ウララ「トレーナー!この子飼ってもいーい?」ト「元いた場所に返してきなさい!(戦慄)」 作:コウハクまんじゅう
「………」
ドアの隙間に首を突っ込んで押しのけ、恐る恐る顔を出して辺りを見渡す。幸いなことに人の影も気配もない。運が良かったようだ。
「…ズリ…ズリ…」
たくあんはそのままドアの隙間から身を押し出し、ついに部屋を出た。
また部屋に入ってこれるよう、抜かりなくドアストッパー代わりに本を差し込んで。
「……」
どちらへ行こうかしばし悩んだ後、とりあえず右へ行く事にした。
「…ズリ…ズリ…」
人のいない廊下に床を這いずる音が響き渡る。周りを見渡し、警戒しながら壁伝いに進む。部屋の前を通過するたびに部屋から人が出てこないかヒヤヒヤしながら進んでいた。
すると突然、壁が途切れた。どうやら階段へ着いたらしい。
「……」
よく耳を澄ませると、遠くから話し声が聞こえてきた。だがまだかなり遠く、しかも上の階からだった。
わざわざ人のいる方向へ出向くことはない。そう考えると、階段をズリズリと、さながら軟体動物の如く器用に滑りながら降りていった。
ボテッと間抜けな音を響かせて踊り場にたどり着いた。あと少しで下の階へ行ける…そう思い階段をまた滑る…その前に。
「ムギュギュギュ……ニュッ」
階段の柵から首を出し、柵を足で掴みながら下の様子を探った。
どうやらこの階段を降りれば外に出れるらしく、すぐそこに玄関口のようなものが広がっていた。
「……」
そこから首を動かし、周りを見つつも耳をよく澄ませる。見える範囲では人影はないが、2、3人ほどの足音がこちらへ近づいてくるのが聞こえてきた。
それを聞いた瞬間すぐさま首を引っこ抜き、どうするか思案した。今しがた降りた階段を登る…無理だ。ちんたら登っている間に人が来てしまう。かと言って身を隠す場所も…
そう思いながら辺りを見渡す。対処法を考えている間にも声と足音はどんどんこちらへ近づいてきている。
部屋を出て早々に窮地に陥った事を嘆いている間にも、足音は階段を登り始めていた。
「……!」
遂に、踊り場に足が掛かった。上がってきたのは青みがかった髪が特徴的な陽気そうなウマ娘と、艷やかな髪をポニーテールに纏めた爽やかなウマ娘だ。
「この後どうする?私特に予定ないけど…」
「じゃあじゃあ、久々にタピりにいかね!?」
青みがかった髪の方は太陽を連想させる陽気な声色、ポニーテールのウマ娘は落ち着いている爽やかな声色と、色々と対照的な二人だ。二人は夢中で話し込んでおり、そのまま踊り場を過ぎて階段を楽しげに騒いで上がっていった。
「………」
一方たくあんはと言うと、間一髪で身を隠して見つからなかった。この何も無い踊り場でどうやって身を隠したかと言うと、尻尾で階段の柵を一本掴んで体を完全に外に投げ出すというかなりの荒業であった。そのおかげで体の大部分は目立たず、何より彼女達が話し込んでくれていたおかげで下の方へ意識が向いていなかったのも幸いだった。
しかしその反面、もし下にも人がいたら見つかっていたかもしれず、更には尻尾にかかる負担はとても小さいとは言えなかった。
「ベチャッ」
尻尾の力を緩めて、間抜けな音を立てて床に落下するたくあん。まるで潰れたカエルのように床にへばりついている。
「…グググ…」
そこから足に力を入れて立ち上がると、何事もなかったかのようにまた床を這い出した。見た目の割に体は頑丈なようである。
目指すのは外と中とを繋ぐ玄関口。周囲を十分に警戒しながら素早く外へと出たのであった。
「………」
陽の光が顔に当たり、思わず顔を背ける。目が光に慣れるのを待ってそっと顔を戻すと、太陽は真上に昇っていることから今は昼時と言うことが分かる。鼻を冷たく乾いた風が撫でていく。吹き抜けた風が落ち葉をさらって高く舞い上がる。
行く当てもないので、風の吹いた方向にのんびりと進路を取った。
ふと鼻腔を甘い香りが吹き抜けた。その香りの方向へと顔を向けると丁寧に整備された花壇が立ち並んでいた。近寄ってみると、とても大切に育てられてきたことがすぐに分かるほど、花の一本一本が活き活きとしていた。
背筋をしゃんと伸ばして立っているその姿に思わず見とれていると、またしても足音が近づいてきた。焦ったたくあんは花壇の中でも背丈の高い花の中に突っ込んで隠れた。
足音は花壇の前で止まると、次いで水を注ぐ音が聞こえてきた。どうやら足音の主がこの花壇の管理者のようだ。花の間からそっと覗くと、切れ長の目にアイシャドウが特徴の凛としたウマ娘がいた。
「ふふ、元気に育つんだぞ」
優しく微笑みながら水やりをしている。厳しそうな見た目の─というと失礼に当たるが─割に、優しい一面があるようだ。まだ名も知らぬウマ娘に対してそんな印象を抱いた。
そのまま見ていると、こちらに向かってきた。このまま伏していればバレることはないだろうが、かと言ってあまり長く居られると見つかるやもしれない。どうしたものかと焦っていると、若い男が来た。胸にバッジをつけているのを見るに、彼もトレーナーのようだ。
