TS貴族令嬢の複雑すぎる婚活事情   作:桜木桜

82 / 83
第13話

「に、人間を、ください!」

 

 クシアエールは瞳をキラキラさせながら言った。

 な、なんて無垢な表情だ……。

 

「それは人間で医学的な実験や試験を行いたいという意味で捉えてよろしいでしょうか?」

「そ、そうです! か、解剖したりとか……」

 

 解剖か。

 まあ、必要なことではあると思うけど。しかし、西大陸の価値観的にどうなのだろうか?

 気持ちの良いものとして扱われることはないと思うけど。

 

 しかし私の記憶が正しければ、西大陸の宗教――祖霊崇拝で重要なのは、祭祀やメモリアルである。

 遺体は重要ではない……わけではないが、あくまで媒体に過ぎないというか。

 

 死後に復活するために残しておくみたいな教えはなかったはず。

 だから土葬も火葬も等しく行われているけど……。

 

 こういうのは理屈ではなく、感情だからね。

 

「規模と対象にも寄るかと思いますが。……例えば死刑囚が相手であれば問題はないかと思います」

 

 私と目が合った騎士がそう答えてくれた。

 私は辺りを見渡す。

 

 ……その感覚は特別、おかしいわけではないようだ。

 

「もっとも、褒められた行いではございません。果たしてそれほどの価値があるかどうか……」

 

 やはりそういう懸念があるらしい。

 それほどの価値は……まあ、あるよね。

 

「本人や家族の合意を得ることが大前提ですが、それでも良いなら用意できますよ」

 

「ほ、本当ですか!!」

 

 クシアエールは目を輝かせた。

 

「あ、ありがとうございます! 東大陸では法で禁じられていて……皇帝の許可が必要だったのです。それがあっさり……! 西大陸に来て良かった!!」

「あぁ、なるほど……」

 

 東大陸や南大陸は、西大陸よりも中央集権的であると聞いたことがある。

 宗教や倫理・道徳の違いもあるとは思うが、それ以上に行政手続きのコストが大きかったのだろう。

 

 その点、ブドゥーダル公爵家は私や父の一存で全て決まる。

 

「と、ところで……その、生きた人間は?」

「……何をするんですか?」

 

 生きたまま解剖したいとかはダメだぞ。

 

「薬を試したりとか……いろいろ!」

 

 いろいろ、か。輸血実験とかも含めているのかな。

 

 う、うーん。

 医学の発展のためには犠牲がつきものとは言うけど……。

 

「最大限に安全に配慮した上で行うと誓っていただけますか?」

「……ふむ?」

 

 要するに程度と状況である。

 ちゃんと動物実験とかを繰り返した上での治験なら許可できる。

 現代日本でも行われているし。

 

 もしくは死にかけの人間に対する臨床試験とか。

 私のように「このまま放って置くと必ず死ぬ」ような患者に対して、「リスクは高いけれど、もしかしたら助かるかもしれない医療行為」を行うのは、問題ないと思う。

 

 もちろん、全て本人の許可を得た上でだ。

 

 私がその意図を伝えると……。

 

「ああ、なるほど! そ、そういうことですね!? も、もちろんです! む、むやみに殺すなんて……い、命が勿体ないですからね!!」

 

 クシアエールは大きく何度も首を縦に振った。

 何だか、マッドな雰囲気を感じるが……。

 とはいえ、私は命を助けてもらった身である。

 

 彼女には最低限の倫理観があると信じたい。

 

「そういうことであれば、募集を掛けましょう。他に欲しいものはありますか?」

「ほ、他に!? いいんですか!? じゃ、じゃあ……』

 

 クシアエールの要求は多岐に及んだが、しかし“人間”を超えるものはなかった。

 “人間”以外はすぐに用意できそうだ。

 もっとも、そのうちの一つは下手な城よりも高価な代物だったが……。

 

「へ、へへっ! 姫様、意外と話が分かる方ですね!!」

「一先ず、わたくしに仕えていただけるということでよろしいですか?」

「はい、もちろん! ひ、姫様が私の研究に出資していただける限り!!」

「……まあ、いいでしょう」

 

 私はクシアエールに対して手を差し出した。

 クシアエールはきょとんと首を傾げる。

 どうやら意味が伝わらなかったようだ。

 

「“誠実の誓い”です。手の甲にキスをしてください」

「あ、そういうことでしたか。し、失礼いたしました」

 

 クシアエールは片膝をつくと、私の手を取った。

 そして唇を手の甲に近づけ、軽いリップ音を鳴らした。

 

