TS貴族令嬢の複雑すぎる婚活事情   作:桜木桜

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この話含めて、あと三話で一度更新を終える予定です。


第29話

 体を休ませること、十数分。

 私はおもむろに立ち上がった。

 

「体も冷えてきたので、蒸気浴に戻ります」

「そうか? ……顔、赤いけど。大丈夫?」

「だ、大丈夫ですから!」

 

 トール君は心配そうに私の後ろを歩く。

 二人で蒸気室に入る。

 再び、体から汗が吹き出てくる。

 

「食糧援助の見返りといってはなんですが、私にもお願いがあります」

「軍馬か」

「はい」

 

 ブドゥーダルの馬は駄馬。

 これは西大陸では有名な話である。

 数少ないブドゥーダル地方の欠点なので誇張されている節はあるが、実際軍馬の品質は悪い。

 

 理由は二つある。

 一つは馬の生育に適した放牧地がないこと。

 厳密には、広々とした土地の殆どは農地になってしまっているため、良質な馬を育てることができないというのが正しい。

 

 もう一つは農耕馬や耕牛の需要が高いこと。

 軍馬を育てるリソースは農業に向いてしまう。

 

 結果として、我が邦では品質が微妙な上に価格の高い軍馬が流通しており、騎士たちの財布を圧迫している。

 しかも長いこと平和だったためか、騎士たちは軍馬の更新を怠っていた。

 結果として、先のラークノール公爵家との戦争や内戦で騎士たちが乗っていた馬は酷かった。

 ヨボヨボの今にも倒れそうな老馬に乗ってきた騎士もいたくらいである。

 

 これは安全保障上、よろしくない。

 というわけで、馬の品質改善プロジェクトを私主導で行うことにした。

 

 その第一歩として、ラークノール公爵家から軍馬を仕入れたい。

 絹と軍馬の交換、及び良質な種牡馬を得ることが目的だ。

 

 しかしこの交渉、とても難航している。

 

「俺も口添えをしているが……騙馬はともかく、種馬はなぁ」

 

 馬というのは、貴族や騎士たちにとっては非常に大切なものだ。

 特に馬の品質に直接関わる種馬は、軍事力に直結する。 

 

「だからこそ、強固な同盟をアピールできるかと」

「それは“卵が先か、鶏が先か”じゃないか?」

 

 ラークノール公爵家がブドゥーダル公爵家に種馬を売ってくれれば、それは友好の証になるが……そもそも友好的にならないと種馬は売ってくれない。

 

「そもそも、俺と結婚すれば、いらなくないか?」

 

 私とトール君が結婚したら、両家の垣根はなくなる。

 馬なんて買いたい放題だ。

 

「私の人気取りが目的なので」

 

 農地を放牧地にして馬を生産するよりも、農地で得られる収益で馬を買った方が費用対効果は高いと思う。

 父もそう思っているし、歴代の公爵たちもそう思っていたに違いない。

 それが「ブドゥーダルの馬が駄馬」であり続ける真の背景である。

 

 馬の品質改善なんてのは、騎士たちの気持ちを慰める効果しかない。

 邦益には繋がらない。

 が、私の利益には繋がる。

 

 私の人気が高まれば、父は私の意見を無視できなくなる。

 私の意見――私とトール君の結婚が通った時点で、プロジェクトは自然解散だ。

 

 とはいえ、最低限の利益が出る程度に成功すれば、ちゃんと残すつもりはある。

 安全保障に関する分野は、集中させるより分散させた方がリスクヘッジに繋がる。

 

 成功させるための策はある。

 

「シューヴァル伯爵夫人とは、仲良くなれたと思いますが」

 

 ラークノール公国で最大の馬産地を抑えているのが、シューヴァル伯爵――ラークノール公爵家の次男である。

 先の茶会では彼の妻が参加しており、バターの話をしたらあっさりこっちに寝返ってくれた。

 あのバターはお世辞抜きに美味しかったので、買って帰ろうと思う。

 

「むっ! それならあるいは……ヘズ兄貴は平野党だけど、母さんとも距離を置いているし」

 

 ヘズ・エル・シューヴァル。

 彼はラークノール公爵家の兄弟たちの中で唯一、平野党に属している。

 というのも、海岸党の当主であり、同腹の兄でもあるべリドル(バレーヌ伯爵)と仲が悪いからだ。

 理由は私怨らしい。

 とはいえ、別に平野党当主であるトール君の母親とも仲が良いわけではないとか。

 

「あの人はべリドル兄貴の逆張りをする傾向がある。べリドル兄貴がロゼリアのことを警戒している今なら、交渉の余地はあるかも」

 

 俺の方から話してみよう。

 トール君は胸を張って答えてくれた。

 

「ありがとうございます。……お礼と言ったら何ですが、良いことをお教えしましょう」

「良いこと?」

「来年の夏。五年に一度の帝国議会が開かれます。ご存じですね?」

 

 私の問いにトール君は頷いた。

 当然、帝国諸侯であるブドゥーダル公爵家とプルーメラ大公家も出席する。

 重大な議決が行われるとは思えないが……。

 

