TS貴族令嬢の複雑すぎる婚活事情   作:桜木桜

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もうすぐ一周年なので「小説家になろう」と「カクヨム」で投稿を開始しました。
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今後ともよろしくお願いいたします。


第2話

 三日後。

 

「た、た、大変な……ご無礼を、致しましたぁ!!」

 

 クシアエールは開口一番、ひざを折り、深々と頭を下げた。

 三度、額を床に打ち付けてから、五体投地のように体を投げ出す。

 どうやら東大陸風の謝罪らしい。

 

「ど、どうか……お、お命だけは……」

「あなたはわたくしがあの程度のことで首を刎ねるような狭量な君主であると思っているのですか?」

「い、い、いえ、そ、そ、そのような、ことは……」

 

 クシアエールは床に向かった否定の言葉を口にする。

 話し辛い。

 

「どうぞ、立ってください」

「い、いえ……そんなことは……」

「……姫様が立てと命じています。聞こえませんか?」

「い、いえ!」

 

 デラーウィアの言葉にクシアエールは慌てた様子で立ち上がった。

 どうやら、私に謁見する前に強制的に水浴びをさせられたらしい。

 全体的に小綺麗になっていた。

 

「記憶よりも整った顔立ちをされていますね。顔にそばかすとか、デキモノ、ありませんでしたか?」

「あ、あ、あれは、その……け、け、化、粧です……」

「なるほど」

 

 女性の一人旅だ。

 いろいろと苦労があるのだろう。

 

「顔を隠していたのもそれが理由で?」

「い、いえ……そ、それは、そ、その……ひ、人の視線が、に、苦手で……へへっ……」

 

 クシアエールは床を見つめながら、卑屈そうに引き笑いをした。

 顔は可愛いのに、いろいろ勿体ない。

 ……これで体を売れるのだろうか?

 なんか、私の予想が間違っている気がしてきた。

 

「デラーウィア、衣装棚から帽子を持ってきてください」

「はい」

 

 デラーウィアはすぐに大きな帽子を持って来てくれた。

 帽子をクシアエールの頭に被せる。

 

「これで話せますか?」

「はひっ……あ、ありがとうございます」

 

 クシアエールは帽子を深々と被り直しながら頷いた。

 

「さて、三日間であなたのことを調べさせていただきました」

「し、調べた!?」

 

 クシアエールは驚きの声を上げた。

 怯えた様子で縮こまる。

 ……どうして?

 

「腕の良い助産師かつ外科医らしいですね」

 

 クシアエールは特徴的な顔つきをしている。

 加えて言葉にも独特の訛りがある。

 何より、かなり腕が良いらしい。

 

 おかげですぐに情報が集まった。

 

「へ!? あ、あぁ……そっち……へへっ! お、お褒めに預かり、光栄です!」

 

 ……そっち?

 いちいち、気になるな。

 

「治癒魔法抜きで帝王切開を成功させたと聞きました」

 

 この世界において、魔法に頼ることができない平民妊婦にとって、“帝王切開=死”を意味する。

 切り開いた子宮を縫合する術がないからだ。

 

 そのため噂では「きっとこっそり治癒魔法を使ったのだろう」と尾ひれがついていた。

 確かにクシアエールは極小だが魔力を持っている。

 しかし彼女の魔力量を考えると、焼け石に水程度の治癒しかできない。

 

「は、はぁ……確かに何度か、行いました」

 

 嘘を言っている様子はない。  

 千年の祖となるため、十回以上の妊娠・出産を控えている私には必要な人材である。

 

 い、いやまぁ……べ、別にシたくはないけどね?

 だから最低限だけど……でも、ほら。

 千年残すことを考えたら、一桁だと、心許無いじゃん?

 

 そう考えると、二桁が最低限かなって……♥

 い、嫌だけど!

 し、仕方がないよね♥

 

 だ、だから結果的にはいっぱい……♥、シないといけないかも、だけど。

 そ、そんなんじゃ、ないから。

 

 そ、それに浮気はダメだから!!

