラークノール公妃はラークノール公爵から貰いはすれども、捧げていない。
「もちろん、わたくしは夫君とその邦のために、粉骨砕身する覚悟でございます」
彼が安心して戦えるように。
……とは添えなかった。
これを言うとラークノール公妃に「やっぱり、トールのことを都合の良い犬だと思っているのですね!」とか思われそうなので。
「……左様ですか。何を言っても、煙に撒かれるだけのようですから。わたくしの方からこれ以上の問いはありません」
誤った二分法で選択を強いて来たのはそっちだろうに。
しかし手応えは感じてはいるものの、あともう一押しといったところだろうか。
ダメ押し、しておくか。
「お近づきの印にお渡ししたい物がございます」
私はデラーウィアに木箱を二つ、持って来させた。
そのうちの一つをラークノール公妃の前で開ける。
中には包装紙に包まれた固形物――石鹸だ。
紙から取り出すと、柔らかい薔薇の香りがした。
ほんのりとピンク色をしている。
なお、このピンクは薔薇由来のもの……ではなく、赤の色素を添加しただけである。
この方が薔薇っぽく見えるだろうという発想だ。
貴族には分かるまい。
「ブドゥーベル石鹸ですか」
ラークノール公妃は興味なさそうに言った。
心の中でどう思っているかは知らないが、「興味ない」が彼女の公式見解のようだ。
実はラークノール公爵領では、この石鹸は全く売れていない。
蒸気浴の習慣があるのだから、売れると思ったのだが……どうやら私の評判が足を引っ張っているらしい。
元々は私が愛用している美容品というのが、この石鹸の売り文句だったのだ。
私の印象と売上が直結するのは当然のことである。
「ご存じでしたか」
「南の方で流行っている美容品だと。しかし北の風土には合わないようですが」
まあ、彼女が興味ないのは予想通り。
本命は……。
「それではこちらはいかがでしょうか」
もう一つの箱を開ける。
こちらに入っていたのは、ただの白い石鹸。
「色が異なるだけのように見えますが」
「どうぞ、手に取ってお確かめください」
ちょっと面倒くさそうな顔でラークノール公妃は二つの石鹸を手に取った。
そして首を傾げる。
「ピンク色の物は華やかな薔薇の香りがします。しかし白い方は獣臭いですね」
「前者はオリーブオイル、後者は牛脂を用いております」
「……! それは口にしても良かったのですか?」
「いずれ知ることではありませんか」
未来の嫁ぎ先に教えるくらいならいいじゃない。
というのは半分冗談だ。
実際のところ、石鹸の材料の一部が「油」であることは調べればすぐに分かる。
原材料を完璧に秘匿することなんてできない。
そんなことをしようとすれば、むしろ生産効率が下がるだろう。
それに石鹸の材料でもっとも重要なのは、「油」ではない。
炭酸ナトリウムである。
炭酸ナトリウムは海藻や塩生植物などの灰から入手できるが、産地が限られる。
条件に適合する植物は意外と少ない。
一応、木材などの灰から得られる炭酸カリウムでも石鹸を作ることは可能だが……。
炭酸カリウムで作られた石鹸はちゃんと固まらず、ジェル状になってしまう。
それがダメということはないが、輸送にも保存にも不便だろう。
「不用心ですわね。……それで、この獣臭い石鹸がどうされましたか?」
「人に使うには不適合ですが、羊毛に用いるならば、良いのではないかと思いまして」
羊毛の縮絨にどう?
私の提案にラークノール公妃の顔つきが変わった。
高評価ありがとうございます(敬称略)
kuuuur どろた タマx_x AN_ALICE 逆月(受験生の姿) nao41dent cane1e
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おけいさん