TS貴族令嬢の複雑すぎる婚活事情 作:桜木桜
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今後ともよろしくお願いいたします。
六月中旬。
私はアールゴキアたちにたっぷりとお説教されながらも、ブドゥーベル市に戻った。
それから父に外遊の成果を報告する。
「まさか、ラークノール公爵家が我らに種牡馬を譲るとは……」
私の報告に父は驚きの声を上げた。
私は満面の笑みを浮かべる。
「それだけ、トール殿はわたくしのことを信頼してくださっているのです」
「……うむ、そうか」
父の表情は渋かった。
嬉しそうな。嬉しくなさそうな。
「西大陸の土地で育った馬ですから。南方馬よりも、馴染むでしょう」
南方馬とは、南大陸の馬のことである。
南大陸沿岸部の乾燥地帯は世界的にも有名な馬産地であり、足が細長く、体高も高い、見栄えの良い駿馬が生産されている。
その見栄えや毛並みの良さから、貴族たちに好まれる。
ブドゥーダル公爵家は幾度も、この南方馬を仕入れ、育てることで馬の品質を改良しようと試みてきた。
しかし結果はご覧の通りである。
南方馬は確かに乾燥した平地や砂漠での走行能力は高いのだが、湿地や森林のような地形の踏破性に不安がある。
そのため西大陸の戦場では、使いづらい面もあった、
ブドゥーダル公爵家が馬の品質改善に失敗したのは、そのような経緯がある。
対して北方馬――ラークノール産馬は足が太く、短く、体高も低い。
しかし湿地や森林、そして山岳であっても踏破できるほど、頑丈だ。
粗食にも耐えるので、騎士たちからは人気だ。
「北方馬と南方馬を掛け合わせてみるのも面白いかもしれません」
「……主馬頭たちは喜ぶだろうな」
主馬頭とは、主に馬匹の管理を行っている騎士の役職だ。
馬の繁殖だけではなく、兵站全般を受け持っている。
騎士頭・狩猟頭と併せて三頭と呼ばれる騎士の最高職の一つだが、ブドゥーダル公爵家では閑職気味である。
馬の品質、悪いしね。
買った方が安く済むし、仕方がない。
だからこそ、私は彼らに目をつけた。
私とトール君が結婚したら、もっと種牡馬をたくさん持ってこれるよ! とアピールするつもりでいる。
これで彼らも私たちの結婚を応援してくれるはずだ。
……その後は用済みだけど。
「お父様は喜んでくださらないのですか?」
「複雑な心境よ。指摘してくれるな」
父は苦笑いを浮かべて言った。
父の家臣に対する切り崩し工作だが、怒っているわけではないようだ。
少し安心する。
「父として娘の成長を喜ばしく思う。公爵としても、この政策は支援しよう。最後までやり遂げるように」
「はい。承知いたしました」
釘を刺された。
もちろん、私だってただの人気取りだけのためにこんなことをやるつもりはない。
成功する目算はある。
「ところで少々、話は変わりますが……カーヴェニル王子にお子さんが生まれたそうですよ」
「ふむ……どこでそれを耳にした?」
やはり父も知っていたか。
まあ、派手にやったらしいし知っているのも当然ではあるけど。
「ラークノール公爵家にて。カーヴェニル王子が送った私的な手紙の中身を拝見いたしました」
「……なるほど」
もちろん、トルーニア城に届いた私宛の手紙にも書いてあった。
ほかにもいろいろな伝手を使って、情報は集めている。
しかし重要なのはラークノール公爵領で知ったという事実。
これはもしかしたら、父より早いのではないだろうか。
「トール殿も危ういことをする」
「お手紙にはわたくしにも見せるように記されておりましたから」
「……随分と仲が良いことだ」
そういうことだ。
私は少なくとも、父よりはカーヴェニル王子と親しい。
「カーヴェニル王子は今後も、わたくしとトール殿と親しくしたいとおっしゃっておりますよ」
私とトール君の結婚が成立し、王家との婚姻を破棄しても、王家と敵対関係にはならない。
と私が主張すると……。
「友情に永遠はない」
友情は信用ならない。
カーヴェニル王子が永遠にブドゥーダル公爵家と仲良くしてくれる保障はない。
帝家と共同して、攻撃してくる可能性がある。
それを予防するためにも王家との婚姻同盟は必要……というのが父の主張だ。
「なれば、愛情で繋ぎ止めねばなりませんね」