 ダメって言うからには、その分、私が……♥

 

「えーっと、姫様?」

「こ、こほん! し、失礼しました。しかし平民相手の医療だと、お金も集まり難いでしょう」

 

 当たり前の話だが、貴族や騎士、富裕層の平民は治癒魔法が扱える助産師を雇う。

 治癒魔法が扱えるのであれば、帝王切開も可能だ。

 クシアエールを雇用する人間は、どう頑張っても中流以上の平民である。

 

 大した代金は取れないだろう。

 

「が、頑張ります」

「そこであなたに何か、本を一冊、書いていただこうかなと思いました」

 

 私はクシアエールの言葉を無視しながら結論を口にする。

 

「ほ、本……ですか?」

「分野は問いませんが……できれば医学が望ましいですね」

 

 昨日、話した限り、クシアエールは相当な医学的知識を持っていることが分かった。

 この世界の医学の定説である“四体液説”を深く理解した上で、それに批判的な認識を抱いている。

 何より、私の石鹸を評価してくれた(ここ大事)。

 

「わたくしも“四体液説”には一部疑問を抱いています」

 

 四体液説というのは、雑に説明すると「人間の体の四種類の体液(血液・黄胆汁・黒胆汁・粘液)のバランスの変化によって、病が引き起こされる」という学説である。

 

 この四つの体液は四大元素(空気・火・土・水)や四性質(熱・冷と乾・湿の組み合わせ)、季節、方角、そして天体や惑星の運行に結び付けられる。

 

 季節の移り変わりや天体の運行によって、世界のバランスが崩れ、応じて人体のバランスが崩れるので、病気が起きる……みたいな。

 

 季節の変わり目は風邪を引きやすいとも言うので、全くの的外れというわけでもないのだろうが……。

 

「な、なるほど。……ま、まあ、そろそろ研究成果をまとめたいところではあったので……はい。かしこまりました。ところで何語で……」

古典(テラン)語でお願いいたします。書けますよね?」

 

 テラン語は統一帝国時代の言語であり、古典語とも呼ばれている。

 西大陸では学術的な書物は全て、古典語で書かれている。

 

 例えば、現代日本で医学を学ぶのに、江戸時代の書物を読む必要はない。

 しかしこの世界では千年前の医学書が未だに健在である。

 

 そして千年前の医学書は、古典語で書かれている。

 古典語が読めなければ、医学を学べない。

 

 つまり知識人であれば、古典語を読める。

 

 よって、知識人向けの学術的な書物は、古典語で書いた方がより多くの人に読んでもらえる。

 エイル語圏の知識人は、ニアルマ語の読み書きはできないかもしれないが、古典語の読み書きは間違いなくできる。

 

 なお、公的な文書――勅令や条約なども、古典語で記される。

 これは古典語には権威があり、また方言などのブレがないからだ。

 

 もっとも、私的な手紙はエイル語や二アルマ語で書かれる。

 その方が感情を乗せやすいし、解釈に幅を持たせられるからだ。

 

「ま、まあ……書けますが」

「面白い書物を期待しております」

 

 すでに仕事部屋と本を書くのに必要な紙とインクを用意している。

 城の書物も使って良いと、クシアエールに伝える。

 

「何か質問は?」

「えっと……城を出入りすることは良いのでしょうか」

「構いませんが……なぜ? 必要なものはこちらで用意しますよ」

「え、えっと……患者の治療は続けたいなと。へへっ……そ、その、好きなんです」

 

 人助けが好き、ということ?

 何とも立派な心がけだ。

 

「そ、それに……腕が鈍ると、よ、よくないなぁって……ひひっ!」

「そういう事情であれば、構いませんよ」

「あ、ありがとうございます!!」 

 

 クシアエールは嬉しそうに頷いた。

 了承も得られたということで、私は彼女を退出させる。

 

 

 

「姫様。またあのような奇人を……それに既存の医学に疑問などと……」

 

 クシアエールが去った後、デラーウィアが私に苦言を呈した。

 私が変な人を雇用することは珍しいことではない。

 自分で言うのもなんだけど。

 

