TS貴族令嬢の複雑すぎる婚活事情   作:桜木桜

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ロゼリア「ゑなる……ゑなる……」
アールゴキア(姫様がうなされてる……)


第10話 人の知恵は

 翌朝。

 

「デラーウィアが城を抜けだした?」

 

 マカートスはアールゴキアから、その報告を聞き、眉をひそめた。

 アールゴキアは深々と頭を下げる。

 

「はい。……このような時に、逃げ出すとは。私の教育不足でございます。まことに……何とお詫びすればよいか……」

「心当たりはあるか?」

「……いえ」

「はぁ……そうか」

 

 マカートスは額に手を当てた。

 これが普通の騎士であれば、密偵を疑う。

 しかしデラーウィアがそのようなことをするはずがない。

 

 可能性がもっとも高いのは、“乱心”である。

 妹の、主の死を受け入れられないデラーウィアが、奇行に走った。

 

「いかがいたしましょうか」

「……放っておけ」

 

 今はデラーウィアの奇行に対処している暇はない。

 マカートスは力なく、首を左右に振った。

 そしてアールゴキアは下げさせる。

 

 次に執務室に入室したのは、筆頭騎士頭のサンブラッグであった。

 

「旦那様。ご報告が」

「……昨晩の魔力か」

「……はい」

 

 昨晩、マカートスは乱心したロゼリアを鎮圧した。

 その時にマカートスとロゼリアから発せられた魔力は、オーセン城を震わせ、城下町まで響いた。

 当然、市民たちやロゼリアに面会するためにやってきていた騎士たちにも、その魔力は届いていた。

 

「……ロゼリアの病状を説明せよ」

 

 もはや隠し通せない。

 むしろ、隠そうとする方がいらぬ疑心暗鬼を生じさせる。

 

「合わせて、諸侯に知らせを。彼らには私の口から説明すると、伝えるように」

「かしこまりました」

 

 マカートスは最低限の命令を騎士たちに下す。

 そして最後にブランシュを連れてくるように命じた。

 

「……お父様」

 

 ブランシュの目の下には隈ができていた。

 顔色も良くない。

 眠ることができなかったのだろう。

 

「あ、あの……お、お姉様の病状は……」

「ブランシュ」

 

 マカートスはブランシュの問いに答えず、彼女の名前を呼ぶ。

 そしてブランシュの目を見つめる。

 

「覚悟を決めるように」

「かく、ご……?」

 

 ブランシュの顔色がみるみるうちに青くなっていく。

 その意味を察せぬほど、ブランシュは愚かではない。

 その意味を受け止めきれるほど、ブランシュに余裕はない。

 

「発症から六日が経った。数日以内に覚悟を決めなさい」

「ま、待ってください……な、何の覚悟ですか!?」

「ブドゥーダルの地の主となる覚悟だ」

「無理です!」

 

 マカートスの言葉を、ブランシュは声を荒げて否定した。

 何度も何度も、首を左右に振る。

 

「無理、無理、無理、無理です! わ、私がお姉様の後なんて……無理、不可能です!」

「私も最大限、場を整える。諸侯や騎士たちもお前を支えてくれるだろう」

「そんなの、関係ない! 無理なものは無理……」

「これは命令ではない。決定だ!!」

 

 マカートスは大声でブランシュを怒鳴りつけた。

 ブランシュは目に涙を溜めたまま、首を力なく左右に振る。

 

「そ、そんなの……だって……私なんかが……」

「できる、できないの話ではない。お前が次のブドゥーダル公爵だ」

「い、嫌です……そ、そんなの……だって、無理……」

 

 ブランシュはその場で座り込んだ。

 そして顔を両手で覆い、泣き始める。

 

「……時間はまだある。覚悟を決めるように」

 

 マカートスはブランシュに優しく声を掛けると、侍女たちにその場から退室させるように命じた。

 侍女たちが引きずるようにブランシュを退室させる。

 

「無理……無理……そんなの、私が、お姉様の代わりなんて……できっこない……嫌……お姉様……し、死なないでぇ……」

 

 扉が閉まるまで、ブランシュの泣き声はマカートスの耳に届いた。

 マカートスは深いため息をつく。

 

「……古い鏡を見ているようだ」

 

 顔を両手で覆う。

 再び、大きなため息をつく。

 瞳から感情が零れるように。

 

「兄上……これは、あなたの仕事だっただろう……なぜ……」

 

 マカートスはブドゥーベル熱で、兄グレイブスが死んだ日ことを思い出す。

 ブドゥーダル公爵として立たねばならなくなった日を。

 

「シルヴィアだけでなく……ロゼリアまで……」

 

 お腹の子と共に、妻のシルヴィアが亡くなった日を思い出す。

 

