TS貴族令嬢の複雑すぎる婚活事情 作:桜木桜
その日。
私はブドゥーダル公爵家の筆頭主馬頭と会談していた。
主馬頭は騎士頭、狩猟頭に並ぶ役職の一つ。
馬匹の管理を担っている。
三つ合わせて三頭と呼ばれる。
彼らはブドゥーダル公爵に仕える騎士の代表者たちである。
そのため家格も高い傾向があり、多くはその地域の代表者が担う。
なお、家令と書令、侍従の三つは合わせて三令と呼ばれている。
こちらはブドゥーダル公爵家の使用人である。
三頭と比較すると家格は低いが、実務を担っている分だけ、権力はこちらが上。
こういった組織はどこの家にもある。
まあ、規模や実情に差はあるが。
私が父に意見を通すには、彼らのような役職付きの騎士たちを口説き落とす必要がある。
父も手足を失えば、何もできないからだ。
さて、我が家の筆頭主馬頭は、頭の禿げ上がった老人だった。
「北方馬を手にすることができるとは。騎士の代表として、感謝申し上げます」
筆頭主馬頭は深々と頭を下げた。
「馬はトルーニア公爵領に用意した牧場に放っております」
先の内戦の戦後処理の過程で、土地を没収したり、領地替えを行うことがあった。
その時に馬の繁殖に使えるような広大な土地を用意したのだ。
「軍馬の調達は騎士たちにとって、大きな負担になっていると聞きます」
騎士たちの窮状を知ったのは、その内戦の時である。
ちょっと可哀想だなと思ったのも本当だし、何とかしなければいけないとも思った。
……まあ、実際に動いたのは、人気取りをしなければならないと決心してからだけど。
「単に良い馬を作るのではなく、安価で良い馬を。それが最終目標です」
言うは易し、である。
公金を大量注入すれば、「馬の確保」という問題は解決する。
しかしそれでは馬を大量購入して配るのとあまり変わらない。
というかそっちの方が安くつく。
「牧場そのものが利益を出し、その利益で牧場を運営できるという状況が理想ですな」
しかし馬で利益を出すのは難しい。
何しろ、ライバルはあのラークノール公爵家だ。
ラークノール公爵領の方が馬の生産には適しているし、土地だって広い。
普通にやれば勝てない。
普通にやれば、ね。
「【陽が照っているうちに、干し草を作れ】と言います。今年の秋にも、第一回目の競馬大会を行いましょう」
公営競馬で運営費を捻出しよう!
というのが私の出した結論である。
今までは「騎士の勘と経験」で選出していた種牡馬を、厳格なルールで競わせるだけでも、馬質は改善するはず。
さらに競馬そのものは興行として成立させる。
上手く行けば、馬の生育に興味がなかった商人たちも出資してくれるようになるかもしれない。
と、そんな発想で「ブドゥーダル・ダービー」を行うことにした。
別に私がダービー馬主になりたいからとか、そんなではないぞ。
「ルールは定まりましたか?」
問題は競馬のルールだ。
日本の競馬ルールをそのまま持ち込んでも成功しないことは目に見えている。
そもそもだが、日本の競馬で主に用いられているのはサラブレッドだ。
サラブレッドは足こそ速いが、「ガラスの足」と呼ばれる程度には貧弱である。
軍馬としては使えない。
過酷な西大陸の戦場を走らせるのは、ただの動物虐待である。
そんなサラブレッド用ルールを持ち込んで、軍馬の育成には役に立つかは怪しい。
しかし私は馬については全然、詳しくない。
競馬も詳しくない。
馬券を買ったことがあるような気もするが、あまり思い出せないので、きっと大して嵌ってなかったのだろう。
宝塚……百二十億……う、頭が……。
「もちろん! 若い衆を集め、協議し……一先ず、三つまで絞りました」
餅は餅屋、馬は馬屋ということで話を持ちかけたところ、「馬の競争? たまにやってますよ」という答えが返って来た。
そらそうか。
馬を競わせるなんて、馬を飼ってたらやるよね。
そもそもこの世界の人間にとって、馬は車と同じ程度には身近な存在。
レースくらい、やっているだろう。
興行としてやっていないだけだ。
身近過ぎて、そういう発想がなかったのだろう。
もっとも、私が知っている「競馬」と彼らがやっていた「レース」は性質が異なるものだったが……。
とはいえ、似たような先例があるなら、ルールを作るのはそこまで難しくはない。
北から種牡馬を引っ張って来るから。
お前らはルールを考えておけ!