「実際、効果が薄いのは事実でしょう?」

「……確かにそうですが」

 

 前世の世界の常識と照らし合わせると考えられないことかもしれないが、この世界の医者の地位はお世辞にも高くない。

 なぜなら“魔法”があるからだ。

 

 魔法を使えば、一瞬で傷を塞ぐことができる。

 その即効性と目に見える効力と比較すれば、外科手術はあまりに危険だし、内科医療もパッとしないだろう。

 

 しかしそれでも内科医には一定の地位が保たれている。

 多くの病気には魔法が通じないからだ。

 

 これはおそらく、魔法を使う対象がズレているからだと思われる。

 感染症の原因はウィルスや細菌だが、この世界の人はそれを知らない。

 

 天罰とか、天体の運行とか、瘴気みたいな“穢れ”が原因であると考えている。

 故にそういう存在しない対象に魔法を使おうとするから、失敗するのだろう。

 

 それに人間や貝、馬などの動物に対する治癒魔法はそれぞれ異なる。

 怪我の部位や状態によっても、異なる治癒魔法が存在する。

 

 となればウィルスや細菌の数だけ、対応する魔法があると考えて良いだろう。

 

 「風邪を治す魔法」は「風邪を治す薬」を作るのと同じくらい難易度が高いのかもしれない。

 

 ちなみに解熱魔法とか咳止め魔法みたいなものはある。

 だから治療に全く効果がないわけではない。

 ただし、ウィルスの増殖は止められないのだろう。

 苦しんだ末に死ぬこともよくあるので、治療を拒絶する貴族は少なくない。

 

 解熱も場合によっては逆効果になるだろう。

 

 余談だが、傷に対する治癒魔法も実は万能ではない。

 予後に体調を崩し、死ぬことがある。

 治癒魔法で敗血症や破傷風は防げないからだ。

 

 何なら、雑菌が入り込んだ状態で上から蓋をするように傷口を塞いでしまうから、使わない方がマシなケースもあるかもしれない。

 

 と、そのような理由で貴族も内科医には頼ることになるので、内科医の社会的地位はそこそこ高い。

 そこそこ、だけど。

 

 なお、外科医は最底辺だ。

 治癒魔法に頼れる人間は外科医に頼らないからだ。

 

 外科手術と治癒魔法を組み合わせれば最強な気がするが……。

残念ながらこの世界の人間は治癒魔法が扱えるなら全部治癒魔法で解決しようする傾向がある。

 

 外科手術と治癒魔法の組み合わせは、帝王切開くらいではないだろうか。

 

「少しでも結果が出れば、儲けものでしょう?」

 

 しかし彼女は私の石鹸を評価してくれた。

 

 だから個人的に好意を抱いている。

 それだけの話だ。

 

 

 

 

 クシアエールを雇用した翌日。

 私はブドゥーベル市の一等地、城務めの騎士たちが住む屋敷――そのうちの一軒を訪れていた。

 

「お久しぶりでございます。姫様」

「久しぶりです。あぁ……楽にしてください」

 

 屋敷の所有者は騎士ダンシオン。

 面会相手はその妻、シーク・サーリアスだ。

 

 彼女のお腹は大きく膨らんでいた。

 

「体調はいかがですか?」

「万全です」

「それは良かった」

 

 元気そうで何より。

 私は軽い世間話をしてから立ち上がった。

 

 あまり長居するのは、シークにとって負担になるだろう。

 仲は良いとは思っているが、しかし主君が相手となれば気を張るだろうし。

 

「出産予定日近くはブドゥーベル城にいるようにします。何かあったら呼んでくださいね」

 

 貴族である私は治癒魔法の出力も高い。

 出産に立ち会うような真似はできないが、待機することはできる。

 

「そ、そんな……お、恐れ多い……」

「わたくしにとっては、優秀なあなたを失う方が恐ろしいのです」

 

 そうだ。

 何かあった時はクシアエールも連れて行こう。

 

 役に立つかもしれない。

 




高評価ありがとうございます(敬称略)
abehgkgj しゃぁろー トシヤ△ shaun おつら
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