TS貴族令嬢の複雑すぎる婚活事情   作:桜木桜

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第12話

 私――ロゼリア・エル・ブドゥーダルが、ブドゥーベル熱を発症してから十五日が経過した。

 

「熱はありませんね。お加減はいかがですか?」

「まだ少し気怠いですが、気分はいいです」

「食欲は?」

「……少しお腹が空いています」

 

 侍医の問いに私は答えていく。

 六日前まで、自分でも「あ、これ死ぬやつだ」と思っていたのが嘘のようだ。

 

「お、お若いだけあって、回復も早いですね。……もう少し掛かるかと思っていましたが」

 

 クシアエールはニコニコと笑みを浮かべながら言った。

 

「クシアエール殿。この後はどのような治療を施すべきでしょうか?」

「そ、そうですね。念のため、あと数日は薬の服用を続けた方がよいです。で、できるだけ安静に……消化の良いものが、良いかと」

 

 侍医の問いにクシアエールは答えていく。

 医療は結果が全て。

 原理はともかく、クシアエールの薬が効いた以上は侍医も彼女の意見を尊重せざるを得ないようだった。

 

 診察が終わると、侍医とクシアエールの二人は一礼してから退室する。

 すると入れ替わるようにデラーウィアが入室した。

 

 トレイを両手に持っており、その上には木製のお椀とスプーン。

 美味しそうな匂いにお腹が余計に空いてきた。

 

「お食事を持ってまいりました。慎重に様子を見ながら、召し上がっていただくようにと」

「ご苦労です。デラーウィア」

 

 アールゴキアがデラーウィアから食事を受け取った。

 ここ最近は砂糖水と重湯しか食べて(飲んで)いない。

 

 どうせ麦粥なので固形物じゃないとは思うが、ようやく食事らしい食事ができる。

 

 早くくれと私はアールゴキアに手を差し出すが、彼女は匙でお椀の中の粥を掬った。

 そして私の口元に持ってくる。

 

「それでは姫様、お口を開けてください」

「……いや、自分で食べられますが」

「慌てて食べるようなことがないように、人の手で食べさせるようにと。クシアエール殿からのご助言がありました」

 

 い、いや……そんな、子供じゃないんだから。

 ガッツいて食べたりしない。

 

 しかしアールゴキアは聞き入れる様子はない。

 仕方がなく、私は口を開ける。

 

「あ、あーん……」

 

 気恥ずかしい気持ちになりながらも、私は御粥を口にした。

 その味にふと、私は懐かしさを感じた。

 

「これ……」

「い、いかがしましたか!?」

「麦ではなく、米ですか?」

 

 普段、朝食などで食べることがある麦粥とは、味や触感に違いがあるような気がした。

 麦ではないと、私の直観が告げている。

 

「はい。米の方が消化に良いそうです」

「そうですか?」

 

 粥にしてしまえば、変わりない気もするけど。

 とはいえ、美味しいので文句はない。

 

 味付けは鶏ガラがベースで、さっぱりめの中華粥という感じだ。

 少しだけだが、柔らかく煮込まれた鶏肉が入っている。

 

 しっかりと嚙みながら食べていくが……。

 

「おしまいです」

 

 早く続きをくれと口を開けていると、アールゴキアにそう言われた。

 まだちょっとした食べてないのに……。

 

「……お代わりはないですか?」

「ありません」

 

 アールゴキアはきっぱりと言った。

 しかし私の胃袋はもっとくれと言っている。

 というか、中途半端に入れてしまったせいで余計にお腹が空いている。

 

「まだ食べられますよ」

「お気持ちはそうであっても、お身体はそうではないかもしれません」

「たくさん食べた方が治りも早いのではないでしょうか」

「次からはもう少し増やすように伝えておきます」

 

 その後も私は精一杯、アールゴキアにおねだりしたが、取り付く島もない。

 いじわる。

 

「早くお休みください」

「もう十分寝ました。そろそろ、わたくしが倒れている間に起きたことを……」

「お眠りください」

 

 アールゴキアは私の両肩を掴み、強引にベッドへと押し倒した。

 抵抗しようと思えばできるが……。

 心配も掛けてしまったし、今日は大人しくしておくか。

 

 私は両目を閉じた。

 

 翌日。

 私の祖父――プルーメラ大公が見舞いに来てくれた。

 どうやら相当な心配を掛けてしまったらしい。

 泣きながら強く抱きしめられた。

 

「これは汗だ」

 

 と泣きながら言い訳をしていた。

 親子そっくりの言い訳に私は笑ってしまい、その場に居合わせたブラースは気まずそうにしていた。

 

 もっとも、その後すぐに祖父は邦に帰ってしまった。

 どうやら私が死にそうというニュースを聞いたプルーメラ大公領の一部の諸侯や騎士たちが、反乱を起こす兆が見えていたらしい。

 じゃあ来ちゃだめじゃないか?