 見様見真似という感じでぎこちないが、やり方は知っているらしい。

 

「ふ、不思議な文化ですねぇー」

「お付き合いいただき、感謝いたします。クシアエール」

 

 とりあえず私の臣下になったわけだし、“殿”はもういらないだろう。

 それから私はクシアエールにあれこれ話を聞く。

 

 話題はもちろん、ブドゥーベル熱についてだ。

 

「お、瘧の原因は蚊が媒介する蟲です」

 

 正直、薄々勘付いていたのだが、やはりブドゥーベル熱は蚊が媒介する病気だったらしい。

 マラリアとか、黄熱病とか、そういう類の病気なのだろう。

 

 もっとも、クシアエールは感染症を引き起こす微生物やウィルスをまとめて“蟲”と呼称しているらしい。

 だからブドゥーベル熱の原因が、細菌なのかウィルスなのか寄生虫なのかは分からない。

 まあ、そこは今はどうでも良い話だ。

 

「蟲、ですか。よく見えますね」

「い、一族に伝わる相伝魔法です。へへっ……」

 

 この世界、“遠くを見る魔法”なら存在する。

 戦争では必須だし、天文学の分野でも盛んに用いられる。

 しかし目に見えないほど小さなものを見る魔法というのは、存在しない。

 

 そもそも、目に見えないのだ。

 見えないものを見ようとは思わないのだから、発明されようがない。

 

 しかし相伝魔法かぁ……。

 

「一族、ですか。……もしよろしければ、ご家族を呼ばれたらどうですか?」

 

 一族ごと囲い込みたい。

 いざという時に人質にもなるし……そう思ったが、クシアエールは首を左右に振った。

 

「私以外は全員、死にました」

 

 無表情だった。

 こんなところに地雷があるとは思わなかった。

 

「……申し訳ございません」

「い、いいえ」

 

 しかし顕微鏡魔法(仮称)が扱えるのはクシアエールただ一人かぁ……。

 これは増々、外には出せなくなった。

 

 気分は絶滅危惧種の保護である。

 

 増やしたいな。

 遠見の魔法を改良して、新規習得させるのは……無理か。

 

 魔法の習得方法は大きく分けて二種類ある。

 両親から譲り受けるか、自力で習得するかだ。

 

 両親から譲り受けることができる数は決まっている。

 四十六だ。

 それぞれから二十三ずつ、両親が選んだ任意の魔法を受け継ぐ。

 

 貴族や騎士はそれを鍛え、次世代に受け継いでいく。

 

 一方、自力で習得する場合、それをゼロから生み出すことは極めて難しい。

 だから大抵は、両親から受け継いだ魔法を改良したりする形で生み出す。

 

 例えば真珠養殖で使われている貝復魔法は、馬や羊、さらには鯉や蚕などの家畜を治せる魔法が扱える騎士たちを招集し、新規開発させた。

 

 それでも新規開発した魔法故か、その効力は弱い。

 今のところ、成功率は五分の一である(まあ、それでも真珠の採取効率は格段に上がっているから、成果としては十分だが)。

 

 実際のところ、“遠見の魔法”を改良して、“拡視の魔法”を新規開発することは可能だ。

 しかしそれは精々、虫眼鏡程度だろう。

 期待値を込めても、ミジンコの観察で精いっぱいだ。

 

 さらに付け加えるならば、クシアエールのそれは、“視界が顕微鏡になる魔法”になる程度の単純な魔法ではないと思う。

 

 なぜなら、彼女は私が吐いた血を見て、ブドゥーベル熱であると断定したからだ。

 

 私の記憶が正しければ、この手の微生物の観察は染色とかをして見やすくするものだと思う。

 それをあっさりとショートカットしている時点で、クシアエールのそれはただの近くが大きく見えるだけの魔法ではない。

 

 病原菌となる微生物の発見と観察に特化した魔法だ。

 

 魔法というのは、受け継がれるたびにその能力が強力に、そして効果が限定的になっていく傾向がある。

 

 おそらく彼女の一族は、病気の源の特定のために、意識的・無意識的にこの魔法を洗練させ続けてきたのだろう。

 

 いわば、彼女は巨木の先端に生えている若葉である。

 よって、クシアエールのそれをお手本にして、魔法を新規開発させるのは効率が悪い。

 まだ光学顕微鏡を頑張って発明する方が簡単かもしれない。

 

 一番確実なのは、クシアエールにたくさん子供を産んでもらうことだ。

 折を見てお見合いさせよう。

 

 イケメンでスパダリな男を見繕って、ロマンスを仕掛けさせるのだ。

 

 あぁ、もちろんトール君以外の話ね?

