TS貴族令嬢の複雑すぎる婚活事情   作:桜木桜

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第31話

 それから五日、六日と月日が経過した。

 

 ラークノール公爵家に対する食糧援助。

 交易活動の活発化。

 軍馬の購入、そして種牡馬の貸与……。

 

 果たして七日間で全て終わるか心配だったが、六日目にして外交交渉は驚くほど上手くまとまった。

 理由は単純で、私とトール君が裏で密会し、口裏を合わせていたからだ。

 

 どこからどこまでが許せるのか。

 本当に欲しい物は何か。

 

 本来ならやらなければならない腹の探り合いをすっ飛ばして、事前に落としどころを決め、騎士たちに伝えていた。

 おかげで摺り合わせることなく、カチっと型に填まるように話がまとまった。

 

 騎士たちからは怪しまれたが……。

 愛の力だと誤魔化しておいた。

 

 私とトール君が何らかの方法でやりとりをしていることは察したようだが、浴室で密会しているとは思っていないだろう。

 

 そして七日目。

 ついにお別れの日がやってきてしまった。

 

 あれ以来、お守りの話は一度もされなかった。

 きっと、私の機嫌を損ねると思ったのだろう。

 私もあえて口にはしなかった。

 

「実りある日々でした。ありがとうございます。トール殿」

「ロゼリア姫。また、お会いできる日を楽しみにしております」

 

 へーリング市の城門前で、私はトール君と貴族としての挨拶を交わす。

 う、うーん……。

 この場で渡すのはおかしいよな……。

 

「次はブドゥーベル市にお越しください。ご案内いたします」

「その時は是非――」

 

 お別れの挨拶を引き延ばそうと試みるが、どうにも上手く会話を繋げられない。

 これ以上、長話するのもよくないか。

 

「それでは、また。星が瞬く夜に」

「はい。篝火を囲みましょう」

 

 別れの挨拶を終え、馬車に乗り込む。

 ……あと一年は会えない。

 

 そう思った瞬間、胸が締め付けられたような気がした。

 

「……トール殿」

 

 思わず呼びかけてしまった。

 トール君は怪訝そうな表情を浮かべる。

 周囲の騎士たちは何事かと、表情を変える。

 

 ええい!!

 

 私は小走りでトール君の側に駆け寄った。

 双方の騎士たちは警戒し始めるが、気にしない。

 

「あの、ロゼリア姫?」

「こ、これを……!」

 

 私はトール君の胸元に押し当てるように、護符を渡した。

 巾着袋のようになっている、簡易的なもの。

 私の手作りだ。

 

「こ、これは……」

「あ、あなたが欲していたものです!」

 

 私が自分の顔が赤くなるのを感じた。

 は、恥ずかしい。

 

「あ、ありがとうございます! 大切にいたします!」

 

 トール君はニコニコと嬉しそうだった。

 こ、これ、気にしているの、私だけ……?

 

「中を確かめるような真似はしないでください。……御利益が失われますから」

 

 絶対、開けるなよ!

 と私は念押ししてから、逃げるように馬車に飛び乗った。

 

 ふふっ……やってやった。

 後でお説教確定だけど、後悔はない。

 

 

 

 え? 

 結局、護符の中身は何かって?

 

 そ、それは……その、この世界の定番というか。

 女の子が男の子に贈る護符としては、一般的な物というか……。

 

 だ、だから、その……。

 

「姫様。後でお話がございますが……何を渡されたか、確認させてください」

「そ、そんなこと。言わせないでください!」

 

 窓から声を覗かせてきたアールゴキアに対し、私は顔を覆いながら答えた。

 馬鹿、えっち、変態、スケベ!!

 

 

 

 

 

 

 

 ロゼリアが立ち去った後のこと。

 トールは自身の母親であるヨローズに呼び出されていた。

 

「何用でしょうか、母上」

「そう不機嫌そうな顔をせず。……まずはお茶を飲みなさい」

「……はい」

 

 トールは自身の母親が淹れてくれたお茶を口にする。

 華やかな香りが鼻腔を擽る。

 非常に良い香りだ。

 

 その香りにトールはほんのわずかだが、違和感を覚える。

 果たして、母がいつも飲んでいるお茶はこんなに華やかな香りだったか。

 

「ロゼリア姫のことですが」

「何でしょうか」

「彼女は普段から、あのようなはしたないドレスを着ているのですか?」

「……」

 

 確かにあのドレスはえっちだった。

 トールはロゼリアのドレスを思い出し、体を熱くさせた。

 

 肌は隠れているのに透け透けで隠せてないというのは、ラークノール地方のファッションとしてはあまりに斬新だった。

 

「はしたないなどとは思いませんでしたが」

 

 とはいえ、ヨローズに想い人の服装について「確かにドスケベでしたね」などと答えるわけにはいかない。

 それにえっちであることは事実だが、はしたないとは思わなかった。

 

 雰囲気は清楚で上品だったからだ。

 

「母上は南の文化を知らないから、そのように感じられるのでしょう」

「ここはラークノールの地です」

 

 やはり母はロゼリアと自分の婚姻に反対であることを、トールは再確認する。

 強く拳を握りしめる。

 ここで感情的になっても、話は前に進まない。

 

「母上。ロゼリア姫との結婚は……」

「嫁いだ後もあのように服装でいられては困ります」

「……嫁いだ後?」

 

 うん?

