TS貴族令嬢の複雑すぎる婚活事情   作:桜木桜

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第9話 力が及ばずとも

「何事か!」

 

 マカートスはブランシュと共に、魔力の発生源――病室へと向かう。

 その場にはすでに、騎士たちが武器を手に取り、集まっていた。

 

 マカートスとブランシュが現れると、彼らは安堵の表情を浮かべ、道を開ける。

 

「こ、これは……!」

 

 病室の扉は粉々に砕かれていた。

 辺りには血痕。

 

 そして護衛をしていたであろう騎士と侍女が複数名、血塗れで倒れている。

 

「生きているか」

「命に別状はございません。治療は終えております」

 

 騎士の一人がマカートスに報告した。

 その言葉にマカートスは内心で安堵する。

 

 騎士の安否よりは、ロゼリアの精神状態を心配したのだ。

 

 何の罪もない騎士を殺めたとなれば、ロゼリアはひどく気に病むだろう。

 

「何が起きた」

「姫様の氷嚢を交換した時――」

 

 ロゼリアの熱を冷やすため、彼女の額に置かれた氷嚢。

 それを交換しようと侍女が近づいた時、ロゼリアの反撃にあった。

 護衛の騎士たちが慌ててロゼリアを落ち着かせようとしたが、ロゼリアはそれに驚いたのか、まとめて吹き飛ばした。

 結果、彼らは病室の扉を突き破り、壁に激突。

 

 重症を負うことになった。

 

「ロゼリアはまだ、中に?」

「はい」

 

 騎士の言葉にマカートスは一先ず安堵する。

 ロゼリアが逃亡していた場合、事態の収拾がつかないからだ。

 

「よろしい。……陣形を整えよ。場合によっては銀槍を用いて封印する」

 

 マカートスはロゼリアと親しい騎士・侍女を選抜する。

 精神的に不安定になっているであろうロゼリアを安心させるためだ。

 

「私が先頭を立つ。ブランシュは魔力を溜め、反魔法の準備を」

「は、はい」

 

 マカートスは物音を立てぬように、ゆっくりと病室へと入る。

 ロゼリアはベッドの上にいた。

 

「い、痛い……うぅ……」

 

 ロゼリアは頭を抱えながら、呻いていた。

 肌は黄色っぽくなり、見るからに顔色がよくない。

 寒さ故か、体を震わせている。

 

「……」

 

 マカートスは騎士たちに、後へと続くように指示する。

 銀槍を手に持った騎士たちが、一人ずつ慎重に寝室へと入り、陣形を整える。

 

 最後にブランシュが部屋の中に入り、両手を前に突き出す。

 

「ロゼリア」

 

 マカートスは柔らかい声音でロゼリアに声を掛けた。

 ロゼリアは濁った瞳をマカートスに向ける。

 

「うっ……」

「大丈夫か?」

 

 マカートスは一歩一歩、慎重にロゼリアへと近づいていく。

 ロゼリアは辛そうに頭を抑え、唸るばかりで動かない。

 安堵の空気が広がる中、手を伸ばせばロゼリアに触れられるほどの距離に近づいた……。

 

 その瞬間。

 

「近づくな!!」

 

 ロゼリアが叫び、悲鳴を上げた。

 狂気を帯びた魔力が解き放たれる。

 マカートスは尻込みするが、しかし落ち着いた声音でロゼリアに語りかける。

 

「落ち着きなさい。大丈夫だから……」

「いや、近づかないで!!」

 

 ロゼリアの両手に魔力が集まる。

 爆発性の攻撃魔力が解き放たれようとするが――。

 

「お姉様。落ち着いて!」

 

 ブランシュがすかさず、反魔法を展開する。

 特殊な波長の魔力が部屋の内部全体に伝わり、ロゼリアの魔法の発動を妨害する。

 

「落ち着きなさい!」

 

 その隙にマカートスはロゼリアの両手を掴んだ。

 強引にロゼリアの体内に魔力を流し込み、攪乱する。

 

『いや! 誰か、助けて!!』

 

