TS貴族令嬢の複雑すぎる婚活事情 作:桜木桜
時は一ヶ月前に遡る。
その時、私はラークノール公爵領での外遊を終え、父に謁見するためブドゥーベル市に向かっていた。
そしてその道中、クーランベル市に立ち寄った。
「治安の方は無事に改善しているようですね」
クーランベル伯爵領の統治について、クーランベル伯爵家の騎士頭たちから報告を受けた私は一先ず満足した。
失業者や元犯罪者を製紙工場が上手く吸収してくれているようだ。
恩赦や徳政令についても、幸いなことに大きな混乱は起きていない。
「そしてこちらは検地の経過報告でございます」
「後で目を通しておきましょう」
報告資料を受け取った私は、その日の夜にじっくりと目を通した。
「検地」とはいいつつも、対象は土地だけではなく、家畜の種類や数など、その他の資産も含まれているが……。
「うーん……」
読みにくい!
単位も記載方法もグチャグチャ。
それに鶏やアヒルの数を報告している村がある一方で、豚の数すら未報告な村があるけど。
これはゼロなのか? 忘れてたのか? 嘘なのか?
そもそも紙面の中に数値や記載の矛盾があるのは如何なものか。
全てが信じられない。
失敗が前提だったとはいえ、頭が痛くなる。
「わたくしの指示出しが悪かったのでしょうか?」
「……姫様のご指示に不備はなかったかとは思いますが。しかし不慣れな仕事ですから」
デラーウィアはどちらかと言えば、騎士たちに同情的であった。
“慣習を守ること”を第一とする騎士は、先祖代々やってきたことは完璧にこなすが、新しい事業はやりたがらない傾向がある。
「そもそもクーランベル伯爵家の土地台帳など……他に優先するべきことがあるのではありませんか?」
どうせ作るなら、
と言いたいのだろう。
しかし内地は父の縄張りである。
今、私が自由にできるのはクーランベル伯爵領を含む、
荒れ果てた領地の復興のための情報取集という大義名分があるからこそ、着手できた事業である。
「大事業になりますから。今のうちに実験しておきたいのですよ」
「大事業……?」
私の野望はクーランベル伯爵領だけではなく、ブドゥーダル公国――否、プルーメラ大公国とラークノール公国を含めた、私とトール君の支配領域全体の土地台帳の作成だ。
彼と“千年の祖”となるためには、千年耐えうる領国作りが必要になる。
そのためには統一的な土地台帳が必要だ。
最低でも“ドゥームズデイ・ブック”くらいのものは作りたい。
千年、いや世界が滅びる瞬間まで残る――それくらいの気持ちでいる。
すごいのを作るのだ。
私たち夫婦の名前を永遠に歴史に刻み込む……い、いや、夫婦なんて……そ、そんな気が早い……❤
「作るなら城にしてくださいませ。最悪、牢獄に転用できますから」
「確かに城も大事ですね」
千年残る、すごいのを建てたい。
目指すは世界遺産だ。
「皮肉です」
「知っています。……お茶を入れてください」
「かしこまりました」
執務室で一人になる。
なぜこのような酷い報告書ができあがったのか。
結論から言えば、クーランベル伯爵家の騎士頭たちによるやっつけ仕事であろう。
おそらく、騎士頭たちはクーランベル伯爵領の騎士たちへ「姫様が領地の詳細を知りたがっているから、報告しろ」と指示を出した。
その指示を受けた騎士たちは真面目に調べずに城の引き出しの奥に仕舞われていた、古文書の写しを送りつけた。
騎士頭たちはそれを真面目に精査せず、適当にガッチャンコして提出してきたわけである。
まあ、クーランベル伯爵家の騎士頭たちにとって、土地台帳の作成なんて一銭の得にもならないからね。
そもそも、自分たちの領地の詳細を積極的に領主に開示したいとは思わないだろう。
彼ら本人にやらせようとしたのが悪い。
ということは全部私に原因があるわけか。
こういうのはやはり、クーランベル伯爵家の既得権益層と一定の距離がある人間を中心に、既存の組織の外側に外局みたいな形で設置して進めるのが望ましい。
なぜ私は最初からそうしようとしなかったのか……。