「エアグルーヴ!ここにいたのか」
「ん?…あぁ、お前か。」
エアグルーヴ。それが彼女の名前らしい。それから男性と何か話していたようだが、その内容が…なんか新婚夫婦のようだった。あの人達ほんとに教師と生徒?たくあんは訝しんだ。
しばらくすると水やりを終えたらしく、男性とともに引き上げていった。それを見届けるのと同時に花の間から姿を現し、別の場所へと向かった。
「………──」
突然、思わず聞き惚れてしまうほどの美しい鼻歌が聞こえてきた。鼻歌が流れてきた方向を見ると、艷やかな青鹿毛が特徴の妖艶な雰囲気を纏ったウマ娘がキャンバスに絵を描いていた。
「……」
自身の姿を見せると混乱させてしまう、という心配はそのウマ娘の美しさの前に頭からは消えていた。この世の理を超えた存在であるはずの自分でさえ見惚れさせたそのウマ娘。それに興味を持ったたくあんは恐る恐る近づいていった。
「……あら?」
遂にたくあんに気づき、ちらりと一瞥をくれた。
しかしその後すぐに視線を絵に戻し、数度筆を動かしたかと思うと筆を置いてこちらに歩み寄ってきた。
「こんにちは、変なお客さん。どこから来たのかしら?」
またもや質問を投げかけられる。しかしこれはライスシャワーの時とは違い、こちらに語りかけるような口調だった。
「……」
視線を絵の方に向ける。それに気付いた目の前のウマ娘がキャンバスの前に戻ると、ちらりとこちらを見た。「見てみる?」とでも言うかのように。
それに対して、無言で体を引きずりながら今度は自分の方から近づいていった。
その絵は、正直何を描いてあるのか、どんな意味があるのか、何一つとしてわからなかった。あまりに抽象的すぎて、形容のしようがなかったのだ。
「……」
これはなに?そう訊ねるつもりで見上げた。
「…見る者に委ねるわ。」
絵から目を離さず、簡潔にそう呟いた。果たして彼女の勘が恐ろしく鋭いのか、自分の質問が届いたのか。それは分からないが…
たくあんはもう一度絵を見上げた。絵には様々な色が塗り込められていて、何かを形作っているというよりかは溢れ出る激情を絵にぶつけているようだった。
「……」
たくあんに芸術は分からない。しかし、彼女の描いた絵は見る者の心を掴んで離さない不思議な力があるように感じた。
「姉様!こんな所に……あら?その子は?」
絵を眺めていると、もう一人ウマ娘が来た。彼女は青みがかった美しい銀髪が特徴の、まるで名家のご令嬢のような高貴な雰囲気を纏っている。彼女も自身を見て驚かないようだ。それどころかこちらを興味深そうに観察すらしている。
好奇心旺盛なのは良いことだが、もう少し未知に対する警戒心というものを持ったほうが良いのではないかとたくあんは彼女に不安を覚えた。
「あらアルダン。この子は私のお客さんよ。」
「まぁ…とても不思議なお客様ですね」
ふふふ、と上品に、かつ無邪気に笑ってみせる、アルダンという少女。無警戒…と言うよりかは、ひょっとすると彼女は未知に対する好奇心と、その場に適応する柔軟さがあるのかもしれない。
「……」
彼女…アルダンの方に向き直ると、向こうも屈んでこちらに目を合わせた。
「ごきげんよう、ラモーヌ姉様の不思議なお客様。あなたはどこから?」
なぜ人間(ウマ娘)は皆どこから来たのか知りたがるのだろうか。いや、それよりも…絵を描いていた彼女の名はラモーヌと言い、アルダンの姉だということが今の言葉で分かった。そんな事を思いながら、今しがた辿ってきた道のりの方に首を向けた。
「うん…?花壇の方…?いや、その先…正面玄関かしら?」
どうやら察する能力も高いらしい。これは心強い人に出会った。縁は大事にするものだなとしみじみ思うたくあんであった。
「あそこからここまで?」
その言葉に軽く頷く。たくあんが頷いたのを見て、アルダンはおろか絵を描いていたラモーヌでさえも一瞬硬直した。
「……あなた、言葉がわかるの?」
ラモーヌの言葉にまたもや頷いて見せる。それを見てラモーヌは興味深そうに目を細め、アルダンは口に手を当てて驚いていた。
「まぁ…」
「ラモーヌ」
それから何かを言おうとしたが、突然響いた凛とした声によって遮られた。
今度は誰だ?そう思いながら声の方向を振り向くと、そこには威風堂々という言葉が似合う荘厳な雰囲気を纏うウマ娘がいた。
「あら、来たのね。ルドルフ」
ルドルフ、と言われたウマ娘はゆっくりとこちらに歩み寄り、直後に硬直した。
視線の先にあるのはもちろん、たくあんである。
「………」
「………」
呆然とした表情で見つめるルドルフと、何を考えているのか分らない表情で見つめるたくあん。両者の間で唯一共通している認識があるとするならば…
『この人(生き物)、誰(何だ)?』
トレセン学園生徒会カイチョー、邂逅を果たす。