 絶叫と共に狂気を孕んだ魔力が放たれる。

 殺傷能力の高い攻撃魔法が放たれそうになり、何度も不発を繰り返す。

 小規模な爆発が何度も起こり、マカートスの服と髪を焦がす。

 

「落ち着け!!」

「いやぁぁぁぁぁぁあああ!!!」

 

 宥めるのは不可能と判断したマカートスは、怒号と共に魔力を解き放つ。

 同時にロゼリアも感情を爆発させたように、魔力を放つ。

 二人の魔力が至近距離で衝突し、城全体が震える。

 

「誰か、助けて!! お父様!!」

「こ、このぉ……! バカ魔力が……!!」

 

 ロゼリアの魔力量は、マカートスのそれを超えていた。

 マカートスの額に冷たい汗が伝う。

 しかし全力の魔力放出は、長続きしない。

 

 息継ぎのように、ロゼリアの魔力放出が一瞬、途切れる。

 

「封じろ!!」

 

 マカートスの命令が下ると同時に、筆頭騎士頭サンブラッグと騎士頭ワンダーグラスの二人が、銀槍をロゼリアの両腕に突き立てた。

 

 銀は魔力を弾く。

 ロゼリアの魔力と銀が反発し合い、穂先が止まる。

 

「はぁああ!!」

「うぉぉぉおお!!」

 

 二人の騎士は気合いの唸り声を上げながら、全体重を槍に押しかける。

 白銀の槍は、ロゼリアの分厚い魔力の守りを押しのけ、その肌に突き刺さった。

 

「がぁああああああ!!」

 

 鮮血が吹き上がり、ロゼリアの両腕が、ベッドに抜きつけられる。

 赤黒い血がシーツを染めた。

 

 反射的にロゼリアは魔力を両腕に集める。

 縫いつけられた腕を動かそうとする。

 しかし魔力は体内に埋め込まれた銀により、正常に流れない。

 

「なん、でぇ……! 助けて!! お爺様!!」

「あぁぁぁぁぁ!!」

「おぉぉぉぉ!!」

 

 さらにブラースとアールゴキアの二人が、ロゼリアの両腿に槍を突き立てた。

 両足を動かせないように、封印する。

 両手と両足が銀槍に貫かれる。

 

「痛い、痛い、痛い!! あぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

「気を緩めるな! 続けろ!!」

「助けて、助けてぇぇぇ!! トール君!!」

 

 関節、手のひら、足の甲。 

 騎士たちが次々と槍を突き立て、ロゼリアの身体を封じていく。

 

「何で、何で来てくれないのぉ……!」

「姫様!!」

 

 デラーウィアは歯を食いしばりながら、ロゼリアの肩に槍を突き立てる。

 穂先と魔力が反発し、宙で止まる。

 それをさらに肌へと、肉の中へと押し込もうとし……。

 

「デラーウィア、助けて……」

「ぁっ……」

 

 デラーウィアの手が、鈍る。

 瞬間、ロゼリアの魔力が膨れ上がり、穂先を弾き飛ばした。

 デラーウィアの体が吹き飛び、壁へと叩きつけられる。

 

「かはっ……!」

「デラーウィア!!」

「このっ!」

 

 後ろに控えていたスティーンが、ロゼリアとデラーウィアの間に入る。

 槍を大きく振りかぶり、ロゼリアに突き刺そうとする。

 

「ぐっ……! 凄まじい魔力……!!」

 

 しかし刺さらない。

 それどころか、刺したはずの槍まで抜けそうになる。

 マカートスはロゼリアの身体を抑え続けるが、今にも力尽きそうだ。

 

「お姉様!!!」

 

 そこでブランシュが半泣きになりながら、ロゼリアの身体に抱き着いた。

 がむしゃらにロゼリアの身体に魔力を流し込み、攪乱する。

 

 ロゼリアの身体から放たれる魔力が弱まり、スティーンの槍がロゼリアの身体に突き刺さった。

 

「何でぇ……」

 

 ロゼリアの抵抗が弱まっていく。

 少しずつ、放出される魔力量が減っていく。

 