 

「あの薬の主原料は何という植物ですか?」

クソニンジン(糞便の人参)です」

 

 古典語で「糞便の人参」か……ま、まあ、確かにそういう臭いはしたけど。

「人参……セリ科ですか?」

「いいえ、ヨモギ科です」

 

 名前は人参だが、ヨモギの仲間らしい。

 もっとも、〇〇人参という名前で実は人参とは他人というのはよくあるが。

 

「黄花蒿《黄色い花のヨモギ》とも呼びます」

「そっちの方が可愛くていいですね」

 

 わたくし、貴族令嬢ですので。

 正式名称とはいえ、クソ()とは公共の場で言いにくい。

 

「東大陸ではよく用いられている薬草なのでしょうか?」

「ち、地域差があります。……一般的では、ないです」

 

 積極的に使われている地域もあれば、そうでもないところもあると。

 この世界では、薬草を用いた医学は民間療法の分野。

 地域差があるのは珍しくない。

 

「み、南大陸では瘧には、ケチア(キナ)という樹木の樹皮が用いられていました」

 

 樹木の樹皮……キナの木みたいなやつかな?

 よし、同一植物かわからないけど「キナ」と呼ぼう。

 

「瘧の治療に用いられる薬草は、数ありますが……南大陸のケチア(キナ)と、東大陸の黄花蒿。ま、間違いなく、効果があるのは、この二つです」

 

 民間療法の殆どは効果がない。

 「昔の人の知恵SUGEEEE」となるのはごく一部であり、やらない方がマシなものもある。 

 ナメクジ丸のみとか。

 クシアエールはそういう民間療法を収集し、効く薬を探し出すのが趣味らしい。

 

 ……実は私も似たようなことをやろうとした時期がある。

 もっとも、そんなことをやっている暇はなく、諦めてしまったが。

 ちょっと羨ましい。

 

「どちらも西大陸には自生しない植物ですね」

「そ、そうですねぇ……。でも黄花蒿は気候的に育つと思います。た、種……ありますけど……」

「買い取らせてください!!」

 

 まさか種まで持っているとは思っていなかった。

 株分けが上手くいけば、数年で必要量を生産できるようになるかもしれない。

 

「へへっ……ま、まあ、差し上げます。増やして、返していただければ……」

 

 私の勢いに驚いたのか、クシアエールは少し怯えた様子を見せながら頷いた。

 しかし問題は来年の流行だが……。

 一先ず、黄花蒿と、できればキナも、冬のうちに貿易商を通じて取り寄せよう。

 

「薬の確保以外に、今からできることはありますか?」

「う、うん……蚊を減らすのが、一番かと……」

 

 そうだよね……。

 とはいえ、殺虫剤なんてないし。

 方法となると生息環境を減らすくらいしかないけど。

 

「水田は潰した方が良いでしょうか?」

「す、水田ですか? ……確かに蚊の子どもは水場で増えますが。よ、よくご存知ですね」

 

 驚かれてしまった。

 そういえば、蚊の子どもがボウフラっていうのは西大陸ではあまり知られていない話だったかな。

 

「蚊を減らすには、水田を潰すのは効果的ですが……ひ、人が死ぬ数より、や、養える人間が増える方が多いのであれば、も、問題ないのでは?」

 

 水田で発生する蚊で殺される人間を、食料生産力の増大で増加する人口が上回っているなら問題なくない?

 という何とも言えない答えが返ってきた。

 

 医者のくせに私よりよっぽど人間のことを数値として見ているな……。

 

 しかし実際のところ蚊に殺される人間よりも、飢餓で死ぬ人間の方が多いわけで、水田を潰すのは下策である。

 

 とりあえず、蚊帳でも生産して配るか……。

 

「あ、そ、そういえば……ここに来る途中、“除虫菊”に似た花を、見つけました」

除虫菊(虫を殺す菊)?」

 

 古典語で“虫を殺す菊”。

 ド直球のネーミングだ。

 

「み、南大陸の農民が……似たような植物を、蚊避けに用いているのを見たことがあります。い、燻して使ってたかなぁ……」

 

 要するにそれは蚊取り線香ではなかろうか?