と私は主馬頭たちに伝え、ラークノール公爵領へと旅立ったのだった。
「ふむ、障害、短距離、長距離、ですか」
短距離と分類されているが、これは日本の基準では中距離に分類される長さだ。
そして長距離は日本の基準以上の距離になる。
戦場では全速力で走ることはまずないし。
瞬発力よりはスタミナが求められるのは当然か。
軍馬には足腰の強さや、操作性も求められるから、障害も重要なのは分かる。
「芝と砂地の区別はありますか?」
「芝……? 砂地……?」
きょとんと首を傾げられた。
そこはどうでもいいらしい。
まあ、戦場には森林や岩場もあるし。
砂や芝しか走れませんと言われても困る。
「どれに致しましょうか?」
「三つなら日を分けて開催できるでしょうし、全てやってみましょうか」
最初から成功するとは思っていない。
取り敢えずやってみることは重要だ。
「ちなみに没案はありますか?」
「こちらに」
ドサ!
と筆頭主馬頭は紙の束をテーブルにおいた。
百はありそうだ。
「どれも素晴らしいものばかりですが、泣く泣く――」
「へぇー、なるほど」
私は筆頭主馬頭の話を聞き流しながら、中身をパラパラと確認する。
正直、似たり寄ったりで何が違うのかよく分からない。
あ、でも……。
「この超々長距離というものは面白そうですね」
それは数日掛けて、とてつもなく長い距離を走る(歩く)というものだった。
山や沼地を踏破することも想定されているらしい。
「やりますか!」
「……先の三つが最優先ですから」
面白そうだけど、不正防止が大変そうだ。
ずっと見張っていないといけないし。
「個人的にはこちらのレースが――」
頼んでもいないのに関わらず、筆頭主馬頭は身を乗り出しながら、没案のプレゼンを始めた。
何だろう。
主馬頭たちの熱量が想像よりも強くてちょっと怖い。
これ、トール君との結婚後に計画破棄するようなことをしたら暗殺されるかも……。
「まずレースを一つ、成功させましょう。足腰を固めることが重要です」
「はい、おっしゃる通り……」
先ほどまで目をキラキラさせていた筆頭主馬頭は、冷や水を浴びせられたかのように身を縮めた。
十四歳の子供に「慎重に進めよう」と諫められる老人って、どうなんだろうか?
いつも説教ばかりされている身からすると、心配になる。
これは私がちゃんと手綱を握らないとダメなやつだ。
「ところで第一回目の開催地はどこで考えていらっしゃいますか?」
「トルーニア公爵領で秋に行う予定の狩猟大会です」
小規模ながら、トルーニア公爵領で狩猟大会を実施するつもりでいる。
王家がやるような諸侯たちが参加するものではなく、どちらかと言えば騎士たちが主体となるような狩猟だ。
「余興としてやってみようかと。盛り上がるといいですね」
狩猟地周辺は開けた平地になっていることが多い。
レースをやるにはちょうどいいだろう。
狩猟大会後、騎士たちにアンケート用紙を配ることを考えている。
熱狂的馬オタク以外の意見も欲しいところだ。
「来てくださいますよね?」
「……」
私が微笑むと、筆頭主馬頭は体を硬直させた。
十秒ほど、彼は迷った様子を見せてから……。
「もちろんでございます!」
よし。
これで主馬頭は私の派閥だ。
さて、主馬頭たちとの会談を終えた翌日。
シークが無事に出産したという知らせが私のもとに届いた。
どうやら昨日の深夜にも生まれていたらしい。
母子共に無事らしい。
今すぐ駆けつけたい……ところではあるが、あまりすぐ会いに行くと彼女の迷惑になる。
というわけで私がシークに再会したのは、産後一週間後のことであった。
「おぉ……可愛らしい男の子ですね」
ベビーベッドの中で赤子はスヤスヤと眠っていた。