その後も私は父と舌戦を続けたが、議論は平行線だった。
やはり父は一歩も譲るつもりはないらしい。
……困ったな。
「ブドゥーベル城にはどれだけいるつもりだ?」
「一月ほど。やるべきことを終えた後、トルーニア城へ戻るつもりです」
予定では七月中旬にはシークの子どもが生まれる。
帰るのはそれを見届けてからだ。
「もう少しゆっくりしたらよかろうに」
「今、お父様とゆっくりお話をしても、実りが得られるとは思えませんので」
何だか、疲れてしまった。
ラークノール公爵家との外交交渉は上手く行ったし、その成果でもって父も分かってくれると思っていたが、父の意思は堅い様子だ。
裏切られた気分だ。
もっとも、勝手に期待していたのは私だけど……。
「ロゼリア。私はお前のためを思って言っているのだ。お前に後悔してほしくない」
「……それくらいはわたくしもわかっております」
ただ……。
「お父様を恨むことになるよりは、自分の愚かさに悔いたほうが良いと思っているだけです」
失敗するなら、誰かのせいではなく、自分のせいであって欲しい。
かすれた声で私は父にそう言った。
それから執務室を退出しようとすると、背後から声を掛けられた。
「ロゼリア。今年の夏は、女神アーマリアの機嫌が悪いようだ」
女神アーマリア。
トランプの絵柄にも採用されている、泉と疫病の女神。
ブドゥーベル市の守護神だ。
機嫌が悪いということは、つまり「疫病が流行っている」という意味だ。
この世界では疫病は神の怒りが原因だとされている。
「聞き及んでおります」
「……仕事は程々に。気をつけなさい」
「……はい。お父様も」
私は父に軽く会釈をしてから、退室する。
……はぁ。
父と口論した日の翌朝。
私は気分転換も兼ねて、ブドゥーベル市内を散歩していた。
少数の護衛の騎士と供を連れた、お忍びでの散策だ。
服装も普段の豪華なドレスではなく、騎士階級の娘が着るような簡素な衣装だ。
向かう先は本屋だ。
私の立場であれば呼びつけたり、買いに行かせることもできるが、やはりこういうのは自分の手で買いたい。
ちょっとした宝探しだ。
「これはこれは、ブドゥーベルのお嬢様! お久しぶりでございます」
本屋の店主が手揉みしながら、私に対応する。
私が単なる町娘ではなく、ブドゥーダル公爵の娘であることを理解している態度だ。
それもそのはずで、私の服の胸元には薔薇の花飾りが輝いているからだ。
他にも引き連れている従者の服装には、彼ら・彼女らがブドゥーダル公爵の縁者であることを示す意匠が施されている。
そして私の外見的特徴――銀髪に薔薇色の瞳を知らないブドゥーベル市民はいない。
そのため、お忍びといいつつも、実際には何にも忍んでいない。
では何のためのお忍びかといえば、「私はブドゥーダル公爵の娘ですが、今は町娘のふりをしてお散歩をしているので、皆さんそういう風に扱ってください」と示すためのお忍びである。
おままごとに付き合わされる市民は大変だ。
「中を見て回っても?」
「どうぞ、どうぞ!」
店主に挨拶してから中に入る。
内部は薄暗く、照明の類は殆どない。
本は棚に立てかけられるような形で並べられ、鎖で繋がれている。
結論から言えば目ぼしい本はなかった。
基本的にこの世界では「新しい本」は生まれない。
本の生産方法が「写本」しかないからだ。
生産数が限られているなら、新しい本を作るよりは、大昔の名著を作った方が需要もある。
……今のところ、活版印刷には手を出していない。
何を印刷するか、決めかねているからだ。
本よりは新聞みたいなものが良いかなとは思っている。
「いかがでしたか? お嬢様」
「興味を惹かれる物はありませんでした」
「さ、左様ですか……」
「掘り出し物が見つかれば、遣いを出してください」
今回はご縁がありませんでした。
と私がお祈りすると……。
「……少々、お待ちいただけますか?」
店主は奥へと消え、本を一冊抱えて来た。
むむっ……。
「古代の植物辞典です」
「……見せてください」
「どうぞ」
まず先に題名を確認する。
タイトルはシンプルに【植物誌】。
次に著者名……古代の有名な植物学者の名前。
いろんな本に文献が引用されている人物だ。
最後に中をめくる。
これ、本物……!?
