ウララ「トレーナー!この子飼ってもいーい?」ト「元いた場所に返してきなさい!(戦慄)」 作:コウハクまんじゅう
ウララが服を着替えに出ていってからというもの、部屋ではトレーナーと謎の生物が睨み合っていた。
「………」
「………」
何を考えているのか、どこへ視線を向けているのかすらまるで分らないギョロリとした目と、中途半端に空いた口から覗く鋭い牙。ラブカと蛇、その他諸々を足して2で割ったかのような歪な容姿は間違いなくグロテスクなのにどこか愛嬌を感じさせるのだから不思議だ。
「………ズリ」
「ビクッ」
なんの前触れもなく突然動き出した謎の生物に思わずビビり体を震わせるトレーナー。謎の生物は辺りをキョロキョロと見渡しながら体を床にズリ…ズリ…と擦りながら、たくましく発達した二本の足で部屋の中をうろつき始めた。
しかし自重に対して足が完全には支えきれていないのか、頭がやや前のめりとなり顔面をズリズリと床に擦り付けてしまっていた。謎の生物と一定の距離を保ちながら、その一挙手一投足を見逃すまいと目を光らせるトレーナー。部屋の中には異様な緊張感が満ちていた。
「…ズリ…ズリ……」
謎の生物は、どうやら部屋を調べているようで、時々椅子やソファー等に顔を近づけて匂いを嗅いでいるような動作も見受けられた。そのまま部屋をぐるっと一周すると、また周りをキョロキョロと見渡し始めたかと思うと、ソファーに向かって一直線に這い出した。
「…?」
そのまま謎の生物の行動を見守っていると、首を持ち上げた謎の生物は「よっこらせ」と言わんばかりにそのままソファーに頭を乗っけた。どうやら散策して疲れたらしく、休憩しているようだった…が
(体を休めるなら床に寝っ転がるか、ソファーによじ登ればいいんじゃ…?まぁ、どのみちあのソファーを使うのはしばらくよそう…)
しばらくはソファーを使えないことを残念に思うトレーナーであった。謎の生物はソファーに頭を乗っけて以来、時折尻尾を動かす以外には動きは見せていなかった。
(……うん?もしかして、疲れて動けない今が近づくチャンスなのでは?)
そう判断するや否や、素早く距離を詰めた。背後からそっと近づき、足を折って静かにかがむ。謎の生物はトレーナーに気づいているのかいないのか、のんびりと首を休めている。恐る恐る手を伸ばしていくが、それでも動く気配はない。意を決して体を指でつついてみると、意外と表面は柔らかいらしく指でつついたところが指の形に沿って沈み込んでいった。触った瞬間にピクリと体が動いたが、その後はまた何事もなかったかのようにのんびりとし始めた。
(お、おお…触っちゃったよ…意外と冷たくて柔らかいんだな…)
一度触っても許されたからまあ触ってもいいだろうという謎の確信を得て、今度は手のひら全体をつかって遠慮なくがっつりさわり始めた。
「…やっぱひんやりしてるな…あ、ウララは噴水の中で泳いでたって言ってたな…もしやそれで冷えてるのか?」
もしそうだとしたら、この時期に体を冷やすのはそれはあまり良くない。とりあえず温めてやらなければ。そんな考えからトレーナーは毛布を取りに行った。
「ちょっと待っててな」
クローゼットの中から毛布を取り出し、謎の生物の元へ持っていった。
「よい、しょっと…」
「…?」
謎の生物を抱き抱え、ソファーに寝かせてやるとその上からそっと毛布を掛けてやった。
「この寒い時期に体冷やすのは良くないからな〜、ちゃんと温めなきゃだめだぞ〜」
壊れ物を扱うように大切に扱う。その一連の様子を、謎の生物は終始何とも感情の読めない表情で見つめていた。
「ただいまトレーナー!あ、毛布だー!いーなー、あったかそー!」
ジャージに着替え、帰ってきたハルウララが案の定すぐに見つけた。謎の生物は尻尾を振りながら、彼女の方を見つめていた。こころなしか表情も柔らかくなっている気がする。やはり明るく素直な性格の彼女に懐いているのだろうか?