しかし赤ちゃんというのは、みんな可愛い。
可愛いだけではなく、何というか、こう……込み上げてくるものがある。
母性……じゃなかった、父性が擽られる。
自分の子どもでもないのに、不思議だ。
正直、抱いてみたい衝動に駆られるが――人様の子どもを抱かせてくれと言うのはどうかと思うので、グッと堪える。
が、顔には出ていたらしい。
「どうか、姫様。我が子を抱いていただけないでしょうか」
「あら、いいんですか?」
なお、臣下から主君に「自分の赤ちゃんを抱いてくれ」と頼むのはよくあることだったりする。
封建的なルールだと主君に子どもを抱いてもらうなんてアウトな気もするが、赤ちゃんは例外なのだろう。
……良い意味でも、悪い意味でも。
半分くらい、モノ扱いだ。
この馬、乗ってみません? みたいなのと同じ枠だ。
「では失礼いたします」
私はシークから赤ちゃんを受け取る。
赤子を抱くのは初めてではないが、抱くたびに「意外と重い」という感想を抱く。
しかし抱き上げてすぐに何らかの違和感を覚えたらしい。
目を覚ました。
そして目の前のおっぱいに顔を埋め、いつもと違うと思ったようだ。
ギャン泣きし始めた。
まあ、顔を埋められる時点で違うよね。
「怖がらせてしまったようですね」
「も、申し訳ございません。席を外させていただきます」
シークは子どもをあやしながら、一度退室した。
泣き声が小さくなる。
「しばらくは赤子の側にいるようにと伝えてください」
「お気遣いいただき、感謝申し上げます」
シークの旦那、騎士ダンシオンは私に頭を下げた。
魔力は遺伝しない。
が、しかし実は母親の魔力量が多ければ多いほど、魔力量が大きくなりやすいという傾向がある。
その理由は二つある。
第一に胎児の段階で魔力被曝を受けるからだ。
魔力量の多い母親から生まれた子どもは、生まれながら微小ながら魔力を持っており、また魔素耐性を持っている。
第二に魔力の多い女性の母乳には、相応の魔素が含まれている。
これを経口摂取するということは、即ち魔素を摂取するのに等しい。
要するに、スタートダッシュが早くなる。
もっとも、あくまでちょっと有利くらいの差だ。
例えるなら、三月生まれと四月生まれの違いだろうか。
要するに、全体傾向の話であって、個人の努力や才能、生育環境が与える影響の方が大きい。
だから母親の魔力量は決定的な差にはならない。
トール君とか見れば分かるだろう。
彼の母君の魔力量は決して多いとは言えないが、彼の魔力量は莫大だ。
結局はどれだけ魔瘴石を摂取できるかに掛かっている。
「将来のわたくしの臣下です。成長を期待しております」
子どもが乳離れするまでは、ブドゥーベル市にいてもらった方が良いだろう。
というわけでこの世界、“育休”には理解がある。
もっとも、シークはきっと働きたがるだろう。
それに彼女が働いて稼いだ給与で、乳母を雇った方が経済的にはきっと収支はプラスになる。
だから最終的にはシークの意思に任せる。
「あなたにはシークの代わりにしっかり働いていただきます」
「元より、そのつもりです。姫様」
騎士ダンシオンは深々と頭を下げた。
残念ながら男性の“育休”には理解がない。
まあ、そもそも騎士は使用人がいるからね。
必要なのは母乳である。
他は使用人で補える。
乳が出ない夫は、富裕層の子育てにおいては無価値なのであった。
無価値と言えば……。
クシアエール、一応待機させておいたけど、別にその必要はなかったな。
安産だったし。
まあ、医者なんて仕事がないのが一番だけどね。
高評価ありがとうございます(敬称略)
しもんGod ひぶうさぎ 温バター
花ぼうろ ゆっきー@ハーメルン