 

 祖父が立ち去ってからしばらく。

 父がブランシュと共に見舞いにやってきてくれた。

 

 まず、ブランシュから次期当主の証である指輪の返還があった。

 渋るどころか、ホッとする様子を見せるブランシュの態度は、後継者の妹としては満点だ。

 もっとも、ブランシュの場合はポーズではなく本音であろう。

 

「わたくしには荷が重すぎますわ」

「わたくしが死ぬことよりも、次期当主になる方が嫌そうでしたものね」

 

 私がからかいの言葉を掛けると、ブランシュはあたふたし始めた。

 悲しむというよりは、あまり責任の大きさで悲しむ余裕すらないという様子が正しかった。

 それはある意味、貴族としての責任感があることの証だ。

 

「わたくしはあなたの成長を喜ばしく思っています」

「お姉様のいじわる!」

 

 からかわれたことに腹を立てたのか、ブランシュはプイっと顔を背けた。

 そして一歩後ろに下がり、父の方を向いた。

 父はゆっくりとこちらに歩み寄ってくる。

 

「さて、私からも良いか? 体調次第ではあるが、頼みたいことがあってな」

「はい。お父様」

 

 父の依頼。

 それは正装で、諸侯や騎士と謁見して欲しいということだった。

 別にそれくらいならお安いご用だが……。

 

「しかし何のために?」

 

 お見舞いということであれば、何ともピントがズレた話である。

 正装で謁見に臨む時点で私が元気であることは明白である。

 逆にそれができないくらい、私が弱っているなら、来ないでほしい。

 

 というか、そもそも私が病気であることを諸侯や騎士たちは知っているのだろうか?

 私が倒れたのは十六日前の話である。

 

「ロゼリアが健在であることを示したくてな」

「……ふむ」

 

 ちょっとよくわからない。

 という私の様子を察してか、父は詳しい事情を話してくれた。

 

 何でも、私が倒れたことはすでに諸侯や騎士たちに知れ渡っていたらしい。

 そして一部――特にオーセン伯爵領では反乱の兆さえ顕れていたとか。

 

 確かにオーセン伯爵領は私の領地であり、父がこの地を占拠する正当な根拠はない。

 しかしだからといって、騎士たちが反乱を起こす動機にはならないのではないだろうか?

 彼らは父のことが好きということはないだろうが、だからといって帝家のことが好きというわけではないだろうし、独立したいみたいな意思もないはず。

 

「……どうにも悪い噂が広がっているようでな」

 

 私の死亡をきっかけに、父がオーセン伯爵領の騎士たちを粛正するのではないか。

 そんな噂があるらしい。

 確かに父にとっても、後を継ぐブランシュにとっても、オーセン伯爵領の騎士たちは不穏分子である。

 でもだからといって粛正なんて……。

 

「私は悪魔公の息子だからな」

「なるほど?」

 

 それ関係あるだろうか?と思ったが、確かに私が少し格好いいところを見せつけただけで、トルーニア公爵領やオーセン伯爵領の諸侯や騎士たちは、私に靡いた。

 そういう意味では父の人気はイマイチなのだろう。

 

「トルーニア公爵領へと不安が伝播する前に、落ち着かせたい。……もちろん、体調がよくないなら無理はするな」

「ぜひ、やらせてください」

 

 むしろこのままベッドの中で腐っている方が、体調が悪くなる。

 私はベッドから起き上がり、正装に着替え、謁見に望んだ。

 

 謁見の場に現れたのは、二十人ほど。

 顔ぶれを見ただけで、それぞれがその地域の代表者であることが分かった。

 

 合計一時間――一人三分ほどである。

 しかしそんな短い時間であっても、安心したらしい。

 最後には安堵と満足の表情を浮かべ、彼らは立ち去っていった。

 

「明日以降も、謁見を求める者がやってくるかもしれない。無理をしない範囲で、適当に相手をしてやって欲しい」

 

 どうやら父はアントシア、ルージュと共にブドゥーベル城へと向かうようだ。

 護衛兼抑えとして、ブランシュは残していくとのこと。

 

「今日中に発つつもりだ」

「それはまた、慌ただしいですね。……何か、ありましたか?」

 

 何となく父の様子に焦りのようなものを感じた私は、父にそう問いかけた。

 どうやら図星だったらしく、父は重い口を開いた。

 