騎士頭たちから反感を買いたくなかったからだ。
部外者に「検地」なんてやらせれば、騎士頭たちは「どうして自分を差し置いてよそ者に!」と思うはずだ。
故に仕事の順番として、最初に騎士頭たちにやらせたわけである。
失敗は前提。
これで「だって君たちじゃできないでしょ?」と言えるようになった。
大手を振って部外者に業務を任せられる。
問題は……。
「姫様。お茶が入りました」
「ありがとうございます」
デラーウィアがお茶と茶請けを持って来てくれた。
お菓子は頼んでないけど。
カスタードプティングを口に運びながら、私はデラーウィアに尋ねる。
「数字が得意な人材に心当たりはありますか?」
「
確かに彼らは数字に強い。
騎士たちが相手でも気後れせずに仕事を熟すだろう。
しかしシークも騎士ダンシオンも、それぞれ別の仕事を頼んでいる。
他のエィシェル人たちも、私の宮廷で重要な経理部門を担当していることもあり、出向させるわけにはいかない。
新しい人材を外から招く必要がある。
「試しに名前を口にしてみてください」
「騎士サーリアスなど、如何ですか。優秀な者を紹介してくださるでしょう」
騎士サーリアス。
我が家の筆頭家令である。
要するにデラーウィアは「パパに頼めば?」と言いたいのだ。
それでは本末転倒である。
「わたくしはわたくしの力だけでやり遂げたいのです」
「であれば、私の助言は不要でございますね」
オチは見えていた。
結局、私の力で発掘するしかないのだ。
しかし私の人脈は殆ど、父と被っている。
当然と言えば、当然。
すべては先祖からの借りものだ。
私だけが持っている力というものは殆どないに等しい。
そう考えると、ラークノール公爵や先代ブドゥーダル公爵――悪魔公の偉大さが良く分かる。
血縁に頼らない人材発掘がいかに難しいか。
……もっとも、二人は「頼れなかった」が正しいのかもしれないが。
「……む?」
そんなことを考えながら報告書を流し読みしていると、とあるページが目に止まった。
それはクーランベル伯爵領の外れにある、とある神殿からの報告書だった。
その神殿が保有している荘園や家畜の数などが記録されているのだが……。
「……分かりやすい」
土地の広さは、面積ではなく収穫量で。
森林の広さは、豚が飼育できる頭数で。
牧草地の広さは牛が飼育できる頭数で。
それぞれ記載されている。
それとは別に家畜の頭数、世帯数、総人口、家屋の数、暖炉の数……。
細やかな内容がずらっと記載されている。
他の騎士領や神殿領は多くて三ページで終わらせているのに、その神殿だけは十数枚にも及んでいる。
他とやる気が違う。
「デラーウィア、これを作った人物を呼び出してください」
「え? は、はい。……しかし明後日には出立となりますが」
そうだった。
ブドゥーベル市まで向かう道中に立ち寄ったついでで、仕事をしに来たわけじゃないんだった。
「では、次にわたくしがクーランベル伯爵領に訪れた時に呼び出せるように、手筈を整えてください」
「かしこまりました」
掘り出し物が見つかったかもしれない。
私はほくそ笑んだ。
それから一か月が経過した。
ブドゥーベル市及びブドゥーダル公爵領での仕事を終えた私は、クーランベル伯爵領へと戻ってきた。
そして早速、件の報告書の作成者と面会した。
「へへ……某の名はダウンウッドと申します」
男はそう名乗ってから顔を上げた。
年齢は三十代……らしいが、老け顔で四十代に見える。
全体的に浅黒く、毛深い。
あまり容姿端麗とは言い難い顔つきだ。
魔力は騎士として最低限ラインか。
特徴的なのは指か。
六本ある。
多指症だ。
しかし、誰かに似ているような気も……。
「アーマリア・クーランベル神殿で経理を担当しております……しがない上級神官の一人であります」
アーマリア神は元々ブドゥーベル市の守護神であり、また水・泉・水源・疫病の女神である。
この神はブドゥーダル公国全体で信仰されており、各地に姉妹神殿がある。
