TS貴族令嬢の複雑すぎる婚活事情   作:桜木桜

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第8話 地を這う人の

 

 ロゼリアがブドゥーベル熱に倒れた。

 その報を聞いたマカートスは、ロゼリアが宿泊するオーセン城へと大急ぎで駆け付けた。

 彼らが到着したのは、ロゼリアが倒れた日の翌朝――早朝だった。

 

「ロゼリアは?」

「つい先ほど、解熱魔法と――頭痛が酷いようでしたので、阿片を処方いたしました。今は眠っておられます」

 

 マカートスの問いにロゼリアの侍医は答えた。

 今は眠っている。――見舞いをして起こすようなことはしない方が良い。

 

 侍医の判断にマカートスは苦々しい思いを抱きながらも頷く。

 

「容体はどうだ」

「酷い高熱で、下がる気配がありませぬ。……悪性やもしれません」

 

 ブドゥーベル熱には、良性と悪性の二種類がある。

 

 良性の場合、その致死率は二割程度だ。

 もっとも、解熱魔法などの対処療法を受けることができる貴族の場合、致死率は一割以下まで下がる。

 こちらはマカートスも、ロゼリアも罹患したことがある。

 

 一方、悪性の場合、その致死率は百%に近づく。

 対処療法に頼れる貴族や騎士の場合は多少下がるが……それでも致死率は極めて高い。

 

「狩猟大会の時から、すでにご体調が優れなかったご様子。お倒れになられたのは先日の午後ですが、発症は一昨日の朝からでしょう」

「だからか……」

 

 体調がよくない。

 ロゼリアのその言葉は決して嘘ではなかったのだ。

 娘を疑ったことを、マカートスは深く後悔する。

 

「ロゼリアはかつて、ブドゥーベル熱に罹患したことがあったはずだが……」

「悪性の場合は関係ありませぬ」

 

 一度ブドゥーベル熱に罹患したものは、二度目に罹患した時にその症状が軽くなることが知られている。

 しかしそれは良性の場合。 

 悪性の場合、症状が軽くなることはない。

 

「最善は尽くします。しかしながら……」

「わかっている。心構えと準備を進めよう」

 

 マカートスは、兄を悪性ブドゥーベル熱で亡くしている。

 故に“最悪”が起こる可能性が決して低くないことを心得ていた。

 

「出来得る限りの便宜を図ろう。用意するべきものはあるか?」

「それではどうか、ブランシュ様をお呼び出しいただけますか?」

「すでに伝えているが。……理由は?」

 

 もしも、ロゼリアが死亡するとなれば、側にはブランシュがいた方が良い。

 そう判断したマカートスはすでに早馬をブドゥーベル市へと向かわせていた。

 オーセン城からブドゥーベル市まで、身体能力強化を用いた快速郵便であれば、二日もあれば到着する。

 

「姫様が……ご乱心した時の備えとして、必要となりましょう」

 

 高熱や薬の副作用により、ロゼリアが幻覚を見て、暴れる。

 そうなった時、ロゼリアを止めるためには最低でも公爵級一人に加えて、伯爵級以上の補佐がいる。

 

 マカートスだけでは、ロゼリアを安全に無力化できない。

 

「なるほど。……覚悟しておこう」

 

 マカートスは険しい表情で頷いた。

 それからマカートスは、ロゼリアに仕える宮廷の騎士たちを含む、重鎮たちを集める。

 

 侍医たちを交えた上で、ロゼリアの容体や経過についての情報を整理する。

 

「今思えば、狩猟大会の最中……ご体調に優れていないご様子でした」

 

 アールゴキアは悲痛そうな表情でマカートスにそう告げた。

 彼女は両手で顔を覆う。

 

「申し訳ございません。あの時、もっと早くに……もっと強く、諫めていれば……」

「病は天の機嫌次第。地を治める我らには、どうすることもできぬ」

 

 マカートスはアールゴキアを慰める。

 ロゼリアの体調管理も彼女の仕事であるが、責めても仕方がないことだ。

 

「侍女ブラース」

 