 トールは首を傾げた。

 

「何を不思議そうな顔をしているのですか」

「母上はロゼリア姫と私の結婚に反対だったのではないですか?」

「反対などと一言も口にしていません」

 

 いや、大反対だっただろ。

 トールは思ったが口には出さなかった。

 良く分からないが、母親が心変わりしているならば、それに水を差すべきではないと考えたからだ。

 

「私はあなたが彼女に利用されることを恐れています」

「政略結婚ですから、そういう側面はあるでしょう」

 

 トールも純粋にロゼリアが自分を想ってくれていると考えるほどお花畑ではなかった。

 ロゼリアが自分たちの軍事力を当てにしていることを理解している。

 何より、トール自身もロゼリアが持つ富を目当てとしている部分もある。

 

 そこは貴族同士である以上、お互い様だ。

 

「利用し合えるのであれば、結構。しかし彼女の富を守るためだけに、あなたが血を流すようでは問題です」

「当然、ロゼリア姫にも協力していただきます」

 

 ラークノール公爵家は内部で様々な問題を抱えている。

 その内政上の問題を解決するために、トールはブドゥーダル公爵家の富を目当てとしていた。

 すでにロゼリアにはその意向は伝えており、前向きな返事をもらっている。

 

「ロゼリア姫があなたのために尽くしてくださるという保障はありますか?」

「ロゼリア姫は私を裏切るような真似は……」

「婚約者を裏切っているのに?」

「それは……」

 

 婚約者のピンチに助けに行かない男なんて見限られて当然だろう。

 トールはそう思っていたが、自身が見限られない保障がないことは自覚していた。

 見限られないようにロゼリアに尽くすなどと口にすれば、それは自身とロゼリアの結婚において、ロゼリアが主となることを意味している。

 

 果たしてどう答えるべきか。

 トールは思案し……。

 

「ロゼリア姫は私を裏切るようなことはありません」

「なぜですか?」

「私が夫で彼女が妻だからです」

 

 自分と一緒に国を統治して欲しい。

 自分を対等に支えてくれる配偶者が欲しい。

 それがトールの本音ではあるが、それを口にするのは誤解を招くため、隠す。

 

「私が彼女の主人であり、旦那となるのです。その逆はあり得ません。彼女にはそれを理解してもらう……いえ、理解させますし、理解することになるでしょう」

「ロゼリア姫があなたに謀反を企んだ時は、どういたしますか?」

 

 母の問いにトールは首を大きく横に振った。

 

「母上は父上に謀反を企んだことがありますか? 企んだとして成功すると思いますか?」

「それは……」

「考えるまでもないでしょう。それと同じです」

 

 反乱など考えられないように、日頃からしっかり上下関係をわからせる。

 何かあっても武力でねじ伏せる。

 トールはヨローズに語った。

 

「もちろん、妻を守るのは夫の責務です。結果として私は彼女の大切な物を守ることになるでしょう。しかしそれは彼女にとって大切な物が、私にとっても大切な物であるからです」

 

――彼女の富は私の子に継がれ、そしてそれは千年の礎となるのですから。

トールは力強い言葉でヨローズにそう宣言した。

 

ヨローズは深々と頷いた。

 

「さすがはジーオンの子です。その意気です。猛々しい牡馬として、雌山羊をしっかり組み伏せなさい」

「組み伏……は、はい」

 

 トールは顔を赤らめながら小さくうなずいた。

 その様子にヨローズは目を細めた。

 

「その程度のことで動揺するとは。それでもジーオンの子ですか」

「べ、別に動揺などしておりませんが……」

 

 組み伏せる。

 ロゼリアを自分が。

 

 いざ言葉にされると、トールの中であまり現実感を覚えない。

 むしろ考えることすら躊躇してしまう。

 

 浴室でトールがロゼリアに手を出さなかったのは彼女を傷つけてはならないと思っていたからというのもあるが……。

 それ以上に怖かったからだ。

 

 美しい花を踏み潰す。

 その罪深さに考えることだけでも躊躇してしまう。

 

「私が女性を遠ざけたことも悪いですが、このままではよくありませんね」

「……では、どうしろと?」

 

 腹立たしい気持ちになりながらトールはヨローズに尋ねる。

 彼女は大きく頷いた。

 

「練習あるのみでしょう」

「練習って……誰と……」

「練習相手は私が用意しましょう」

「……練習相手?」

 

 首を傾げるトールに、ヨローズは胸を張りながら答えた。

 

「筆卸しの相手です。いざという時、出来ぬようでは困ります。雌山羊に笑われぬように、体だけではなく心まで支配できるように。男として強くなれるように、最適の相手を用意します」

「……は?」

 

 ママに任せなさい。

 と自信満々な様子のヨローズにトールは言った。

 

「嫌です。母上に紹介していただくくらいなら、べリドル兄貴に紹介を頼みます」

「くらいならとは、何ですか!」

 

 その後、トールとヨローズは三時間口論した。

 




いろいろ考えましたが、プラス一話投稿して、明日で二部を終わらせます。


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