「なぜ、我らの力は天に及ばないのだ……」

 

 天を仰いだ。

 

 

 

 

 翌日。

 発症から七日目、オーセン城にやってきたのは一人の貴族。

 

「ラザァーベル伯爵……随分と、早い到着だ」

「はは! いても立ってもいられず……」

 

 マカートスの言葉を皮肉と受け取ったラザァーベル伯爵は、慌てて弁解の言葉を口にしようとする。

 しかしマカートスはそれを手で制した。

 

「いや、良い。……素晴らしいことだ。これは本当に……あぁ……いや……」

 

 マカートスは力なく首を左右に振った。

 いつになく、覇気のない従兄弟の姿にラザァーベル伯爵は困惑する。

 

「ブドゥーダル公爵?」

「……二人きりで話がしたい」

 

 マカートスの提案で二人は密室へと移動する。

 それぞれ、騎士が一人ずつ、付き人として随行する。

 

「ロゼリアの意識は未だ、戻っていない」

「……! さ、左様ですか」

「最悪を覚悟している」

 

 マカートスは単刀直入に現状をラザァーベル伯爵に伝えた。

 腹芸一つない事実の開示にラザァーベル伯爵の顔色が青くなる。

 ロゼリアの容体がそれほど悪いということを意味しているからだ。

 

「その時は次期公爵として、ブランシュを指定するつもりだ」

「ブランシュ姫が……」

 

 同意するべきか、曖昧な態度を取るべきか。

 ラザァーベル伯爵は思考を巡らせるが、それよりも早くマカートスは本題を切り出す。

 

「貴公には私と共に、父としてブランシュを支えてほしい」

「そ、それは……!」

 

 それはラザァーベル伯爵の息子と、ブランシュの結婚の提案だった。

 ラザァーベル伯爵にとっては、非常に利益の大きな提案。

 

「……王家を差し置いて、私でよろしいのでしょうか?」

「何を言う。同じバークスの子ではないか。貴公ほど、頼りとなる者はいない」

 

 ――よくもまあ、抜け抜けと!

 

 ラザァーベル伯爵は内心で毒づいた。

 確かにラザァーベル伯爵は、かつてロゼリアと自身の息子の結婚を望んでいた。

 

 しかしそれは相手がロゼリアだからだ。

 プルーメラ大公領の次期大公でもあり、そしてカルテマ帝の母系子孫――トルーニア公爵領の正当な支配権を持つ姫君だからだ。

 

 自身がロゼリアの後ろ盾となれば、まずブドゥーダル公国は揺るがない。

 そういう自身があったからだ。

 

 相手がブランシュとなれば、話は変わる。

 まずブランシュはオーセン伯爵領の正当な支配権を持っていない。

 そしてトルーニア公爵領の支配権も、ロゼリアと比較すれば弱い。

 

 最悪、トルーニア公爵領を失陥する可能性がある。

 

 だからラザァーベル伯爵としては、ブランシュと自分の息子の婚姻は避けたい。

 いざという時、ブランシュを切り捨てられなくなるからだ。

 

 ブランシュと自分の息子の婚姻は、ブランシュとの心中する覚悟が必要となる。

 このような場ですぐに決断できる案件ではない。

 しかし……。

 

「どうか、共にブドゥーダル公国を支える柱となっていただけないだろうか」

 

 マカートスはラザァーベル伯爵に頭を下げた。

 ここまでされて、「NO」と言えるはずがない。

 

「……頭を上げてください、公爵」

 

 ここで断るのは、「いざという時は裏切るつもりだ」と宣言するようなものだ。

 そうなればマカートスは、自身が生きている間にラザァーベル伯爵を必ず粛正するだろう。

 だから受け入れざるを得ない。 

 

「わかりました。お受けいたします」

「おぉ……! ありがとう。我が友よ!!」

「しかし、公爵」

 

 何より……。

 

「あくまで、ロゼリア姫がお隠れになられた時のことですぞ」

 

 もしかしたら、ロゼリアが死なないかもしれない。

 そうなった時、ラザァーベル伯爵には「ブドゥーダル公爵家を見捨てた」という事実だけが残ってしまう。

 それだけは避けなければならない。

 

「あぁ……もちろん。それが何よりだ」

 

 マカートスは力強く頷いた。

 

 

 

 発症から八日目。

 

「お、お父様! お姉様の容体は!?」

「こら、ルージュ!」

 

 ブドゥーダル公妃アントシアと、三女のルージュがオーセン城に駆け付けてきていた。

 ルージュは開口一番にマカートスにロゼリアの容体を訪ねる。

 

 マカートスは首を左右に振る。

 

「まだ意識が……」

「旦那様! 姫様が!!」

 

 その時、侍女が駆け込んできた。

 ――ロゼリアが意識を取り戻した。

 