「素晴らしい! 良い値で買います」
「それではブドゥーベル金で――」
「買いましょう。しかし今、手持ちがありません。取り置きしてもらえますか?」
「持って帰ってくださって構いません。料金は後日、支払っていただければ」
「厚意に甘えます。それでは明日中に遣いを送ります」
「それではこちらにサインを……」
私は契約書にサインをする。
そして本を抱え、店から出ようとして……。
「え?」
フードを被った人物と鉢合わせした。
性別は女性だろうか。
フードの下から三つ編みになった金髪が垂れている。
彼女はポカンと口を開け、私が手に持っている本を見つめ、動かない。
私がロゼリア・エル・ブドゥーダルだと分からないのだろうか?
「退け」
と、そこでデラーウィアが私の後ろから前に出てきた。
魔力を隆起させ、剣に手を置きながら女性を睨む。
「ふぁえ!?」
女性は驚いた様子で間抜けな声を上げた。
しかし動かない。
「退けと言った!」
デラーウィアが二度目の警告。
同時に鯉口を鳴らす。
「し、失礼いたしました!」
女は慌てた様子で頭を下げ、道を開けた。
……あと一秒、遅れてたら首が宙を舞っただろう。
「ありがとうございます」
私は一言、お礼を口にしてから店を出る。
それと同時に女性が走る音。
「あ、あの本! わ、私が取り置きしてって、頼んだものですよね?」
「おう、そうだな。これは前金だ。お返ししよう」
「そ、そうじゃなくて! わ、私が先だったのに……。前金だって……」
「十分の一も支払ってねぇくせに何言ってるんだ。あのお嬢様は即金で全額支払ってくださったんだ!」
「そ、そんな! ず、ズルい! こ、こうなったら……」
「おい、待て! 妙な気を起こすな! あの御方は……」
揉める声が聞こえてきた。
だから店の奥にあったのね。
「少し食い違いがあったようですね」
私は二人に聞こえるように大きな声でそう言った。
店内へと戻っていく。
店主の顔が真っ青になる。
「い、いえ! そ、その本はお嬢様の物でございます。どうぞ、お持ち帰り……」
「わ、私のです!!」
「おい、馬鹿!」
店主は女性のフードを掴む。
顔が明らかになる。
白い肌、金色の瞳、黄金の髪。
顔は童顔で少し幼く見えるけど……多分、年上。
二十歳を超えているかどうか。
服装はボロボロで、靴には穴が空いている。
顔も泥と煤で汚れている。
魔力はほんの僅か……騎士級の三分の一以下。
従士級だ。
そして彼女のエイル語には独特の訛りがあった。
「はわわ!」
女性は慌てた様子でフードを被り直す。
そしてフードの中から上目遣いで私を睨む。
「そ、それは! 私が取り置きを頼んだもので……前金だって、し、支払いました!」
「そうでしたか」
うーん。
だからといって譲るのも変な話だ。
私はもう全額支払って……ないけど。
彼女とは支払い能力が全然、違う。
店主も私に売りたいだろう。
「では、私が預かっておくという形はいかがでしょうか? 全額、支払っていただいた時点でお譲りしますよ」
「ほ、本当ですか!? あ、ありがとうございます!!」
彼女はペコペコと私に頭を下げた。
それからハッとした表情を浮かべた。
「わ、私はクシアエールと申します」
「私はロゼリアです」
これで気づくだろうかと思ったが、彼女は驚いた様子も見せなかった。
確かにこの世界にはあちこちにいろんな「ロゼリアさん」がいらっしゃるだろうけど、銀髪で高貴そうな「ロゼリアさん」はブドゥーベル市には一人しかいない。
となればブドゥーベル市民じゃないな。
「ご出身は北大陸ですか?」
「い、いえ……ち、違います……」
あれ……自信あったのに。
「で、でも……母は北大陸出身です。ど、どうして……?」
「ガルザァース訛りがありましたから。ブドゥーベル市は初めてですか?」
「は、はい。そ、そうです……」
彼女の母親の出身は北大陸らしい。
そして東大陸で彼女を産んだとか。