アーマリア・クーランベル神殿はそんな姉妹神殿群の一つだ。
“姉妹”という表現から分かる通り、基本的にはアーマリア・ブドゥーベル神殿(アーマリア大神殿)と、アーマリア・クーランベル神殿は対等な関係にある。
“親子”ではなく、あくまで“姉妹”であり、横同士の緩い連帯で繋がっている。
これはこの世界の宗教・神殿に共通している。
そのため神殿の豊かさというか、権力はピンキリだが……。
やはり強いところは強い。
これはこの世界の人が信心深いから……というよりは、宗教組織が“法人”だからだ。
貴族家の場合、相続によって土地や財産が分割されてしまう。
一方で神殿は死ぬことがないので、相続も起きず、永遠に富が蓄積し続ける。
また、神官の重要な仕事に神託がある。
星々の動きを観測し、占いの結果を記録する。
そのためには文字の読み書きや算術の能力が必須であり――要するに神官たちは書記官や会計士の供給源だった。
そのため貴族たちは彼らを無視できない。
かつて、アーマリア大神殿は盛況を誇った神殿の一つだ。
その勢力の強大さは、ブドゥーダル公爵家の公位継承にすらも口を挟むほどであったという。
父祖バークスがブドゥーダルの地に訪れた時、女神アーマリアと契約を結んだ。
そのような神話が形作られる程度には、バークス家のアーマリア神に対する信仰は篤かった。
もっとも、今は見る影もない。
これは先代公爵である私の祖父が、アーマリア大神殿を含む、数々の大神殿を徹底的に攻撃・粛正したからだ。
神官たちを殺戮し、神殿を焼き払い、財産を奪い取った。
これが祖父の“悪魔公”の由来である。
余談であるが、その時に祖父の先兵として活躍したのが
西大陸の土着神を信じていない上に、地縁・血縁的な寄る辺もない彼らは祖父の命令をよく聞いた。
そして祖父による粛正によって空いたポストに上手いこと収まったわけである。
筆頭騎士頭サンブラッグ。
騎士頭ワンダーグラス。
筆頭家令サーリアス。
名前を挙げると、この辺りか。
ブドゥーダル公爵家がやたらと多様性に満ち溢れているのは祖父がポリコレを千年先取りしているからではなく、悪魔公の頭が猜疑心でいっぱいだったからだ。
地縁も血縁も信じられなかったのだ。
当然ではあるが、このような恐怖政治には大きな代償を伴う。
後を継いだ父は相当に苦労したようだ。
……なお、父の兄や私の母が死んだのは“アーマリアの祟り”であるともっぱら噂だ。
父の子が女ばかりなのも祟りらしい。
悪魔公は天寿を全うしたのに、祟りとは?
神々も悪魔公にはビビっていたというのだろうか。
と、そんなわけでアーマリア・クーランベル神殿も、祖父の時代に迫害を受けたのだろう。
建物は立派だが、その資産は決して多くないようだった。
それは上級神官の一人であるはずの神官ダウンウッドの魔力がしょっぱいという事実から分かる。
「この報告書を記したのはあなただと聞きました」
「ははぁ……! 確かに某が以前に作成した目録が元となっております」
「いくつか、お伺いしても?」
「某が分かることであれば」
私はあれこれ、報告書の中身について質問していく。
すると神官ダウンウッドはすらすらと淀みなく、答えていった。
試しに重箱の隅をつつくような質問も投げかけてみたが、それについてもしっかりと答えてくれた。
目録を作成したのは彼で間違いなさそうだ。
「素晴らしい出来ですね」
「いえいえ……部下に恵まれただけでございます」
ヘコヘコと神官ダウンウッドは手揉みしながら答えた。
この世界の人間には珍しい謙虚さだ。
私は元日本人なので、こういう態度には好感を覚えてしまう。
「わたくしの宮廷に出仕していただけませんか?」
「ロゼリア様の宮廷に!」
引き抜き交渉開始だ。
まあ、アーマリア・クーランベル神殿なんて貧乏神殿に務めるよりはどう考えても私に仕えた方が……。
「そ、そんな……某にはあまりに畏れ多いこと……。他にもっと相応しい者がいらっしゃるかと……」
あれ?
まさか断られるとは思わなかった。
信仰心に篤いタイプなのか?