「やれ!」

「は!」

 

 すかさず侍医がロゼリアの口に睡眠薬を流し込んだ。

 ロゼリアの瞳から生気が失われ、全身から力が抜ける。

 だらんと口が開き、唾液が垂れ落ちる。

 

「「……」」

 

 ロゼリアが完全に沈黙する。

 マカートスはロゼリアの目を覗き込み、それから何度か挑発するように魔力を放つ。

 ロゼリアは反応を示さない。

 

「……封印を解け」

 

 騎士たちは緊張した面持ちのまま、槍を少しずつ引き抜いていく。

 最後の槍が引き抜かれてなお、ロゼリアは動かない。

 

「治療を」

「「は!」」

 

 騎士たちは大慌てでロゼリアの身体に治癒魔法をかけていく。

 傷口が塞がっていく。 

 次に増血魔法が掛けられる。

 

 青白くなっていたロゼリアの身体に、生気が戻っていく。

 侍医がロゼリアの鼓動と呼吸を確認する。

 

「……大丈夫か?」

「はい。生きていらっしゃいます」

 

 誰かが安堵するようにため息をついた。

 

 騎士たちは淡々とロゼリアを別の病室へと移す。

 そして部屋の掃除を行う。

 誰も一言も、発しない。

 

「ご迷惑をおかけしました。……申し訳ございません」

 

 ひと段落したところで、デラーウィアが深々と頭を下げた。

 誰もデラーウィアを責めない。

 気の毒そうに視線を逸らす。

 

 この場にデラーウィアの気持ちがわからぬ者はおらず、故に責めることができる者はいなかった。

 

「……デラーウィア」

 

 しばらくの沈黙の後、アールゴキアが声を上げた。

 彼女の声は感情を押し殺したように、どこか無機質だった。

 

「……あなたが死ねば、姫様は悲しむでしょう」

「……はい」

「それが姫様自身の手となれば、なおさらです」

「……はい」

「以後、気をつけなさい」

「……はい」

「侍女長として命じます。今日はもう、休みなさい」

「いえ……はい」

 

 自分だけ休むわけにはいかない。

 デラーウィアはそう主張しようとしたが、アールゴキアに強く睨まれ、身をすくめた。

 

 その場で一礼し、立ち去る。

 

 血塗れの服を脱ぎ、水浴びし、デラーウィアはベッドに横たわる。

 

「……姫様。うっ……」

 

 ロゼリアの悲鳴、そしてデラーウィアに向けた悲痛な表情。

 目を閉じると、先ほどの景色がデラーウィアの頭を駆け巡る。

 

「まさか、このまま……本当に……」

 

 ――私が……私が、しっかりと見ていれば……。

 ――少なくともあなたよりは、家族を失うことには慣れている。

 

 アールゴキアの泣き声が。

 ブラースの感情を押し殺した声が。

 

 デラーウィアの脳裏を駆け巡る。 

 デラーウィアは二人の言葉の本当の意味を、初めて実感する。

 

 ロゼリアは死ぬ。

 自分たちにできることは、何もない。

 デラーウィアはその事実をようやく噛み締め、飲み込み……。

 

「いや……姫様……そんなの……」

 

 飲み込めない。

 受け入れられない。

 そんなことがあってはならない。

 

 何かしなければ、納得できない。

 

「何か、何か……このままだと……本当に……」

 

 デラーウィアは悩み、考え、そして……。

 

「私に、できることは……!」

 

 決断した。

 




一応、書いておくと「ただのせん妄」です。
ちょっとパニックになったホッキョクグマが、飼育員さんに猫パンチしちゃっただけです。

当初はロゼリアが日本語(謎の言語)で喚くというホラー展開にするつもりでしたが、ロゼリアは夢の内容がエイル語やニアルマ語になる程度に日本語を忘れかけているため、咄嗟に出てくる言葉が日本語であるというのもおかしいかなと思い、やめました。

それにちゃんと助けを求める声がみんなに聞こえていた方がいいですよね!
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