「ブドゥーベル市で暴動があったようでな」

「暴動? なぜ?」

「不安に駆られた草共が起こした、下らぬ騒ぎよ。……すでに鎮圧済みではあるが、戻った方が良いと判断した」

 

 どうにも要領を得ない答えだった。

 とはいえ、父は私に話したくなさそうな様子だったので、その場では納得した様子を見せることにした。

 

 そして父が去った後に私はあらためて、アールゴキアたちに問いただした。

 彼女たちも私に教えたくなさそうだったが、「不安で夜も眠れない」と私が訴えると、渋々という様子で教えてくれた。

 

「切っ掛けは、姫様がエィシェル人たちに毒を盛られたと……流言の類いがブドゥーベル市で流れたことです」

「……はぁ?」

 

 何でも、そもそも“ブドゥーベル熱”の原因はエィシェル人を含む外来人が原因であるという噂が、ブドゥーベル市では流れていたようだ。

 もっとも、それは「外来人に対する神の怒り」という迷信だったり、「外来人が井戸に毒を入れた」というような陰謀論の類いだったりと様々だったようだが……そうした不安が、私が倒れたことで爆発したようだ。

 

 大規模な排斥運動に発展したらしい。

 この手の騒乱は別にブドゥーベル市ではそれほど珍しくないが、父が問題視する程度には今回の規模は大きかったのだろう。

 

「しかしご安心ください。侍従長グーランヴェルが早期に鎮圧いたしました。死傷者は数百程度です」

 

 ブドゥーベル市の守りを任されていた侍従長グーランヴェルが、デモ隊に魔法を撃ち込んだらしい。

 それから戒厳令を敷いて、出歩いているやつを片っ端から殺して回ったようだ。

 

 なお、魔法の直撃を食らった市民は消し飛んでしまったので、厳密には死んだ数は分からないらしい。

 やり方があまりに乱暴である。

 

 とはいえ、騎士たちもそこまで問題視している様子はないので、きっとこの世界では問題ないのだろう。

 

「そうですか……」

 

 私が倒れたことは、私の想像以上の騒乱を呼んだらしい。

 何だか非常に申し訳ない気持ちになった。

 あらためて、私の生命と身体の影響力の大きさを思い知った。

 

これからは体調にも気を配ろう。

それに迂闊な行動も避けよう。

より一層、ブドゥーダルの後継者として相応しい振る舞いをしなければ。

 

私は深く反省した。

 

 

 

 翌朝。

 体調も回復してきた私は謁見の間へとクシアエールを呼び出した。

 

「は、はぁ……何用でございましょうか。姫様」

 

 クシアエールはやや面倒くさそうであった。

 小さく縮こまり、やや怯えているようにも見える。

 

「クシアエール殿」

 

 私は命の恩人の名を呼ぶ。

 彼女がビクっと体を震わせると、おずおずといった様子で私の顔色を伺った。

 

「このたびは命を救っていただき、ありがとうございます。相応の謝礼をしたいと考えておりますが、希望するものはありますか?」

「い、いえ……。私にとっては、病気に苦しんでいる方を診るのが、至上の喜び――い、医者として! 当然のことをしたまでのことです……はい。へへっ……」

 

 クシアエールは薄気味悪い笑みを浮かべながら答えた。

 地位や名誉、金銭を欲しがるタイプには見えないのでこれは予想通りの返答だ。

 

 とはいえ、貴族として「あ、何もいらないんだ。じゃあ、さようなら!」とするわけにはいかない。

 私の――ブドゥーダル公爵家としての面子が立たない。

 

「そ、それに……良い物も見れましたし。えへへっ……」

「モノや地位でなくとも、構いませんよ。あなたが欲しいものを教えてください」

 

 何より、私はクシアエールを手元に置きたい。

 どれだけ医学に関する知識を持っているのか、それを全て吐き出させるまでは、公国から出すわけにはいかない。

 

 それに放って置くとどこかで無礼討ちされて死にそうだ。

 それは残当だが社会の損失である。

 

 私が保護してあげなければ。

 

 だからここで「はい」と頷いてくれないなら、軟禁しようと思っている。

 魔力量は騎士以下だし、余裕だろう。

 

 とはいえ、私もそんな真似を恩人にしたくはない。

 

 そんな私の意図を知ってか知らずか……。

 

「う、うん……で、では、旅費と植物学の本をください。そ、そろそろ、旅を再開したいなぁーと思っているので」

 

 再開されたら困る。

 それに報酬が旅費だけというのも、あまりにケチくさい。

 

