幼少期に聞いた話だ。
山での遭難した人の話で、その時の不思議な話を語ろう
ある男性が山菜採り出かけた時に
案の定
遭難した。
この話のおかしいところは、ここからはじまる。
慣れている帰り道がわからない
まるで、ぐるぐる回っている様な感じがする。
すぐに夜になり暗闇で溝に転落したらしい
男性が転落して、目覚めると
目の前に人影が有り
「助けてくれ」と問いかけると目を凝らすと
お地蔵様が目の前に、鎮座していた。
するとお地蔵様は、…彼にお願いをしてきた。
「仏の数が足りないから仏になってくれないか」
その言葉に彼は一瞬意味がわからなかった。
段々と意味を理解し青ざめる彼
彼は、地蔵様に必死にお願いをした。
「私には、家族がおります」
「お地蔵様のお願いは死後なら謹んでお受けしますので」
「どうか今は、家族の元に返していただけませんでしょうか」
と痛めた身体で土下座しお願いする。
「そうかなら残念だが仕方ない」
とお地蔵様が言うと彼は、転落した場所で目が覚めたと言う。
明るくなっていたので、痛む身体で踏ん張りそして家へ彼は帰宅した。
尚ここで家族は、警察や山岳救助に連絡したのか?
皆さんお思いになるだろう。
彼が山に行ってからちょうど1日が経ち警察に連絡しようとした時に帰宅したのである。
だから事件にも記録にも残らないと言う不思議な話なのです。
では?何故にこの話を知ってると思いますが後日談があります。
彼は、帰宅後その夢を家族に話します。
すると家族が病院で検査したが至って健康
だからこそ
その夢からお寺で、お祓いを受けに来たらしいのだ。
その寺の住職が話を聞き驚いたと聞く。
羨ましい話と言う感情と自分がその立場ならそんな勇気は無いと断言する住職
家族は、その話を聞き頭に疑問?を浮かべる。
当事者の彼と住職以外は、事の重大性を理解していないのだ。
結論は、彼は神隠しに遭って帰ってきたのだ。
しかもお地蔵様から仏になってくれと言われて帰ってきたのだ。
すぐさま仏教関係者に密かにこの話は、拡散されたため
その後に、私がその話を知ることへ繋がる。
この話で重要なのは、彼の死後がどうなるのか?
我々は、知ることができないのです。
神仏は、人の味方ではあるが同時に万物の味方である。
慈悲深く時に残酷である。
等価交換は、平等で不平等なモノである。
願いと呪いは、方向性が違うモノである。
現代では、神隠しとは騒がれません
ですが中には、本当に神仏に魅入られた人もいるかも知れません。
貴方に魅入られモノが、人や動物で無く
神仏であった時に、何を対価に求められるでしょう?