「バールド皇子はラークノール公爵家をオブサーバーとして招待するつもりのようですよ」

 

 私の言葉にトール君は大きく目を見開いた。

 

「駝鳥の轍を踏みたくなければ、参加するべきかと」

「言われなくとも」

「あなたならそう言ってくださると思っていました」

 

 ラークノール公爵家の態度次第だが、帝国議会が始まるまでの間、情勢が大きく動くことはないはず。 

 上手く行けば、帝家との和平にも漕ぎつけられるかもしれない。

 

「父と祖父も来るでしょう。……あなたとラークノール公爵。五人で話し合いの場を設けたいと思っています。お覚悟はよろしいでしょうか?」

「臨むところ」

 

 トール君は逞しい顔でそう言った。

 頼り甲斐のある顔だ。

 不安要素は多いが、彼となら……。

 

「ところでロゼリア」

「どうしましたか?」

「一つ……あなたの見識を頼って、聞きたいことがある」

「何なりと」

 

 トール君は真剣な表情で身を乗り出した。

 

「ラークノール公爵家が帝国に加盟することは可能だろうか?」

 

 

 

 

 

 

 その後も二人であれこれ政治の話や、互いの情報交換に勤しんだ。

 領地の諸産業や、互いの邦の法律・司法制度、軍事制度、人事制度、税制……そして人間関係など。

 

 未来のために擦り合わせていく。

 

 ちなみにトール君にデラーウィアと騎士スティーンが父の娘であることを伝えたら、とても驚いていた。

 

「……プールに行っても?」

「おっと……もうこんな時間か」

 

 トール君と共に蒸気室を出る。

 先ほどと同じように手桶で水を掬い、手足から冷やしていく。

 

 プールに入ろうと思った……その時。

 

「ロゼリア」

「はい? ……きゃ!」

 

 頭から水を掛けられた。

 一気に体が冷える。

 つ、冷たい!

 

「ちょっと!」

「やり返してもいいよ」

 

 やってやる!

 と思った私は手桶でトール君の頭に掛けようと手を伸ばす。

 が、届かない。

 仕方がないので肩にかける。

 

 彼は涼しい顔だ。

 

 ぐぬぬぬ……。

 こうなったら!

 

「えいっ!」

「うわっ!」

 

 私はトール君の体を押して、プールに突き落とした。

 後を追うように、プールの中に入る。

 

「酷くないか?」

「仕返しです」

 

 二人で声を押し殺して笑う。

 声を上げて笑えないのが、もどかしい。

 

 ひとしきり笑ってから、私たちはプールを上がる。

 

「ロゼリア。これ」

「それは……」

 

 椅子で休んでいると、また革袋を差し出された。

 さっきと同じやつだ。

 

「飲んだ方がいい」

「そ、そうですね」

 

 私はトール君から革袋を受け取る。

 ただの水分補給だ。

 気にすることはないし、気にする方がおかしい。

 

「んっ……」

 

 唇を革袋に付けた。

 中の水はすでに温くなってしまっていたが……。

 さっきよりも美味しい気がした。

 

「あ、ありがとう、ございます……」

「顔が赤いが、大丈夫か?」

「……気にしないでください」

「そうか」

 

 トール君は深くは追及せず、革袋の水を飲み始めた。

 私は彼の飲む姿を見上げる。

 

「この後、どうする?」

「……掛け湯をして、体を温め直してから、出ます。そろそろ、デラーウィアも心配する頃合いでしょう」

 

 ちょっと長く滞在し過ぎた気がする。

 もしもデラーウィアがしびれを切らして入って来たら、大惨事だ。

 

「しかし……お休みのところ、長話に付き合ってくださり、ありがとうございます」

「いや、こちらこそ。……おかげで話も進んだ」

「そうですね。やはり二人でこうして、密会できると話が早い」

 

 なるほど、騎士コートレイルはこれを狙ったわけか。

 頭が回る男だ。

 事前に教えて欲しかったけど。

 

「もし良ければ……今後も行き詰ったら、この場でお話をしましょうか」

「え? ま、また!?」

「……ダメ、でしたか?」

「いえ、そんなことはない!」

 

 私が瞳を潤ませながら尋ねると、トール君は首を大きく横に振った。

 相変わらず、チョロい。

 

「ありがとうございます。それでは、またの機会に」

 

 私は人差し指を唇に付けた。

 そして軽くウィンクする。

 

「未来の旦那様?」

 

 トール君の顔が真っ赤に染まった。

 ふふっ……。

 

 これは私の勝ちだな。

 

 

 

 

 

 それから私は身体を温め直してから、浴室から出た。

 長風呂を咎めるデラーウィアの声を軽く流しながら、服に着替え、夕食の席へと向かう。

 

 そこにいたのはつい先ほど、出会ったばかりのトール君だった。

 

「お久しぶりです。トール殿」

「お久しぶりです。ロゼリア姫」

 

 私たちは揃って挨拶し、それから声を押し殺して笑った。

 

 




高評価ありがとうございます(敬称略)

あわも tos hajiaku 素うどん




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