「わたくしに仕えられない理由をお伺いしても?」
「……アーマリア神には育てていただいた御恩があります故」
神官ダウンウッドは幼少期にアーマリア・クーランベル神殿に“寄進”されたらしい。
捨てられたと言っても良いだろう。
障害もあるし。
そんな身でありながら、自分に魔力刻印を施し、上級神官として育ててくれた神殿を裏切るわけにはいかない。
ということだった。
「すでに神官長からは許可を取っています。気にする必要はありません」
その辺りの根回しはバッチリだ。
とはいえ、それだけでは神官ダウンウッドも決心し辛いか。
「神殿での籍は残したままで構いません。わたくしに仕えることで、神殿との架け橋になる。そのような形での恩返しもあるのではないでしょうか」
「は、はぁぁ……! 確かに、目から鱗でございます」
「それでは仕えてくださると?」
「はい。……しかしその前にアーマリア神にお許しをいただくために、お時間をいただけないでしょうか」
「ふむ」
神官ダウンウッドの立場なら、形式だけとはいえ、そうするのが筋か。
何とも真面目な人だ。
「良いでしょう。こちらが雇用条件です」
事前に作成しておいた書類を神官ダウンウッドに手渡す。
取り敢えず、私の宮廷の経理部門で働かせて、経過を見ようかと思っている。
「……む! こ、この手当は……つ、月と書かれておりますが……」
「年俸ではなく、月ですよ」
「こ、これほどの大金……!」
神官ダウンウッドの目がキラキラし始めた。
さすがの大金に信心深い彼も心が踊ってきたのだろうか。
しかしすぐに彼は厳しい表情を浮かべた。
「姫様。不躾なお願いとなりますが……減俸の代わりに給与の先払いをしていただくことは可能でしょうか」
まさか、私が提示する雇用条件に注文を付けて来る人がいるとは……。
結構、面の皮が厚いタイプか?
「減俸は不要ですし、入用であるならば先払いしますが。理由を聞いても?」
借金でもあるのだろうか。
私が聞くと神官ダウンウッドは答えた。
「アーマリア・クーランベル神殿に寄進をと、思いまして。それにお世話になった方々や部下たちにも、お礼の品を贈りたいのです」
想像以上に謙虚な理由が出て来た。
心が清らかすぎる。
相対的に見て私の心が穢れて見える。
「寄進ならわたくしからいたしますが」
「恐れながら。某の私財を投じることが神々に対する敬意かと……」
「確かに。あなたのおっしゃる通りです」
恋人に対するプレゼントを、ママに買ってもらうんじゃ恰好が付かない。
自分で働いたお金に意味があるのだ。
「それでは、わたくしの寄進とは別に、支度金を用意いたしましょう。いくら、必要ですか?」
「どうか、一年分を」
「よろしい」
さてさて。
本当に寄進するのだろうか?
遊興に使ったりするのでは……。
と思っていた私は騎士ダンシオンに命じて彼の身辺調査を行った。
結果、彼はちゃんと神殿に寄進を行い、さらにはお世話になった人たちに十分なお礼をしていたことが分かった。
あとは衣服を買ったりもしていたが、それは私に仕えるために必要な最低限の支度である。
調査結果。
疑った私の心が汚い。
な、何だろう……。
自分の心の醜さを直視した気持ちになってしまった。
これでは悪魔公を笑えない。
「姫様。どうか、その偉大なる御御足に忠誠を捧げさせてくださいませ」
「どうぞ」
きちんと期日通りに出仕してきた神官ダウンウッドに対し、私は足を差し出した。
彼は深々と跪き、足の甲にキスをした。
「恐悦、恐悦し極にございます……」
そして一瞬、神官ダウンウッドは口元を緩めた。
ニヤリとした笑み。
その表情に私はピンと来た。
先々代クーランベル伯爵に似ている。
……なるほど。
どうやら私は祖父と違い、血縁の宿命から逃れられないらしい。
名前:ダウンウッド
性別:男性
身分:騎士(神官)
年齢:三十二歳
性格:野心的・強欲・勤勉・社交的
一言:まだ、笑うな……まだ……。
野心的……権力欲など、非物質的欲求。
強欲……金銭欲など、物質的欲求。
できるだけ揃わないようにしています。
高評価ありがとうございます(敬称略)
yasu0526 きずい
蚊帳の外大好き みどりのL 或売奴千刺 セトセト raido