「それでは荘園とか、いかがでしょうか? もちろん、クシアエール殿が管理する必要はございません。固定収入や拠点を得られれば、旅もしやすいのではないですか?」

 

 どうにかしてブドゥーダル公国に残ってほしい。

 何らかの首輪をつけたい。

 

「わ、私……いろんな場所の、いろんな地域の……植物とか、薬の知識を収集したり、研究するのが、趣味で……ちょっと、しがらみとか増えそうなのは、ちょっと……」

「医学の研究ですか。素晴らしいですね。ぜひ、ご支援させてください。金銭だけではなく、設備とか。本格的な研究をするには、ご入り用ではありませんか?」

「ん……そ、そうですねぇ……それはそうかも、ですけど。あまり一つの場所に長居はしたくないと言うか……」

 

 どうやらあまり拠点を設けたり、一つの場所に留まるのが嫌なようだ。

 何か追われてたり、後ろめたい過去でもあるのだろうか?

 確かにこれだけの名医が、わざわざ東大陸から西大陸に渡ってきたことを考えると、何かしら事情もありそうだが……。

 

「クシアエール殿はわたくしの命の恩人です。最大限の便宜を図ります」

「そ、そうですか? で、でも……う、うーん。姫様では難しいかなと思いますけれど」

 

 私のしつこい勧誘に心が揺らいだのか。

 クシアエールが隙を見せた。

 

「難しいとは、何か望みがあるのですね? 何でも言ってください。可能な限り、叶えます」

「う、うーん、で、でもぉ……」

 

 クシアエールは周囲――騎士たちへと視線を向けた。

 どうやら言い難い話らしい。

 

「あなたに望みを口にするように命じたのはわたくしです。それを理由に処罰することはなく、またそれをあなたの許可なく他者に伝えることは決してしない。天上の神々と我が祖バークス、そして一族の名誉に誓いましょう」

 

 私は最大限の誓いの言葉を口にした。

 それを聞いたクシアエールは少し驚いたように目を大きく見開いた。

 クシアエールは不気味な引き笑いをする。

 

 な、何だか怖いな……。

 

 どんな大きな要求をするつもりなのか……とはいえ、彼女には伯爵領一つプレゼントしても余りあるほどの価値がある。

 仮に私の権力の範囲外であったとしても、父を説得してみせよう。

 

 ダメだったら軟禁するしかない。

 

「へへっ……じゃ、じゃぁ……いいますよ」

「どうぞ」

 

 私は余裕の表情を保ちながら、内心で身構える。

 そんな私にクシアエールは上擦った声で言った。

 

 

 

 

「に、人間を、ください!」

 

 

 

 そ、そういう感じかぁ……。

 

 

 

・鳩氏

寧朝の初代皇帝(高祖)に仕えた医師、および同朝に仕えた医師の一族。

伝承によれば銀の矢を受けた高祖の傷を、見事な外科手術で治療したとされる。

その後、高祖に仕え、軍医として彼の天下統一を支え、その功績でもって、官位を与えられた。

しかし八代皇帝の後宮で発生した「伏蟲の禍」に関与した疑いにより、一族郎党皆殺しとなった。

彼らの優れた医術は呪術と見做され、関連する書籍は焚書され、連なる弟子たちも連座され処刑された。

結果として鳩氏が蓄積した医学的知識や相伝魔法は失伝し、東大陸の科学は大きく衰退した。

なお、同時代において西大陸の薔薇公ロゼリアに仕えた名医クシアエールは“鳩氏亜叡瑠”と書き、鳩氏の生き残りではないかという俗説がある。

根拠としては、鳩氏の当主が北大陸出身の妓女との間に“亜叡瑠”という娘を儲けており、その子どもだけが見つからず、長らく指名手配されていたことが記録に残っていること。クシアエールが東大陸にて失伝した医学知識を保持していたこと。彼女が“鳩氏乃亜叡瑠”とすれば、年齢がおおよそ一致することなどが挙げられる。

もっともそれを裏付ける史料はなく、異説の域を出ない。

 




名前:()氏の亜叡瑠(アエル)
性別:女性
身分:外来人
職業:助産師・歯医者・外科医・内科医・薬剤師
年齢:二十二歳(医者歴:十二年)
性格:内向的・貞節・勤勉・嗜虐的
趣味:病人の治療
特技:医療行為全般(好きなのは外科、得意なのは内科)
一言:え、冤罪です……。し、素人にバレるような毒は、私たち、作りません! 心外です!!


「貞節」で「勤勉」なので、仕事は真面目かつ全力でやります。
可愛くて真面目なチョコラータ。
チョコラータいちご味です。
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