「ロゼリアの容体は?」

「わずかに熱が下がりました。意識もはっきりしていらっしゃいます」

 

 マカートスの問いに侍医は答えた。

 その返答にブランシュは目を輝かせた。

 

「そ、それでは、お姉様は快方に……!」

 

 ブランシュの問いに侍医は大きく首を左右に振る。

 

「……ブドゥーベル熱の発熱には、周期性がございます。悪性の場合、不定期ですが。一時的に下がることはよくあることです。しかしそれは、一時的です」

 

 一時的に熱が下がり、油断する。

 そして再び発熱した時に死亡する。

 

 ブドゥーベル熱ではよくあることだ。

 

「また再び熱は上がるでしょう。その時が……峠となりましょう」

「左様か」

 

 マカートスは険しい表情で頷いた。

 彼は兄であるグレイブスを、ブドゥーベル熱で亡くしている。

 

 故に快方に向かっているわけではないことを理解していた。

 

「話せるか?」

「……今、話さねば次の機会はないかと」

 

 医者としては、ロゼリアには少しでも体を休めてほしい。

 しかし今を逃せば、会話の機会はないかもしれない。

 侍医は医者ではなく、騎士として、判断を下した。

 

「無理はさせない」

 

 マカートスは最小限の人員――ブランシュ、アントシア、ルージュ、侍女ブラース、そして自身も含めた五人で、ロゼリアの病室へと向かった。

 

 そこにはベッドに横たわるロゼリアと、その傍らで介抱するアールゴキアの姿があった、

 

「……姫様。旦那様がいらっしゃいました」

「……起こしてください」

 

 アールゴキアはロゼリアの身体をゆっくりと起こす。

 顔色は以前として良くない。

 しかしその瞳には、以前と変わらぬ知性の色があった。

 

 マカートスとブランシュは内心で安堵する。

 

「ロゼリア。気分は……どうだ?」

「……頑張ります」

 

 ロゼリアは愛想笑いを浮かべながらそう言った。

 彼女なりの冗談か、気を遣ったのか。

 その痛々しい表情にマカートスは胸を痛めた。

 

「……まずは、するべきことを、させてください」

 

 ロゼリアはすでにマカートスたちの用件を、よくわかっていた。

 見舞いの言葉は不要と促す。

 

「あぁ……わかった。ブランシュ」

「え? は、はい……!」

 

 マカートスはブランシュの背中を叩いた。

 ブランシュはおずおずと、ロゼリアの前に進み出る。

 

「え、えっと……」

 

 ブランシュはおどおどするばかりで、ロゼリアに何も言えない。

 ロゼリアはブランシュを見つめたまま、アールゴキアに右手を差し出した。

 

「……これを」

「はい」

 

 アールゴキアは頷くと、ロゼリアの右手から指輪――次期ブドゥーダル公爵の証を抜き取った。

 ブランシュの表情が凍り付く。

 アールゴキアは指輪を布に包むと、ブランシュの手に渡そうとし……。

 

「む、無理です!」

 

 ブランシュは慌てて手を引っ込めた。

 ロゼリアはそんなブランシュをジっと見つめる。

 

「お願いします」

「む、無理です。私には……」

「……」

 

 ロゼリアは何も言わず、ブランシュを見つめる。

 アールゴキアはそんなブランシュの手を取ると、強引にその手を開かせる。

 ブランシュは抵抗できず……。

 

 その指に指輪が通る。

 

「あ、あぁ……」

 

 ブランシュは両手で毛布を強く握りしめた。

 ロゼリアはそんなブランシュの手に、自分の手を重ねる。

 

「ブランシュ。……信じています」

「や、やめてください」

「どうか、わたくしの愛した地を、守ってください」

「で、できません……お姉様……私には……」

「見守っていますから。大丈夫」

「……ひどいです。そんなの……卑怯です」

 

 ブランシュはロゼリアの毛布に顔を埋める。

 

「お願いですから……死なないでください! お姉様……」

 

 ブランシュはロゼリアに縋り付きながら泣く。

 その声に釣られたのだろうか。

 

「お、お姉様……ひっぐ……いやぁ……」

 

 ルージュも釣られて泣き始めた。

 ロゼリアは困った様子でマカートスの方へと視線を向けた。

 

「アントシア。……ルージュを下げさせなさい」

「……はい。旦那様」

 

 自分は場違いだろう。

 後ろめたい気持ちになりながらも、アントシアはどこかホッとした気分でルージュを下げようとする。

 

「申し訳ないと思っています」

 

 ロゼリアは視線をアントシアに向けた。

 アントシアの身体が固まる。

 

「可愛くない娘で」

 