 マカートスは数ある騎士たちの中、一人の女性を呼ぶ。

 騎士たちの輪から距離を取るように、隅で控えていた女性がゆっくりと進み出た。

 

「はい」

「プルーメラ大公に伝令を出していただきたい」

 

 マカートスの命令に対し、ブラースは大きく頷いた。

 

「すでに旦那様にはご報告を申し上げました。ご容赦を」

 

 旦那様とは、ブラースの主君であるプルーメラ大公だ。

 彼女にとってロゼリアは次期ブドゥーダル公爵ではなく、次期プルーメラ大公である。

 

「ならばよい。盟友に隠すことなど、何一つない」

「ははっ!」

 

 ブラースは深々と頭を下げた。

 これでブラースは大手を振って、ロゼリアの容体をプルーメラ大公に伝えることができるようになった。

 

「情報の統制は?」

「戒厳令を引いております。しかしながら途中で引き返しました故……」

「違和感を覚える者も出るか。致し方がない」

 

 ロゼリアの危篤。

 それが広まれば、大変な騒ぎになる。

 しかし……。

 

「旦那様。姫様にはラザァーベル伯爵と会談の予定がございました。いかがいたしましょうか」

「……ふむ」

 

 ロゼリアのスケジュールは仕事の予定で詰まっている。

 そして中には貴族との会談――ロゼリアにしかできないこともある。

 

「……私から手紙を出そう」

 

 断らないわけにはいかない。

 しかし今のロゼリアに手紙を書かせるわけにはいかない。

 かといって、代筆などさせれば異常がわかってしまう。

 

 となれば選択肢は「正直に伝える」以外にない。

 長期的に考えれば、隠す方が信用を失う。

 

 公国の重鎮たちには情報を開示し、統制への協力を求める。

 方針を決めたところで……。

 

「旦那様。オーセン伯爵領の騎士たちから、姫様に謁見したいと申し出が」

「……もうすでに嗅ぎつけたか」

 

 事態が起こる。

 オーセン狩猟地から、トルーニア城へと向かうはずのロゼリアがオーセン城へと戻った。

 そしてマカートスが大慌てで駆け付けてきた。

 異常が起こっていることは、明らかだ。

 

 人の移動は隠せない。

 

 ここに来て、ロゼリアの政治能力の高さが裏目に出る。

 普段なら、謁見を求めてきた騎士を、ロゼリアは門前払いしない。

 

 ロゼリアに謁見ができないということは、ロゼリアに「なにか」が起きたことを意味する。

 

「騎士たちに伝えるにはまだ早い。引き延ばせ。……いや、オーセン神殿の神官長には情報を開示せよ。オーセン伯爵領維持のため、工作を開始する」

 

 ロゼリアが死亡した場合、真っ先に生じるのはオーセン伯爵領の帰属問題である。

 オーセン伯爵領は“オーセン帝冠領”とも呼ばれる、大帝が定めた西大陸の首都。

 

 大帝の母系子孫であるロゼリアの領地であり、マカートスにはこの地を支配する正当性がない。

 もしロゼリアの次があるとすれば、それは帝国の皇帝だ。

 

 無論、現在のオーセン伯爵領はブドゥーダル公爵であるマカートスが実効支配している。

 すぐさま、皇帝の領土となることはない。

 

 しかしロゼリアという正当性の高い主君を失った騎士たちが、何を思うかは騎士たちにしかわからぬことだ。

 

「次にロゼリアの意識が安定した時のことだが……」

 

 その日の会議は未明におよんだ。

 

 

 

 

 何が起きてもすぐに対応できるように、交代で休憩を取れ。

 マカートスは騎士たちにそう命じると、自身も仮眠を取るために部屋へと籠った。

 

 しかしこのような状況で眠れるはずもなく……。

 

「私が……私が、しっかりと見ていれば……」

 

 特にロゼリアの乳母であり、侍女長であるアールゴキアの精神は非常に不安定だった。

 顔を両手で覆い、時折すすり泣く。

 