 後で調べさせておこう。

 

「しかし……あなたの知識は素晴らしい。もう少し早く気づけばよかった……」

 

 そうすればもっと対策を立てられたかもしれない。

 いや、薬の生産は間に合わないし、意味がないかもしれないけど……。

 

「わ、私も……瘧がブドゥーベル熱と同じ病だと気づいたのは、さ、最近なので……あ、あまり変わらなかったかと」

「左様ですか。……まあ、過ぎたことを悔やんでも仕方がありません」

 

 そもそもクシアエールが持っている薬の数にも限りがある。

 死者数は変わらないか。

 

 大事なのはこれからだ。

 とりあえず、ボウフラの発生原因になりそうなものは潰しておかなければ。

 

「し、しかし……その、姫様。ブドゥーベル熱の対処は大事ですが、その……私の研究も……」

「ええ、もちろん! 最大限、協力いたしますよ。ところで最初は何を研究されるおつもりで?」

 

 何となくだが、クシアエールはある程度自由にさせていた方が良い結果を生む気がする。

 とはいえ、こっちも“人間”を用意する以上、何を研究するつもりなのかは把握しておかなければならない。

 

 非倫理的なことは止めなければ。

 

「そ、そうですね。ひひっ……い、いろいろ、ありますけどぉ……や、やっぱり、一族の悲願は成し遂げたいなと」

「一族の悲願?」

「は、はい……。いろいろあって、研究が止まってしまって……。皇帝の許可も下りず……あと、もう少しだったのですが……」

 

 クシアエールは小さな引き笑いをしてから、答えた。

 

「天然痘……その予防法の研究です。へへっ……」

 

 ふむ。

 ……私は思ったよりもお得な買い物をしたのかもしれない。

 

 

 

 

 

 クシアエールを登用してから、一週間後。

 私は侍医から正式に「完治。働いてもよし」というお墨付きをもらった。

 

 というわけで、オーセン城からトルーニヤ城へと移動することにした。

 

 私の容体を確認するためにやってきていた、各地の騎士たちにも同行してもらい、大規模な行列を作った。

 

 そして私自身は時折、馬車から降りて馬に乗り、その姿を衆目に晒した。

 私が健在であるという政治的アピールのためだ。

 

 アールゴキアからは「もう少し休んだら……」と心配されたが。

 少しでも体調が悪ければ取りやめるという条件付きで実行に移した。

 

 そして途中で倒れるようなこともなく、体調を崩すことなく、無事にトルーニア城へと到着した。

 到着後、真っ先に行ったのは手紙の処理である。

 

 私の容体を心配する手紙が各地から届いていた。

 

 本当に心配しているなら、病人に手紙なんて送らないでほしい。

 お返しを考えるだけで体力を消耗するのに……。

 

 と言いたいところではあるが、別にみんな本当に私のことを心配しているわけではない。

 それにこっちは「病み上がりだから」という免罪符がある。

 

 代筆させると「ロゼリア姫死亡説」が浮上してしまうため、直筆である必要はあるが、形式通りの「元気になりました。心配かけてごめんね」程度の返事でいいだろう。

 

 とはいえ、丁寧な返事を書かないといけない相手はいる。

 それはまず第一にカーヴェニル王子だ。

 

 状況が状況だったから仕方がないが、「オレアニス王、多分死んでる」という情報をお漏らししてしまった。

 そのことを報告し、謝罪しなければならない。

 

 もっとも、本来カーヴェニル王子は王家主催の狩猟大会を行った時、父にその話を伝える計画だった。

 父がそれをすっぽかして私の政治工作の邪魔をしに来たせいで、その計画はご破産になった。

 

 要するに父が知らなかったのは父の責任であるし、カーヴェニル王子からしてみれば元々伝えるつもりだった情報であるため、それほど大きな問題にはならない。

 

 ……いや、父にそうさせたのは私が親不孝なことをしていたせいだけど。

 

 第二にトール君。 

 彼からは大量の手紙が届いていた。

 領地がお隣であることを加味しても、あまりに多い。

 

 まあ、それだけ心配してくれたという証だし、悪い気はしない。

 むしろ心がポカポカする。

 これがバールド皇子だったら、苛立ったと思う。

 

 「病み上がりだから」と業務連絡レベルの手紙を送ると、余計に心配されそうなので、しっかりした手紙を書こう。

 

「親愛なる……」

 

 私は下書きにそう書きかけたところで、ペンを止めた。

 それから一分ほど悩み、“親友”と書いた。

 

 そして十分悩んでから、二重線で消し、“恋人”と書き直し……。

 それから二十分、悩んでからまた消して、“親友”と書き直した。

 




高評価ありがとうございます(敬称略)

ピクルス大魔王 利何 北の偉い人 メメロンチーノ 預流果
ゆきまち 窓葛 ガリ カザマサ ハンス=シュルツ
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。