 そしてロゼリアはアントシアから視線を逸らし、泣きじゃくるブランシュへと向けた。

 アントシアはしばらく考え込んだ様子を見せてから、口を開いた。

 

「……優しくない母で、申し訳なく思います」

 

 アントシアは吐き出すように言うと、ルージュを慰めながら退出した。

 それからアールゴキアがブランシュの肩を手に取り、強引にベッドから引きはがす。

 

 そこでゆっくりと、ブラースが近づいてきた。

 

「プルーメラ大公の代行として、参りました」

「……左様ですか」

「こちらの書状に署名を。どうか」

 

 ブラースは書状をロゼリアに見せた。

 

 それは次期プルーメラ大公の地位に関する遺言書だった。

 ロゼリアは静かにそれを読むと、手をアールゴキアへと差し出した。

 

 アールゴキアはインクをつけた羽ペンを、ロゼリアへと渡す。

 

「仔細、お爺様に一任いたします」

 

 ロゼリアは一言、そう告げてから署名を施した。

 ブラースは深々と頭を下げ、ベッドから離れる。

 

「ふふっ……あなたも泣くことがあるんですね」

「これは……汗です」

 

 ブラースは目頭を押さえた。

 充血した瞳を隠そうと、下を向く。

 

「お父様。……二人きりにしていただけませんか?」

「あぁ……わかった」

 

 マカートスはアールゴキアに命じ、泣きじゃくるブランシュを下がらせた。

 ブラースはすすり泣きながら最後に部屋を出て、扉を閉める。

 

「お父様」

「あぁ……何でも言いなさい」

「……デラーウィアは?」

「あの子は……少し体調を崩してな」

「……」

 

 ロゼリアは視線を落とす。

 それから恐る恐るという様子で、マカートスに尋ねる。

 

「も、もしかして、わたくしが……」

「いや、違う! 誤解するな!! そうではない!!」

「では……」

「城から抜け出した。家出だ。何を考えているか、見当もつかん」

「そう、ですか」

 

 ロゼリアはしばらく考え込んだ様子を見せた。

 一つだけ、ロゼリアは心当たりがあった。

 

「彼女が戻ったら、真っ先に通してください」

「……分かった」

 

 マカートスは大きく頷いた。

 デラーウィアには相応の処罰を与えなければならないが、しかしそれは死の床に臥せる愛娘の願いよりも優先することではない。

 

「……お父様には、大変、ご迷惑を掛けました」

「全くだ。これからも続くと考えると、頭が痛くなる」

「ふふっ……」

「笑いごとではない。親不孝者め。……親より先に死ぬ子が、いるか」

「……」

 

 ロゼリアはそれには答えず、マカートスの顔を見つめた。

 

「お一つ、お伝えしなければならないことが」

「何でも言いなさい」

 

 マカートスはロゼリアの手を強く握る。

 ロゼリアはそれを口にした。

 

「オレアニス王は亡くなられている可能性が高いとのことです」

「……は?」

 

 予想外のロゼリアの言葉に、マカートスは固まる。

 そして額に手を当てた。

 

「それは……今、聞きたくなかった」

「……今しか、言えないので」

「親不孝者め……」

 

 マカートスは頭を抱えた。

 

 

 

 

 ロゼリアがブドゥーベル熱を発症してから、九日が経った。

 マカートスは執務室で頭を抱えていた。

 

 ――オレアニス王は亡くなられている可能性が高いとのことです。

 

 ロゼリアの言葉が脳内で反芻する。

 

「あの、バカ娘が……今、それを言うか!? あぁ……クソ、どうする? どうすればいい?」

 

 忙しなく、マカートスは執務室を右往左往する。

 侍従たちはついにマカートスの気までおかしくなってしまったのかと、心配そうに見守る。

 そんな侍従たちの様子にも気づかないほど、憔悴していたマカートスは……。

 

「旦那様! 侍女デラーウィアが帰還……」

「来たか!!」

 

 マカートスは怒りの魔力を放出させながら、侍従たちが止めるのも聞かず、自らデラーウィアを出迎えに行く。

 

「旦那様!?」

「この、阿呆が!! このような事態に何を馬鹿なことを……」

 

 デラーウィアに行き場のない怒りをぶつけようとしたマカートスだが……。

 しかし、すぐに冷静になった。

 デラーウィアの後ろに、震えるように隠れる人物に気づいたからだ。

 

 その魔力量は極めて極小。

 取るに足らない人物だが……。

 

「そちらは?」

 

マカートスの問いに、デラーウィアは一歩進み、堂々と答えた。

 

「医者です」

 

 




「見守っていますから。大丈夫」
→あの世で見てるからな。サボるなよ。




高評価ありがとうございます(敬称略)
紙瀞遙梅 火矢威
kurukuru ENTREPRENEUR 巫祐
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