「おかえり。さて、色々あったけど気を取り直してトレーニングしようか。」
「はーい!」
とりあえずこの謎の生物の事は一旦置いておき、本来の目的であったトレーニングをする事にしたようだ。
「ちょっと行ってくるから待っててね!」
謎の生物の頭を撫でるハルウララ。謎の生物はそれを気持ちよさそうにしながら受け入れ、ご機嫌に尻尾を振っていた。
「……なぁウララ。その子の名前ってなんだ?」
いい加減『謎の生物』という堅苦しい名前に飽きてきたところなのだろう。トレーナーは何気なくハルウララに訊ねた。それに対してハルウララは「うーん…」としばし頭を悩ませると何かを思いついたように顔を上げた。
「たくあん!」
勢いよく吹き出すトレーナー。一体どういう経緯で出てきたのか全く持って謎であった。
「な、何でたくあんなんだ?」
「似てるから!」
「そ、そうか…」
ハルウララの自由な発想に振り回されるトレーナーだったが、確かに皮膚はうす黄色いのでたくあんに見えない事は…いや無理だ。どう頑張っても見える気がしない。
たくあんも悪くはないのだが、せめてもっとマシな名前をと思い、スマホ片手に調べてみる。とは言っても目の前の生物の事は何一つとして分からないものだからどう調べようかと思い悩んだが、三女神様の噴水で出会ったという話を思い出し、三女神様の事を調べた所気になる記事が出てきた。
「えーっと…うん?『三女神様に仕えた水獣の伝説』…?なんだこれ」
詳しく見てみると、どうやら三女神様にはかつて水獣が仕えていたというオカルトじみた内容だった。今まさにハルウララと仲睦まじげに戯れている謎の生物をちらりと一瞥した後に、手元へと視線を戻した。
「ふぅん…?」
トレーナーはさほどオカルトに興味はなかったが、まるで何かに導かれるように読み進めていってしまう。記事を読み進めていくと、その水獣の名前が出てきた。
「……
ウマ娘の始祖であり、彼女たちを見守り、時に導く女神様に仕える水獣の名前に眉をひそめながらも読み進めていく。そしてトレーナーの指はある所でピタリと止まるのだった。
「………」
それを見たトレーナーの顔は見る間に青くなっていった。そして持っていたスマホをポケットに突っ込むと額に手を当て、小さな声で「……まじか」とだけ呟いた。
一体トレーナーは何を見てしまったのか。
トレーナーが見ていた記事は著者の主観も交えた内容だったので一言一句そのまま伝えると事実と主観が混ざって読みにくいので、一部抜粋してお伝えしよう。
その記事曰く「三女神様に仕える水獣…
つまりトレーナーは、もし目の前にいる珍妙な生き物が『呉爾羅』だとしたら今後も別個体の『呉爾羅』がこのトレセン学園にやってくる可能性を考慮しなければならず、もし何かあったら自分が責任を取らなければならない立場に立たされているのに気づき、急速に胃が痛みを訴えているのである。
「………どうしよう、ほんとに」
どうやって現れるのか。なぜ現れるのか。なぜ最初の一匹の元へ集結するのか。呉爾羅は危険ではないのか?ありふれた疑問がトレーナーの頭の中を駆け回ろうとしていたが、名前の参考になるものを調べただけなのにこんな恐ろしい事実を突きつけられた衝撃で全て頭から吹き飛んだ。
「どうしたのトレーナー?具合が悪いの?」
トレーナーを心配そうに覗き込んでくるハルウララ。彼女に無用な心配を掛けるわけにもいかず、なにより「それみたいなの増えるかも」とは流石に言えず「なんでもないよ」と茶を濁すので精一杯であった。
「…とりあえず、たくあんでいいや。あとその子は一旦俺たちが預かってお世話しようか。」
「え?いいの?やったー!」
そのまま野放しにするわけには行かないので、謎の生物…もとい呉爾羅を部屋で匿って世話することを決意するトレーナー。果たして彼の胃は持つのだろうか。
個人的には大戸島から呉爾羅の名前を引っ張ってきたかったんですけど、どう頑張っても無理だったので女神様に仕えていた水獣ということで…