確かに言われてみると、北大陸や西大陸に見られる顔立ちとは、少しだけ趣きが異なる。
東大陸系の血が流れているのだろう。
幼く見えるのも、それが理由か。
「路銀はどうやって?」
「薬を売ったり、床屋とか、芸を見せたり……他にも、その、いろいろ……へへっ……」
クシアエールは卑屈そうに笑った。
いろいろかぁ……。
十中八九、体だな。
薬剤師・外科医・歯医者・床屋・旅芸人・売春婦は兼任できる。
前世の常識だと摩訶不思議に思えるかもしれないが、この世界では全部同じような属性だ。
賤業って意味でね。
「どうしてブドゥーベル市へ?」
「ま、まあ、その……い、いろいろありまして。へへへへ……」
目を逸らしながらクシアエールは言った。
何か、後ろめたい理由でもあるのだろうか。
まあ、職業が職業だし、詮索はしない。
「ブドゥーベル市はどうですか?」
「す、素敵な街です! い、いろんな本があって……」
「書物は東大陸や南大陸の方が豊富では?」
この世界の先進地域は東大陸、ついで南大陸である。
西大陸は後進地域だが……。
「い、今の本はそうですが、こ、古典はたくさん!」
どうやら東大陸や南大陸では、統一帝国時代の古典はあまり残っていないらしい。
思想統制で燃やされてしまう傾向があるようだ。
西大陸では統一帝国時代は人類の「黄金時代」と位置づけられているが、東大陸や南大陸では「支配と抑圧と屈辱」の時代とされている。
確かに西大陸は思想統制も何も、そんな権力を持った人は歴史上現れていない。
戦乱と瓦礫で埋もれてしまっているが、残ってはいるのだ。
「そ、それに……石鹸! 似たようなものは東や南にも、ありましたが。ブドゥーベルのものは、それ以上!」
おぉ!
「石鹸の開発には私も関わっているのですよ」
「そ、そうなんですか!」
クシアエールは一歩、前に進み出た。
意外と臭くはない。
むしろ香草の良い香りがする。
「あ、あれを、化粧品としてしまうのは、勿体ないです!」
「どうしてでしょうか」
「そ、それは、そもそも、病の原因は、天罰ではなく、天体の運行でもなく――不衛生と微小な――」
「四体液説については?」
「あ、あんなもの、机上の空論! に、人間の体は、より複雑! そもそも――」
「瀉血も効果はないと」
「ひゃ、百害あって、一理ありません!」
「心地が良いと思う方もいるようですが」
「き、気の所為です!」
「古典医学は支持されないのですね」
「い、いえ! 全ては、そうというわけではなく……毒は容量によって、薬になるという考えは、同じ! で、ですが、水銀のように、毒にしかならないものも、あります。そもそも、古典医学は理論だけが先行し、実証が――」
それからクシアエールは一時間、途切れることなく捲し立てた。
ちょっと、いや、かなり長い……。
「じゅ、重要なのは……観察と、実験! 理論など後から……」
「日が暮れそうなので、続きは後で聞かせてください」
情報の波で溺死しそうになった私はクシアエールの言葉を遮った。
彼女は不満そうな表情を浮かべながらも、押し黙る。
「三日後、予定を開けておきます。その日の正午、私の……お家に来てください。本の値段、その返済方法について、話し合いましょう」
「は、はい。……ところでお住まいは、どちらでしょうか?」
きょとんと、クシアエールは首を傾げた。
私は笑い出しそうになるのを堪えながら答えた。
「ブドゥーベル城です」
「へぇ……」
クシアエールは目を丸くした。
そして手を叩く。
「お、お城務めなんて、す、素敵ですね!」
天然にも程があるでしょ。
名前:クシアエール
性別:女性
身分:外来人
職業:助産師・歯医者・外科医・内科医・薬剤師
年齢:二十二歳
性格:?????
趣味:病人の治療
特技:医療行為全般
一言:苦しんでいる人を放っておくことはできませんから!
高評価ありがとうございます(敬称略)
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