 そんな初めて見る母親の姿に、デラーウィアは動揺する。

 もしかして、今、本当に良くない事態が起きているのではないか……。

 

 侍女たちの間に動揺が広がる。

 

「いい加減にしなさい」

 

 そこで声を発したのは、ブラースだ。

 彼女は低い声でアールゴキアを睨む。

 

 いつもは眠そうな目が、いつになく鋭い。

 

「姫様は赤子ではない」

「あなたにはわからないでしょう! 私にとっては……」

 

 実の娘も同然。

 この手で抱き、乳を与えたのだ。

 アールゴキアはそう主張しようとして、口をつぐむ。

 

 単なる侍女風情が、貴族の親を名乗るようなことはあってはならない。

 

「少なくともあなたよりは、家族を失うことには慣れている」

 

 ブラースは落ち着いた声でそう言った。

 プルーメラ大公の子供たちの多くは、その嫡出・非嫡出に限らず、病や戦乱で死亡している。

 ブラースもまた、数多くの兄弟・姉妹を、甥を、姪を失っている。

 

「邦の主足るものは、城の主足るものは、大地の主足るものは、みな、“男”でなければならない」

 

 それはプルーメラ大公の口癖だ。

 プルーメラ大公がロゼリアに与えた言葉だ。

 

「そして仕える者もまた、“男”でなければならぬ。“男”たるものが、メソメソ泣くな。剣を置き、家に帰れ」

「……」

 

 アールゴキアはブラースを睨む。

 が、しかしゆっくりと頭を垂れた。

 

「……あなたの言う通りです。謝罪します」

「わかればいい。謝罪は不要」

 

 ブラースは短くそういうと、その場を立ち去る。

 デラーウィアは辺りを見渡してから、小走りでブラースの後を追う。

 

「侍女ブラース」

「どうしましたか。侍女デラーウィア」

「姫様は……」

 

 デラーウィアはそこまで言いかけ、首を左右に振った。

 そして落ち込んだ様子で肩を落とす。

 

「実感が……湧かないのです。つい、数日前までは、お元気だったのに……」

「こればかりは天の気まぐれです」

 

 つい数日前まで元気だった家族が――。

 病で。事故で。戦で。魔獣によって。貴族の気まぐれで。

 

 死ぬ。

 この世界ではよくあることであり、日常にありふれている。

 

「しかし、姫様は……貴族です」

「貴族であっても、地を這う人」

 

 騎士や平民は、貴族を絶対の存在だと崇める。

 だから誤解する。

 貴族であっても、同じ人。

 

「天上の主には逆らえないものです」

「姫様は……本当に、お隠れに……」

 

 隠れる(死ぬ)

 デラーウィアはそう口にし、慌てて口を塞ぐ。

 ブラースはそれを咎めない。

 

「天のみぞ、知るところです。我らがするべきことは、ただ地を歩むのみ」

「……はい」

 

 デラーウィアは小さく頷いた。

 

 

 

 

 ブランシュがオーセン城へ到着したのは、ロゼリアがブドゥーベル熱を発症してから五日目の深夜だった。

 馬車を使わず、馬に乗り、少数の護衛の騎士のみを従えた強行軍でこの地にやってきたのだ。

 

「はぁ……はぁ、お父様。お姉様は……!」

「よく来た、ブランシュ」

 

 深夜であるにも関わらず、マカートスは起きていた。

 マカートスは肩で息を切らす泥だらけの娘を労う。

途中で雨に降られたのか、簡素な旅装はびっしょりと濡れていた。

 

「まずは水浴びを。それから着替えなさい。話は後で……」

 

 その時。

 オーセン城の時が止まった。

 

 マカートスも、ブランシュも。

 騎士たちも皆、呼吸を忘れたかのように、体を凍り付かせる。

 

 石造りの城だけが、迸る魔力の波動で、わずかに振動する。

 

 数瞬遅れ、誰かが叫ぶ。

 

 ――姫様、ご乱心!!!

 




次回
ロゼリアVSアーマリアVSマカートス

高評価ありがとうございます(敬称略)
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